アイドルとマネージャー
第1章 結城ひかりは中二病である
スヤスヤと眠りについた千尋を、起こさないようにしながら、社長室にあるソファーに寝かせる。
スーツの上着を脱ぎ、そっと千尋に被せた修二は、社長室を出る事にした。
「ん?何かあったのか?」
ガチャッとドアを開け、そ〜っとドアを閉める。
千尋との話しが終わったら声をかけるように言われていたので、結衣に話しかけたのだが、何故か結衣の顔が赤い。
「べ、別に…それより、千尋先輩は?」
「泣き疲れて眠ってる。出来たら少し、寝かせてやってくれないか?」
「い、いいんじゃない?この後の予定は、夜の食事会だけだから」
何故か、カミカミの結衣を不思議に思いながら、俺は結衣に尋ねた。
「なぁ結衣」
「な、何よ?」
「お前は、大丈夫なのか?」
もしかしたら結衣も千尋みたいに、思い詰めてはいないだろうか?そう思ったら、聞かずにはいられなかった。
「修二」
「ん?」
「…い、いや、何でもない。それよりもほら、行くわよ」
「行くって何処へ?」
「決まってるじゃない。仕事よ、仕事。いいから、ほら!付いて来なさい」
結局、結衣は大丈夫とも、大丈夫じゃないとも、言わなかった。
ーーーーーーーーーー
結衣が連れてきた場所は、事務所の3階にある、レッスンスタジオであった。
「…一応聞きますけど、仕事なんですよね?」
仕事だと言われて付いていくと、そこはレッスンスタジオだった…な?聞かずにはいられないだろ?
それなのにだ。
結衣はゴミを見るような目で俺を見て、は?当たり前じゃない。馬鹿なの?と、返してきた。
主語!述語!
「何が悲しくて、アンタとレッスンするのよ?大体、レッスン内容は何?」
知らんがな。と、言ってやりたい所だが、相手は先輩であり、仕事だからレッスンスタジオに来たということは、レッスンスタジオに誰かいるから紹介するね♡…という連想が出来なかった俺が悪い。ん?悪いのか?
まぁ、いい。
中に入ればわか…ん?
「はぁ…。いい?ワタシ中にいる人を紹介スル。アナタ紹介された人を担当スル。後はいつも通り仕事スル。OK?」
若干、いや、かなりイラッとしたが、我慢だ我慢。と、自分に言い聞かせた。
大体、何で最後だけ流暢な英語なんだよ!カタコト喋りにするなら、最後もカタコトで話してよ!などと、心の中でツッコミながら、分かった。とだけ伝えた。
俺はの仕事は何だ?
そう、マネージャーだ。
雪がいなくなったのだから、新しい人を担当する事になる。
今からするのは、その顔合わせってヤツだろうな。
早速遥を紹介されるのだろうと想像していた俺だったが、紹介されたのは、良く知った人物、結城ひかりであった。
「ク、ク、クク。待っていたぞアキラ」
「修二な。大体、何でラオウ風に言うんだよ」
両腕を組み、仁王立ちしているひかりにツッコム修二。
「大体だな、野ブタをプロデュースしたのは恵理さんであってだな、アキラと呼ぶなら恵理さんにしろ」
恵理さんなら、地元じゃ負け知らずだろうからね。
「じゃ、アキラ。用事があるから、後よろしくね」
右手をヒラヒラと左右に振りながら、結衣は部屋を出ようとしていた。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!仕事じゃないんですか?」
「仕事だって言ってるじゃない。ひかりは、ウチの事務所に移籍してきたの」
「え?マジですか」
「はぁ。私が冗談を言う人間だと思う?」
うん( ・∇・)とは、言えない。
大体、冗談を言わない人間だと主張するなら、さっきのアキラ読みがどういう事なのかを説明してよね!
しかし、結衣とはそれなりに長い付き合いである。その為、これ以上話しても意味がない事を、誰よりも理解している。
「…はぁ。分かりましたよ。詳しい話しはひかりに聞きます」
と、言うしかない。
頑張って〜と、右手をヒラヒラさせながら、橋本結衣は事務所に帰っていった。
ーーーーーーーーーー
結衣がいなくなり、レッスンスタジオの入り口付近に座って話す二人。
「それで?何で移籍なんてしたんだよ」
移籍をする理由があったのだろうか?あれだけバラエティー番組に呼ばれていたのだから、仕事には困っていないハズだ。
事務所を移籍する理由など、人それぞれである。
仕事がない。つまり、お金がない。とか、人間関係とか、理由をあげたらキリがない。
仕事はあったのだから、お金に困っているわけでもないだろうし、人間関係なら恵理さんが黙っていないハズだが…。
「我は永久の時を生きる騎士なり」
バッ!っと右手を前に突き出し、左手で左眼を隠しながらひかりは続ける。
「騎士は弱者に優しい戦士なのだ!」
サッと、伸ばしていた右手を左肘にあて、左手の指の隙間から、コチラを覗き込むひかり。
ニヤリ。と、口元を緩めているひかりに、ツッコマずにはいられない。
「騎士なのか、戦士なのかをはっきりさせて欲しいとこだが、そこは横に置くとして…で?結局、理由は何だよ?」
「フ…決まっているであろう。弱者を助ける為だよ」
何の前置きもなく、ビッと人差し指をコチラに向け、真剣な表情をしながら淡々と告げるひかりに、思わずドキッとしてしまう。
まさか俺を心配して、わざわざ事務所を移籍してまでひかりは、助けに来たと言うのか?
そこまで、俺の事を友達だと思っていたのかと思うと、目頭が熱くなってしまう。
通常、事務所を移籍するという事は、簡単な話しではない。
事務所を移籍する。とは、全てを捨てる覚悟がいるのだ。
芸能界の仕事は、特殊である。
事務所に在籍している芸能人は、まず仕事がない。
事務所から仕事をもらう所から始まり、事務所から仕事をもらい、働いてお金を手にする。
うまくいけば、レギュラー番組につながり、また、仕事がもらえる仕組みとなっている。
テレビの仕事について簡単だが、説明しておこう。
まず、テレビ局や出版社などから事務所にオファーがあるか、マネージャーである俺たちが仕事をとってくるかである。
事務所にオファーがあった場合、事務所の判断で芸能人にオファーがくる。
事務所が何を判断するかは、簡単な話しで、メリット、デメリットの判断などであり、早い話し、事務所とは仲介人みたいなものだ。
つまり、移籍をするという事は、今まで事務所からもらっていた仕事が、全て無くなるという事になる。
「お、お前ってヤツは…バカなのか?」
若干、涙声になりながら修二は、ひかりに感謝していた。
サクラプロダクションは、見ての通り、小さい芸能プロダクションである。
そして、所属タレントやスタッフが全員いなくなってしまった状態だ。
ここから再スタートする為にはまず、芸能人の卵を見つけてくるところから始まるのだが、正直に言うと、かなりキツイ状況だったのだ。
芸能人の卵は見つかっている。遥だ。
ここから遥を育て、売り込み、仕事を貰い、お金を貰う。さて、どのくらいかかるだろうか。
しかし、ひかりなら、結城ひかりなら、まず間違いなく、仕事が貰えるハズだ。
彼女は売れっ子であり、レギュラー番組や準レギュラー番組なども持っている。
当然、事務所を移籍したのだから、レギュラー番組などは消滅してしまうかもしれないが、世間の知名度、各局への知名度は抜群なのだ。
つまり、修二が売り込まなくても、オファーが来る可能性があるという事なのである。
バカ…と、言われたひかりは、ク、ク、ク。と、含み笑いをしながら告げる。
「騎士とはバカでなくては務まらない。違うか?」
自らの命を投げ捨ててでも、誰かの命を救う。
そんな事ができる人間は、馬鹿だが馬鹿ではない。
友達とは?
「ひかり」
「何だ?」
「ありがとな」
その答えを見た気がした修二は、お礼を告げた。のだが…。
「フ…礼には及ばぬは。コレでようやく貴様と遊べるって事だからな…はぁはっは!」
「は?」
アレ?聞き間違いだよね?
「いやな、最近アキラが現場にいないから、遊び相手がいなくて困っていた所だったんじゃ。聞けばアキラは、精神と時の部屋に閉じこもってしまって出てこないとか」
「………」
「一人だけ修行しに行くなんて、なぜ我を誘わないんじゃ?うん?」
右肘を使ってウリウリと、修二の脇腹を突いてくるひかり。
その後、ひかりに雷が落ちたのは、言うまでもない事である。
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