アイドルとマネージャー
第3章 面談…ゆず編
恵理からの言葉に対しあゆみは、頑張ります!とだけ告げ、社長室を後にする。
あゆみの頬が、薄っすら赤く染まっていたのに気づいた三人は、納得して帰ったのだろうと解釈した。
しかしそれは、普段から口数が少なく、いつも無表情であるあゆみにしては、珍しい事なのではないだろうか?
そんな事を考えながら、修二は隣の恵理に声をかけた。
「え、恵理さん。俺、感動しました」
やる気がないなら、やらなくていいと考えていた修二は、恵理の言葉や態度に、素直に感動していた。
「わ、私もです」
また、返す言葉が見つからないと考えていた結衣も、修二の意見に賛同する。
「ふふふ、私ではない。全て千尋君の考えだよ。私は代弁者でしかない」
「……千尋ちゃん」
さ、流石は千尋ちゃん♡と、結衣は感激する。
「…ったく。そこまで考えてんなら、借金なんて……い、いえ、何でもないです」
隣から殺気を感じ、チラッと目を向けてみると、握り拳を作る結衣の姿が目に入った。
「ふふふ。相変わらず、君たちは仲が良いな」
「……そうですか?」
恵理からそんな言葉をかけられた修二は、普通では?と思い、首を傾げながらそう答えた。すると、後ろから頭を叩かれてしまう。
「…ッテテ。ちょっと、叩かないで下さいよ」
(ったく。千尋を悪く言ったら直ぐコレだ)
頭を摩りながら、軽く注意をする修二。
「フ、フン。アンタが悪いのよ」
「ふふふ。ほら、次の面談者だぞ」
社長室の扉がノックされ、ガチャッとドアが開き、失礼しますと声がかけられる。
社長室を訪れたのは、ゆずであった。
ーーーーーー
あゆみと同じで、社長室の中央にあるパイプ椅子に座るゆず。
目の前には修二が居て、両隣には恵理と結衣が座っている。
「さて、ゆず君。まずは軽く、自己紹介を頼む」
「は?必要ないでしょ?」
恵理から求められた自己紹介だったが、意味がないじゃない。と、ゆずは拒んだ。
「ゆず。これは面談なんだから、ちゃんとしなきゃダメ」
当然、結衣がそれを注意する。
親友である結衣に注意されてしまっては、ゆずは何も言えない。仕方がないといった感じで、パイプ椅子から立ち上がり、自己紹介をする。
「天使ゆず。6月で22よ」
「ふふふ。ありがとう。では、早速だが本題に入ろう。ゆず君はこれから、アイドルとして活動してもらうわけだが、何か質問はあるかね?」
「ある。あるわよ!ありまくりよ!」
「…少し落ち着け。とりあえず座れよ」
恵理からの質問に対し、興奮気味に喋るゆず。
(先ほどのあゆみとは、エライ違いようだな)
修二はそんな事を考えながら、ゆずに着席するよう促した。
「ゆず。解ってると思うけど、これは面談だからね!」
「わ、解ってるわよ…それぐらい」
結衣から釘をさされたゆず。
その頬が、ほんのりと赤いのは恥じらいからか、または別の何かだったのか。
「さて。質問を聞こうじゃないか」
その事に気付かない恵理ではない。しかし、その事を茶化す恵理でもない。
こうして、天使ゆずの面談が始りを告げる。
ーーーーーー
「そもそも、何で私が、アイドルにならなきゃいけないわけ?」
ゆずからの最初の質問は、こうであった。
聞く者によっては、質問というより文句に聞こえる言い方であったが、三人は特に気にしなかった。と言うのも、文句を言う権利が彼女にはあるからだ。
そしてその答えを、修二と結衣は持ち合わせていなかった。
「まぁ、そう思うのは当然だろうな。君にも、千尋君から伝言を預かっているが…まずは、質問といこうじゃないか」
この意味を、正確に理解するゆず。
君にも。つまり他のメンバーにも、アイドルをやってもらう理由があると言う事であり、この面談の目的は、それを各個人に伝える目的だという事だ。
「ゆず君。君は色々な役を演じたいという思いから、事務所を移籍して来た。そうだね?」
恵理からの問いに、無言で頷くゆず。
実際、修二や結衣はゆずから聞いている事だ。
「さて、ゆず君。いや、修二君と結衣君にも聞こうか。実際、どうするつもりだね?」
どうやって他の役をやるのか?という問いである。
「…オーディションを、受けまくるしかないでしょう」
この問いに答えたのは修二であった。
「声優業界と同じで、女優業界も何ら変わらない」
「声優業界?」
修二の説明に、先ほど居なかったゆずが質問をする。
「業界の基本は、オーディションを受けて仕事を勝ち取るか、逆オファーをもらうか、続編がでるかしかないでしょう」
しかし、あゆみの事を言わず、恵理の質問に対する質問の説明をする修二。
この修二の説明に、結衣もゆずも反論しなかった。
「ふむ。ゆず君や結衣君も同じようだね」
二人の表情から恵理はそう判断した。
通常、修二の言う通り、ドラマや映画、声優のお仕事をする場合、大体は同じである。
唯一違うとすれば、その役にピッタリかどうかを、見た目で判断される場合である。
「各局、というより、ゆず君はドラマなどの経験がある為、あゆみ君よりかは逆オファーが来るだろう」
キャスティングをする場合、声優の場合は声で、女優の場合は見た目で選ばれるといった違いがある。
勿論、芝居が最も重要なのは、言うまでもない。
あゆみは出演作品がないという事になっている為、出演作品が多いゆずの方が、逆オファーがきやすいという事だ。
恵理の説明から、先ほどの声優業界の話しは、あゆみの事だと理解するゆず。
「しかし、その場合だと、違う役をやりたいと言っているゆず君の願いは叶わないだろうな」
「……!?」
カッと、目を見開くゆず。
「ん?そりゃぁそうだろう。君についてしまったイメージは、妹か娘、子供役ばかりなのだから」
「そんなの…解らないじゃない」
「まぁ、その通りだな。しかし、いつまで経っても来ない可能性をきちんと考えるべきなのではないかね?」
絶対そうだ!とは、言い切れない。
そんな当たり前の事は、言われるまでもない。
「自分から動かなくてどうする。誰かがやってくれる。いつか、きっと、と、そんな可能性にしがみついているようでは、君はいつか消えてしまう」
かつてゆずは、修二に対して言った。
自分はあと何年もつだろうか?と。
「さて、千尋君からの伝言だ」
下を向いているゆずに対し、恵理は淡々と告げる。
「現状ゆず君には、役のイメージを壊してもらう必要がある。しかし、そのイメージを壊すという事は、時間と努力が必要になってくる。そこでだ」
恵理はそう言うと、スッと席を立ち、ゆずの元へと歩み寄った。
「アイドルとして活動して、そのイメージを壊してほしい。勿論、アイドルとして活動している間に、ドラマなどのオファーがきたらやってもらうつもりだ」
あゆみの時と同じように、スッと腰を落とし、ゆずの目を見つめる恵理。
「君に足りないのは、行動力だ。自分から動かずして、誰がキミ自身を変えられる?」
「…そ、それは、ゴン太や会社が」
マネージャーである修二が、仕事をとってくる。
自分が所属する会社が、何とかしてくれる。
「ふふふ。違う。違うよゆず君。私や彼は、きっかけを与えるだけなのだよ。考えてみたまえ。君が女優でいるのは、君自身の願いだ。君自身の力だ。決して誰かのおかげではない」
ゆずの考えをきちんと否定し、きちんと正しい考え方を教える恵理。いや、本当は、ゆずも解っているはずだ。
良い事も悪い事も、全部自分自身のだという事をだ。
「ゆず君…勝ちとってみろ。君にはそれだけの才能がある。我々はその状況を提供するだけの仲介人にすぎん」
「…勝つ…私が?」
「当たり前だ。そんな弱気でどうする?君のファン第1号に失礼だぞ」
くしゃくしゃっと、髪をかき乱されながら、ゆずは親友の結衣と目が合った。
「アイドルを、演じてみろ。学べ。失敗しろ。そして、たくさんのファンから支えてもらえ」
にっこりと微笑む結衣を見ながら、恵理からそんな言葉をかけられた。
「わ、私は…し、失敗なんかしない」
ゆずの目元をきちんと見て、恵理が笑う。
「はっはは。馬鹿だなぁゆず君」
「な、なんです…って!?」
ガバッと、恵理に抱きしめられた事によって驚くゆず。
「失敗しろ。演技をする中で、最も重要な事だ。覚えておくといい」
意味がわからないと言いながら、つき飛ばすゆずに対し、恵理は不敵な笑みを浮かべ、返事をする。
失敗なくして、成功はない。
何処かで聞いたような言葉を言いながら、北山恵理はゆずに対して、にっこりと微笑むのであった。
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