アイドルとマネージャー

伊達\\u3000虎浩

第2章 ゆずと結衣

 
 真っ直ぐな瞳。


 さっきまで寝ていたとは思えない瞳で、ゆずは修二を見つめてくる。


「…ゆず」


 声をかけた結衣は、心配していた。


 何故心配しているのかという事に、ゆずだけが気づいていた。


「結衣。悪いんだけど、飲み物買って来て」


 ハーフパンツのポケットから、可愛らしい財布を取り出したゆずは、結衣に部屋を出るように指示を出す。


 チラッとゆずのバッグに目を向けた修二と結衣は、飲み物を買いに行かせるのはゆずの口実であり、結衣を部屋から退室させ、修二と二人っきりで話したいという意味が込められている事に気づいてた。


 何故ならゆずのバッグから、ペットボトルのフタが少しだけ見えていたからである。


 勿論、飲み物が入っていなかったという可能性も考えられる。


 しかし、飲み物が入っていないペットボトルを、わざわざバッグの中に入れておくだろうか?


「…分かったわ」


 だが、結衣と修二は、そのペットボトルの事には触れなかった。


 もしかしたらゆずは、冷たい飲み物が飲みたいという意味なのかもしれないからである。


「何でもいいから3本ね」


「はい。はい。じゃぁ、行くね」


 ガチャッと扉が閉まる。


 その音を待っていたかのように、ゆずは口を開いた。


「聞かせて頂戴」


 何を?と、修二は聞かなかった。聞くだけ野暮ってもんだろ?


「……7年間、変わってないんだってな」


「…えぇ」


「結衣とは、何処で知り合ったんだ?」


「撮影現場よ。たまたま会って、あっ!ってなったのよ。結衣とは同じクラスだったから」


「ふ〜ん。初耳だな」


「当たり前よ。口止めしてたし、学校はちゃんと行ってたから」


 つまりは、結衣がマネージャーだった頃にたまたま現場で出会い、同じクラスという事もあって仲良くなったという事だろう。


 学校にちゃんと行っていた為、修二の通う高校に芸能人がいると騒ぎにならず、修二は知らなかった。という事である。


 片足を組み両腕を組んだゆずは、結衣と出会った時の事を少しだけ教えてくれた。


 ーーーーーー


 結衣とゆず15歳。


「ゆず?何を悩んでんの?」


「結衣…ちょっとね」


「もしかして、黒板が見えなくて悩んでるとか?ノート見せてあげようか?」


「……あのね。前半部分だけを聞くと、喧嘩を売ってるようにしか聞こえないんですけど」


「あはは…あっ!千尋」


 結衣が話しを誤魔化しているのは明らかである。しかし、話しを蒸し返しても、いい思いをしないのは明白だ。


 窓際の一番後ろの席。


 クラス中の生徒が羨むその席が、ゆずの席であり、前の席が結衣の席である。


「あれ?千尋先輩って、彼氏いたの?」


 結衣が目を向けた場所、窓から見える校庭に目を向けると、千尋と楽しそうに喋っている男子生徒の姿が見えた。


「あぁ、アイツは彼氏じゃないよ。幼馴染で修二っていうの」


「ふーん。にしても、楽しそうに話してない?」


「……!?そ、そうかな?」


 そうかなも何も、千尋先輩のあの笑顔を見れば楽しそうとしか言えないのではないだろうか?それにしても、結衣のこの反応…。


「で!?で!?ゆずは何を悩んでいたのよ」


 明らかな話題逸らし。


 つついてみたい気もするが、結衣は頑固な性格だ。つついたところで、好きだとか、嫌いだとか、普通だとか、そういった押し問答になるのは分かっている。


「…ちょっと、仕事でね」


「何かあったの?」


「そんな小声で話さなくても大丈夫だよ。どうせ、私何か誰も見ていないだろうし」


 そう。


 誰も見ていない。


 そもそも見られていたら、私は自由に学校には来られないだろう。


 私が女優の仕事をしている事を知っているのは、両親を除けば、結衣と先生だけである。


 流れる雲。


 飛行機雲だったか?


 しかし、今日が飛行機雲だったって事を、どれだけの人が認識しているのだろうか?


 私が芸能人だって、どれだけの人が認識してくれているだろうか?


「ゆず!私は見てるよ」


 両肩を捕まれた私は、真剣な表情を見せてくる親友に、思わず笑みがこぼれてしまう。


「ありがと。明日の"3年B組"に出るから、良かったら観てね」


「ちょ、ゴールデンタイムじゃない?!」


「えへへ。ちょい役だけどね」


「そんな事ない。ドラマって、脇役やチョイ役だって、充分重要な役だよ」


 少しも恥ずかしがる事もなく断言する親友が、私は誰よりも大好きだ。


 ーーーーーーーー


「一応言っとくけど、大好きってそういう意味じゃないから」


「…分かってる」


「チョイ役って分かるわよね?」


「まぁ、一応な」


 チョイ役。


 名前もなき役であり、スタッフロールで流れる、通行人Aとかがそうだ。


 通行人Aは、台詞が僅か一行って事だってある。下手をすればない事もあるのがチョイ役だが、基本はエキストラが担当する。


 エキストラを使っている場合は、スタッフロール時には名前が乗らず、ゆずみたいな芸能人は乗るが、これも監督などによって変わる。


「まぁ、流石に今では、チョイ役とかはないけどね」


「確か、その時期だったか?」


「えぇ。結衣に聞いていたから、大体は知ってる」


 結衣がマネージャーを志した頃。千尋が芸能事務所を立ち上げようと志した頃。修二が手伝って欲しいと言われ、悩んでいた頃の話しである。


 ーーーーーー


 それより前の事である。


「はぁ?マネージャーの仕事について教えて欲しいですって?」


「ちょ、ゆず、声!声が大きいってば」


 身を乗り出し、人差し指を口元にあてながら、キョロキョロしている親友を見ながら、思わずため息を吐いてしまう。


「はぁ…結衣。それって逆効果だから」


 ゆずは芸能人だ。


 大声なんかで目立ってどうする?!と、結衣は考えての行動である。


「…そ、そうかな?」


「で?どうしてそんな事を聞くのよ」


「笑わない?」


 少し顔が赤いのは、ツッコまれての恥じらいからなのか、これから話す事が恥ずかしいからなのか?


「内容によるわよ」


「…そうだよね」


 親友の話しだ。


 そう思った私は、結衣の目を見つめていた。


「千尋…先輩がね、一緒にやらないか?って、誘ってくれたの」


「…学校はどうするのよ」


 今の話しの流れから、千尋先輩が結衣を仕事に誘い、結衣はマネージャーという職業を調べているということは、マネージャーとして一緒にやらないかと誘われているのだろうと、長い付き合いなので、言わなくても分かった。


 その為、肝心なのは学校だ。


「…ちゃんと行けって、千尋先輩が」


「そっか、なら良かった」


「…うん」


 千尋先輩が。


 この言葉の意味を、理解できるだけの関係である。


 ーーーーーーーー


「まぁ。そうだろうな」


「って事は、ゴン太も知ってるのね。両親のこと」


「あんなのは、両親だなんて言わねぇよ!!」


 修二は、思わず叫んでいた。


「…す、すまん」


「構わないわ。結衣の居ないところでは、あまり触れたくない話しだから、この話しはここまでにしましょう」


 本人がいないところで話すという事は、悪口、陰口と言われても仕方がない。


 ゆずはそれを嫌がった。


 勿論、修二も同感である。


「あぁ。結衣が駆け出しの頃に出会ったって言ったのは、その頃って事なんだろうな」


「話しを戻しましょうか。その頃から私は、ちょくちょく仕事が増えて、結衣は結衣で、私の話しとか、自分なりにマネージャーについて調べたりしてたみたい」


「なるほどな。で、役に納得が出来ないから、事務所を移籍した理由はなんだ?」


 結衣がマネージャーになった経緯は、大体こんな感じであり、修二はそれを大体知っている。


 千尋が結衣を引き抜いた形にみえるこの一件の話しは、またの機会にしよう。


「以外とせっかちなのね」


「…せっかちも何も、結衣が帰ってくるぞ」


「…移籍した理由は、ゴン太が言った通りよ。私に入ってくる仕事は、妹役、娘役、子供役、そんな役ばかり」


「役があるだけいいじゃないか」


「ア、アンタ、本気で言ってるの!?」


 ギュッと握り締めた拳を、チラッと見た修二は、視線をゆずの瞳に戻した。


「当たり前だ」


 修二はキッパリと断言する。


 そして、その理由を話し始めた。

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