アイドルとマネージャー

伊達\\u3000虎浩

第2章 話し合い

 
 静かな事務所…というのは、少し前の話しである。


 千尋がいて、結衣がいて…そして、自分が帰ってきて、三人になった事務所。


 それがどうだ?


 ひかりと恵理さんが加わって、遥とゆずが加わって…今ではすっかりにぎやかである。


 月日が経つのは早いなぁ…などと考えていると、事務所の扉が勢いよく開いた。


「たっだいま〜!おっ?皆んな集まっているわね」


「おかえり千尋…ちゃん…?」


 元気良く帰宅した千尋に対し、サッと動く結衣。


 しかし、千尋の背後に人がいる事に気付き、動きが止まる。


 当然、事務所にいる全員の視線が、千尋の背後にいる女性へと向けられた。


「おほん。パンパカパーン」


 両手を広げ、めでたい時などに良く聞くファンファーレを自らの口で表現する千尋。


「新しい子を連れて来たわよ!はい。自己紹介して」


「……相川あゆみ」


「…………」


「……って、それだけかよ!?」


 沈黙に耐えきれず、思わずツッコンでしまった。


「まぁまぁ。緊張しているのよね?」


「………」


 千尋のフォローに対しあゆみは、無言でうなずくだけである。


「はい!はい!」


「はい。遥ちゃん!」


 ぴょんぴょん跳ねながら手を挙げる遥に対し、にっこり微笑みながら、遥に指を向ける千尋。


「歳!歳は何歳ですか!?」


「………今年で21」


 ということは、結衣や遥、ひかりやゆずと、同級生ということになるのか?


「ク、ク、ク。我の事はひかりと呼ぶといい」


「……わかった」


 う、うむ。緊張しているからなのかは分からんが、あまりお喋りではないようだ…いや、それよりも…。


「千尋!っと、それから恵理さん、ちょっといいか?」


「修二!私も」


「いや、姐さんには、皆んなを見ていてほしい」


「……分かった」


 うつむいてしまった結衣に対し、少しの罪悪感を抱きながら、社長室の扉を開けた。


 ーーーーーー


 社長室。


 扉を開けた俺は、この前の状態のまま(千尋が紙をばらまいた)だったらどうしようかと考えていたのだが、流石に部屋は掃除されていた。


「…それで?何かな?」


 千尋は、社長室にある椅子に座りながら、ここに呼んだ理由を尋ねてきた。


「…なぁ、千尋。少し早すぎないか?」


「早いって?」


 言われている意味が分からず、首を傾げる千尋。


「うむ。修二君の言いたい事は分かる。しかし、私としては、所属タレントを増やすという千尋君の気持ちも、分かって欲しいんだがな」


 どうやら恵理さんは、俺が言いたい事が分かっているようだ。


「…なぁ、千尋。所属タレントを増やすということが大切なのは分かるんだが、そのタレントを担当する事になる、俺の負担も考えてくれよ」


 現状、この事務所にいるマネージャーは修二だけである。


 修二は、千尋や恵理にも分かりやすいようにと、紙に記入していく。


 社長。九段坂千尋。


 秘書。橋本結衣。


 会計。北山恵理。


 所属タレント。結城ひかり。水嶋遥。天使ゆず。相川あゆみ。


 マネージャー。霧島修二。


 つまり、四人を一度に担当するということであり、遥に至っては新人なので、他の人より倍近く手がかかるのだ。


「シュウ君。それ間違いよ」


「は?まさか…まだ増えるのか?」


「いいえ。現状は、あゆみちゃんで最後よ」


 今度は、修二が首を傾げる番であった。


「結衣ちゃんには秘書じゃなくて、タレントとして頑張ってもらいます」


「は?はぁぁぁああ?!」


 今年一番の衝撃が、修二を襲うのであった。


「…千尋君。結衣君の気持ちは考えたのかね?」


 少しの間が空いたのは、恵理さんも知らなかったからなのだろう。


「いいえ」


「ちょ、お前…」


 怒鳴りつけようと動く俺を、恵理さんが止める。


「シュウ君。結衣の気持ちはずっと分かっている。けど、それじゃぁダメなのよ」


 橋本結衣は九段坂千尋を敬愛している。


「いい?この前のことがあって私、分かったのよ」


 この前のこと=雪のことだろうと、修二と恵理は考えた。


「もしも、もしもあの時、サクラプロダクションが潰れてしまったら…シュウ君。どうしてた?」


「どうって、そりゃぁ……次の職場を探すんじゃないか」


 あまり答えたくはないが、答えないことには始まらないだろうと思い、正直に答えた。


 生きていく為には、それしかないのだから。


「そう。普通は皆んなそうするのよ。けど、結衣は違う。そうでしょ?」


 言われた言葉の意味を考える二人。


 修二や千尋ほどではないが、恵理もそれなりに結衣とは付き合いが長い。


 その為、千尋が何を言おうとしているのか、何故、そう思ったのかを、修二よりも先に理解した。


「……ひかりや私を見て、そう思ったのかね?」


「いいえ。さっきも言った通り、雪のことが一番大きいわ」


 見つめ合う二人。


 口ではなく、目で会話している。


 そんな風に感じられた。


「仕方がない…結衣君の後は任せたまえ」


 恵理はそう言うと、カツカツっと部屋を出て行こうとするので、慌てて止めに入る修二。


「なぁに、タバコを吸いに行くだけさ。あぁ、そうだ修二君。マネージャーにとって、最も大切な事は何かね?」


「冷静でいる事だと思います。決して熱くならない冷静な判断力を…」


「違うな。君は雪の事を悪く言われて、腹がたたないのかね?」


「…!?」


 ポン、ポン、と、優しく頭を叩かれる修二。


「その答えは間違っている。熱くなっていい…熱くなっていいんだ。でなければ、タレントを担当する事など出来ないと言っていい」


 修二の肩に手を回し、恵理は続ける。


「修二君。これは私からの宿題だ。いつかその答えがわかった時にでも聞かせてくれ」


「…恵理さんには分かるんですか?」


 そう質問すると、恵理さんは微笑むだけであった。


「さてと、修二君。千尋君と話すなら、仲良くな」


「わ、分かってますよ」


 お互い熱くなって、喧嘩するなよという意味だ。


 社長室には、俺と千尋の二人だけになった。

コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品