水瀬りのはアイドルであって異世界を救う者ではない

伊達\\u3000虎浩

第1章1 水瀬りのはアイドルであって異世界を救う者ではない

【プロローグ】


 西暦2055年2月14日。
 バレンタインデーということもあり、秋葉原の街はカップルだらけである。
 そんなカップルだらけの街の中を、一人寂しく歩く少女。


「・・べ、別に寂しくなんかないし」


 3本ラインの入った、真っ黒いジャージ姿。
 茶色い髪型をポニーテールにし、白いシュシュでとめており、マスクなどはせず、大きなサングラスをかけている少女の名は、現役女子高校生アイドル、水瀬りのという。


 秋葉原に何故真っ黒なジャージ姿なのかというと、声をかけられない為にである。
 無論、サングラスも同じ為であったのだが、声をかけられた事はない。
 しかし、アイドルとして秋葉原を歩くのならば、変装をしなくてはと、りのは考えたのだった。


「バレンタインデーかぁ・・はぁ」


 羨ましいとか、彼氏が欲しいとか、そういう事を思った事はないのだが、バレンタインデーの日に仕事かと思うとため息をついてしまう。


「ダメダメ。今日が何の日かを忘れたの!?」


 りのは、首を振りながら今朝の事を思い出していた。


 ーーーーーーーー


 とても幸せそうだった。
 抱き枕を抱きしめながら眠る我が娘を、母親である麗子は頬をピクピクさせながらおこした。


「いつまで寝ているの!!」


「フンギャ」


 ベッドから落ちてしまい、何事かと目を覚すりの。
 熊の着ぐるみを着て寝ていたりのは、母親に挨拶をする。
 挨拶を大切にしなさいが、水瀬家の家訓である。


「あ・・お母さん・・おはよう」


「ハァー。全くもうこの子は。もう、こんにちはだよ」


「嘘っ!!」


 ガバっと起き上がり、パッと時計を見るりの。
 今日は大切な仕事の日であり、リハーサルが14時からある事を昨日母親に伝え、寝る前にアラームを3個セットした・・ハズなのに・・アレ?


「・・ねぇ?私には9時に見えるんだけど、電池切れか何か?」


「お生憎様あいにくさま。一昨日電池を変えたばかりだから、超元気」


「だ、騙したわね!!」


「でも。目は覚めただろう?」


 可愛くウィンクしてくる母親に、りのはちょっとキュンっとしてしまい、頬が赤くなってしまう。


「ところでアンタ今日仕事だろ?いい加減、辞めたらどうだ?」


「これから仕事に向かう娘に対して言う言葉は、それなの?」


 熊の着ぐるみをベッドの上に脱ぎ捨て、シャワーを浴びる準備に取り掛かるりのは、母親にそう返した。


(タオルに・・下着に・・それから)


 水瀬家は母子家庭である。
 りのが小さい頃に父親が亡くなり、それ以来麗子が一人でりのを育てている。
 麗子は35歳と若く、18歳でりのを産み、りのが生まれた次の年に、未亡人になった。


 りのは、貧しいと感じた事が一度もなく、他の友達に父親がいて、羨ましいと感じた事もない。
 熱を出せばつきっきりで看病してくれるし、来なくていいと言っている授業参観にも必ず来てくれる。


 そんな母親が、りのは大好きである。


「りの」「何?」


「愛してる」


「し、知らない!」


 バンっと扉を閉めたりの。
 閉めた扉の向こうから、楽しそうな笑い声が聞こえる。
 思わずほころぶりのは、シャワーを浴びる為に浴室へと向かうのであった。


 ーーーーーーーー


 シャワーを浴びたりのは、麗子と遅めの朝食をとっていた。


「ところでアンタ、今日は一体何の仕事なんだい?」


 麗子は食後のコーヒーを飲みながら、りのに話しかけた。
 聞かれたりのは、ニヤケながら今日の仕事について話し始める。


「今日は、ゲームのアフレコなの」


「アフレコ?なんだいそれは」


「いいお母さん。アフレコって言うのはね」


 りのは人差し指を突き立て、得意げに話し始めた。


 アフレコとは、声をあてる仕事だ。
 声をあてるとは、アニメのキャラクターや、ゲームのキャラクター、または海外ドラマなどの人の代わりに声を吹き込む仕事である。


 解りやすく説明するのであれば、道端に猫がいたとして、猫はニャーとしか鳴けない。
 そこで猫の代わりに自分が声をだし、まるで猫が本当に喋っているかのようにする。
 これがアフレコみたいなものなのだが、これがかなり難しい。


 何が難しいかと言うと、ニャーっと鳴いている間に、決められたセリフを言わなくてはならないのだ。
 ニャーと鳴いている時間は1、2秒だろう。
 つまり、猫が口をあけている時間はそのぐらいであり、その間にセリフを・・・。


「・・解った解った。大変なのは解ったけど、何でそんなに嬉しそうなんだよ」


「だって私の夢だったんだもん!!」


 麗子はりのの説明を遮った。
 終わりそうになかった為である。


 りのとはどんな人ですか?っと聞かれ、一言で言い表すのであれば、オタクであった。
 家ではアニメを見て、仕事の合間に漫画を読み、学校の通勤時に、ラノベを読む。
 アニメを見るうちにりのは、いつしか自分も声をあてたいと考えるようになった。


 そして遂にりのの念願の夢が叶い、2月14日にゲームのキャラクターの声をあてる仕事が入ったのだった。


「ハァー。バレンタイの日にチョコも作らず、男の陰も見えず、本当にアンタは女子高生かい?」


「う、うるさいわね。大体アイドルの私が、彼氏持ちだったらマズイじゃない」


「アイドルねぇ・・ま、頑張りな」


「・・・うん」


 麗子は、りのがアイドル活動をするのを、嫌がっているようにみえる。
 アイドルは楽な仕事ではない。
 毎日気をはって、気を使って、陰でボロクソ叩かれる仕事である。
 親としては、娘のやりたい事をやらせてあげたいのだが、傷つくかもしれないと思うと、複雑な気持ちである。


 気をはるのは当然、ストーカーに合わない為であり、気を使うのは当然、先輩や番組のプロデューサーさんや監督さんにであり、ボロクソ叩かれるのはインターネット内である。


 なら何故アイドルとして活動しているのかと聞かれたら、りのの答えは2つある。


 1つは水瀬家の家計の手助けをしたいと考えたからであるが、麗子が受け取ってくれた事はない。
 娘に助けてもらうほど、ヤワじゃない、万が一そうなったら、水商売でもはじめるさが、麗子の口癖である為、そうならないように、りのはコツコツと貯金をしている。


 2つ目の理由は単純に、楽しいからである。


 決して楽な仕事ではない。
 しかし、こんな自分に会いに来てくれる人がいるのだ。


 会って泣いてくれる人がいるのだ。


 こんな自分でも、誰かに必要とされているのだと思うと、一生やる価値のある職業だと思っている。
 その為、母親れいこには悪いが、辞めるつもりはない。


「じゃぁお母さん行ってくるね」


「はいよ。しっかり働いてきな」


 行ってきまーすと、元気よく飛び出したりのに、行ってらっしゃぁーいと返す麗子。


 まさかあんな事が待ち受けているとは、この時のりのは知る由も無かった。


 ーーーーーーーーーーーー


【1】水瀬りのはアイドルであって異世界を救う者ではない。


 現場に着いたりのは、時計を見て深呼吸をする。
 時刻は13時である。
 14時からのリハーサル時間を間違えた訳ではなく、ワザと早く来たのだ。


 りのは芸能界ではまだまだ新人であり、アフレコという仕事に関していえば、超ド新人である。
 その為、先輩方より早く来て、あいさつだったり、アフレコのコツだったり、しようと考えて早く来たのであったが、何だか様子がおかしい。


「すいませーん。サクラプロダクションから来ました。水瀬りのです」


 しかし、返事は返ってこなかった。
 一度外に出て、場所の確認をするのだが、場所はあっている。


「奥の方なのかな?」


 入り口に入り直して辺りを見渡すも、やはり誰も見当たらない。
 普通であれば、こういった所には受付にお姉さんか、警備員の人がいるハズなのだが・・。


 とにかく奥の方に行ってみるしかない。
 そろそろ楽屋を見つけて着替えたり、台本をチェックしたりしたいと考えたりのは歩きだした。


「し、失礼しまーす」


 そこは長い一本道であった。
 キョロキョロしながら歩くりの。
 楽屋があれば、自分の名前があるハズなのだが、部屋などない。


「おっかしいなぁ・・」


 部屋どころか窓すらない廊下。
 もしかしてドッキリなのだろうかと考えたが、だとしたらそろそろ何か起こってもいいハズである。
 時計を見ると13時10分をさしていた。


 引き戻そうかとも考えたが、引き戻した所で何もないのは解っている。
 もしかしたら入り口を間違えてしまい、この先に誰かいるかもしれない。


「進む・・べき・・よね」


 りのは左手で壁を触りながら、右手を胸にあてる。


 自然と右手は、握り拳になっていた。


 もしもドッキリだったら覚えときなさいよ!と、前野マネージャーの顔を思いだしながら、りのは先へと進んだ。


 ーーーーーーーーーー


 しばらく歩いていると、ようやく部屋が見えてきた。
 ホッと一息ついたりのは、小さく深呼吸をする。


「楽屋かな?スタジオなのかな?」


 りのは、部屋の扉の前でノックをする。


「こんにちはー。サクラプロダクションから来ました水瀬りのと申します。本日は・・」


 失礼のないように、大きな声ではっきりと喋るりのの言葉を遮るかのように、プシューっという音とともに扉があいた。


「どうやらスタジオみたいね」


 ジャージ姿であるが仕方がない。
 楽屋が何処かを聞いて、着替えれば問題ないだろう・・それよりも。


 りのはニヤケがおさまらなかった。
 何故ならばこの扉の向こうに、憧れの録音スタジオがあるかもしれないのだ。


「写メっていいのかな?誰かいるかな?あーもぅ!緊張するぅぅぅう」


 心臓が口から飛び出しそうだという言葉は、本当にあるのだとりのはこの時知った。


 失礼しますという言葉と共に、きちんとお辞儀をするりの。
 顔をあげたりのは、その光景を見て固まってしまう。


 そこは不思議な部屋であった。


 ーーーーーーーー


 アフレコ現場。
 通称録音スタジオと呼ばれる部屋で、声優さん達が収録を行うといえば、椅子がL字に並べられ、マイクが3本立っていて、マイクの前に大きなモニターがあり、映像に合わせて代わりにがわりに声を吹き込んでいくイメージである。


 大陸というテレビでもやっていたし、声優さんを題材にしたアニメなどで、何度も見ている光景だ。


 しかし、そこには椅子など置いていなかった。


「・・ま・・間違えた?」


 辺りを見渡すと、壁にはハードディスクみたいな物が大量にあり、目の前にはキーボードと、パソコンらしきモニターがあるだけである。


 もしかして、個別収録か何かなのかとりのは思ったが、それなら無くてはならない物、マイクがないのはおかしい。
 しかし、入り口からここまで歩いてきたが、ここ以外に部屋はなかった。


 りのは不安そうにしながらも、部屋に入ってキーボードの前まで歩いていく。
 りのが歩き出すと同時に、部屋の扉が閉まる。
 ひっ!?っと悲鳴をあげてしまったが、自動ドアなら閉まるのが普通である為、特には気にしないりの。
 まさか、閉じ込められたなどとは、夢にも思わずりのは、キョロキョロしながら語りかけた。


「す、すいませーん。サクラプロダクションから来ました。水瀬りのと申します。本日はファイナルクエスト3のアフレコに来たんですが・・」


 りのが喋りだすと、目の前のモニターが起動する。
 りのは触ってもいないのだが、電源が急にオンになったのだ。


「誰か見ているのかしら?それとも・・」


 それともセンサーか何かがついているのだろうか?
 モニターを除きこむと、モニターには文字が書いてある。


 《welcome!!》と。


「ようこそ!!・・か。一応、歓迎されてる・・のよね」


 りのはアゴに手を当てながらブツブツと呟き、キーボードのEnterキーを叩いた。
 キーを押すと文字が変わって、新たな文字が出てきた。


 《you are name?》


「貴方の・・お名前は?・・そうか!」


 りのは結論を出した。
 誰もいなかった受け付け。
 何も無い長い廊下。
 そして、訳の解らない部屋の中でのこの作業。
 これが、この会社なりのセキュリティで、きっと
 入力が全ておわったら、何処に向かえばいいとか指示がでるはず。


 りのはモニターに出てくる文字(質問)に、片っ端から答えていく。
 入力スピードは尋常じゃない。
 何故ならりのは、2chの申し子でもあるのだ。


「名前は水瀬・・りので、歳は17歳で、住んでいる場所は、東京都で・・・うっ」


 順調に質問に答えていたりのの、手の動きがピタリと止まる。


「ちょっと待って。声優さんの仕事にコレは必要あるの?」


 だとしたら、声優さんは毎回答えているのだろうか。


 モニターにはこう書かれていた。


 《3size?》と。


 ーーーーーーーー


 サイズと聞かれたら、身長か足の大きさかのどちらかであろう。
 しかし、3はスリー。
 すなわち今聞かれている質問は、プロポーションについてである。
 そもそもthreeではなく3と書いてある所に、悪意を感じてしまう。


「お、落ち着けわたし。アイドルなら良くある質問じゃない」


 プルプル震える右手。
 この質問になると、いつもこうであった。


 上の方から答えるのが普通だろう。
 つまり、胸の大きさから・・。
 バッっと、辺りを見渡すりの。
 当然誰も見てなどいない。


「少し・・ぐらい・・少しくらいなら・・」


 震える右手人差し指で、8のキーの所へと手が伸びる。
 りのの胸は7●ぐらいなのだが、少しぐらいサバをよんでもいいのではないかと、心の中で葛藤する。


 自分は今高校生。
 すなわち、成長期である。
 何か聞かれたら、成長しました!と答え・・嫌、メジャーを持ってこられたら困る。
 待てよ。
 入力を間違いました!ならどうだ?


 8のキーを押して、バックスペースキーで消して、また8のキーを押してを繰り返すりの。


「待つのよりの!これは夢への第1歩。嘘ついてどうするの」


 声優の仕事にスタイルは全く関係はないのだが、女性として、譲れないものがある。
 しかし、これで夢が叶わなくなってしまうのは嫌だと、りのは正直に7のキーを叩いた。


 一通りの入力が終わり、次の質問にうつるりの。
 質問はこうであった。


「職業は何がいいですか?か・・アイドルよね?」


 何がいいですか?と聞かれても・・恐らく、声優か、女優か、タレントか、アイドルかと聞いている質問だと思ったりのは、アイドルと入力をし、キーを叩いた。


 最後の文字をりのは今でも忘れない。


 《good luck》


 幸運を祈るという意味である。


 ーーーーーーーーーー


【2】チュートリアルは大事!


 最後の文字が現れると同時に、部屋の中が白く輝き始めた。
 眩しさのあまり両目を瞑り、両腕で顔をガードするりの。
 どれくらいそうしていたのか解らない。


 一つだけ言える事があるとすれば、次に目を開けた時わたしは・・訳の解らない場所に立っていた。


 そこは草原であった。


 右を見ても、左を見ても、前を見ても、草しか見えない。
 後ろを振り返ると、街が見える。


「・・・・ふぇ?」


 思わずマヌケな声を出してしまうりの。
 自分はさっきまで、キーボードを叩いており、気がついたら知らない風景を眺めているのだ。
 落ち着けという方が無理であった。


「夢・・よね?」


 右の頬をつねるりの・・夢ではなかった。


「どどど、どうなってるの!!!」


 パニックである。
 ババババっと首を向けるが、草しか見えない。
 バッっと自分を見ると、服装が変わっている事に気付いたりの。


「・・ステージ衣装よね?」


 上下赤い服に、黒いハートの模様。
 黒い靴下は膝上まであり、水瀬りののファンなら誰もが知っている格好であった。


 腕をあげ、足をあげ、自分の格好をジロジロ眺めるりの。


「相変わらず、可愛い衣装よね」


 スタイリスト兼衣装係の、川端さんの事を思い出しながら呟くりのは、ある事を思い出していた。


 最後の質問である。


「待って。アイドルと答えたからと言って、この格好をしているとは限らないじゃない」


 両腕を組んで、ブツブツ呟くりの。


「・・・ねぇ?」


「ねぇってば!!」


「キャッ!!」


 どうやら誰かに呼ばれていたらしい。
 ビクっとしながらも、声がする方へと顔を向け、恐る恐る目をあけるりの。


「やっと気付いたわね!」


 そこには、小さな妖精が飛んでいた。
 水色の服に、ピンクがかった髪。
 ツインテールの妖精は、アニメで見た事がある、ティンカーベルみたいな格好をしていた。


「えっと・・どちら様ですか?」


 両腕を組んで、プカプカ空を飛んでいる妖精は、自分に話しかけていると察したりのは、とりあえず名前を聞く事にした。


「私はアリア。見ての通り、可愛い妖精よ」


「わ、私は水瀬りのといいます」


 自分で可愛いって言う?嫌、可愛いんだけどさ。
 そんな事を思いながら、アリアと名乗る妖精に、りのは自己紹介をする。


「りのか。うむ。これからヨロシクな」


「・・宜しく・・って・・えぇぇ!?」


 ようやく今の状況を理解する。
 自分は知らない場所で、妖精と会話をしている。
 これではまるで、異世界に飛ばされた人みたいではないか。
 まさか・・ないなぃ。
 アニメや漫画じゃあるまいし。
 手をブンブン振って、自分で自分にツッコンでいると、アリアが提案をしてきた。


「ところでさりの。面倒くさいんだけど、チュートリアルいる?」


「チュート・・リアル?」


「なんじゃ?まさかお主、チュートリアルの意味がわからんのか?ハァ」


「嫌々、意味はわかるけど、チュートリアルをする理由が解らないって事」


 だから、そんな人を小馬鹿にした態度をやめなさいと、りのは目で訴えた。


「まぁやってみるのが一番じゃろ。シポル」


 絶対、説明するのが面倒くさいだけだろうとりのは思ったが、口にはしなかった。
 否、できなかったが正しいだろう。
 なぜなら、りのの目の前の地面から音がしたかと思っていたら、ボコボコっと地面が膨れあがり、1匹の人形が姿を現したのであった。


「ちょ、ちょっと待って!何・・アレ?」


「ん?アレは殿様かえるじゃ」


「え?カエル・・には見えないんですけど」


 殿様かえると呼ばれた人形。
 しかし、その姿はどう見ても人の形をしており、カエルには見えない。
 ちょんまげをしていて、ほっぺに赤い●の模様。
 THE 殿様といえばコレ!!的な感じである。


「ふーヤレヤレ。ではなく、じゃ」


「えーーっと。殿様帰るって事?」


「そうじゃ。ホレ、何しておる?倒してこい」


「た、倒すの!!誰が??私が!?」


 驚きのあまり、大声を出してしまうりの。


「カエル・・帰る」


 しゃ、喋った!っと驚いて殿様かえるを見るりの。
 殿様かえるは地面へと帰って行った。


「何やってるんじゃ!!」


 何やってるも何も、いきなり倒してこいと言われたらそうなるでしょ!っと、りのはアリアに文句を言おうとしたのだが、アリアがシポルっと言いながら、地面に指を向けた。
 すると、先ほどと同じように、地面から殿様かえるが姿を現した。


「カエリタイ・・帰りたい」


 帰れよ。


 りのは殿様帰るを見ながら、そんな事を思っていた。


「ほら!りの。と言っていない今がチャンスじゃぞ!」


「だ、だから倒すとか意味わかん無いし」


 アリアが鼻先で、行け!行け!っと合図を送ってくるのだが、全く意味が解らない。
 りのが意見すると、アリアはプイっとそっぽを向いた。


「・・・チッ」


「・・・今、舌打ちしたでしょ?」


「妖精は舌打ちなどせん。それよりも面倒くさくて極まりないが、説明をするとしよう」


 アリアは、お手上げポーズをとりながら、りのの鼻先から、右肩にちょこんと座る。
 殿様かえるは帰って行く。


 りのとアリアの初めての出会いは、最悪であった。


 ーーーーーーーー


 草原に体育座りするりの。
 りのの肩にちょこんと座るアリア。


「さて、りの。今この世界はとても危機的状況なのじゃ。と言うのも、バカな勇者が魔王にちょっかいを出しおってのぅ。魔王が激オコなのじゃ」


「ちょっと待って。魔王とか勇者とか意味解らないし・・」


「まぁ慌てるでない。人の話しを遮るものではないぞ」


 アリアに注意されるりのであったが、今のはアリアの言い分が正しい。
 コクリとうなずいて、アリアの話しの続きを待った。


「先ほども言うたが、バカな勇者が、対したレベルでもないのにちょっかいを出したものだから、この世界は危機的状況になっておる。そこで神は、私達妖精に助けを求めてきた」


 りのは無言を貫いた。
 全て聞いてからアリアに質問をしよう。


「そこでじゃ。私達妖精は考えた。この世界を救う人物、すなわち、異世界人の召還で、魔王を倒そうと」


「待って!それじゃぁ私は・・」


 流石に黙ってなどいられなかった。
 アリアの言葉を遮って、りのはアリアに質問する。


「左様。水瀬りのよ。魔王を討伐し、この世界を救ってほしいのじゃ」


 アリアは両手を広げ、よくぞ来てくれました!みたいな態度である。
 そんなアリアを見ながらりのは即答する。


「ごめんなさい。無理です」


 ーーーーーーーー


 異世界?妖精?勇者?魔王?一体自分の身に何が起きているのだろうか。
 それすら解らないのに、魔王を倒せとか、世界を救えとか、バカにするのもいい加減にしてほしい。


 きっと何処かでプロデューサーか誰かが支持を出していて、ドッキリでしたぁ〜っと、姿を現わすに違いない。


 さっきの人形はラジコンか何かで、この草原は映像か何かだろう。
 白い建物にライトをあてて、白い建物から花火が打ち上がったり、別の建物に見えるようにしたりするのを、テレビで見た事がある。


「いや、りのは魔王を倒せねばならん」


「・・・・。」


「倒さんと現実世界に帰れんからのぉ」


「・・・ハイ?」


 アリアは両腕を組みながら、りのに忠告する。
 魔王を倒さないといけない理由を。


「ちょっと待って。仮にそうだとしても、私一人じゃ魔王討伐なんて無理だから」


「仲間を集めればよいではないか?それに、一人ではない。ワシがおるじゃろが」


(か、可愛い・・ダメダメ)


 可愛いくウインクしてくるアリアに、キュンっとしてしまうりのは、首を横にふる。
 きっとプロデューサーは、撮れ高が足りないと嘆いて、ドッキリでした〜のタイミングを見計らっているに違いない。
 しかし、何処の放送局かは解らない以上、マヌケな顔は見せたくない。


 何故なら自分は、アイドルなのだから。


 ーーーーーーーーーーーー


 りのは考え、アリアに提案する。


「解ったわよ。とりあえず、さっきの殿様を倒せばいいんでしょ?」


 仕方がないので、この茶番劇に付き合う事にする。
 マヌケ面に気をつけながら、ドッキリにかかったフリをして、適当な所で泣いてる顔でも撮らせれば、満足するに違いないと考えた。


「おぉ!やっとやる気になったんじゃな」


「ま、まぁね。お家に帰りたいし」


 嬉しそうに微笑むアリアに、若干というか、かなり顔をひきつらせつつ、りのはうなずいた。


「言い忘れていたが、殿様かえるは雑魚モンスターといえど、攻撃を仕掛けてくるから気をつけるのじゃぞ」


「ハイハイ。さぁ!どっからでもかかって来なさい」


 きっと、今頃カメラマンやプロデューサーは爆笑しているのかもしれない。
 しかし、演技上手いじゃん!と思われれば、ドラマのオファーがくるかもしれない。
 芝居がかった返事をアリアに返すと、アリアはりのの頭の上、丁度つむじの部分へとやって来て、ボソッと呟いた。


「・・・死ぬなよ」


 え?っと呟くりのの目の前に、殿様かえるが姿を現した。
 しかし、殿様かえるの様子がおかしい。


「ちょっと、待って!死ぬって何よ!ねぇ、ねぇ!」


「だ、大丈夫じゃ。当たりどころが悪かったらという、仮説じゃ」


「そ、それに、さっきと違って、顔赤いし、喋っている内容も違うんですけど」


 殿様かえるの顔は真っ赤であった。
 さっきまで、カエリタイとか、カエルとか呟いていたのだが、今は違う。


「カ、カエラセロ。帰らせろ」


 帰ってよ。


 りのはそうツッコもうとしたが、できなかった。
 なぜなら、殿様かえるが突進して来たからであった。


「ひ、ひぃぃぃい!!」


「こ、コラ!さっきまでの威勢はどうしたのじゃ」


「いやいやいや!普通にビビるわよ!」


 マヌケ面を晒さないとかのレベルではない。
 後ろを振り返ると、さっきまでりのがいた地面がめくれ上がっていた。
 あんなのをまともにくらったら、骨が折れてしまう、否、死んでしまう。


「な、何をしておるのじゃ!魔法を放たんか」


「魔法って何よ!!」


 殿様かえるの反対方向へと走って行くりのに、アリアがアドバイスを送ってくるのだが、訳が解らない。


「武器も持っておらんし、その格好は魔法使いではないのか?」


「え?そうなの?」


 不思議そうな顔をするりのを見て、アリアは気がついた。


「すまんすまん。魔法の使い方を説明せんといけんかったわい。シポエ」


 アリアは呪文を唱え、殿様かえるの動きをとめた。


「魔法は普通に呪文を唱えれば発動可能なはずじゃ。例えば、ファイヤーとかな。使える魔法の確認をまずせねばならん。右手を前に出して、【タップ】っと、唱えてみるのじゃ」


「・・・タップ」


 何を言っているのよと、内心では思いながらも、茶番劇に付き合うと決めたりのは、アリアの言う通りにする。
 するとりのの目の前に、iPadサイズのウィンドウ画面らしきものがうかびあがる。


「・・・何コレ?」


 固まってしまうりの。
 そんなりのをよそに、アリアが使い方の説明に入った。


「コレで、現在のレベルなどのステータスが確認できるぞ」


「ミナセリノ。レベル1・・。」


 りのは、ウィンドウ画面に書かれている文字を読み上げる。


「使える魔法は何じゃ?」


「魔法・・歌う、踊る・・。」


「・・・。」


 固まる二人。
 数十秒の沈黙が流れた。


「き、貴様何者じゃぁぁ!!」


「知らないわよ!!」


 アリアの絶叫にりのは絶叫で返すのであった。


 次回第1章2   神崎玲奈はコスプレイヤーであって魔法少女ではない。

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