世界を救った俺は魔王軍にスカウトされて
特別篇カズトのアルバイト…下
次の日。
「お兄ちゃん。はい、これ」
「あぁ。ありがとう美姫。じやぁ行って来るよ」
「ナナちゃんも、頑張ってね」
「は、はい!が、頑張ります」
今日は朝からナナと、派遣のバイトをする事になった。
昨日その事を美姫に伝えると、ナナちゃん一人で大丈夫?という声があがったので、自分がフォローするから大丈夫だと伝えてあった。
昨日好機と思ったのは、この事である。
これなら、美姫が何でバイトをするのか?もしかしてお金がないのか?などという事を、疑問に思う事もないだろう。
「じゃぁ、行ってくるよ」
「い、行ってきます!」
アリス達の見送りがないという事は、まだ寝ているのだろうと、そんな事を考えながら、美姫から受け取った弁当を手に、カズトは玄関のドアを開けた。
「行ってらっしゃい!あ、あ、アナタ…キャー」
行ってらっしゃいの後に、美姫が何かを言ったような気がしたナナは、何て言ったのかを聞こうと、玄関から後ろを振り返った。
「ひ、ひぃぃ!?」
美姫の後ろの扉の隙間から、青い瞳だけがこちらを見ている事に気づくナナ。その青い瞳は、とても直視出来ないほどの殺気を放っている。
勢いよく飛び出していくナナを不思議に思いながら、美姫は手を振って見送るのであった。
ーーーーーーーー
「カズトさん。今日は何をするんですか?」
「今日は駅前で、ティッシュを配る仕事だ」
今日の仕事は駅前で、ポケットティッシュを配りながら会社をアピールする仕事である。
「アピール…ですか?」
「そうだ。例えば、新しく武器屋を作ったとしよう。武器屋を作りましたよーと、皆んなに教えてあげる仕事…と言った方が分かりやすいかな?」
ナナに分かり易く説明する為に、敢えて向こうの世界にある物で例えるカズト。
「アピールしなくても、人は来るんじゃないですか?」
冒険者にとって武器屋は、重要なお店の一つである。その為、何もしなくてもお客は勝手にやって来ると考えるナナ。
「そうだなぁ…例えば、地下に武器屋を作ったとしたらどうだ?探しても、探しても見つからない。そこで、俺たちがアピールしながら配る。このポケットティッシュがあれば、迷う事なく、武器屋にたどり着けるっていう事だ」
「はぁ…それなら看板が良いと思いますが」
「勿論、看板にもなっている。しかし、看板では気づかない人だっているかもしれない。そういう事さ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!じゃ、じゃぁ私は、この格好で配るって事ですか!?」
白いワンピースに麦わら帽子。
麦わら帽子には向日葵が付いていて、おさげ髪のナナに非常に、似合っている格好である。
「いや、多分専用の制服があるだろう」
「ほ…良かったです。そういえば、美姫さんからこの服を着させてもらった時に、身体中に白い液体を塗られたんですが、アレは何ですか?ベタベタします」
「…ナナ。あまり、だな。そ、その、人前で白い液体とか、そういう事を言うのはやめろ」
「え?何でですか?」
可愛らしく、きょとんとするナナ。
「い、いいから覚えておけ。それからさっきの質問は日焼け止めの事だ」
顔を赤くしながら、日焼け止めについて説明しだしたカズトを、不思議に思うナナであった。
ーーーーーーーーーー
「カラオケ屋ガンガンです。宜しければどうぞ」
爽やかな笑顔で、爽やかな声で、カズトは歩いて行く人に声をかける。
カズトに声をかけられた女性は、ティッシュを受け取って立ち止まると、何故かカズトに話しかけて行く。
「カ、カラオケ屋、ガンガンガンです。よ、宜しければ、おつ、おつ、お使い下さい」
そんなカズトを参考にしながら、ナナもティッシュを配っていた。
しかし、緊張の所為かカミカミであった。
「う…ま、またダメでした」
カズトの段ボールの中にあるポケットティッシュは、既に半分は減っている。
それに比べて、自分の段ボールの中のポケットティッシュは、一つも減っていない。
「が、頑張るのよ、ナナ!」
挫けそうになる自分に喝を入れ、再度チャレンジするも、やはり受け取って貰えない。
声をかけても、頭を下げても、何をやっても得られない成果。思わず泣きそうになってしまう。
「大丈夫か?」
見兼ねて、カズトは声をかけた。
こんな時に優しくされてしまったら、泣いてしまう…駄目だ。
ナナは目元を強く擦り、カズトにアドバイスを求めた。
「そうだなぁ…いいかナナ。相手の行動を読むんだ」
「行動…ですか?」
「そうだ。ナナは優秀な魔女だ。魔法を使う場合を思い出してみろ」
カズトは戦闘に例えて、アドバイスを送る。
「例えば、今歩いているサラリーマンの男性。両手に盾(鞄)と剣(携帯電話)を持っている。そんな人にナナが薬草を渡しても受け取れないだろ?」
「た、確かにそうですね」
「それと、すばしっこい相手には、攻撃があたり(あげ)にくい」
「な、ならどうしたらいいのでしょうか?」
魔法をあてる(あげる)には、どうしたらいいのか?
質問されたカズトは、迷う事なく答えた。
「簡単な事だ。その逆の相手に絞ればいい」
駅には当然、待ち合わせなのかは分からないが、立ち止まっている人が多い。
また、全員の両手が、物でふさがっているという状態でもない。
ならば話しは早い。
そういう人達に配って回ればいいという事だ。
「大丈夫。ナナならやれるさ」
ナナの肩に手を置いて、励ますカズト。
励まされたナナは、自分を鼓舞する為にと気合いを入れ直す。
「わ、わわ我はナナナ、ナナ。最強まま、魔法を操りし魔女なり」
しかし…カミカミであった。
ーーーーーーーーーー
カズトのアドバイスのおかげか、ナナも順調にポケットティッシュを配り終わった。
二人は事務所へと立ち寄り、給料袋を受け取って家路へと歩いている。
「仕事お疲れ様。どうだった?」
「疲れました…」
立ちっぱなしに加え、初めてのお仕事という緊張、喋りっぱなしという事もあって、クタクタであった。
「クエストの方が楽に感じられるかもしれないが、クエストはクエストで命を落とす危険や、怪我をする恐れもある」
クエストの方が楽だと考えているナナを、見透かしたようにかけられる言葉。
「…ですけど、今日の仕事も危険ですよ」
立ち、歩き、配り、喋りっぱなし。
5時間でこれだけクタクタになるなど、誰が予想出来ただろうか。
「あはは。まぁそうだろな。しかし、働くっていうのはつまりそういう事だ」
普段何気なく見ている1ページ。
その光景の一部に加わるという事は、生半可なものではない。
カズト自身が、今日身をもって体験した事であった。
「ナナ?」
「は、はい!」
「お金は何に使うんだ?」
そう尋ねたカズトに対し、ナナは満面の笑みでこう答えた。「内緒です」と。
何について使うのかを、カズトは知らない。
しかし、こんな笑顔で言われては、これ以上深入りするわけにはいかないだろう。
まぁいい。
たまになら、こうやって働くのも悪くはないかなっとカズトが考えていた。
昨日までは.…。
「ほらカズト!行くわよ」
「あ、あぁ…」
元気よく飛び出す幼女の背中を見ながら、カズトは深いため息を吐くのであった。
続く。
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