アイドルとマネージャー
第1章 終わりの終わり
タバコを吸い終わる頃、ポケットに入れてあった携帯電話が着信を知らせてきた。
ふー。と一息つき、携帯灰皿に吸い殻を入れ、着信画面に目を向けた俺は、再びタバコに火をつけてから通話ボタンを押した。
「ハイハーイ!こちら千尋ですよー!」
「いやいや、まるで俺から電話をかけてきたみたいな第一声、間違ってるからな」
「おやおやおや?その声はシュウ君かな?かな?」
「アドレス帳を確認してからかけてこい。じゃあな」
「ストップ!ストープ!いやいやいや。社長からの電話切るとかあり得なくなくない?」
「はぁ…千尋。何の用だよ」
今の会話から分かるように、千尋は、我がサクラプロダクションの若き女社長である。
「何の用だよって、シュウ君忘れてないかい?」
「あぁ、悪い。今日の会食はキャンセルで」
「えぇー!?な、何でよ?」
思わず携帯を、耳から離してしまう。
「…雪が、ちょっと、な」
いつもの雪らしくない。
そう感じた俺は、この後の千尋と三人で食べに行く予定だったスケジュールをキャンセルする事を決めた。
「まぁ…それなら仕方ないか」
「…悪いな」
雪がどうかしたのか?と、千尋は尋ねてこなかった。これは、雪に興味がないとかそういう訳ではなく、千尋なりに考えての事であった。
よく、現場の判断に任せるという言葉があるように、千尋は雪の事についてだけは、俺の判断に任せてくれている。
「シュウ君。しっかりね!それじゃあ、また」
「あぁ。またな」
健康管理や精神面などのケアといった仕事も、マネージャーの仕事の一つだと、俺は考えている。
勿論、雪の仕事でもあるが、雪だけではどうにもならないのが、芸能界というものだ。
何故なら、毎日同じような時間帯に、同じ仕事をするわけではないからだ。
朝が早ければ、夜遅くまでの時もある。
睡眠時間が1〜2時間という事も、珍しい話しではない。
スタジオ収録もあれば、ロケなどもある。
それを選ぶのは雪ではなく、俺の仕事だ。嫌、俺達といった方がいいかもしれないな。
どんな仕事でも全力でやります!というスタンスは、どのタレントも変わらない。
しかし、出来ない仕事というものがあるのだ。
例えば、水着撮影などならいいかもしれないが、全裸になった写真撮影はNGである。
そういった場合は、俺の判断で断り、後から雪に断った事を伝える。
また、出来るか出来ないかが分からない時は、雪に相談する。まぁ、自分判断でやらないという事だ。
ふー。と、タバコの煙を吐きながら、次のスケジュールに目を向ける。
「スタジオ収録まで、後2時間…何か買っておくか」
千尋との会食がなくなったのだから、当然お腹が空く…いや、雪ではなく俺がな。
一般的にタレントなどは、楽屋と呼ばれる所で出番まで待機しているのだが、楽屋にはお弁当やお菓子などが置いてあるのが普通である。
マネージャーの俺の分も置いてあればいいのだが、ない場合が怖い。
「はぁ…今日もコンビニ弁当か。いや、上手いからいいんだけどさ」
成人男性(21)である俺にとって、コンビニ弁当1個で足りるはずがない。
「あ、すいません。こちらの1個は領収書を下さい。はい…はい。宛名は、サクラプロダクションで」
コンビニ弁当を2個買ったのだが、1個にしか領収書はきれない。ちなみに、領収書をきったのは安い方だ。
『食事で領収書をきるのはいいけど、1回500円までね!』とは、千尋様の有り難いお言葉である。遠足にでも行くつもりかってんだよ…全く。
経費で落としてくれるだけまっしだと思いたいのだが、今のこのご時世、500円ジャストなどあまりない。
「はぁ…やれやれ」
そんな事を呟きながら、運転席の窓を少し開け、コンビニ弁当を食べる俺であった。
ーーーーーーーーーー
とある収録スタジオの地下駐車場で時計を見た俺は、そろそろだろうと、雪に声を掛けた。
「ん…後…5分」
本当であれば、5分どころか10分だって待ってやりたい所なのだが、心を鬼にして、雪を起こした。
「さっきも聞いたぞ、その台詞」
勿論、嘘である。
「ほら、収録まで後1時間だから、起きろよ」
「ん。うーん」
猫みたいな、そんな可愛らしい仕草を見せる雪に、一瞬ドキッとしてしまう。
「…おはよう修二。あれ?会食は?」
「千尋に予定が出来たってさ。楽屋で弁当な」
これも、嘘である。
しかし、お前の様子がおかしかったから断ったなどと、言える訳がない。
「ふーん。それで修二は今日も一人寂しくコンビニ弁当を食べた。と」
「うるせー。ほら、行くぞ」
クスクス笑う雪を見ながら、少しはリフレッシュ出来たのだろうと思い、この時の俺は、内心安心していた。
「ふふ…修二」
「ん?」
「いつもありがとう」
真剣な眼差しで、ニコッと微笑みながら、雪はそんな事を言ってきた。初めて聞く言葉に、目頭が思わず熱くなる。
「…し、仕事だからな」
照れくさくもあり、泣きそうになっているとバレないかという恥ずかしさもあってか、この時の俺は、そんな態度をとってしまった。
その事を俺は、今でも後悔している。
もしも、もしもの話しだ。
あの時の返事が違っていたら?
考えずにはいられなかった。
だが、その答えは誰にも分からないし、永遠に分かる事はない。
何故ならこの日をもって、神姫雪という一人の女の子は、この世界からいなくなってしまったのだから。
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