アイドルとマネージャー

伊達\\u3000虎浩

第3章 雪物語 その壱…⑦

 
 今日は、ファンクラブの初イベントである。


 会場を間違えさせられた為、時間がないのだから顔を赤く染めている場合ではないと考えた修二は、そんな事よりと話題を変える。


 絶対恥ずかしかったからでしょ?と、めぐみは思ったが、口にはしなかった。修二をからかった事により、先ほどの出来事も良しとしよう。と、思いながら後に続く。


 終始笑顔の雪。


 何故笑顔なのかは、言うまでもない事だろう。


「で?こちらの方は、雪の友達か何か?」


 流石に、コイツ誰?とは聞けない為、丁寧に尋ねる修二。


「あ!めぐみっていってね…」


 と、雪から説明を受けるのであった。


 ーーーーーーーーーー


 軽い自己紹介を互いに済ませる二人。


 マネージャーである修二に、写真家のめぐみ。名刺を持っているのが当たり前である。


 互いに名刺交換を済ませる…といっても、堅苦しいビジネスマナーなどない。


「写真家…ね」


 修二自身、写真家に知り合いはいない。


 マネージャーである修二が知り合える人など、それこそ、芸能人かテレビ局の人、もしくは同業者である。


 雪は芸能人なので、写真を撮られる仕事も勿論あるが、その場合は写真家と知り合うわけではない。


 というのも、写真家を雇うのは修二達ではなく出版社サイドであるからだ。


 その為、名前などは聞いていても、名刺交換をするのは主に出版社の方というわけである。


「ふーん。マネージャーね」


 当然、めぐみにもマネージャーの知り合いはいない。


 そもそも弟子であるめぐみは、師匠のアシスタントが仕事である為、自ら積極的に名刺交換をする事はない。


 名刺交換をする相手といえばこちらも、出版社の偉い方達がメインとなっている。


 この業界に携わる人でなくてもだ。


 働く上で最も大切なのは、人脈を持つ事にある。


 何か重要な事が出来た場合、そういえば…アイツなら…と、なる可能性があるからだ。


 その為、修二とめぐみはビジネスマナーを完璧に仕込まれていた。


 ちなみに、芸能人である雪も名刺は作ってある。


 サクラプロダクション所属と書かれた名刺。


 しかし、基本的には使わない。


 芸能人は顔を売るのが仕事だ。


 名刺で覚えてもらうのではなく、顔で覚えてもらうのが仕事の一部なのだ。


 では何故、名刺があるかというと、名刺とはいわば、必需品だからである。


 名刺がある人が偉いわけではないし、ないといけない物でもない。


 しかし、名刺があれば何かと便利なのも事実。


 例えば、職務質問された時の証拠になったりとか…まぁ、職務質問される事など滅多にないけどな(笑)


「それで?ファンクラブのイベントって、何やるの?」


 そんな事を考えていると、めぐみからそんな質問がとんできた。


「あ、あぁ。雪は何か考えてきてるか?」


 質問には答えず、雪に尋ねる修二。


「一応…」


 一応って、イベントは今日じゃないの?と、めぐみは思ったが、口にはしなかった。


「聞かせてくれ」


 口元を少しだけ緩め、修二は雪にそう告げるのであった。


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 会場に付き、イベントを手伝ってくれる人、手伝ってくれた人を集める修二。


 雪はおめかし中である。


 手伝ってくれた人を労い、これから手伝ってくれる人と打ち合わせを行う。


 尚、めぐみは雪についていった。


「皆んな、今日はよろしく頼む」


 イベントスタッフに頭を下げながら、修二は内容を説明する。


「というわけだから、必要なのはイスとテーブル。マイクが3本だな」


 3本ですか?と、質問がとんできた。


「ステージでは2本使う。1本は…君にお願いしようかな」


 アルバイトなのかは分からないが、若い女の子にお願いする修二。


 決して、若い女の子だからという理由ではない。いや、若い女の子だからという理由もあるといえばあるが…。


 力仕事は男の子に任せ、こういった軽い作業は女の子に任せるべきだろう。と、修二は考えた。


 また、そのマイクの使い道(質問するファンへ、マイクを渡す係り)から、若い女の子の方がいいのでは?と判断したのだ。


「さて。それじゃあ…解散」


 テキパキと指示を出した後、修二自ら会場を見回る為にと、その場を後にする。


 小さい芸能事務所なので、コレは仕方がない。


 大きい事務所なら、警備員を雇ったりするものだが…全く。一人でどれだけ働かせるんだよ。


 ブラック企業万歳!!ははは。


 仕方がないと分かっていても、愚痴らずにはいられない修二であった。


 ーーーーーーーーーー


 会場に着き、辺りを見渡す修二。


 入り口から見て、斜め下にステージがある会場はまるで、映画館のようなステージになっている。


 主に講演会とか、会議などで使用される小さな会場が、今日のイベント会場というわけだ。


 ファンクラブの会員の人には、座って見てほしいという雪の思いを受け、このような会場になった経緯があり、勿論、修二に文句はない。


 むしろ野外だと色々と大変なので、こちらの方が助かるぐらいだ。


 ※野外イベントだと、雨ならどうするか?とか、日差し、音漏れ、などなど色々とある為、野外イベントと室内イベントでは大変差が全く違うのである。かかる費用も大分違うが、借りる会場によってはむしろ、室内の方が安い場合もある。


 右側から、ステージを見る修二。


 中央から、左側からと、修二はステージを見て歩く。


「……何してんの?」


「うわ!お、脅かさないで下さいよ」


「で?何してんの?」


 いや、謝れよ。という気持ちは胸に仕舞う。背後から声をかけてきた人物は結衣(姐さん)であった。一応、業界(仕事)では先輩になる為、口答えする事などあり得ないのだ。


 いや、むしろ社内でも、結衣は社長秘書で修二はマネージャーと、階級差があるのだから、口答え出来ない理由をあげるのであれば、こちらが正しいのかもしれない。


「何って、下見ですよ下見」


「はぁ…。馬鹿なの?」


 落ち付け俺!


 仕事をしていたら馬鹿呼ばわり。イラッとするこの気持ち…分かるよな?


「ば、馬鹿ってそんな、そんな。重要な事じゃないっすか。ははは」


 右手で後頭部をかきながら、はははと笑う修二。


 頬がヒクヒクしていたのは、言うまでもない事だろう。


「いい?まず、ステージに何もない。誰もいない。その時点で無意味よ」


 結衣は馬鹿なの?と、呼んだ理由を説明する。


「マイクは?そもそも、何するのよ?」


 どうやら手伝ってくれるらしい。なら、もう少しまっしな言い方は出来ないですか?などと思いながら、今日のイベントについて説明する修二であった。


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 結衣がステージに立つ。


「どう?」


 マイクを持つ手を口元に近づけ、そう尋ねる結衣に対し、修二はマイクを使わずに叫んだ。


「聴こえてまーす!ちょっと、端っこに行ってみて下さーい!!」


 ジェスチャー付きで返す修二。どういう事なのかを理解している結衣はそれに従い、再び尋ねた。


「どう?」


 先ほどと同じ問いかけ。しかし、先ほどとは違う意味がある問いかけである。


「…ちょっと見づらいか。姐さーーん!もう少し…そ、そこ!!ばみってくださーい!」


 ばみってとは、ばみりの略みたいなものである。


 ばみりとは、立ち位置などを決める際に、ここ!とか、ここまで!とかを、テープを使って知らせる印のようなものである。


 壇上からでしかわからない程度にビニールテープを壇上に貼り、後々のリハーサル時にソレを演者に説明し、後は本番中にそのテープを目安に演者は立ち位置を確認する事ができ、それをする事によりスムーズな進行が可能となるのである。


「次。行くわよ?」


 修二は両手で◯を作り、反対側へと移動する。


 念の為に説明しておくと、二人が今やっているのは、立ち位置の確認である。せっかくファンの方々が貴重な時間やお金を使って雪に会いに来てくれたのに、雪の姿が見えないなどあってはならない。


 そうならない為にと、結衣が雪の役として両端に移動し、修二がファン役として、見えるか見えないか。と、念入りにチェックしているのだった。


 舞台から、一番遠い両端の方のチェックを済ませる二人。


 今日のイベントは雪のトークがメインとなっているが、舞台の中央のイスにずっと座って、トークをするわけにはいかない。


 来てくれたファンに喜んでもらう為には、雪には舞台の両端を行き来してもらう必要がある。


 ステージ最前列に座っているファンの右端の方々に正面から見てもらったり、左端の方々に正面から見てもらったりするのも理由には勿論あるが、もう一つ違う意味が含まれている。


 言うまでもないが、来てくれたファンは雪を見ている。


 つまり、雪がいる所にファンは顔を向けるという事なので、雪がずっと中央にいると、左右に座っているファンの首や目が疲れてしまう可能性があるという事であり、雪が動く事により、一定の場所に目線や首を傾けさせない。という意味が含まれていた。


 そういった事から、修二達がやっている事はとても重要なのである。


「修二!次、下よ」


 と、結衣から指示がとぶ。


「あいよ」


 中央を見て回り、残すは最前列のみとなったところで、異変がおきた。


「修二。ひざまずきなさい」


 ステージ最前列の中央から結衣を見ている修二は、そんな事をいきなり言われてしまったのである。


 当然、は?と、なるのが普通だろう。


「いいからほら!早く!!」


 組んでいた両腕をほどき、右人差し指を地面に向ける結衣。その頬は何故か赤い。


(おい、おい…跪けって…んだよ)


 と、思う修二であったが、先輩であり、後輩であり、今は上司となっている結衣の命令は無視できない為、仕方なく膝をつく。


 左脚の皿の部分を地面につけ、右脚は少し前に出る形になった修二は顔を上げ、結衣に尋ねた。


「な、なぁ?何やってんの?これ?」


 見上げる修二の視線の先で結衣は、ステージ中央に準備された椅子に腰掛ける。


「ど…どう?」


 結衣は腰掛けた後、ボソボソと呟くようにそんな事を言ってきた。やはりその両頬は赤く、結衣はチラッとコチラを見てくる。


「ど、どう…て、別に」


 特に変わった事はない。


 と言うより、ステージ最前列中央で、何の確認をする必要があるのかが分からない修二。


(ここって、ベストポジションだろ?)


 雪が何処にいても見失わない。下手をすれば、舞台袖まで見えてしまうほどの位置である。


 舞台袖が見えているか?と言う質問であれば、結衣は椅子ではなく舞台袖に行くはず…となれば、念の為ってヤツなのか?と、修二は考えた。


 そんな事を考えていると、結衣は右脚を左脚の上に乗せ、再度同じ質問をしてきた。


(だから、どうもねぇよ!い、いや、待てよ…)


 結衣がだ。わざわざ椅子に座り、自分に対して同じ質問を投げかけてくるという事は、絶対に何か意味があるはず!と、修二は考え、じー。と、結衣を見続けた。


「………」


「………ん?」


 無言のまま結衣は、脚を組み替える。


 三度繰り返される質問。


 ここで何もないなど言えるだろうか?


 断じて否だ。


 そんな事をすれば、結衣から怒られるのは目に見えている。


 修二は何とか答えを絞り出した。


「足が…」


「足?」


 ごくりと、喉を鳴らす結衣。


「はい。足が綺麗だなぁ…何て」


 ははは。と、笑う修二。


 ばっ!と、両脚を閉じる結衣。


「……ま」


「ま?」


「真面目にやりなさい!このお馬鹿!!」


 めちゃくちゃ怒られるのであった。

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