アイドルとマネージャー
第2章 姉妹
気持ちのいい風が吹き、気持ちのいい声が聞こえる。
部活動に燃える若者の声。音楽室から聞こえる楽器の音。
ふと、辺りを見渡すと、それらを絵にしようとしている美術部の姿が目に映り、別の所に目を向けると、顧問の先生や生徒会らしき人の姿も目に入る。
「・・遥?ね?遥ってば!聞いてるの?」
「・・ごめんごめん。何だっけ?」
戻した視線の先には、友達の姿が目に入る。
「もう。部活動は引退したんだからさ、これからはJKらしく行こうよ」
JKらしく・・ね。
「ごめんって・・で?何の話し?」
「もう。雪さんの事だよ」
JKの話題は、いつも同じようなものだ。
新作のお菓子や新作スイーツに、恋バナだったり、昨日何を見たかとか、そんな他愛のない話し。
憧れる女性の話し・・とかね。
「いいなぁ・・私も雪さんみたいなお姉ちゃん。欲しかったなぁ~」
「えへへ~いいでしょう」
いつからだろうか。
こうやって大好きだった姉が、大嫌いになってしまったのは・・。
嫌、解っている。
神姫雪が、自殺をした日からだ。
お姉ちゃんが自殺をしてしまった日から、私の世界は変わってしまった。
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いけない、いけない。
意識を戻すハル。
「・・とまぁこんな感じで、プライベートでも仲良くしていました。最も、向こうがどう思っていたのかは分かりませんけどね」
右手で頭をかきながら、彼はハハハと笑う。
お姉ちゃんが大好きだった人。
「・・そうなんですか。あ!お墓はここですよ」
バス停から自宅までの帰り道に建てられたお墓。
お墓参りが毎日できるようにと、代々水嶋家から受け継がれているそんなお墓。
かつて私の自慢であり、かつて私の憧れであり、かつて私の誇りであり・・私が大好きだった姉が眠る場所・・。
たくさんのお墓が並ぶ中、彼、嫌、霧島修二マネージャーは、一歩、また一歩と進んで行く。
見逃さないようにと、キョロキョロとしながらも、一歩、また一歩と進んんで行く。
寂しそうな表情を浮かべながら、それでも前を向いて歩いて行く。
黒いスーツ姿に、左手には花束を持っている。
かつてお姉ちゃんが一番大好きだった花。
「霧島・・さん。もしも会ったら、何て伝えるおつもりですか?」
そんな彼の後ろ姿を見ながら、私は尋ねた。
尋ねられた彼は振り向く事もなく、ある一点を見ながら答えてくれた。
「最初はお説教ですね。馬鹿野朗が…と、怒鳴り散らしてやりますかね…次に近況報告」
「近況報告…ですか?」
「そうです。立ち直れたこと。千尋や結衣のこと。ひかりや恵理さん…彼女がかつて関わったことのある人の近況報告ですよ」
千尋は千尋社長で、結衣は千尋社長の隣に座っていた可愛い女の子の事だと、直ぐに分かったが、ひかりや恵理さんとは、誰の事だろうか?
「…それと、遥の事です」
肩がビクッとしてしまったが、幸い彼は別の場所を見ていた為、気付かなかった。
「遥さん…とは、どんな人なんですか?」
少し踏み込んでしまっただろうか?
赤の他人のフリをしている私が、私の事を聞く。
下手をしたら、立ち直れない答えが返ってくるかもしれない。
それでもだ。
私は聞きたかったのだ。
誰かの口から、私に対する本音を…。
ーーーーーーーーーー
世界が変わったあの日。
忘れもしないあの日。
私の周りは、私に気を遣うようになった。
仲の良かった友達さえもだ。
いや、家族ですらだ。
"遥の前で、神姫雪の話しはするな"
暗黙のルールみたいなものが出来てしまった。
気晴らしにと、カラオケ屋さんとか、買い物とか、色々と連れ出してくれたのだが、至るところに神姫雪という女性を連想させるものがあるのだ。
雑誌の表紙。服。曲。看板。噂話し。
そう。大好きだった姉は、偉大すぎるほどの大スターになってしまっていた。
鹿児島の有名人とは?などと質問されて、神姫雪と答えない人はいないぐらいにだ。
周りの視線が怖かった。
「…遥。気にする必要なんかないよ」
「……!?」
気にすることがない?
ハ?ワタシノアネガシンダンダゾ?
気にしない方が可笑しい。
そんな言葉を聞いて、私が明日から気にしないような、そんな薄情なヤツだと思っているのだろうか?
わかっている。
気遣ってくれているということぐらい。
けれど。
私は怖かった。
本音は、何て思っているのだろうか?
聞けない。聞けるはずがない。
可哀想な子だなんて、聞きたくない。思われたくない。
『あの子、神姫雪に似てない?』
『は?神姫雪って自殺したあの?』
「……!?」
他愛の無いカップルの声が聞こえてくる。
姉妹の証でさえあるこの顔が…大嫌いだった。
ーーーーーーーー
「…遥ですか?そんな事より、ハルさん」
「は、はい!」
「…ここまでで大丈夫ですよ?」
「い、いえ。これも何かの縁ですから、私も挨拶していきます」
「そうですか」
バレたかと思ったが、どうやら大丈夫のようだ。
彼は右手で頭をかきながら、遥、つまりは、私の事を語り出した。
「よく分かっていません」
「分からない子…って事ですか?」
見つめた先に向かって歩き出す彼の後ろから、私はまた尋ねた。
「まだ会った事がないですから、まだ分からないって事です…ただ」
「ただ?」
「身勝手な女なんだろうなって思います」
「……ど、どうしてですか?」
「アイツの妹だからですかね?」
手に持つ花束を、置こうとした彼の手が止まる。
「どうやら、先客がいたようですね」
自分が買って来た花束をその上に重ね、彼は苦笑いを浮かべる。
「身勝手だなんて、そんなの…そんなのお姉ぢゃんの、私はお姉ぢゃんの代わりじゃない」
気がつけば、サッと立ち上がった彼の背中に向かって、私は拳をぶつけていた。
動揺する彼。当然だろう。
赤の他人だと思ってた同行人が、実は死んだ神姫雪の妹だったなんて知って、動揺しない人はいないのではないだろうか。
「ハル……じゃなくて、遥だったのか?」
「えぇそうよ!お姉ぢゃんがぞうだっだがらっで、わだじはぞうじゃない!」
お姉ちゃんが身勝手な女だなんて、私は知らない。私の知らない事を知っている彼が、私は大嫌いだ。
「お姉ちゃんは、お姉ちゃん。私は私よ!」
「………そうか」
ジュッジュッとジッポに火をつけてから、タバコに火をつける彼が声をかけてきた。
「やっぱり、姉妹だな」
「……え?」
フーっと煙を吐きながら、彼は続けた。
「遥について聞かせてくれと言ったのは、お前だ。それについて正直に答えた事に対し、いきなり泣くは怒り出すは、それは身勝手以外の何ものでもないだろ?」
「そ、それは、お姉ちゃんと、い、一緒だって、貴方が言ったから」
「それの何がマズイんだ?」
聞かれた私は、息が止まりかけてしまう。
お姉ちゃんと比べられる事など、妹の使命みたいなものだ。
顔が似るの何て、姉妹であるのだから仕方がない事でもある。
「会った事があって、話した事があって、その結果、お前が怒るのであれば話しは解る。しかし、俺はお前の名前しか知らない。雪の妹である事しか知らない。雪の印象から、遥を想像してしまっても、それは、仕方がないじゃないか」
「…そ、それは」
「今の態度から、雪にいい印象がないのは分かった。しかしだ、遥」
胸ポケットからハンカチを差し出して、彼は続ける。
「お前は芸能界という、特殊な世界に入ろうとしている。だからこそ、雪と比べられたくないと願っても、それは無理だ」
ハンカチを手渡した後、再びタバコを吸う彼。
「なぁ遥。話し合わないか?さっきの話しは、忘れてくれ。きちんと話すからさ。お前が知りたい、俺が知っている雪の話しをさ」
さっきの話しとは、芸能人とマネージャーを隠して話した話しの事だろう。
正直、あまり聞いていなかった。
何て答えるか迷う私の前で、彼は右手を挙げて、私に待ったをかける。
背中を向け、一歩、また一歩とお墓に近付く修二。
「久しぶりだなぁ…雪」
スーッと息を吸い、彼は大声で叫んだ。
「馬鹿野郎が!!自殺何かで死ぬんじゃねぇよ!!!」
確かにお説教をすると言っていたが、私には、街中で叫び散らしているチンピラみたいにしか見えなかった。
驚く私に、彼はサッと右手を向けてくる。
「お前も言ってやれ。この馬鹿野郎にさ」
ニヤッと笑う彼は、戸惑う私の手を引いて、肩をポンッと叩いた。
震える手をギュッと握り、私は思いっきり叫んだ。
「お、お、お姉ちゃんの、バカーーーー!!」
はぁはぁと、息を切らす私は、両膝をついてしまう。
「ど、どうしてママもお姉ちゃんも、私に病気の事を隠したのよ…どうして」
泣き崩れてしまう私の背中に、彼の上着が被せられた。
「なぁ雪。お前のおかげでなぁ…色々と大変だったんだぞ。人間不審になったりとかだなぁ」
「わ、私だって、そうなんだから」
泣く私の隣に座り、彼は続ける。
「千尋や結衣だって、色々大変だったんだぞ」
「ママやパパだって、色々大変だったわ」
彼に張り合うように、私は今までの思いを初めてお姉ちゃんにぶつけた。
「…チューリップの花。お前が好きだった花」
「花言葉は、思いやり…だったよね?お姉ちゃん」
「だったらよ…お前さ。自殺する事は、自殺する事は、思いやりの何でもねぇだろうがよ」
震える声。
震える体。
周りからの目など気にしない。
そんな彼の姿が、私には眩しく見えた。
世界の人口は、約70億人はいるだろうか?
70億分の2。
何の数字か解る?お姉ちゃん。
今、この瞬間に、神姫雪のお墓の前で泣く二人。
今、この瞬間に、神姫雪のお墓の前で怒る二人。
今、この瞬間に、神姫雪のお墓の前で笑う二人。
その数字…ねぇお姉ちゃん。聞こえてる?
え?お姉ちゃんの事が嫌いだったんじゃないかって?
許せないだけであって、嫌いではない。
嫌いになれる訳がないじゃない。
だって、姉妹なのだから。
修二が買ってきた花束と、誰かが買って置いていった花束が重なる。
色とりどりのチューリップの前で、私の世界はまた変わるのであった。
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