アイドルとマネージャー
第1章 夢
静まりかえる一同。
その原因を作った恵理は、ぺこりと頭を下げた。
「色々と長話しになってすまない」
「いえ、今日の主役は恵理さんですから」
「…あ、姐さん?一応、俺も主役ですよね?その言い方だと、俺は違うみたいに聞こえますよ?」
「ハハハハハ。いやぁすまない」
俺と結衣のやり取りが面白かったのか、声に出して笑う恵理さん。ひとしきり笑ったあと直ぐに、真剣な表情に変わる。
「さて、私の夢についてだったね。私の夢は、実に単純なものさ。ひかりに居場所を作ってやりたい。ただ、それだけさ」
「居場所…ですか?」
「あぁそうだよ修二君。君の居場所、いや、千尋君や結衣ちゃんにも言える事だが、君達の居場所はどこだ?」
「…サクラプロダクション」
「その通りだよ結衣ちゃん。そして、ひかりにはそれがない」
「以前の事務所じゃダメ何ですか?」
「いい質問だ。事務所を移動した事で、答えは解かっているだろうから、理由を話そう」
「はい。お願いします」
「うむ。先ほど修二君も言っていたが、このままだとひかりは、危なくなるだろう」
「芸能界では、通用しなくなる…と、考えているのですね?」
「そうだ。さて、修二君。もしもそうなったら、君ならどうするかな?」
「…もしもそうなったら、ですか?」
質問された俺は、考える。
仮に中二病のままのひかりが、世間から受け入れられなくなった場合。
方針は変わらない。
一人だけでもいい。
たった一人だけのファンの為に、アイツと頑張っていく覚悟を決める。勿論、その事をひかりに伝えてだがな。
芸能人だけではない。
漫画家、小説家、ラノベ作家など、人々に夢を見せたのであれば、その夢を最後まで見せる責任があると、俺は思っている。
未完の物語ほど、歯痒い物語はないだろ?
そしてそれは、プロもアマも関係ない。
「ひかりが受け入れられなくなったとしても、方針は変えません。一人でいい。一人だけのファンの為に、アイツと頑張りますよ」
視聴率は0パーだろう。テレビに出る事が少なくなってもだ。
アイツを応援してくれる人がいる限り、やり続けるさ。
「…そうか。では、治った場合はどうかな?」
「中二病が治った場合…ですか?」
中二病が治った場合、まず間違いなくひかりの仕事の量や、仕事のやり方、出方、全てが変わるのは決定している。
中二病だからこその結城ひかりだと、皆んなはそう思っている。
魔界の味がするなどと、言えなくなったひかりを、同じように扱う事は出来ないだろう。
ならば、キャラを変えるか?と、ひかりに相談する。
良く、キャラ変した。などと聞かないだろうか?
少し前まで、〇〇星からやって来たとか、〇〇はしません!とか、そんな事を言っていた芸能人が、ある日を境に言わなくなる。聞く事すらNGを出す。
キャラ変とはつまり、そういう事である。
最も、ひかりのはキャラではなく素なのだが…。
「ひかりにどうするかを相談しますが、仕事は劇的に変化してしまうでしょうね。それでもです。新しいひかりを好きになってくれる人がいると、俺は信じています」
キャラ変をして、全員が全員、成功しているかと聞かれたら、答えはノーだ。
では、キャラ変をせずに、全員が全員、成功しているかと聞かれても、答えはノーだ。
だがしかしだ。
全員ではないが、一部の人と言い換えれば、答えは両方イエスに変わる。
「ふふふ。流石は修二君だ。まぁ、ああいう子だが、ルックスはいいと言っていいだろう」
「そうですね。20歳でツインテ、ゴスロリ服と、中々のセンスだと思います…ん?」
「別に…」
何故か、千尋と結衣の眼差しが怖い。
「…そ、それで、この質問の意味って何ですか?」
「ん?君のいう事が全てだよ」
「え?」
「あぁ、すまない。君のいう事の全ての逆が答えだ。事務所によっては、君の考えとは違う方針で動く事などざらさ」
「つまり、クビという事・・ですか?」
「クビになる所も、あるかもしれないな。だが、少し違う。例えば、ひかりが中二病でなくなったとしよう。君は、キャラを変える事を薦める。しかし、事務所によっては、ひかりにそのままのキャラでいけと指示を出す」
「そ、そんな・・だって、アイツはキャラでも何でもない」
「では、中二病キャラでいけと、事務所は言うだろうな」
馬鹿げている。と内心思った。
そんなのヤラセではないだろうか?
だってそうだろ?
世間、いや、ひかりのファンが求めているのは、そのままのひかりではないのか?
「馬鹿げていると思うかね?しかしだ。働くというのはそういう事だ」
会社の方針が間違っていると思っていてもだ。
平社員でしかない俺たちは、その指示に従うしかない。
「・・・しかし、それって」
「ん?ヤラセではないよ修二君」
俺の心を読んでいるかのように、恵理さんは続ける。
「例えば、料理を食べるバラエティー番組に呼ばれたとしよう。台本に、ラーメンを食べたひかりが一言→魔界の味がする。と、書かれていたとした場合。さて、これはヤラセかね?答えはノーだ。基本的に台本通りにいかないのがバラエティー番組だが、台本通りに進む事だってあるだろ?」
台本の読み合わせがあり、実際にスタジオ収録の時は、カンペが出される。カンペ通りにしたら、ヤラセか?嫌、違う。恵理さんの言う通り、答えはノーだろう。
そもそもヤラセとは、ありもしない事をでっち上げる…みたいな事なのだ。
「また、話しがずれているな。とにかくだよ修二君。私はそれを嫌ったんだよ。ひかりはひかりだ。中二病キャラなんかで、売ってたまるかっていう話しだよ」
「だから自分が辞めるタイミングで、ひかりも辞めさせたって事ですか?」
「そうだ。丁度、契約更新もあったからな」
「それで、ウチの事務所・・ですか?」
「言っただろ?ひかりに居場所を作ってやりたいと」
「・・なぜウチなのですか?」
結衣の質問に、恵理さんは笑って答えた。
「君達の夢に、ひかりを加えてやって欲しいからだよ」
真っ直ぐな瞳で恵理さんは、俺たちを順番に見てきた。
「君達は家族を作ろうとしている。そうだろ?」
「…そうです」
頬を赤くしながら、結衣が答えた。
馬鹿げた夢だと思うだろうか?
しかしだ、俺たちはそんな夢を抱いている。
正確には、千尋の夢であり、俺と結衣はその夢に賛同した者だがな。
「家族=ファミリーではなく、家族=パーティーなのだろ?ふふふ。それこそアイツにピッタリじゃないか」
中二病であるひかりにはな。と、恵理さんは楽しそうに笑った。
「…千尋?」
無言のままの千尋に声をかけると、千尋は口を開いた。
「恵理さん。ひかりだけではダメです」
満面の笑みを浮かべ、千尋は続ける。
「恵理さんもです。恵理さんも家族の一員になって下さい」
「…どういう意味だ?」
家族の一員になってほしいと言うが、恵理さんはすでに、次の職場が決まっているのではないのか?
「ありがとう千尋社長。喜んで加わらせてもらおう…ん?あぁ修二君すまない」
ポカンとする俺に、恵理さんが頭を下げた。
「サクラプロダクション会計の北山恵理だ。宜しく頼むよ」
「……ちょ、聞いて、聞いてないですよ!」
今生の別れみたいなヤツは何だったの?
俺の涙を返して!
だいたいそれなら最初から、そう言ってくれてもよくないですか?イジメじゃね?
慌てる俺を見て、三人は楽しそうに笑うのであった。
「現代ドラマ」の人気作品
書籍化作品
-
-
0
-
-
37
-
-
6
-
-
353
-
-
59
-
-
39
-
-
4503
-
-
361
-
-
381
コメント