世界は「 」にあふれている

伊達\\u3000虎浩

第2章8

 
 明日からどうするかについては分からない為、みなみや美優姫にどうするのかをたずねた。
 伊織の質問に対し、みなみと美優姫の指示は「とりあえず街をブラブラしましょう」との事だった。


 とりあえずって何だよと思った伊織であったが、口にはしない。それを口にしても、いい事などおきないと知っていたからであった。


「仕事の話しはこれでお終い!っと。ねぇ?お腹空かない?」


「そうだなぁ。何か食べるか・・美優姫?」


 みなみの意見に賛同する伊織であったが、何故か顔を青くして立ち上がる美優姫。


「わ、私はお腹いっぱいですので・・後は二人でどうぞ」


「そうか」


 彼女にしては珍しく俊敏な動きであったが、伊織は特に気にしなかった。お腹がいっぱいだと主張する彼女を疑う理由も特にない。
 しかし次の言葉を聞いて、伊織は自分の発言を後悔する事となる。


「良し。じゃぁ伊織がお腹いっぱいになるように私が腕をふるっちゃおうっと♩」


「・・・ま、待て!お前が作るのか?」


「え?そうだけど・・何?不満なの?」


 本田みなみの料理はおかしい。ということを伊織はすっかり忘れていた。
 伊織の嫌そうな一瞬の表情を、見逃すみなみではない。


「い、嫌とかじゃなくてだな・・そ、そう!アレだ!せっかくアメリカに来たんだから、観光がてら食べに行かないか?」


 何とか必死に誤魔化す伊織。本当であれば観光などに興味はないし、料理にも興味がない。しかし、本田みなみの料理を食べるくらいであれば、外に出て食べたいと伊織は考えている。


「ふーん。ちなみに、何が食べたいのよ?」


「そ、それはだな・・」


 ここでオムライスなどと言えば、昔の二の舞いになる事は分かっている。いや、覚えている。
 同じような質問を昔されたことがあり、オムライスと答えた伊織と美優姫は、みなみの料理は殺人的不味さだということをその時に知った。
 その為、みなみが知らないであろう食べ物を選ばなければいけない。


「合鴨ロースのカルパッチョ風スパゲティだ」


「あ、あいがも?何よその料理?」


 何だと聞かれても困る。何故なら、今思いついた料理なのだから。そんな料理が存在しているかは分からないが、とりあえずみなみが知らない料理名を答えられたようだ。
 その事にホッと胸を撫で下ろす伊織は、みなみに答えた。


「何だと聞かれてもな・・食べた事も見た事もないから何とも言えん」


 何なら聞いた事もないがな。とまでは言わない。
 伊織の話しを聞きながら、みなみはアゴに手をあて、何やらブツブツ呟いていたが、ハッと表情を明るくする。


「私の得意料理じゃない!?」


「・・う・・そうなのか?」


 思わず嘘をつけ!と言いかけた伊織であったが、食べた事も見た事もないと言ってしまった以上そんな事は言えない。また、これからみなみが作った物がそうだと言われてしまっても否定のしようがなくなってしまった。
 助けを求めるも、美優姫は小さく首と手を振る。


(はぁ・・何でだよ)


 伊織はスパゲティだと説明したはずなのだが、何故かドロっとしたご飯を食べる羽目になってしまうのであった。


 ーーーーーーーー


「ご、ごちそうさま」


「流石男の子ね。たくさん食べるから作りがいがあるのよね〜。美優姫なんか本当に少食だから・・」


 嬉しそうにお皿を重ね、台所に戻って行くみなみの背中を見ながら、残したら後が怖いからだ!と心の中で愚痴る。食った食ったーっと、わざとらしく言いながら大の字で倒れる伊織。
 昔もこんな事があったなぁと、懐かしい気持ちになりながら目を閉じた。


 それからしばらくして、激しい痛みに目を覚ました伊織は、今の状況が分からず固まってしまう。


 彼が目を覚ますと、バスローブ姿の美優姫が、お腹の上で倒れていたのだった。


「お、おい美優姫!?大丈夫・・いや待て!」


 美優姫が無事かを心配する伊織であったが、それどころではなくなってしまう。彼の目線の先ではバスローブ姿のみなみが、鬼の形相で立っていた。


「久しぶりに会ったかと思ったら、寝たふりが得意になっていたとは」


「事故だ、事故。見ろ!美優姫に踏まれて目が覚めたんだよ!それより服を着ろ!」


「服?いいのいいの。アンタはここで死ぬんだから!?死ね!香月伊織ーーーーー!!」


「ば、馬鹿野郎!い、今のヤツ、俺じゃなかったら完全に死んでるぞ!」


 台所から持ってきた包丁を手にし、襲いかかってくるみなみ。伊織の顔面目掛け振り落としてくる攻撃を何とかかわす。出来れば逃げたいが、美優姫が邪魔だ。


「美優姫!?寝てないでみなみをとめろ!」


「み、美優姫のバスローブを脱がそうとするなーーーー!!」


「し、してねぇーだろ」


 伊織のアメリカの初日は、最悪な始まりであった。


 ーーーーーーーーーー


 伊織がリビングで格闘している頃。


「シーサー大統領。お話しがあります」


「・・・おぉ怖い。何かな?ニック副大統領」


 ニックと呼ばれた男は、この国の副大統領である。また、シーサーが怖いと言ったのは、ニックから話しがあると言われて、シーサーにとってはロクな話しではないからである。


「とぼけないでいただきたい!大統領選挙になると必ず死傷者がでる。それも貴方の陣営ばかり」


「とぼけるも何も、最近あった爆弾テロの時も、私は君と一緒に居たじゃないか。それに現大統領は私だ。他の候補者がいや、それで?」


 シーサーは話しを途中で終わらせた。
 他の候補者が狙ってきたなどと言えば、犯人扱いしたとニックに指摘される恐れがある。
 また、ニックに指摘された内容は、今回の大統領選挙やその前からずっと言われてきている事なので、シーサーは特に気にせずいつも通り答えた。


「私は貴方が犯人であるという証拠を持っています」


 しかしこの言葉を前にして、いつも通りに振る舞えたかはニックにしかわからない。
 内心では激しく動揺していても決して顔には出さず、シーサーは口を開く。


「ほぅ。それで?」


 まさか自首しろなどと言わないだろうと思いながらも、シーサーはニックの答えを待った。


「自首して下さい。いや、地下に潜って下さい。この国を思うのであればこそ私は・・」


 この国の代表者が犯罪に手を染めている。
 ましてや、シーサーは歴代の大統領の中でも特に長い間、大統領として居座っている。
 そんな事が世界に知られてしまったら?考えるだけでも恐ろしい。


 彼が大統領に就任してから約20年。
 どれだけの人が亡くなったか、傷ついたか。
 その事を知られる前に、この世界から存在を隠す必要がある。
 その為、ニックはシーサーに捕まるのでもなく、死ぬのでもない、地下深くに潜ってくれと頼む。


 地下に潜るのと死ぬのはイコールではない。
 死んだと公表せず、世間の記憶から消えるのをじっと待ち続ける、つまり死ぬ事にはなるが、死んだと公表しないという約束を持ちかけたのだ。


「あなたにも家族があるでしょう?」


 大統領であるシーサーは何回も離婚と結婚を繰り返し、その為子供や孫といった血縁は多い。
 自分の父は偉大な人という誇りから、歴史的犯罪者となる事を避けたくはないか?という交渉であった。


「家族を人質にとるかね」


「誤解しないでいただきたい。本来であればあなたは・・」


 言いかけた言葉を飲み込むニック。彼が躊躇ちゅうちょしたからではなく、シーサーが右手を挙げて待ったをかけたからだ。


「落ちつきたまえ。まずはその証拠とやらを見てからだろう?」


 ニックの言葉が嘘の可能性もある。
 シーサーは、まずは証拠をみせろと彼に告げた。


「いいでしょう。では明日、この場所に、同じ時間で」


 ニックは証拠を持って来てなどいない。
 相手は犯罪者。
 証拠を持ってきていたら消される可能性がある為、ニックは何かあった時の為に保険をかけてたいた。


「では、失礼します」


 ニックはお辞儀をせずに部屋を後にする。いつもならお辞儀をして部屋を後にする彼だが、今は立場が違う。
 この国の副大統領と歴史的犯罪者。
 犯罪者などに頭を下げる事など、ニックのプライドが許さなかった。


「・・・やれやれ。オイ」


「・・ハッ。お呼びでしょうか?」


 ニックが出ていた部屋を見ながら、シーサーは口を開く。シーサーの呼びかけに応じたのは、全身黒のスーツに黒いサングラス姿の男。
 ガタイはとても良く、スーツ越しでも鍛えあげられていると分かる筋肉。男はシーサーの背後に立ってシーサーの言葉を待った。


「消せ」


「・・よろしいのですか?」


「構わん」「了解しました」


 よろしいのですか?というのは、ニックが副大統領だからではない。ニックが持っているという証拠はいいのか?という質問であった。
 男は短いお辞儀の後、シーサーの部屋を後にする。男の口元は、とても嬉しそうな口であった。


 ーーーーーーーーーー


 部屋を出たニックは車に乗り込み、行き先を運転手に指示を出した後、すぐさま電話をかけた。


「・・・はい」


「私だ。シーサーが食いついてきたぞ」


「そうですか」


「そうですかじゃない!大丈夫なんだろうな」


「勿論です。我々AGRがニックの護衛に着きます」


「フン。大統領はもう少し後から呼びたまえ。何としてでも私を守れ。いいな?」


「ご安心下さい。日本からも優秀な人材を手に入れております」


「ほぅ。名は?」「香月伊織です」


「シャオロンを殺ったあの青年か!?」


「そうです。彼には貴方の護衛に就かせます。ですので」


「頼んだぞ!エルザ」


 エルザの言葉を遮りニックはそう言うと、エルザの返事も待たずに電話を切るのであった。

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