アイドルとマネージャー
第1章 神姫雪という少女
収録が終わり、雪を出迎えるのが俺の仕事だ。
「お疲れ様でしたぁ」
ニッコリ微笑みながら、出演者、スタッフ、観覧席に手を振る雪を待つ。といっても、ボーっと突っ立って待つわけではない。
耳をすませ、じーっと雪だけを見つめる。
「雪ちゃん。この後打ち上げどう?」
「えー!いいんですかぁ!」
キャピキャピした返事を返す雪は、チラッと俺を見てくるので、今だ!っと俺は、両手をクロスさせてダメェーと合図を送る。
「けど、すいません…どうやら次があるみたいで(>_<)はぁ…あっ!また、誘って下さいね( ^ω^ )では、失礼致します」
コロコロ変わる表情を浮かべながら、ダラダラ歩く事もなく、こちらに向かって歩いてくる雪。
待っていると、知り合いに声をかけられた。
「ク、ク、ク。久しぶりだな我が親友よ」
「お久しぶりです。ひかりさん」
誰がトモだ誰が!?大体、何でタメ口なんだよ!と、心の中で愚痴る。
「くぅー!よいよい。さんなどつけずともよいわ」
「はぁ…なら、ひかり。何の用だ?」
「挨拶だよ!あ・い・さつ。ふっ。愚民に優しい我!超カッコいい」
「…そいつはどうも。ほら、恵理さんが呼んでるぞ」
俺の前方、ひかりの後方から、恵理さんが挨拶周りをしていたのが目に入ったので、ひかりに教えてやる俺……超カッコいい。
「やれやれ仕方がない。助けてやるとするか」
美人過ぎるマネージャーというのも色々と大変である。
出演者に挨拶をすると、必ず長話しになってしまうからである。まあ、主に男性陣に挨拶に行ったらなんだがな。
気持ちは分からなくもないよ。
そういうわけでひかりが言った台詞は、あながち間違いではなかった。
「じやぁ、またなアキラ!アミーゴー」
「修二だ!!」
青春なんかしてねぇからな!っと心の中で叫んでいると、横から声をかけられた。
「修二。鞄からケータイとって」
声をかけてきたのは、雪である。
「はいよっと。もういいのか?」
可愛いらしいブランドバッグから携帯を取り出し、雪に手渡しながらここに用はもうないのか?と確認をする。
「ないわ。行きましょ」
携帯画面を寂しそうな表情で眺めていた雪は、直ぐに表情を引き締めてから、スタスタとエレベーターへと歩いて行く。
その表情に気付いていながらも、何も言えない俺であった。
ーーーーーーーー
エレベーターを降り、地下の駐車場へとやって来た俺たちは、タクシーではなく自家乗用車に乗り込んだ。
運転手は俺である。
「ねぇ、修二?今日は助手席でもいい?」
「ダメだ。お前分かって言ってるだろ?それよりも、ゆっくり休めよ」
「そう…じゃあ、お休みなさい」
「あぁ…お休み」
助手席に乗せられない理由を説明するのであれば、理由は2つある。
1つは、勘違いされない為である。
若い男の助手席に、あの神姫雪が乗っていた。
それだけで、週刊誌のネタにされてしまう恐れがあるのだ。
また、助手席に乗せて走行した結果、ファンや一般の方に気づかれてしまい、追いかけられるという事も充分考えられるからであった。
もう一つは、体力の回復の為である。
分刻みのスケジュールをこなす彼女にとって、一番大切なのは健康管理である。
健康を保つうえで必要なのは何か?答えは睡眠だ。しかし、分刻みのスケジュールをこなしている彼女は、睡眠時間が極端に少ない。
男性芸能人とは違い、メイクの時間も多く必要になる。また、肌が荒れてしまう、むくんでしまうなど、女性の憧れの的である神姫雪にとっては、それは避けなければいけない事でもある。
寝不足は、美容の大敵なのだから。
では、睡眠時間を増やす為には?
答えは簡単である。
この移動時間こそが、神姫雪が眠れる唯一の時間なのである。
ゆっくり寝てほしいという思いから、ボックスタイプの車の中を改造し、運転席に助手席、後ろは神姫雪が眠りやすいようにとなっている。
「ねぇ。修二」
しばらく走行していると、後ろから声をかけられた。
「ん?どうした?」
いいから寝ろよ!と言いたい所なのだが、エレベーターに乗る前に雪が見せた表情に気付いていた俺は、用件を聞く事にした。
「あの頃のこと、覚えてる?」
「…いつの頃のことだ?」
「私がまだ無名だった頃のこと」
「あぁ…覚えているさ」
全員が、全員、初めから有名なわけではない。
渋谷や原宿、六本木や秋葉原などを歩いていても、指をさされる事もなければ、声をかけられる事もない、そんな時代が、確かにあるのだ。
神姫雪が無名だった頃、霧島修二がマネージャーになりたての頃の話しである。
「千尋が連れて来た当時のお前ときたら…くく」
「ふふふ。そういう貴方だって、入り時間を間違えてしまって、遅刻しそうだって泣いてたじゃない」
「ななな、泣いてねぇし!大体、遅刻しなかっただろ」
遠い昔の話しの様な気がする。
しかし、それは遠い昔の話しではない。
三年前の話し…僅か三年前の話しだ。
それから二年後に、雪がCM女王に選ばれるなど、誰が予想出来ただろうか。
「あの頃は…修二の隣に座って、私が地図で指示を出したりしてさ、見慣れない東京の景色に、お互いが興奮して、笑ったり、泣いたり、時には喧嘩したりしたよね」
「…あぁ。そうだな」
無名だった雪に、入る仕事は少ない。
また、写真などを撮られる心配や、体力の心配もなかったので、よく助手席に雪が座り、色々とナビしてくれたりしていたものだ。
「あの頃に戻りたいって言ったら、修二は悲しむのかな?」
誰の言葉かは分からないが、こんな名言がある。
"私は常に、チャレンジャーでありたい"と。
挑戦こそが全てであるという言葉。
とてつもなくでかい夢をたて、その夢に向かって走っているウチが、一番楽しいという意味だと思う。
例えばの話しだ。
テストで100点を取る為に、頑張ったとしよう。取れない日が続けば続くほど、勉強をする。
98点に泣き、同じ問題につまづいて怒る。
しかし、いざ実際に100点を取ってしまうと、喜びがこみ上げると同時に、フッと、自分の中から何かが抜けてしまうのだ。
そして、勉強をしなくなっていく。
「……ごめん。何でもない。忘れて」
俺は、無言を貫き続けた。
忘れてと彼女は願っている。
それに対し、分かったとも嫌だとも言えない、言えるハズがないじゃないか。
仮に、仮にの話しだ。
彼女がその答えを聞き出す事を、目標にしているのだと仮定しよう。
そうだと仮定するのであれば、俺は答えるわけにはいかないのではないだろうか?
誰もいない所に車を停めて、寝息をたてる雪を起こさないようにと、そーっと運転席から降りてから、ジュッ、ジュッ、と、タバコに火をつける。
いつか、もしも答えを教えてやる必要があるのだろうか?満天の星空を眺めながら俺は、月にそう問いかけるのであった。
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