アイドルとマネージャー
第2章 遥の部屋探し
修二が結衣から怒られている頃、部屋を探すように言われていた遥もまた、怒られていた。
「あの…ですね」
「は、はい!」
出されたコーヒーを飲んでいた遥は、コーヒーを置き、姿勢を正した。
遥の正面に座る人物は、右手で持ったボールペンで頭をポリポリかきながら、遥に告げる。
「残念ながら、条件に見合う物件がありませんねぇ」
「や、やっぱり、お風呂とトイレは別っていう条件が、ダメだからですか!?」
身を乗り出すようにして、問いかける遥。
しかし女の子としては、お風呂は広いスペースでゆっくりと入りたい。
「もしくは、ネット環境有りっていう条件が、ダメなのでしょうか」
右手をアゴにあて、名探偵ハルカは考える。
しかし、神ゲーマスター(自称)である自分が、ネットの申し子(自称)たる私がだ。ネットが使えない環境など考えられない。
「もしくは…」
「水嶋さん…水嶋さん!」
「は、はい!?」
「そこではありませんよ。もっと単純な話しです」
「や、やっぱり…ですよねぇぇ」
頬を痙攣らせる遥に対し、ニッコリと微笑む不動産屋さん。
「家賃です」
ありがとうございましたーという声を聞きながら、遥は何度目になるか分からないため息を吐いた。
「これで5軒目だよ…おっかしいなぁ…すぐ見つけて、観光しようって決めてたんだけどなぁ」
こういった家で、間取りはこうで、ここにはコレを置いてぇなど、シミュレーションは完璧だったのだが、残念ながら家賃でアウトであった。
「初めっから、グーグルさんに聞けばよかったわ」
携帯を取り出し、ピポパポと入力していく。
「え〜っと、秋葉原、風呂トイレ別、ネット有り、相場…っと」
入力をしてから検索ボタンを押す遥。
「へ?う、嘘でしょ」
出てきた家賃の相場を見た遥は、入力間違いかと、再度入力をし直した。
「1Kで7万5千とか…あり得ないから」
蘇るのは不動産屋の顔であった。
「…そりゃ、半笑いされるわよね」
決して、なめていた訳ではない。
鹿児島でそれだけの金額を支払うとなると、3LDK、いや、4LDKも夢ではない。
ちなみに遥が提示した金額は、4万円であった。
「どうしようかなぁ…」
部屋を探して来いと言われている遥。
「で、でも、探してはいるわよね?」
一応不動産屋さんからもらった資料がある為、証拠はある。
う〜ん。と、悩んでいたその時であった。
「おや、遥君じゃないか?」
「…え?」
名前を呼ばれた遥は、声をかけてきた人物を見て、息を飲んだ。
大きめのサングラスを頭にかけ、スラッとしたウエスト、女性が憧れる豊かな胸、可愛らしいアクセサリーを身につけ、白い上着に、膝下ぐらいのGパンを履く女性。
「あ、あの…モ、モデルさんですか?」
「……アッハハ!いやぁ、やはり姉妹だね」
笑い方や声。
憧れの姉とはまた違う美しさを兼ね備えた別格の女性。
「あぁ、すまん。私は北山恵理っていう者だよ。君にとっては、会社の会計担当になるから、事務所のスタッフだという認識でいい」
「は、初めまして。水嶋遥です」
この美しさでスタッフなのか?と、遥は思ったが、口にはしなかった。
「立ち話しもアレだな…良かったらお茶でもどうかね」
「是非♡」
憧れの秋葉原でのティータイム。
田舎者だと思っている自分には、一人では入りづらいなぁなどと思っていたところでの誘い。
やったぁ〜と、心の中で喜んだ。
そんな、目を輝かせる遥を見た恵理は、愛しい人を見るような、そんな瞳で遥を見ていた。
ーーーーーーーー
お洒落な喫茶店。
天井は高く、何の為にくるくる回ってるのかが気になるプロペラを見上げる遥。
「ふふふ」
「あ、す、すいません」
田舎者だなぁなどと、思われてしまったのかと思った遥は、顔を赤く染めながら、目の前にあるアイスティーに口をつけた。
「構わんよ。君のお姉さんである雪と来た時も、そんな態度をしていたからね」
「お、お姉ちゃんを知っているんですか?」
「勿論だよ。雪と修二君がデビューしたての頃からの付き合いさ」
コーヒーを、一口飲む仕草すら絵になる女性。
それが、北山恵理という女性である。
「たまたま現場が一緒の時があってね、その時、私から声をかけたのがきっかけだったかな」
「お姉ちゃんは…どんな、い、いえ。何でもないです」
知りたい。という思いと、思い出させない方がいいのでは?という思いから、遠慮が生まれたのだろうと恵理は思った。
「遥君。遠慮というのは日本人の美徳だと、私は思っている。また、遠慮というのは、日本人の悪手でもあると思っている」
「…悪手、ですか?」
「まぁ、考え方など人それぞれだから、これは私の勝手な戯れ言だと思ってくれても構わんよ」
「はぁ…」
「チャンスがあるならそれは、掴むべきだ。もしも気になっている事があるなら聞くべきだ。聞かないという選択をして、君は後悔した事はないかね?」
パンケーキを食べながら、恵理は続ける。
「君が遠慮をする事によって、周りが遠慮する事だってある。ま、逆も然りだがね」
可愛いくウィンクする恵理を見て、みるみる顔を赤く染める遥。
友人達が自分に遠慮したように、自分が友人達に遠慮していた部分が確かにあったと、今なら分かる。
「け、けど…あ、姉のことを聞くということは…」
自殺をした姉のことを、思い出すという事になる。果たしてそれは、いい事なのだろうか?
「ん?雪を思い出すということは悪い事ではないよ。むしろ逆だ」
「…逆、ですか?」
「勿論さ。雪の事を思い出すという事は、とてもいい事さ。いい事なんだよ、遥君」
遥に衝撃が走った。
両目から流れる涙は、無意識である。
恵理から、サッと差し出されたハンカチ。
可愛いハンカチは、とてもいい匂いがした。
「周りは君に気を遣って、雪の事を話題に出さなかったのだろう。それはそれで、一つの正解なのかもしれない。しかし、君にとってはそうではなかったのだろう?」
「…は、はい。私は、私は」
私は聞きたかった。
私は話したかった。
私は、私は、私は、お姉ちゃんの事を…色々と知りたかったのだ。
「だからこの世界に足を踏み入れた。なら、尚更だよ遥君。君は、遠慮などするものではない」
「…ぐすっ。恵理さん」
「よせ、恵理でいい。他人行儀っぽいから、さんはやめてくれ」
「じゃ、じやぁ、恵理ちゃん。教えてくれませんか?」
「あぁ。私が知っている限りを話そう」
お洒落なBGMが流れる喫茶店で、遥は昔の雪の事を知るとともに、北山恵理という女性の素晴らしさを知るのであった。
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