世界を救った俺は魔王軍にスカウトされて
特別編 レイラの日常…中
「ストラーイク!バッターアウト」
宣言通り三振になるアリスであったが、ヘルメットを被り直して、再度バットをかまえていた。
「あ、あのね、アリスちゃん」
「…何よ」
当然、次のバッターがアリスに対し、どくようにやんわりと伝える。理解しているのかしていないのか、よく分からない表情のまま、アリスはベンチへと戻ってきた。
「宣言通りだな」
「と、当然でしょ!」
やはり、ルールを分かっていないか…と、和斗は勝ち誇った顔のアリスに、再度ルールの説明をする羽目になった。
「は?じゃ、じゃぁ今のは…」
「ピッチャー、つまり、レイラの勝ちだ」
ようやくルールを理解したのか、先ほどの表情が一変する。
「じゃ、じゃぁ、なに?アンタは負けて来いって私に命令したって事?」
和斗は三振して来いと、アリスに伝えている。
「仕方がないだろう。ルールを分かっていなかったんだからって、止めろ!」
顔を赤くしながら、バットを振りかざすアリスを止めに入る和斗。流石にバットでぶん殴ると危ないと理解したのか、バットをおろすアリス。
「ストラーイク!バッターアウト!チェンジ」
アリスに説明していた為、試合を見ていなかったが、どうやら三者凡退に終わったようだ。
「ほら、これを持って守備だ。ナナ!」
「は、はい!!」
とりあえず、アリスとナナを外野の守備につかせ、さっきの白い球が飛んできたらキャッチする事や、転がってきたらボールをキャッチして、自分に投げる事を伝える。
アリスをセンターに、ナナをレフトの守備につかせ、和斗はショートの守備につく。
和斗がバッターに目を向けると、先頭バッターはレイラであった。
『レイラちゃん、頑張ってー!!』
黄色い声援が飛ぶ中、レイラはバットを握りしめ、バッターボックスへと向かって行く。
ほんのり顔が赤くなっているのは、恥ずかしいからなのだろうか?今は敵チームだが、レイラの体調を心配する和斗。
(……テトが見てます)
じーっとレイラを見つめる和斗。
「ストラーイク」
「………ぁ」
緊張していると、ボールを見るのを忘れてしまい、ストライクをとられてしまう。
いけない、いけないと首を振り、レイラはバットをかまえなおす。
じーっとレイラを見つめる和斗。
「ストラーイク」
「……!?」
またしても緊張してしまい、ボールを見るのを忘れてしまうレイラ。
「タ、タイム!!」
見かねた美姫は、タイムを宣言し、レイラの元へと走って行く。
「顔が赤いけど、大丈夫?」
もしかして、熱があるのだろうか?レイラの体調を心配してのタイムであった。
「い、いえ…そ、その…」
美姫の耳元で、理由を伝えるレイラ。
理由を聞いた美姫は、レイラの両肩を掴んでアドバイスを送る。
「レイラちゃん!!ご褒美だよ!!」
「は、はぁ…」
親指をたて、自分に向かってグーっと、伸ばしてくる美姫を見ながら、何かもらえるのだろうか?と考えるレイラであった。
結局、レイラは三振に終わり、続く二人も直ぐにアウトになった。
ピッチャーとして、マウンドに立っている時は特に気にならないのだが、バッターボックスに立つと、どうしても気になってしまう。
チラっと和斗の方を向くと、アリスとナナと、楽しそうに話しをしているのが目に入った。
「……テ……ト」
うなる豪腕。
キャッチャーの田中が、可哀想に思えるほどの豪速球。田中は、余裕っしょ!とは言っているのだが、うっすら見える涙の跡。
当然、打てる生徒はおらず、またしても交代となってしまう。
「ったく、だらしないわね」
「三振したヤツが言うな」
「け、喧嘩はダメですよ」
グローブを手に取り、それぞれが守備へと走って行く。何だかんだある事はあるものの、クラスメイトの人柄なのか、アリス達の人望なのか、とにかく授業は出来ていた。
当然、順調とは言わない。
授業が始まる前は説明するのに時間がかかるし、授業中はハプニングをおこすし…しかし、ただただ授業をこなすだけだったクラスを、たった三人の転校生が、ガラリと雰囲気を変える。
黙々とペンをはしらせていたあの頃とは違い、今では、笑いのたえなないクラスとなっている。
『ナナちゃん頑張ってーー』
「ハ、ハイ!!」
明るい笑顔で、大きな声で、こんな風に応援する事などあっただろうか。
「はわわわわ…えぃ!!」
カンっとバットにあてるナナであったが、ピッチャーゴロに終わってしまう。
「あの球にあてるなんて…やるわね」
「今のレイラの球を打てるのは、ナナかお前ぐらいだろうな」
「……!?と、当然でしょ!いい?しっかりと、狙っていきなさい!!」
「はいはい」
さっきルールを覚えたばかりのアリスに、なぜアドバイスを受けなくてはならないのか…しかし、言っている事は間違えていない。
適当に返事を返しながら、和斗はバッターボックスに立った。
「よぉ輝基。お前でも、あの球は打てねーぜ」
キャッチャーの田中が、喋りかけてくる。
「まぁやってみないと、分からないさ」
不敵に笑う和斗を見て、田中は驚いていた。
てっきり、だろうな…と、返されると思っていたのだが…あの輝基和斗がねぇ…くく。
クールぶってるとか、理系だとか、陰口を言われている和斗。勿論、本人やアリス達は知らない事である。
完璧主義者の和斗は、無理な事は絶対に無理だと、諦める傾向があり、やってみなきゃ分からないだろ?と言われると、なぜ無理なのかを、一から十まで答え、相手を論破する性格であった。
女子からモテるという理由とは別に、こういった理由からも、男子から嫌われている。
そんな和斗が、あの豪速球を前にして、不敵な笑みを浮かべ、打つ気満々だと誰が想像できただろうか。
バットをギュッと握り、ピッチャーであるレイラを見つめる和斗。
「……!?」
みるみる赤くなるレイラ。
「お兄ちゃん、頑張ってーーー!!」
セカンドにいる美姫が、敵チームなどおかまいなしにと声援を送る。
『キャーーー!カズト君ーー!!』
アリスチームのベンチからも、黄色い声援が飛ぶ。
「カ、カズトさん!頑張って下さい!」
「こらーカズトー!死んでも塁に出なさい!」
(…9回ツーアウトで負けてるわけでもなければ、次のバッターが強打者っていうわけでもないのにな)
しかし、不思議と力がみなぎってくる。
応援というのに、何の意味があるのだろうか?
試合や試験などは、日頃からやってきた事の積み重ねが試される場であり、応援なんかで結果は変わらないと思っていた和斗。
必死かどうかは置いておくにしても、応援してくれている気持ちに答えたい、その為にも…。
「……!?」
「お、おい、輝基!」
そこから先の記憶が、俺にはない。
ーーーーーーーー
「…ここは?ベッドの上か?」
「あ!?カズトさん。大丈夫ですか?」
和斗が目を覚ますと、知らない天井が目に入ってきた。知らない天井ということは、部屋の中であり、天井を見上げているということは、自分は横になっているということである。
そして、この手触りや温もりから、自分は何かを被って寝ていたのだと、理解する。
ポツリと呟いた和斗の言葉を聞いたナナが、大丈夫か?と、体調を心配していた。
「ナナか…体調は大丈夫だ…ッテテ」
「あ!だ、駄目ですよ!まだ、横になっていなきゃ」
身体を起こそうとする和斗に、ナナが注意する。身体を起こそうとした所為か、額から何かが落ちてしまった。
「覚えてますか?カズトさん」
「確か、ソフトボールをやっていた…よな?」
「ハイ。レイラさんが投げた球が頭に直撃してしまって、カズトさんはそのまま倒れてしまったんです…」
言われてみれば、目の前にいるナナは体操服を着ている。首元や袖口には、女子用と分かるようにと赤く、自分の体操服は、男子用と分かるように青い。体操服には大きなゼッケンとまでは言わないが、右の胸元に名前が書いてある。
昔はブルマと呼ばれたズボンを履いていたらしいが、女子からの反発か、親御さんからの反発からか、今では黒いハーフパンツに変わっている。
「…?レイラはどうした」
「…!?そ、それが、ショックを受けてしまいまして」
言い辛そうにしながらも、それでもキチンと言わなくてはと、ナナは口を開いた。
「避けれなかった俺が悪いというのに…」
もしもこれが、モンスターとの戦闘だったとしたら?そう考えると、自分の反射神経の無さに呆れてしまう。
「…違いますよ」
「…え?」
和斗の話しを聞いたナナは、小さく首を左右に振る。
「どちらが悪いとかありません。お互いが自分が悪いと言っていては、永遠に仲直りできませんよ?」
ニッコリ微笑みかけられた和斗は、少し頬を赤くしながら答える。
「…別に、喧嘩をしているわけではないぞ?」
それが、照れ隠しからの返しだということに気づいたナナは、クスクス笑いながら和斗に答えた。
「ふふふ。そうでしたね」
ソフトボールはスポーツであって、モンスターとの戦闘ではない。
ソフトボールの球を避けられないなら、モンスターの攻撃をかわせないだろ?というのは、可笑しな話しだ。
緊張感だったり、張り詰めた空気だったり、色々な状況でそれは変化する。
「とにかく、俺はもう大丈夫だから…ナナ」
「はい?」
「ありがとうな」
どれに大しての?とは、ナナは言わないし、思わない。きっと、今までの全てに大してのお礼だろうと判断し、どういたしまして。と返した。
後は、レイラだけだが、アリスさんで大丈夫かしら?と、そっちの方が気がかりであった。
ーーーーーーーー
テトが倒れたのを、マウンドから見つめる私。
本当であれば直ぐに駆け寄って、回復魔法を使いたい所だが、テトの許可がないと使えない。
自己判断で使うか?と、考える私と、テトの言いつけを破って嫌われたらどうする?と、考える私。
何より、テトが倒れた原因を作ったのは私だ。
それが、何よりも……許せなかった。
「バ、バカレイラ!!」
アリスの引き止める声を無視して、私はその場を逃げだしてしまった。
今思えば、なぜ逃げだしてしまったのだろうか。
ここで逃げて、何になるというのか。
しかし私は、逃げだしてしまった。
罪悪感から逃げだしたくて、仕方がなかったのだ。
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