アイドルとマネージャー
第1章 悩み
時刻は現在に戻る。
「で?結局のところなんなの?」
アンタ話しが長い。みたいな態度をとりながら、結衣が話しかけてきた。
「いや、あのですね…つまり、ひかりみたいなタイプっていないんですよね」
「どういう意味?」
それを、コレから話すとこだったんだよ?ん?などとは言えない俺は、簡単に説明した。
「司会者の方からひかりに、質問されたんですが…」
今日のひかりのハイライト。
「ひかりちゃんは、普段は何をなされてるんですか?」
定番中の定番である質問。上手い人ならここで「舞台の稽古です」「あっ、舞台をやられるんですか?」「そうなんです〜♡〇〇でやってるので、是非!見に来て下さい」みたいな感じで、軽く宣伝(番宣)をするところだが…。
「ク、ク、ク。禁忌教典をちょとな」
ば、馬鹿、スポンサー!スポンサー様!大体、何で右眼を左手で隠しながら言うんだよ…それじゃぁ、カメラにぬかれた(撮られた)時に、顔が映らねぇだろ!ていうか、禁忌教典を読んでるんだよね?探してるんじゃないよね?
「あぁ。クラシックのレコードを聴いてるんですね」
「アカシックじゃ!たわけ!!」
『www www』
よ、よかった。ウケてるようだ。
ヒ、ヒヤヒヤさせやがって…全く。
アイツは、ロクでなしタレントだな。
大物司会者に若い女の子が噛み付くという構図が、どうやらウケているらしい。
(下手すれば、シーン。と、静まりかえる所だが、今日のMCがお笑い芸人の方で助かったぜ)
ひかりのハイライトその弐。
番組が少し進み、司会者から再び話しをふられるひかり。
「ひかりちゃん。ひかりちゃん。コレ、食べてみて」
お?これも定番中の定番のヤツだな。上手い人はコレを機に、食レポの仕事や、美味しそうに食べる表情などからテレビCMへと繋がるところなんだが、アイツ…食レポなんて出来んのか?
ひかりに出された料理は、ラーメンであった。
ハラハラしながら見守る俺。
ひかりはラーメンを一口食べて、感想を言う。
「魔界の味がする」と。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「はっはっはは。いやぁ、アレは流石にビビったな」
「笑い事じゃないですよ!司会者の"どんな味やねん!"って言うツッコミがあったから良かったですけど…下手したら、二度と呼ばれなくなりますよ」
ひかりのハイライトを聞いた恵理さんは、嬉しそうに笑う。
「…それは、なかなかだね」
マネージャーを以前やっていた結衣も、この意味に気づいたらしく、めずらしく感心していた。
「唯一無二って表現は、あながち間違いがないようだね。ん?どうかしたの?」
俺のちょっとした表情の変化に気づいた千尋が、質問をしてきた。しかし、その事には答えず俺は、恵理さんに質問をした。
「…恵理さん。気づいていますよね?」
「プハー!!」
ジョッキを空にする恵理さんは、どこか寂しそうな表情を浮かべながら、あぁ。と、答えてくれた。
「どういう事?」
「…いいか、千尋。今はいい。もしかしたら、来年、再来年まではいいかもしれない」
恵理さんから視線を外した俺は、千尋に視線を向ける。
「キャラって言葉を、聞いた事があるだろ?」
「お馬鹿キャラ…みたいな事?」
「そうだ。世間にハマっている(受け入れられている)間はいい。しかし、ある日突然受け入れられなくなる日が、必ずくるハズだ」
よく、お馬鹿キャラで大ブレイク!などと、聞いた事がないだろうか?
「ひかりの場合は、キャラではなく素なんですが、関わりを持たない人には分からないだろ?」
「つまり修二は、数年後には消える…と?」
言いにくい事をズバリと言う結衣。
「…それだけじゃない。通常、テレビに呼ばれるという事は、何かを期待されているという事だ」
何か?とは、テレビ局サイドに目的があると言えば、分かりやすいだろうか?
例えば、30分番組に、映画の番宣の為に呼ばれたとしよう。
当然、テレビ局サイドの目的は、映画の番宣だ。
だからと言って、30分間も「映画やります!」などと、連呼する事は許されない。それは、逆効果。
話しの流れをキチンと理解し、空気を読み、上手い具合に番宣へともっていく。
そうすれば、映画側も、テレビ局側も、あの子になら…と、なるわけである。
「ひかりは中二病だ。この先ずっと中二病なのかどうかは置いといて、冷静に考えてみてほしい」
もしも、いや、近い将来か。
ひかりが、中二病ではなくなったら?
テレビ局の目的に、答える事ができると思うか?
中二病だからこそ、魔界の味がするなどと言っているが、これを、中二病ではなくなったアイツが言えるのだろうか。
ラーメンを食べて、美味しいです。などというコメントを、テレビ局側や見ている視聴者などは求めていないのかもしれない。
今日は、どんな珍回答を言うのだろうか?と、みんながそれを望んでいる。
〇〇キャラと呼ばれてしまうということは、そういうことなのだ。
そしてそれを、本人が一番理解していないといけないのだが、理解をしたら最後。
中ニ病は中ニ病で無くなってしまうのではないだろうか。
「…つまりこのままいけば、ひかりはつぶれてしまうかもしれない」
「…どっちも地獄だね」
「…!?え、えぇ」
どっちも地獄だと、結衣は言った。
このまま一生、中二病のまま居続ける事が出来たとしても、ひかりにとってそれは、いい事だとは言えるのだろうか。
中二病は治さないと、いけないものなのだから。
しかし、治るという事は、結城ひかりがいなくなるという事だ。
アキラ、と、呼ばれなくなる日が来るという事だ。
そんな残酷な未来が、待っているのだとしたら?
関わり合いを持たない方がいいのではないだろうか?
違う、違うだろ霧島修二!そうじゃねぇだろ!
「…恵理さん。答えて下さい。それが分かっていて、なんでマネージャーをやめる何て事、できるんですか」
あの恵理さんが、気付いていないハズがない。
なのにだ。
自らスカウトし、自らマネージャーとして支えてきたハズなのにだ。それを放棄して俺に預ける…だと?
可笑しな話しだと、思わないか?
テーブルの下で握り拳を作り、怒りをブチまけないようにしながら、俺は尋ねた。
「…修二君の言う通りだよ」
何かを思い出してなのか、寂しそうな表情を浮かべながら、恵理さんは理由を教えてくれた。
その理由は、とても残酷な理由であった。
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