アイドルとマネージャー

伊達\\u3000虎浩

特別篇…成就荘活動記録…終

 
 静まり返る部屋の中で、ひかりちゃんの声だけが響きわたります。


 おそらく、誰?とでも聞かれたのでしょう。


 その証拠に…。


「あ、いや、ち、違うんじゃ。待つが良い!って、き、切りおったな…お、おのれ、ありさのヤツめ」


 どうやらありさって子に電話をかけ、切られてしまったようです。


「ありさって子は、棺を持ってるの?」


「あやつは金持ちでな。何でも持っておる」


 スネ夫君みたいな人が実在したとは、驚きです。


「やっぱりさ、棺って良くないと思うな」


 本来棺とは、人が亡くなった時の物です。


 私は軽く注意しました。


「ふむ。魔王に怒られるのはゴメンじゃな」


 魔王とは恵理さんという女性の事です。


 ひかりちゃんの保護者?みたいな人で、かつては美人すぎるマネージャーとして有名だったのですが、今では事務所の会見と秘書を担当しています。


 理想の大人な女性として、私は尊敬しています。


「修二さんに相談した方がいいんじゃないかな?」


「ふむ。そうするとしよう」


「あっ!だから、あのね、私は映るのかなって、もぉ!ひかりちゃんったら」


 私の悩みに答える事もなく、ひかりちゃんは部屋から出て行きました。


 まぁ、修二さんが帰ってきたら聞きましょう。


 私は再び、ベッドに寝転がりました。


 ーーーーーーーーーー


 ん?


 またですか?


 何度目になるか分からない部屋のノックの音を聞いた私は、スッと目を開けました。


 どうやら眠ってしまっていたみたいです。


「遥さま。夕飯のご用意が出来ました。と、レイは来た理由を説明します」


「ふわぁ〜ぁ。ありがとね。今日の夕飯は何?」


「カレースープでございます」


「え?カレーじゃなくて?」


 インド料理にでも挑戦したのかなって、カレーもインド料理か。と、私は自分にツッコミます。


「はい。勿論、ナンではなくご飯で食べていただきますよ笑」


「そ、そんな可愛い感じで笑わないでよ」


 右手をアゴにあて、可愛いらしく首を傾けながら失笑するレイちゃん。


「ゆずちゃんが作ったんだよね?」


「正確には、結衣さまと一緒にです」


「…な、なるほど」


 結衣さまというワードだけで納得してしまった。


 さて、どうしようか。


「食べない。なんて、言えるわけないよね」


 一生懸命作った人に対し、失礼な行為だ。


「そ、それに、元々はカレーだよね?」


 カレーを作ろうとしたら、カレースープになってしまった。という事ではないだろうか?


 カレーですよ、カレー!


 粉末から作ったならまだしも、市販のルーで作ったのであれば、マズイはずがないじゃないですか!


 目分量の水を入れ、沸騰したらルーを入れる。


 ルーを入れたら、火を止めてかき混ぜる。


 ルーが完全に溶けた頃に火を弱火でつけて、アク取りをしながら煮込むだけ。


 うん。大丈夫だよね!


 私はそう考え、部屋を出ようとしたその時である。


「市販のルーで作ったカレーがカレースープに、ですか…不思議です」


「……!?」


 レイちゃんからボソりと呟かれた言葉を耳にした私は、ビクッと、肩を震わせるのでした。


 ーーーーーーーーーー


 1階玄関前。


 階段を降りた丁度その時でした。


 ガチャッ。


「ただいまーーっと、はぁ。疲れた」


 ビシッとスーツに身を包んだ修二さんが、帰って来たのです。


 右腕でネクタイを緩めながら、鞄を床に置こうとしている修二さんに、レイちゃんが声をかけます。


「お帰りなさいませ 修二さま」


 ペコっと頭を下げ、スッと頭をあげたかと思うと、両手を前に突き出しています。


「あ、あぁ、悪いな」


 鞄を手渡す修二さん。


 歯切れが悪く聞こえたのは、緊張しているからでしょうか?


 タタタタ。


「お帰り、修二」


「…あ、あぁ。ただいま」


 可愛いエプロン姿の結衣ちゃんが、リビングからやって来ました。


 可愛いエプロン…姿…か。


 やはり、結衣ちゃんが作ったのは間違いないようです。


 その証拠に、修二さんの顔色が変わりました。


「しゅ、修二。そ、その、夕飯なんだけど」


 両手を後ろにまわし、もじもじするその仕草。


 たまりません。


「あ、姐さん。そ、その、夕飯は…食べな…」


「……!?」


「す!食べなす!」


「フ、フン。べ、別に、無理に食べなくったっていいわよ!!」


「や、やですよ姐さん。食べますって言うところを、噛んだだけじゃないですか」


 まるで、お母さんにごまをする、お父さんのように見えます。


「そ。今日の夕飯は私が作ってみたんだけど…そ、その、ちょっとだけ、自信なくて」


「ははは。いつもはあるんですかε-(´∀`; )」


「あ"」


「い、いえ、楽しみだなぁ……って言ったんすよ(^◇^;)」


 流石は修二さん。


 長い付き合いなだけあってか、結衣ちゃんのちょっとした仕草に直ぐに反応します。


「ふ〜ん。じゃぁ修二のは特別に、大盛りにしといてあげるね♡」


  「ワ、ワーイ。ウレシイナァ  (・Д・)」


 しゅ、修二さん…目が死んでます。


 ♫〜♫〜♫〜。


 と、鼻歌まじりにリビングに戻る結衣ちゃん。


「修二さん」


「遥か。んだ?その手は」


「ご愁傷様です」


「うるせーよ。つか、今日の夕飯はなんだ?」


「カレースープらしいですよ」


「は?カレーじゃなくてか?」


 私と同じ感想の修二さん。


 無理もない話しです。


「私も良く分からないんですけど、結衣ちゃんとゆずちゃんとで作って、完成させたらしいですよ」


「それって、ルーが足りないだけなんじゃないのか?」


「いえ、この前の買い物の時、大量に購入していましたよ」


 市販のルーなのは、間違いないはずなんです。


「く…流石は結衣。遥」


「何ですか?」


「先に味見をしてくれ」


「…特盛り希望だって言ってきます」


「テ、テメェ!」


 私に毒味をしろだなんて、ヒドイ話しではないですか!


 ど、毒味…毒何て言ってごめんね、結衣ちゃん。で、でも…体には毒なんだ…。


 タタタタ。と、私はリビングに入る事にしました。


 ーーーーーーーーーー


 リビングにて。


「く、左眼が、左眼が!?」


「ん?何かな?何かな?」


「うっ、いや、疼くなぁっと」


「で?」


「うっ、うむ。きっと、魔界に近づいているからかもしれぬ」


「……………魔界というより地獄」


「何か言ったかしら?」


「……………言ってない」


 と、テーブルにつく二人と結衣ちゃんのやり取りを耳にしながら、私は椅子に座ります。


「あれ?ゆずちゃんは?」


「はい。体調を崩されまして、部屋でやすんでおられます。この後レイは、ゆずさまの看病に行く予定です」


「ゆ、ゆずちゃん…」


「ふー。今夜は忙しくなりそうです」


 さて、頑張ってね!とでも返すべきでしょうか?


 頑張るのは私たちの方なんですから、頑張ってねはおかしいですよね?


「あれ?修二は?」


「はい。修二さまは、着替えたりするから先に食べてていいぞ。と、申しておりました」


「…………逃げた」


「おのれ、アキラ…我を生贄に捧げおったな」


 先に食べさせて、自分は食べないつもりのようですが、そうはいきませんよ。


「やっぱりさ、いただきますは皆んなでするもんだよね?ね?」


「そ、そう?皆んながそれでいいなら、私はかまわないけど…」


「…………賛成」


「うむ。アキラを待とうではないか」


 そういう訳で、私たちは修二さんを逃がさない、じゃなくて、待つ事にしました。


 修二さんを待つこと、数十分後。


「ふー。いやぁ、今日は疲れたなぁ。腹ペコだぜ」


 と、しらじらしくリビングにやって来た修二さん。


 まさか私たちがまだ食べていないなど、思いもしなかった事でしょう。


「あら修二。腹ペコなら特盛にしてあげましょうか?」


「……Σ(-᷅_-᷄๑)お、お前ら、まさかまだ食べていないのか?」


「はい♡皆んなでいただきますをしよう!って事になりまして」


「うむ。今日はご苦労であったなアキラ」


「ちっ、まだだったか…」


「ん?どうかしたの?」


「あ、いぇ、良いタレント達を抱えられて、マネージャーとして幸せだなぁ…と、思いまして」


「…………太鼓持ち」


 太鼓持ちとは、勿論、太鼓を持つ事ではなく、ヨイショ的な、ご機嫌とり的な意味らしいです。


「あっ、そ。じゃぁ食べましょうか」


『……………わ、わーい』


 ニコニコしながら、お皿にご飯をよそい、ご飯にカレースープをかけていく結衣ちゃん。


 私たちはその間に、サッと、集まります。


「ど、どうするのじゃ!?我は死にたくないぞ」


「ば、馬鹿、それは全員同じ気持ちだろ。ていうか、ゆずはどうした?姐さんを止めれるのはゆずしかいないだろ」


「体調崩して寝込んでるって、レイちゃんが言ってた」


「は?ま、まさか…姐さんの料理を食べたからか?」


「…………多分、そう」


「お、おい、大丈夫なんだろうな?」


 コトン。


 コトン。


 と、そんな心配を他所に、次々とお皿を置いていく音がします。


 まるで、地獄への階段を降りて行く足音に聞こえるのは、気の所為ではないハズです。


「…………多数決で決める?」


「待て。お前ら俺をはめる気だろ?」


「………」


「おぃ、コラ」


「ク、ク、ク。待たれよアキラ」


「修二だがな。で?」


「お主は我の盾であろう?出番ではないか」


「…盾?」


「いやいや、いいか?マネージャーは確かにタレントの身を守る者だ。しかしだな、危ないと分かってる物を、毒味したりはしないだろ?」


 マネージャーとは、私たちを守る役目をもっています。


 ファンからの手紙のチェックや、差し入れのチェックなどです。


 基本的に食べ物の差し入れはNGなので、毒味と言う表現は間違っていますが、否定出来ません。


「あら?皆んなしてどうしたのよ?」


「あ、いやぁ、ゆずはどうしたのかなぁって」


「しゅ、修二さん!?」


 しまった!という顔をする修二さんでしたが、もう遅いです。


「ゆず?カレーを食べたら眠くなったって言って、部屋で休んでるハズだけど…それが何か?」


「そ、そうなんだぁ」


 ゆずちゃん…。


「ほら、食べるわよ?」


 マズイです。


 いえ、カレースープがではなくてですね。遂に私たちの前にカレースープが並べられてしまった事がです。


 チラッと、お互いが目線を合わせます。


(ク、ク、ク。ほれ、行くが良い)


(修二さん。頑張って!)


(くそ、どうする…考えろ俺!)


 カタ。


 という音に、修二さんとひかりちゃん、私はビクッとしてしまいます。


 何の音?と、視線を向ける私たち。


「…………食事中にごめんなさい。お手洗い」


『し、しまった!その手があったか!?』


 がーん!と、固まってしまう三人。


「お手洗い?ダメじゃないあゆみ。マナー違反よ」


「…………ごめんなさい」


 結衣ちゃんから軽く注意され、あゆみちゃんは素直に謝ります。


(く、あゆみのヤツ…うまい手を考えやがったな)


(我も行くと申してみるか?く、しかし、流石に怪しまれてしまうか?)


(私も!なんて言ったら、結衣ちゃん怒りそうだし…どうしよう)


 考える私たち。


 重い空気が流れます。


 そんな重い空気を作ってしまったのは、自分の所為だ。と、感じとった結衣ちゃんが声をかけます。


「次から気をつけて、いっトイレ。なんちゃって♡」


『………………』


 ダダすべりです。


 まさかの親父ギャグ。


 更に重い空気になってしまいました。


「ほ、ほら、食べるわよ!修二」


「は、はい!」


「サッサと食べなさい」


 まさかのご指名に、修二さんの顔色が変わります。


「は、はーい」


 と、言いながら、修二さんは器用にご飯だけをスプーンですくいます。


「待たれよ」


「……んだよ?」


「ご飯だけを食べようとするのは何故じゃ?」


「…そ、そんな事、し、してないし」


「ク、ク、ク。邪眼の力をナメるなよ」


「くっ、なぜ、飛影風に言う」


 ひかりちゃんに注意された事により、修二さんの作戦がバレてしまいます。


「……そんなに、嫌かな?」


 ビク!


 と、してしまう三人。


「い、いいわよ。無理して食べなくったって」


 涙声で、結衣ちゃんがそんな事を言い出します。


「ねえ、ひかり?嫌かな?」


「うむ。嫌じゃ」


 ピキ。


(ば、馬鹿、もっと言い方があるだろ!)


「ふ、ふ〜ん。修二はどうかなぁ?ね?ね?」


 ね、の時の目線が怖いよ結衣ちゃん。


「馬鹿野郎。結衣と俺、何年の付き合いだと思ってんだ」


 スッとスプーンを置き、両腕を組みながら、修二さんはそんな事を言い出しました。


「修二…」


 姐さん呼びではなく、結衣と呼ばれた事に、顔を赤くする結衣ちゃん。


「怖いだけであって、嫌じゃねぇから」


 ピキピキ。


 修二さん。もっとダメですよ。


「い、嫌じゃなくて、怖いって、どういう意味かな?ね?ね?」


「ふ。馬鹿だな…お化け屋敷さ」


「お化け屋敷?」


「ホラー映画の方が分かりやすいか?ほら、アレだよアレ。怖いと分かってるんだけど、つい見たくなる。みたいな?」


「そ、それは、褒め言葉なの…かしら?」


「ひっ!?」


 震える私とひかりちゃん。


「当たり前だろ。良いか、結衣。になる味って事で…ご…ざいます。です。はい」


 ようやく、自分の失言に気付いた修二さんでしたが、もう遅いです。


「ふ〜ん。じゃぁ修二にはコレを全部食べさせてあ・げ・る」


「え?」


「病みつきになるんでしょ?いいのよ、ほら?遠慮しないで食べなさいよ」


 スッと、私とひかりちゃんは避難します。


「ま、待て、お前ら、た、助けて」


「ひかりちゃん。玉子かけご飯でも食べよっか」


「うむ。特別に3つ使うとしよう」


「ひ、ひぃぃぃい」


 その後、修二さんは1週間カレースープが続き、1週間ほど具合を悪くしてしまいました。


 おしまい。

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