水瀬りのはアイドルであって異世界を救う者ではない

伊達\\u3000虎浩

第1章8 全国の宿屋で働く人を応援します

 
 第1章8


【14】 全国の宿屋で働く人を応援します


 一悶着あったものの、何とか担当場所が決まったりの達。といっても、りのと玲奈は納得はしていなかった。


 女子力0にコミュ力0。


 だからここで。などという理由から作業場所を決められてしまっては仕方がない話しである。


 ーーーーーーーーーー


 1階フロント。


「ま、まぁ、気持ちを切り替えていきましょう」


 実際に自分が料理を担当し、注文が入ったら入ったで大変な事になるのは目に見えている。


 なら、これで良かったはず。と、りのは自分にそう言いきかせた。


「とは言っても…ね?」


 お客が来たら人数に応じた部屋に案内すること。


 お金は先にもらっておくこと。


 店主はこれだけをりのに告げ、何処かに行ってしまった。


 時刻は分からないが、外の明るさや体内時計からざっくり計算すると、お昼ぐらいだろう。


「こんな時間に泊まりに来る人なんているのかな?」


 フロントの机に両肘をつき、はぁーっと、ため息を吐く。


「そりゃぁ、体力回復の為に必要な場所だけどさ」


 RPGゲーム、いや、ゲームの基本である宿屋。


 HPが減った、MPが減った、セーブをしよう、夜まで時間をスキップしようなど、宿屋はとても大切な場所である。


 しかし、お客は未だに0であった。


 確かにりのは暇そうな仕事を!という考えでフロントを選んだ。


 だが、暇すぎるというのはそれはそれで辛い。


 とにかくやる事がないのだ。


 それに、宿屋の入り口には扉がない為、外から丸見えなのも問題であった。


「うーん。しくったかなぁ」


 外から丸見えということは、フロントでサボっていたら丸見えということであり、サボっているような宿屋に来たいと思う客もいないだろう。


 お客が来ない事には始まらないのだから…つまりは、サボれないということである。


「アリア。ねぇ、アリアってば」


 せめて話し相手が欲しい。


 りのはそう考えてアリアを呼んだ。


「ふわぁぁあ。全く…なんじゃ?」


 むくっと、りのの胸ポケットから目元を擦りながらアリアは顔を出した。


「ねぇ、少しお話しをしましょうよ」


 人の気も知らないで寝てるだと(怒)と、りのは思ったが口にはしなかった。


 喧嘩をしている場合ではない。


 なぜなら自分は、話し相手が欲しいのだから。


 りのはそう考え優しい声で話しかけた。


「イヤじゃ」


 ピク。


 即答。


「ワシは忙しいんじゃ。何が悲しくて、話しなんぞに付き合わねばなるまいのじゃ」


「忙しい…ですって?」


 こめかみをピクピクさせながら、りのはそう尋ねた。


「うむ。あ〜やじゃやじゃ。暇になりたいわい」


 ピクピクピク。


 この後、アリアに雷が落ちたのは、言うまでもない事であった。


 ーーーーーーーーーーーー


 1階 廊下。


 アリアにフロントを見てもらうよう脅迫おねがいしたりのは、葵や玲奈の様子を見に来ていた。


「はぁ。もぉ、アリアったら」


 先ほどの事を思い出しながら、りのはそんな事を呟いていた。


『いい、アリア。私は他の人の様子を見に行ってくるから、お客様が来たら知らせに来るのよ』


『なぜ、可愛い妖精であるワシが…』


『可愛いは否定しないけど…。日本には働かざる者 食うべからず。という素晴らしいことわざがあるの』


『技?ファイアーとかか?』


『違うわよ!ことわざっていうのはね……。そ、そう、言葉よ!言葉。いい?何かを食べるには、何かをしないといけないって事なの』


『ん?そりゃぁ、何かを食べるには掴んだり舐めたりせんといかんじゃろ』


『…そ、そうじゃなくて!働かない人にはご飯がありません。っていう意味なのよ!!』


『両手を重ねながら泣くでない。んで、何かしたのか?』


『へ?』


『じゃ・か・ら!りのは何かしたのかと聞いておるのじゃ』


『うっ…ま、まだだけど』


『やれやれじゃ。まずは自分からちゃんとする事じゃな』


『く…正論を…な、なら、アリアは、お昼ご飯抜きでいいのね?』


『ダメに決まっておろう。アホなのか?』


『・・・アリアーー!!』


 先ほどの事を思い出したりのは、はぁ…と、ため息を吐きながら厨房へと足を運んだ。


 ーーーーーーーーーー


 厨房。


「ク、ク、ク。さぁ、さぁ、さぁ!回れ回れー!回るがよいわ!」


 厨房の扉の前まで来たりのは、そんな声が聞こえてきたので足を止め、そぉ〜っと中を覗きこんだ。


 厨房の中には、木で作られた食器棚があり、火を起こす為の薪が側にあったり、これまた木で作られたテーブルなどがあった。


(…ガスコンロとかじゃないのね…ま、異世界なんだから当然か。ん?あれは…暖炉?)


 暖炉というのだろうか?


 いや、バーベキューみたいと言った方が分かりやすいだろう。


 鍋の下に鉄板があり、鉄板の下はボーボーと燃えている。


 そんな大きな鍋の前で、両手を広げる葵。


(…何してるんだろう)


 様子を見守るりの。


「ク、ク、ク。人魚の尾。猿の手。魔女の涙。よい。よい。実によいではないか」


 どうやら真面目に料理をしているらしい。


「どれ…味見を…」


 おたまにすくったスープを小皿にうつし味見をする葵。


「……うっ!?」


 カラン、カラン。と、テーブルに落ちる小皿。


「…………」


 短い沈黙の後、左の手の平の上を、ぽんっと、右手で叩きながら、葵は結論を述べた。


「ふむ。これはりのに食わせるとしよう」


「……ちょっと」


 りのが呼びかけると、ビク!と肩を揺らす。


「おおお、おったのか?」


「ちゃんとやってるか見に来たのよ。で?それを私に食べさせるですって?」


 ツカツカと歩きながら、りのは鍋を覗きこんだ。


 グツグツという音。


 ふんわり香る味噌の匂い。


「へ〜。美味しそうじゃない」


 味噌汁の中には野菜やら魚やらが入っており、とても美味しそうに見えた。


「ク、ク、ク。我を誰だと思っている?」


「中二病にかかった可哀想な子」


「ち、違うわい!」


「で?人魚の尾って言ってたけど、勝手に使っちゃっていいの?」


 そもそも人魚の尾って笑。と、思うりの。


「たくさんあったぞ?ダメだったのか?」


「どれどれ…ん?これ、何ていう魚なの?」


 葵が指さす方へと目を向けると、見た事もない魚がたくさん並んでいた。


 りのが知らないのも無理はない。


 なぜなら、異世界の魚なのだから。


「ク、ク、ク。コヤツはアーロンじゃ」


「……サメじゃない気がするんだけど?」


 現代の魚で説明するのであれば、ちょうちんあんこうにギザギザした鼻が生えている。みたいな魚である。


「ちょっと私も味見していい?」


「……!?す、好きにせい」


「お腹が空いちゃって、空いちゃって。えへへ」


 葵が先ほど落とした小皿を手に取るりの。


「どれどれ〜♡」


 すーっと、鼻を小皿に近づける。


 魚のダシなのか、野菜本来の味なのか、または味噌なのか、とてもいい香りがする。


「へ〜。いい香りじゃない」


 グイッと、口につけた。


「………うっ!?」


 カラン。カラン。と、テーブルに落ちる小皿。


 バッっと、後ろを振り返ると、葵が部屋から出ようとしている姿が見える。


「……葵ちゃん?コレって、何かな?って、待ちなさい!」


 ダダっと、一目散に逃げて行く葵。


 当然、後を追うりの。


 この鍋の味を一言で伝えるのであれば、カオスであった。


 ーーーーーーーーーー


 2階。


 階段を駆け上がる葵。


 階段を駆け上がると、両サイドにたくさんのドアがあり、正面にはトイレがあった。


「待ちなさい!葵ーー!」


 葵の後ろというより、階段の下からりのの声が聞こえてくる。


「ふむ」


 さて、どの部屋に入るか?


 葵は考える。


「ク、ク、ク。今こそ我の心眼の出番ではないか」


 心眼。それは、第三の目。


 両目を瞑り、心の眼で見るのだ。


 両手を前に突き出し、両眼を閉じた葵は、先ほど見た光景を思い出す。


 一番最初にドアを開ける自分を想像し、その部屋こそが心眼で見た当たりの部屋という事になる。


「ク、ク、ク。見える。見えるぞ」


 ニヤリと口元を緩め、心眼で見た光景通りの部屋のドアを開く。


「こ、ここじゃぁーー!!」


 バン!っと、葵は一つの扉を開いた。


 ダダダダ。


 りのもまた、階段を駆け上がる。


「葵ったら全く。あんなのを食べさせようだなんて…ん?」


 階段を登ると、一つの部屋の前で固まっている葵の姿が見えた。


「…何かあったのかしら?」


 部屋に入る素ぶりすら見せない葵。というより、部屋の前で立ち尽くしているように見えた。


 りのが不思議に思うのは当然である。


 何事かと、りのは葵の背後にまわった。


「………なっ!?」


 葵の背後から部屋の中を見るりの。


 りのと葵が目にしたのは、部屋の隅で落ち込んでいる玲奈の姿であった。


 ーーーーーーーーーー


 2階客室。


 私は今、落ち込んでいます。


 と、その背中が語りかけている。


 具体的に説明するのであれば、部屋の隅に体育座りをしながら、ブツブツ何かを呟いている姿であった。


「ちょ、ちょっと葵!」


 葵の耳元で囁くりの。


「わ、我は知らんぞ!部屋を開けたらこの有り様じゃったのだ」


「ど、どうするのよ」


「どうするも何も、なぜ玲奈は落ち込んでいるのだ?」


 言われてみればその通りであった。


「と、とにかく、話しをしましょう」


「そ、そうだな…」


 原因が分からない事にはどうしようもない。


 りのと葵はそう結論し、部屋の中へと入って行った。


 玲奈の側まで近づく二人。


 ツンツンっと脇腹を突かれるりの。


(わ、私??)


 話しかけろという合図である。


「ね、ねぇ、玲奈?」


 異論がないと言えば嘘になるが、断る訳にもいかず、りのは玲奈に話しかけた。


「いいんです。どうせ私なんか…コミュ力0の女…友達が少ない可哀想な子なんですから」


 と、ブツブツ独り言を呟く玲奈。


「私は友達が少ない。私は友達が少ない」


「ちょ、ちょっと!玲奈が"はがない"って、連呼してるんですけど!」


「うむ。アレは神アニメじゃった」


「いやいやいや、違う、いや、違わないけど、今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょ!」


「いえ。友達が0ですから、はがないでもありませんね…ははは」


「ちょ、ちょっと!玲奈が、玲奈が闇を暴露しちゃってるんですけど!」


「む…間違てる。間違ってるぞ!神崎玲奈よ!」


 すっと右手を水平に伸ばす葵。


 ここは任せろ!下がっていろ!という意味である。


「葵…」


 思わず、じーん。とくるりの。


 そんなりのを他所に、一歩、また一歩と玲奈に近づく葵。


「……葵」


 ぽん。ぽん。と、肩を叩かれた玲奈は、すっと、顔をあげた。


「玲奈よ。はがないは、友達が0の奴等の集まりじゃ。よって、お主は"はがない"で間違いではないぞ」


「……!?そ、そうでした。やっぱり私は・・」


「ちょ、ちょっと!?更に落ち込ませてどうするのよ!!」


「い、いや、我は間違っていると指摘しただけであってだな」


「そうだけど、そうじゃなくて、励まさなきゃって事でしょ!」


「ははは。いいんです。どうせお昼は一人寂しく女子トイレですよ…ははは。トイレの玲奈さん。何て呼ばれちゃってるかもしれません」


「聞きたくない。聞きたくないよ!玲奈」


 玲奈の闇を垣間見たりのと葵。


 何なら、どのトイレに入っているかまで検討がついてしまう。


 両耳を塞ぎ、これ以上は見たくない、聞きたくないと、りのは両目を閉じた。


「りのよ…」


「葵…」


 ぽん。と、右肩に手を置かれたりのが目を開けると、左手の親指をビシっとたてた葵が語りかけてきた。


 持つべきものは友人である。


 落ち込んだ時、悲しい時、励ましてくれるのはいつだって友人だ。


「現実から逃げてはいかんぞ!」


「中二病のアンタにだけは言われたくないわ!」


 と、そんな事を言っている場合ではない。


 このままでは玲奈が危ない。


「と、とにかく、玲奈を励ましましょう」


「うむ。そうじゃな。これ以上玲奈の黒歴史を聞くのはご免だ」


「ははは。ははは…はぁ…」


 玲奈の背中から、どんよりと重たい空気が流れている。


 チョイチョイ。と、葵を手招きし、一旦離れるりの。


「さっきの話しなんだけど」


「はがないについてか?」


「違うわよ!ま、まぁ、それは後で語るとして…そうじゃなくて、多分玲奈は、コミュ力0って事を気にして落ち込んでいると思うの」


「ふむ。しかし玲奈はコスプレイヤーなのだろ?コスプレイヤーなのにコミュ力0などあり得るのか?」


 本来コスプレイヤーというのは、それなりにコミュ力があるものである。


 というのも、イベントなどで交流を深めたり、写真を撮らせて下さいと話しかけられたりする為、それなりに会話が発生するのだ。


 逆に自分から一緒に撮らせて下さい!ということも珍しい話しではない。


「う〜ん。けど、実際問題そう出ちゃってるし」


「ふむ。しかし、我らとは普通に会話が出来ているではないか」


「そうよね。葵よりかはコミュ力があるはずなんだけど…」


「おい」


 中二病とコスプレイヤー。


 どう考えてもコスプレイヤーの方が、コミュ力があるはずである。


「とにかく、玲奈を励ましましょう。いい?友達とか、コミュ力とか、玲奈が落ち込みそうなワードは避けるのよ」


「ふ…愚問じゃな」


 二人は親指をグ!と、たてながら、目と目で会話をする。


「玲奈。ご飯にしようよ」


「……りの」


「私、お腹ぺこぺこでさ…いやぁ、恥ずかしい話しなんだけど、さっきお腹のむしが鳴っちゃったよ〜。ん?」


「…聞いたか?」


「えぇ、しっかり聞きました」


「え?え?な、何よ?」


「お主まさか、虫をお腹で飼っているのか?」


「か、飼うわけないでしょ!!」


 顔を赤くしたりのの怒声が、部屋の中に響きわたるのであった。

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