アイドルとマネージャー

伊達\\u3000虎浩

第3章 雪物語 その壱…⑨

 色々とあったが、何とかイベントの準備を終わらせた修二と結衣は、雪の楽屋へと足を運んでいた。


 コン、コン。と、部屋を数回ノックしながら「俺だ。開けていいか?」と、尋ねると、雪から「どうぞー」と、入室の許可がでる。


 ガチャッとドアを開けながら、雪に声をかける修二。


「どうだー?準備は大丈夫か?」


「バッチリだよ!修二さんの方こそどうって、しゅ、修二さん!?どうしたんですか?その顔…」


 修二の頬には小さいが、綺麗な手形の跡が残っており、雪が驚くには充分な理由であった。


「ちょっとな…」


 頬の手形を隠す暇がなかった修二は、話しを誤魔化そうと動いた。最も、手形を隠す為に湿布か何かを頬に貼っていたとしても、雪から聞かれる事には変わりなかっただろうが…。


「ちょっと…ですって?」


「あ、いや、ちょっとではないです。はい」


 下着を覗いていた事は、ちょっとの事なのか?と尋ねる結衣様。結衣様はとてもご機嫌ななめであり、ゴゴゴゴ…という効果音が背後から聞こえてきているような、そんな気がしてならない修二。


 幻聴であってほしいと願う修二は、冷たい何かを背中で感じながら、結衣を隠すように雪の前に立った。


 ドス。ドス。と、まるでサンドバッグを叩くかの如く、結衣から繰り出されるパンチを背中で受けながら、修二は話題を逸らす。


 しかしそれは、とても大切な話しだった為、雪も結衣も話しを戻そうとはしなかった。


「…そ、それで?準備はできたのか?」


 先ほどと同じ質問である。


「バッチリだよ。修二さんの方はどう?」


 前半は同じ答えであり、後半は少しだけ違う。


 結衣の所為(などとは口が裂けても言えない)で、話しが別の方へといった為、話しを戻そうと動いた結果である。


「ああ。結衣のおかげで、すんなり終わったよ。ありがとな。結衣…」


 顔だけ後ろに向けて、結衣を労う修二。


 結衣は唇を尖らせながら、反論する。


「べ、別に、修二の為なんかじゃ、ないんだからね」


「へいへい。それでも、ありがとな」


 理由はどうあれ結果的に修二は助かったのだから、かける言葉は感謝の言葉しかない。


「いいから、ほら!早く始める!!」


「お、おぉ…」


 ドン!と、背中を押され、修二は雪の方へと顔を戻す。


 その可愛らしい顔を赤く染めていた事に、雪だけは気付いていた。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 雪の楽屋。


 楽屋を簡単に説明するならば、本番までの休憩所みたいなものである。


 髪や顔などを確認する為の鏡や、テーブルの上にはお弁当や飲み物があり、場所によってはテレビなどが備えつけられている場合もある。


 楽屋にはコレといって、特に決まりはない。


 また、必ずしも個室というわけでもない。


 例えば、学校でのイベントをお願いされた場合、向こうから用意される楽屋は校長室や生徒会室だったり、テレビ局なら一人部屋、あるいは誰かと同室の部屋だったりする。


 お水やお茶、炭酸飲料などが数本テーブルの上に置いてあり、数量のお菓子などがざるに盛り付けて置いてあるのが一般的な楽屋だが、必ずないといけないわけではない。


 ようは、アレだ。


 子供の頃に学校行事の一つである、家庭訪問などで、必ず先生に茶菓子を出す。みたいなものだ。


 わざわざここまで来てくれてありがとうございます。という感謝の意思表示みたいなものが、その茶菓子には含まれているのである。


 小学生や中学生、高校生の家庭訪問ともなると、30名前後の訪問となり、出された茶菓子を毎回食べる事の出来る先生が、子供の頃は羨ましく思えたものだ。


 最も、女性の担任からしたらそれは、たまったもんではないのかもしれないがな。


 飲み物やお菓子がない場合を説明するならば、単純に、急遽楽屋がそこに決まった場合だったり、同室者が大勢いる場合である。


 そういった場合は、別の場所にケータリングといって、ようはバイキングみたいな感じになっている場所から、好きな物を選んで楽屋に持っていくのだ。


 お弁当があるかないか。


 ケータリングなのか違うのか。


 その辺は、各局や各事務所によって違う。


「さてと・・って、さっきの人はどうした?」


「さっきの人?」


「めぐみですよ修二さん。あっ、結衣ちゃん!めぐみっていうのはね、さっき偶然知り合った写真家のお友達なの」


「偶然知り合ったって、大丈夫なの?」


 偶然知り合い、友達になった写真家。


 果たしてそれは本当に、友達といえるのだろうか?もしかしたら、雪のスキャンダルを狙っている者なのではないのだろうか?と、結衣は思った。


「ええ、まぁ。一応、名刺を頂いています」


「は?名刺がなんだっていうのよ」


 雪はまだまだ無名の女優ではあるが、いずれは大物になると、結衣も千尋も確信している。


 無名だから大丈夫。という事はない。


 芸能人は芸能人である。


 例えば、雪のスキャンダルを握ったとしよう。


 無名の雪のスキャンダルなど、どの週刊誌も相手にしてくれない…わけではない。


 その逆である。


 今は無名でも、いずれは大物になる可能性がどの芸能人にもあるのだからと、普通に売れる。


 しかし、大物にならない可能性だって勿論あるのだから、大物芸能人のスキャンダルと、無名芸能人のスキャンダルでは、買取価格が違うだけで、普通に売れるケースが多い。


 いずれ大物になった場合は、そのスキャンダルを使う事で儲け、ならなかった場合は損をする。


 それは、一種の投資みたいなものだ。


 無名の芸能人は確かに狙われ難い。


 スクープを狙う記者達。


 流石に、全ての芸能人の顔を覚えているわけではないのだから、狙われ難いのは当然である。


 では、どこから(いつの日から)無名の芸能人ではなくなるというのだろうか?


 テレビに出た時だろうか?


 メジャーデビューした時だろうか?


 雑誌に載った時だろうか?


 街で声をかけられた時だろうか?


 その判断は非常に難しい。


 なので、芸能人になった日から、芸能人としての自覚を持った行動を常に心掛けろと、教えるのである。


「まぁまぁ、姐さん。落ち着いて下さい」


「…ご、ごめん」


「大丈夫だよ」


 結衣の言い方は、めぐみを疑っている言い方である。


 実際、結衣は疑っている。つまりそれは、雪の友達を疑っているということだ。


 この業界に身を置く者として、それを守る立場の者として、本当に残念なのがココである。


 初めて会う人は、常に疑わないといけない。


 例えそれが、身内の友達であってもだ。


 その事を三人は充分理解している。


 その為修二は、イベント前ですから…と。結衣は、雪や事務所の事を思い注意する。雪は、結衣がそう思っての発言だとわかっている為、特には気にしなかった。


「…それで、そのお友達は何処に行ったの?」


「うん。邪魔になるだろうからって事で、外を見てくるって言ってた」


「そうか。なら、早速、最終チェックをしようか」


「は、はい!!」


 台本を開く雪を見ながら、どうやらめぐみという人は、気遣いの出来る人らしい。と、修二と結衣は思っていた。


 ーーーーーーーーーー


 時刻は少し遡る。


 修二と結衣がイベント会場にて、立ち位置の確認をしていた頃めぐみはというと、雪と行動をともにしていた。


 カシャ。カシャ。と、何度もシャッターをきるめぐみ。


「へ〜。ここって、こうなっているのね」


 楽屋と呼ばれる部屋。


 足を踏み入れた事がある人間が、果たして何人いるだろうか。


 もしかしたらあの大物芸能人も、ここを使った事があるかもしれない。


 テーブルの上には、数本のペットボトルが並ぶ。


(ふ〜ん。ドラマや漫画の中だけの話しかと思っていたけれど、ペットボトルとかって本当に置いてあるのね)


 めぐみは、好奇心がおさえきれなかったのである。


「じゃあ私は、着替えようかなぁ…」


 めぐみとは違い、雪に好奇心はない。


 雪にとって楽屋とは、見慣れた光景だからである。


(ふふふ。めぐみったら)


 色々な物を眺めたり、触ったり、写真におさめたりとするめぐみを見て、雪は駆け出しの頃を思い出していた。


(初めてドラマ撮影の仕事をもらい、楽屋と呼ばれる部屋に案内された時の事を、修二さんは覚えてるのかな?)


 カシャ。


「え?」


「ふふふ。ごめんなさい。凄くいい表情だったから…ついね」


「も、もぉ!ちゃんと言ってよ」


「あら?撮影許可がいるのかしら?」


「そ、そうじゃなくて、変な顔とかしていたら最悪じゃん」


 人を撮影するのには、許可がないといけない。


 許可なく撮影するのは、盗撮と呼ばれる犯罪行為である。


 芸能人だから…有名税でしょ?


 そんなものは関係ない。


 めぐみは写真家としてではなく、人としてそれを充分理解しているし、雪もそれは同じ気持ちである。


 撮影の許可がいるのか?と、尋ねるめぐみ。


 それには、撮影の許可がないとダメな関係なのか?という意味が含まれており、雪はその事に気付いての返しであった。


 友達なら、撮影の許可をとるだろうか。


 二人はそんな事を考えていた。


 無論、許可がいるかいらないかという考えが人それぞれなのは、二人共理解している事だ。


 では、友達ならどうだろうか?


 出会ったばかりの二人ではあったが、同じ気持ち、いや、気が合うと言った方がいいだろうか。


 気が合う…つまり、気が合う友達。


 二人はそう考えていたのである。


「雪」 


「何?」


「邪魔しちゃ悪いから、会場の外とかを見てくるわ」


「別に邪魔じゃないよ?」


「ふふふ。ありがとう。けど、写真とか撮りたいから…」


 コレからファンの為にイベントを成功させる為の準備に入る雪。


 自分がいる事で、集中出来ないかもしれない。


 そう考えての申し出に対し、少しも考える素ぶりすら見せなかった雪の態度に、思わず頬が緩んでしまうめぐみ。


 もしかしたら、社交辞令なのかもしれない。


 社交辞令なら社交辞令でもいい。


 何故なら、邪魔しちゃ悪いから部屋を出て行くと言うこの発言自体が、社交辞令と捉えられるからである。


 雪が社交辞令で申し出たのかは、めぐみに分からない事であり、めぐみが社交辞令で申し出たのかは、雪には分からない事である。


「じゃあさ、コレを首からぶら下げといてよ」


 と、雪は紐がついたプラカードみたいな物を、めぐみに手渡した。


 関係者と書かれたプラカード。


「コレがあれば、会場の出入りも出来るし、外でカメラを構えていても、恥ずかしくないよね?」


「ありがと。じゃあ、また後でね」


 カメラを構えるという行動は、別に恥ずかしい事ではない。と、めぐみは思ったが、口にはしなかった。


 社交辞令でも何でもいい。


 相手が自分に対して気を使ってくれた事が、一番嬉しいのだから。


 プラカードをぶら下げ、カメラを右手に持って部屋を出るめぐみ。


(さてと。いい写真が撮れたらいいわね)


 頭の中はそれでいっぱいであった。

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