アイドルとマネージャー
第1章 引き継ぎ
時刻は21時を過ぎていた。
「では、シュウ君の復帰と恵理さんの新しい門出を祝って、カンパ〜イ」
「恵理さん。カンパーイ」
「いやいや、姐さん。それだと恵理さんしか祝ってないように聞こえるんですけど、気のせいですよね?ね?」
「まぁまぁ、修二君。少し落ちつきたまえ」
今の会話から分かると思うが、一応説明しておこう。
現在俺たちは、事務所の1階にある居酒屋で、俺の仕事への復帰と、恵理さんの転職を祝っているところであった。
メンバーは、俺と千尋、結衣と恵理さんの四人だけだ。ひかりも参加したがっていたが、明日は朝早くから仕事の為、家に帰らせてある。
「恵理さん。そ、その…」
「ん?どうした?遠慮などしなくていいんだぞ?」
なぜ転職(移籍)する事にしたのかが気になった俺は、質問する事にした。
何故、ウチのプロダクションに来たのか?と。
質問された恵理は、ふふふ。と、笑いながら、説明を始める。
「まぁ…人生、色々あるさ。女には女なりの悩みがあり、男には男なりの悩みがある」
「…分からなくもない…ですけど」
「私はね、修二君。悔しいんだよ」
「悔しい…ですか?」
ビールを飲み干した恵理さんは、ドンッとジョッキを置いてから、語り始めた。
「君には色々と教えたね」
「はい。恵理さんがいなかったら、今の自分はないと思っています」
「ははは。君がそう言ってくれるなら、私はこの業界に携わった事を、誇るべきなんだろうな」
嘘ではない。
お世辞を言っているわけでもない。
霧島修二というマネージャーは、北山恵理のおかげで出来たと言ってもいい。それぐらいお世話になっている。
「ならばまだ私にも、君に教える事があるかもしれないな。いや、一つだけある…か」
「結衣。醤油とって」
「…コレですか?」
「しょゆこと…なんちゃって」
外野がうるせぇ。
テヘペロ♡と笑う千尋を見て、結衣は嬉しそうに笑う。久しぶりに千尋の笑顔が見れたからであり、決して今のギャグが可笑しかったからではないと信じたい。
「…さ、さて、修二君。ひかりをどう思うかね?」
「…ひかり、ですか?」
「なぁに。ここだけの話しさ」
そう言われた俺は、正直に話す事にした。
「唯一無二の存在だと思います。バラエティー番組でなら、無敵ではないでしょうか?」
「ふふふ。そうかそうか。ありがとう」
結城ひかりをスカウトしたのは、他ならぬ恵理自身である。自分の目に狂いはなかった。スカウトしたタレントが褒められるとは、そういう事なのだ。
「ひかりちゃんて、そんなに凄いの?」
「あぁ。まず間違いなく逸材だろうな」
千尋に尋ねられた俺は、正直に話した。
「詳しく聞こうじゃないか」
恵理さんにそう言われた俺は、今日の出来事を思い返す。
ーーーーーーーー
時刻は少し戻る。
ひかりに雷を落としていると、レッスンスタジオに恵理さんがやって来た。
「ん?おぉ!修二君!心配してたんだぞ」
「え、恵理さん。ご無沙汰しております」
両肩を叩かれた俺は、少し照れくさそうにしながら答えた。
北山恵理と霧島修二の関係を言い表わす言葉があるとするならば、先生と生徒。師匠と弟子。ピッコロさんと孫悟飯ぐらいの関係だ。
「さて、お互い色々聞きたいことがあるだろうが、残念ながら今は時間がない。ひかり!」
「………!?」
恵理から名前を呼ばれたひかりは、肩をびくつかせていた。
「ななな、何で、貴様がおるのじゃ」
「何でって、修二君に引継ぎとかあるからよ。それとも何?私がいると駄目なのかな?ん?」
「だだだ、駄目なわけでは…ないが」
目を泳がせているひかりに、恵理さんがグイっと詰め寄った。
「なら何?ほら、怒らないから言ってみなさい」
「わ、我は今日、これから修二と遊ぶ予定があってだな・・」
「うん。うん。それで?」
「うぅぅ・・」
あまりの恵理さんの迫力に、ひかりはたじろいでしまっている。
「まさかとは思うけど、休むとか言わないわよね?」
「・・・・・!?」
「ごめん。ごめん。騎士たるひかりが、任務を放り出すはずがないわよね。疑うなんて、やっぱり私…駄目ね」
「ばばば、馬鹿な事を考えるヤツめ。我がそんな事を、か、考える訳がなかろう!は、は、は」
頬を引きつらせながら笑うひかりに対し、恵理さんは、ニッコリと微笑みながら告げる。
「そ。じゃ、行こっか」
・・・え?何コレ?
訳も解らず固まっている俺に、恵理さんが声をかけてきた。
「今のようにしなさい」と。
うん。理解不能です(・_・)
ーーーーーーーーーーー
恵理さんが時間がないと言っていたのは、ひかりに仕事があったからであり、現在俺たちは、とある収録スタジオに来ていた。
「…今宵は月が綺麗じゃったな」
「…曇ってたけどな」
「…お、おかげで、魔力の補給も充分できた」
「…曇ってたけどな」
楽屋の鏡の前で、色々なポーズをとりながら、そんな事を言うひかりに対し、俺はツッコんでいた。ひかりはゴスロリ服を着ており、ポーズをとる度に、左右のツインテールが小さく揺れる。
(魔力って、そんな物あるわけないだろ?コイツ…本当に中二病なんだな)
「さて、ひかり。ちょっと修二君とタバコを吸いに…じゃない。魔力を補給してくるから、そこにある台本、しっかり読んでなさいよ」
(訂正しよう。魔力は確かにあった)
喫煙所にタバコを吸いに…じゃなかった。魔力を補給しに来た俺と恵理さんは、タバコに火をつけた。
「ふー。さて、修二君。引き継ぎをすると言ったが、正直、君に引き継ぎをする事がない」
「いや。ふー。ありますよ」
「マネージャーとしての君の能力は、充分と言っていいぐらいだ。それに、私には私のやり方があり、君には君のやり方がある」
「…そうかもしれませんが」
「ひかりのヤル気の上げかたは、先ほど見せた通りだ」
先ほどというのは、レッスンスタジオや楽屋でのやり取りの事だろうか?いや、俺にあれをヤレと言われてもな…無理な話しだと思わないか?
「大丈夫。何かあったら、連絡してくるといい」
先に行ってるぞという言葉と共に、右手を挙げて喫煙室を後にする恵理さん。
こういう大人になりたいと思うほどの偉大な背中を、俺は無言で見ていた。
収録が始まる。と言っても、まずは軽いリハーサルから始まるのが普通である。
ぶっつけ本番!などという事も珍しい話しではないが、今日はリハーサルがあるらしい。
今日の収録は、バラエティー番組の収録である。
司会者(MC)がいて、パネラー(回答者)と呼ばれるひかり達(タレント達)が、出された問題(質問)に答えるというよくある番組だ。
リハーサルが終わると、軽い休憩を挟み、いよいよ本番が始まる。
この瞬間だけはいつ見ても、息を飲み込んでしまう。
空気が変わった…などと良く聞くが、実際に見た事が、感じた事があるだろうか?
リハーサルとは全然違う。
芸能人としての顔が、そこにはあった。
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