アイドルとマネージャー

伊達\\u3000虎浩

第3章 写真

 
 ショッピングセンターを後にする二人。


 めぐみの家で写真の撮り方について教わる事になったのだが、一つの疑問が浮かぶ。


(一人暮らしの女の部屋に、か…こいつは何とも思わないのだろうか?)


 勿論、修二に下心はない。


 異性として意識していないとか、元カノだからとか、そういった理由ではない。


 何と言葉に表したら良いかは分からないが、とにかく、修二にそういった気持ちはなかった。


 しかし、その事には触れない方が良いだろう。


 触れてしまえば、変な誤解をされてしまう可能生があるからだ。


 カメラの使い方を教わるだけ。


 そう。


 これは仕事だ。


 そして、めぐみもきっとそう思っているに違いない。


 修二はそんな事を考えていた。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 秋葉原駅から歩く事5分。


 立派なマンションの前にやって来た二人。


「ここよ」


 何階建てだよ!と、思わずツッコミたくなる修二。


 無論、それを聞いたら○階。と、答えが帰ってくるだけである。


「…引っ越したんだな」


 修二が口にしたのは、別の事であった。


「そうね」


 また、めぐみが口にしたのもそれだけであった。


「ほら、行くわよ」


 引っ越した件について、お互い口にはしない。


 引っ越した理由など色々あるだろう。


 元カレとの思い出を忘れたい…とかな。


「あぁ…」


 めぐみに促され、修二はそう返事を返すのだった。


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 オートロックを解除し、エレベーターで最上階を目指す修二とめぐみ。


 説明するまでもないが、高層マンションの最上階は高い。


 いや、高さではなく、金額の話しだ。


 景色が良い、陽当たりが良いなど、高い理由は色々ある。


 さて、最上階なんだな?などと、聞いて良いものなのだろうか。


 嫌味に聞こえてしまうかもしれない。


 聞いたところで、そうよ。と、返されるだけだろう。


 はぁ…。


 ホント、何でこんなに気を遣わなくてはならないのだと、修二は心の中で愚痴った。


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 めぐみの部屋。


「ほら、あがりなさい」


 玄関の扉を開け、めぐみに案内される修二。


 玄関には靴棚があり、傘立てがあり、靴棚の上には、アロマキャンドルやら小瓶に入った草やらが置かれている。


 中でも、修二が一番目を引いたのは、一枚の絵であった。


 イルカの絵。


 背景は夜。


 キラキラと光る月夜の下で、イルカが海から飛び出してきた様子が描かれているその絵に、思わず見惚れてしまう修二。


 そんな修二に気付いたのか、こうなる事を予想していたのか、めぐみが声をかけてきた。


「綺麗でしょ」


「あ、あぁ。写真かと思ったぜ」


「写真よ」


「は?嘘つけ。どう観ても絵だろ」


 イルカの背景には、満月が光り輝いている。


 これを写真で撮ったというのであれば、イルカが泳ぐ深い海の中、ぷかぷかと浮かびながらカメラを構え続けていた事になる。


 いや、そもそも、この絵を観た記憶が修二にはあった。


「画家の、クリスチャン・ラッセンの絵を、私が撮って引き伸ばしたものよ。勿論、誰にも売るつもりはないし、あげるつもりもない」


「写真だってのは、そういう意味か」


「ね?画質が綺麗だと、ここまで再現できるのよ」


 カメラ屋でめぐみが言っていた言葉の重みが、この写真にはあった。


 写真で魅せるのが仕事。


 それを、納得させるだけの一枚の写真。


「勿論、ラッセンさんのこの絵があってのものであって、この写真を掲載したりする気はない。だって、それは違う意味になるでしょ?」


 写真ではなく、絵に心を奪われた。いや、絵に魅せられたが、正しいか。


 めぐみの言う、写真で魅せるとは違うという話しである。


「神秘的で、幻想的で、思わず心をギュッと鷲掴みにされたこの感覚…貴方にはそれが分かるかしら?」


 確かに…と、写真を観ながら修二は思った。


「悔しいわよ。ホント。私の中の絶対王者は、間違いなく、彼ね」


 悔しい。


 そう口にするものの、その表情は悔しさのかけらもなかった。


 尊敬、敬愛、目標。


 言葉で表すならば、この3つが相応しい。


 そんな表情を、めぐみは浮かべていた。


 画家と写真家とは、そういう関係なのだろう。


 観る者全てを虜にする。


 たった1枚の絵や写真から、それらを表現する者、それが、画家と写真家という者だ。


 濃く塗ったり、薄く塗ったり、色と色を混ぜ合わせたりして、全く違う世界を作り出す画家。


 見る角度、見る時間、見る季節、様々な状況変化を上手く利用して、たった一つの景色から複数の世界を作り出す写真家。


 ジャンルは違うけれど、人々を魅了するといった点では、彼等はきっと、ライバル関係にある。


「ねぇ、修二?」


「あ?」


「貴方には、そういった人はいるの?」


 そう問われ、一人の女性が脳裏に浮かぶ。


 修二は即答する。


「あぁ。いるよ」


 考える事などない。


 自分にとって、絶対王者は間違いなく彼女だ。


 北山恵理。


 かつて美人すぎるマネージャーとして、有名だった女性である。


 修二の答えを聞いて、めぐみは誰?とは、聞かなかった。


「そう。きっと、素敵な人なのでしょうね」


「あぁ…」


「修二」


「ん?」


「忘れちゃダメよ」


「忘れねぇよ」


 忘れられるハズがない。


 彼女にしてもらった事、彼女に教わった事、忘れられるハズがないではないか。


 誰かの為に、自らを犠牲に出来る人。


 それが、北山恵理である。


「ほら、あがりなさい」


 立ち話しもなんだから…と、めぐみはつけ加える。


 靴を脱ぎ、綺麗に靴を並べた修二は、めぐみの後を追った。


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 リビング。


 広々としたリビング。


 何LDKだよ?と、誰もが思うだろう。


「広いでしょ?」


「あぁ」


 そう言われ、周りを見る修二。


 キッチンがあり、電化製品があり、ソファーにテーブル、テレビにと、極普通の光景が広がる。


 そんな光景の中、たくさんの写真が飾られている事に気がついた修二。


 赤富士の写真。


 オーロラの写真。


 満天の星空の写真。


 1枚、1枚、ゆっくりと、じっくりと観て回る。


 小さな写真館のようだった。


「私がこの家を買ったのは、この広々とした空間が気に入ったからよ。後の2つの部屋は、寝室に仕事部屋」


 と、後ろから声をかけるめぐみ。


 修二は無言であった。


「その写真はね、南極で撮った写真よ」


「南極?」


「えぇ。良く撮れているでしょ」


「あぁ…確かにな」


 ペンギンの親子の写真。


 我が子がきちんと後ろからついて来ているか?と、母親が見ているような写真。


 きっと、母親ペンギンが後ろを振り返ったのは、一瞬だろう。


 この一瞬に、全てをかける写真家。


「これは、ここから撮った夜景よ」


 様々な建て物の明かり。


 キラキラしていて、とても幻想的であった。


 一歩、また一歩と、ゆっくり歩く修二。


 そんな修二に歩調を合わせ、解説するめぐみ。


「こ、これは…」


「えぇ。私の原点。私が私である事を自覚した写真」


 綺麗な額縁。


 その写真だけは、どの写真よりも大きい。




「……雪」


 それは、神姫 雪という、一人の少女の写真であった。

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