アイドルとマネージャー

伊達\\u3000虎浩

第3章 南めぐみという少女…終

 
 めぐみの話しを聞いた阿久津は考える。


 自分=人生。


 さて、ならば自分はどうなのだろうか。


 カタッと湯のみを手に取り、口につける阿久津。


 難しい顔をしている阿久津せんせいを、めぐみは無言で見つめていた。


 そんな弟子の視線に気づいたのか、阿久津はわざとらしく咳を吐き、南に語りかけた。


「…南よ。お前の気持ちは良く分かった。では、コレを見てどう思うかな」


 そう言って、スッと差し出された一枚の写真。


 山を背景に、母鳥を待つヒナ達。


 口を開け、空に向かってピーピー鳴いているだろう一枚の写真。


 自分で言うのもなんだが、良く撮れている。


 苦労しながらも、木を登ったかいがあったなと、内心ホッとしていためぐみ。


 しかし、阿久津が今聞いているのは、写真のデキについてではない。勿論、どうやって撮った?などと聞いているわけでもない。


 この写真を見てどう思うか。


 単純にそれだけである。


 さて、何と答えようか。


 いや、何とではないか。


 考えるのではなく、感じた事をありのまま伝えなくては意味がないのだから、考える必要などないだろう。


 そう考え、見た感想を告げる。


「はい。母鳥を待つヒナ達の可愛い姿と申しますか、何だか見ていてホッとします」


 母性をくすぐられるとか、ほっこりするとか、そう言った類いの写真である。


 もう一枚の写真である、夕陽を背景に撮った写真もまた、同じような感じであった。


「さて、南よ。正直に言おう。技術に関して言えば、南に教える事はほぼない」


 写真を撮る技術。


 正直に言うと、1ヶ月毎日教わったり、独自で学んだり、阿久津の仕事を側で見ていれば、写真の撮り方はある程度マスターしてしまう。


 技術を教わるのに、時間はあまりいらない。


 いるのは技術を教わる事ではなく、技術を磨く事にある。


 閑話休題。


 師匠の側にいる弟子達は、教わりながら技術を磨く。


 じゃあ教え終わったから、師弟関係をやめよう。などと師匠が言わないのは、弟子に技術を磨かせる為にある。


 マジシャンで例えるのであれば、マジックの道具、場所、師匠プロに見てもらうという特典がある。


 相撲で例えるのであれば、練習場所、練習相手、寝床に食事にと、そう言った特典がある。


 勿論、みなみにも特典がある。


 道具や環境など色々あるが、分かり易いのは環境だろう。


 素人では決して入れない場所がある。撮らせてもらえない物(者)がある。それらを仕事という形で、撮らせてもらえる機会が与えられるのだ。


 分かり易く説明するのであれば、結婚式がいい例ではないだろうか。


 新郎新婦の新しい人生の出発点を写真に撮る仕事。勿論、撮るのはプロだ。


 いや、勿論と言うのは訂正するべきか。


 プランナーや新郎新婦の意思によるものなのだから、大抵はと言いなおそう。


 それなら普通にと、思うかもしれないが、芸能人で考えたのであれば、どうだろうか?


 結婚式に限らず、ジャケ写と呼ばれる写真。


 ※ジャケ写とは、CDを買う時の表紙の写真の事である。


 ファッション誌や、漫画などの表紙の写真など、プロでないと撮れない写真が多数あるのだ。


 他にも色々とあるが、長くなるので割愛しよう。


 と、まあ、めぐみにも特典があるという事である。


 無論、特典が目的だからこそ、弟子で居続けている訳ではない事は、言うまでもない事だろう。


 閑話休題終わり。


 特に教える事がほぼないと阿久津から言われためぐみは、首を左右に振りながら答えた。


「先生から学ぶ事はたくさんあります」


 謙遜でも何でもなく、これは本心である。


「だからこそ先生も、ほぼとおつかいになられたんですよね?」


 教える事がないではなく、教える事がほぼないと、阿久津は言ったのだ。


「南よ。写真には、大きく分けて二種類の写真がある」


「二種類…ですか?」


「そうだ。例えば、この写真。南はどういう気持ちで撮影したのかな?」


「気持ち…ですか?そう、ですね。微笑ましい気持ち…ですかね」


 ほっこりするような気持ち。


 木に登り、レンズ越しにヒナ達を見る。いや、今思えば、見るというより見守っていた。コレが正しいかもしれないな。と、めぐみは思った。


「そうだな。この写真はそういった類いの写真なのはすぐにわかる。では南。この写真は、君が目標としていた魅せる写真と言えるだろうか?」


 子供の頃、写真に心を奪われた自分。


 感動し、将来は自分も!と、夢見た写真家。


 夢は叶ったかい?


 何だか阿久津から、そう言われた気がした。


「魅せる写真ではある」


 阿久津が口を開く。


「しかし、君が目標としていた写真なのか?と、私は聞いているんだよ」


 フー。と、口から煙を吐き出しながら、阿久津は続ける。


「魅せるというテーマはとても重要でいて、とても難しいテーマでもあるんだ。私はね、南。魅せる写真家になりたい。と、君がそう言ったから、弟子にとったんだ」


 南が弟子入りを志願した日。


 写真家になった日。


「だからこそ、厳しく言ってあげよう」


 写真家の先輩として、先生として、師匠として、阿久津はあえて、厳しく言ってあげると告げる。


「お願いします」


 異論などあるはずがない。


 コレこそが、めぐみが望んでいる事なのだから。


「この写真のコンセプトは何かね?ほっこりする。微笑ましい気持ちになる。と、南は言ったが、そういったコンセプト(目的)でシャッターをきったのではないのかな?では、もう一度聞こうか。この写真は、君が目指していた魅せる写真なのか…どうかな?」


 そう言われためぐみの脳裏には、あのCMが再生される。


 ご年配夫婦である二人が、公園のベンチに座って仲良く喋っている一枚の写真。


 さて。アナタは、この写真をパッと見た時に、どう思うだろうか?感じるだろうか?


 めぐみは、アナタと結婚して良かった。と、お互いがそう思っているだろうと感じた。


 阿久津がいう魅せる写真とは?


 南めぐみが目指す魅せる写真とは?


 答えはここにある。


「…違います。私が目指している写真ではありません」


「うむ。分かっていれば良い。おっと。すまんかった。楽にしてくれ」


 決して、忘れていたわけではない。


 阿久津先生は、ワザとこう言うのだ。


 師弟関係はここまで。という意味を込めて。


「お言葉に甘えます」


 と、めぐみは告げて、正座を解いた。


「魅せる写真か…とても難しいテーマだろうな」


 ふふふ。と、阿久津は笑う。


「やりすぎれば、あざとさが残ってしまう。かといって、やりすぎなければ、魅せれないだろう」


「そう…ですね」


 阿久津が何を言いたいのかを、めぐみは理解していた。


「画家と写真家は似ている。良かったら、展示展にでも行って、学んで来るといい」


「ありがとうございます。早速、行ってみたいと思います」


 ラッセンという画家を知ったのは、この事がきっかけであった。


 ーーーーーーーーーー


 南めぐみという少女は、何処にでもいる、普通の女の子である。


 夢を抱き、北海道から上京して来た普通の女の子。


 彼女が目指している魅せる写真とは、何なのか。


 答えは単純かつ、明確である。


 分かりやすく説明するのであれば、一枚の絵で説明するのが、分かり易いだろうか。


 ゴッホのひまわりという作品でもいい。


 ピカソのゲルニカという作品でもいい。


 さて、コレらの作品を観た際に、自分はどう感じるだろうか。周りの人あなたはどう感じるだろうか。


 感動するなど、色々感想はあるだろう。


 感じ方など、人によって違うのだから。


 ーーーーーーーーーーーー


 美術館にやってきためぐみ。


 スタスタと歩く事などしない。


 絵の展示展や美術館に行った事がある人ならわかるかもしれないが、一応説明しておこう。


 部屋の中には、たくさんの絵が飾られている。


 また、絵の展示展はおおまかにわけて、二種類の展示展がある。


 個人の展示展。略して個展と呼ばれるものと、そうじゃないものである。


 例えば、ピカソの個展だった場合、並ぶ絵は全てピカソの絵である。


 そうじゃない展示展であれば、色々な画家の絵が並ぶ。


「…さてと」


 展示展の楽しみ方は、ここにあると言っていい。


 歩く。


 一枚の絵が見えてくる。


 立ち止まり、その絵を見る。


 まずは遠くから、その絵を吟味するのである。


 満足した後、その絵に向かって歩く。


 当然、絵が近づいてくる。


 今度は近くから、その絵を吟味するのだ。


「なるほど。遠くから見たら人魚か何かかと思ったけど、イルカだったのね」


 その絵は、あまりにも幻想的であった。


 中央に描かれているのは、一頭のイルカ。


 背景には大きな満月が輝いている。


 ご丁寧に、クレーター部分まで描いてある絵を観ながら、めぐみは心を奪われてしまったのであった。


「…それにしても。綺麗ね」


 さて、この絵のコンセプトは何だろうか?


 勿論、正解は描いた本人にしか分からないし、聞いたところで、ないのかもしれない。


 しかし、考えずにはいられない。


「…職業柄ね。ふふふ」


 右手をアゴにあて、じっと見つめるめぐみ。


 右から観て、左から観て、中央に戻ってから少し下がって観てみる。


 スタスタ歩くなどあり得ない。


 これだ。


 これこそが、展示展での楽しみ方なのだ。


「なんだか、悲しいイメージね」


 あまりにも神秘的でいて、あまりにも幻想的でいるこの絵なのだが、めぐみは悲しい印象を抱いていた。


 パッと観ただけで、100人に聞いたら100人が綺麗だと言うだろう。


 では、コンセプトは何だと思うか?と聞かれたら、100人が同じ意見だろうか?


「悔しい…わね」


 負けている。


 私の写真は、この絵に負けている。


 おそらく、想像で描いたであろうこの絵に、実際に頑張って撮影して来たヒナ達のあの写真がだ。


 悔しくてたまらない。


 つまり、魅せるとはこういう事だ。


 ほっこりするというテーマで撮ったわけではないが、撮る前からほっこりすると分かって撮っためぐみの写真と、何をコンセプトに描いたのかが分からないこの絵。


 さて、どちらに魅力を感じるだろうか。


 画家の名前を見つめながら、いつか必ずリベンジしてやるんだと、勝手に対抗心を抱くめぐみ。


「…修二さん。絶対間違えてますよ?」


 そんな声が聞こえてきたのは、そんな時である。


「分かってるよ。ったく、千尋のヤツ。なあぁにが、行ったら分かるからね♡だよ!分からねえよ!!」


 と、スーツを着た男性が愚痴ると、女性の方は慌てながら男性に告げる。


「しゅ、修二さん!!!び、美術館ですよ!美術館!!しーっ!しーっ!」


「ば、わ、分かっとるわ!!」


 やれやれ。マナーぐらい守れ。


 そして、早く別れろリア充。


 と、めぐみは冷たい視線を向ける。


 すると、その視線に気づいたのか、女性から声をかけられる事となったのであった。


「す、すいません。すぐ黙らせますから」


 サラサラと揺れる長い髪。


 肌はとても白く、ほどよい肉つきの彼女。


「………」


 白いワンピースに麦わら帽子を被せ、向日葵を背景に撮影すれば文句なし。いや、黒いゴスロリ服を着せ、左目だけ眼帯をさせて、両手にはブラックジャックのような顔キズを負ったウサギの人形(色はピンクと白)を持たせ、背景は勿論、古びた洋館がベストか。


「あ、あの?」


 などと考えていた為、どうやら女性を凝視してしまっていたようだ。


 さて、何と声をかけようか?と、めぐみは悩む。


「おい、雪!ちょっと千尋に文句言ってくっから待っといてくれ。いいか?くれぐれも変な男には気をつけろよ!」


「はぁーい」


 だからマナーを守ってくれ。


 と、めぐみは思った。


 そんなめぐみの心を読んだからか、めぐみの表情、空気を読んだからか、女性はあははと、笑いながら絵を見始めた。


 言うまでもなく、イルカの絵だ。


「…綺麗」


 やはり、第一印象はそう感じるのだろう。


「失礼ですが、もしもこの絵にタイトルをつけるなら、何てつけますか?」


 と、興味本位で聞いてみる事にした。


「タイトル…ですか?難しいですね。けど、もしもつけるなら、きっと悲しいタイトルになっちゃうと思います」


「か、悲しい…ですか?」


「はい。知ってますか?イルカは単独で泳ぐ事もありますが、基本は群れで泳ぐ生き物なんです」


「そうなんですか?」


「そうなんです。そして、人懐っこい生き物だということでも有名です。だからこそ、イルカは群れるんだと私は思うんですよ」


「なるほど」


 私とは違う印象だが、悲しいということには同意見であった。


 人懐っこいイルカだからこそ、人の側に寄り添ってくる。仲間と一緒に泳ぐ。


 それではまるで、寂しがり屋さんみたいではないだろうか?


 しかし、ご覧の通り、この絵にはイルカが一頭しかいない。


 勿論、複数のイルカを描いてしまうと、中央のイルカや、背景の月の印象が弱くなってしまうからこそあえて、一頭にしているのかもしれない。


「まるで…私…みたい」


「え?」


「あ、何でもないです」


 ボソボソと呟く女性の言葉は、残念ながら聞きとれなかった。


「お姉さんなら、どういうタイトルをつけますか?」


 と、逆に質問をされてしまう。


「お姉さんって、私はまだ18歳ですよ」


「あ!同い年だ!わ、私は、かみき…じゃなかった。水嶋雪っていいます」


「…南めぐみよ」


 これが、南めぐみと神姫雪の初めての出会いである。

コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品