世界は「 」にあふれている
第2章13
みなみと伊織は、それぞれの嗅覚で異変に気付いた。
「みなみ!!」
叫ぶ伊織は運転席ドアを蹴破りながら、懐にあった銃を手に取り構えた。
異変に気付いたのはみなみの方が早かった。
伊織に忠告する事すらせず、後部座席を最大限下げ、副大統領をドアから引きずり出した。
副大統領の位置に救われた。
そう思いながら、驚く副大統領が声を出す前に伊織側とは、反対側のドアを蹴破った。
「状況は?」
近くにあったビルの隙間に、副大統領を連れて行き、みなみは刀を抜刀する。
暗闇にギラリと輝く刀。
月明かりに照らされていなければ、真っ暗であろう路地裏で、みなみと伊織は集中する。
「お、おい!?これは、一体…ど…」
舌打ちしたくなる衝動を抑え、みなみは刀を握っていない方で、しーっと指を立てた。
直後、激しい爆発音が、辺りを鳴り響かせた。
「クソが…」
右に転がりながらも、伊織は警戒を怠らない。
「美優姫…」
激しく爆発した車。
転がる伊織。
そんな事よりも、狙撃による援護が無かった事が気がかりであった。
ーーーーーーーー
車が爆発する数分前。
美優姫は、怪しげな男と対峙していた。
男が、腰に手を回したのを見ると同時に、美優姫は手に持っていたバッグを床に投げ捨て、太ももあたりから小さな小型拳銃を取り出した。
「残念…」
パンッと発泡された弾丸。
「……」
無言で見つめる美優姫は、その場を動こうとしなかった。
右の髪を軽くかすめるだけで済んだ弾丸は、パチンという可愛いらしい音だけを残した。
「ほう…」
シルバー色の細長い拳銃を右手で構える男は、口元をニヤリと緩めた。
「…何のつもりですか?」
狙いを定めながら、美優姫は尋ねた。
「そんなモデルガンで、何がしたいのですか?」
「いやはや…御名答。では、次は…」
モデルガンを懐に戻した男は、スタッと美優姫の元へと降り立った。
「何のつもりかと、聞いているんです」
撃とうと思えば撃てる。
しかし、相手の心理、真意が分からない事には、撃てなかった。
今から自分は、ここで狙撃による援護をするつもりなのだ。
ここでこの男を倒したとして、この後が問題であった。
仮に、この男を倒した場合、美優姫はこの場所を断念しなくてはならない。
このままここからの狙撃の援護をした場合、背後が無防備な状態である為、この男の仲間が来る可能性があるからである。
ならば、この男から逃げた場合、あるいは逃した場合、美優姫は狙撃の援護が出来ないという事である。
今からビルを降りて、再度同じようにビルの屋上に来るには時間が足りないという理由もあるが、自分が絶好のポジションと思われる所に、訳のわからない人が居たとしたら?そいつは敵のスナイパーの可能性があるという事だ。
どちらにしても、美優姫は援護狙撃が出来ないという事になるのだろうか?いや、一つだけ違う方法がある。
敵からの情報である。
仮に、情報を聞き出せたとして、それが真実かどうかは分からない。しかし、真実だと受け取れるだけの情報を、美優姫が手にする事が出来れば、ここからの狙撃が出来る可能性が残されているのであった。
(どちらにせよ、このままではいけない)
もしも、重要な人物だった場合、ここで確実に始末する必要があると、瞬時に判断した美優姫は、再び尋ねた。
「目的を聞いても?」
「…う〜ん」
質問された男は少しの間を開けて、こう返した。
「腕試し♡」
「くっ…」
サッサッと左右に動く男に対し、発泡を諦める美優姫。あたらないと判断したのもそうだが、銃が邪魔だという理由もあった。
(格闘戦術は苦手だというのに…)
美優姫はS組みの5位の生徒である。
そもそも、この順位には3つの戦闘によって振り分けられている。
1つは、遠距離戦。
これは、美優姫の最も得意な戦術である。
間違いなく彼女の右に出る者はいない。
しかし、それは戦闘の中の話しであり、試験ではあまり役に立たない。
それはそうだろう。
今から1対1で遠距離戦をやるなどとコールされたら、警戒されてしまうのは当然なのだから。
2つは、中距離戦。
お互いが目視できるほどの距離からの戦闘。
当然、馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んでくるヤツはいない…三人を除いてだが。
3つは、近距離戦。
お互いが一足の間合いの中での戦闘。
当然、銃など意味を持たない。
7位のつぐみや6位のあい(あいは近距離以外)ならば勝てるが、みなみや伊織には勝てた事がない美優姫。といっても、あの二人が異常なだけである。
繰り出される攻撃を、冷静にかわしながら美優姫は考える。自分がかつて教わった事を思い出しながら、頭の中をイメージする。
「…おっと」
繰り出された回し蹴りをバク転でかわし、距離をとった所で、銃を発泡する。
「よっと…ふー。危ない危ない」
軽い身のこなしで、かわす男を見る美優姫。
丁度その時であった。
ドォーンという激しい爆発が、美優姫の耳に届く。そしてそれは、今から自分が援護しようとしていた場所からの音であった。
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