ガラスの靴下

史季

ガラスの靴下

 雨のふる学校というのは、少し憂鬱だ。それが体育の時間ともなると、その憂鬱はもっとひどくなる。本来グラウンドに散らばるはずだったはずの熱気が、狭い教室の中に篭ってしまうのだから。そんなわけで、僕のクラスには雨を吸って重たくなった靴下の、嫌な匂いが蔓延っていた。窓を開けて換気しようとすると、寒気がやってきてしまうので、僕はクラスメイトと共に、教室内で同じ臭い空気を吸いあっていた。


 僕は、体育が嫌いなので、中止になるのはありがたかった。なんせ、運動神経が鈍いのだ。スポーツをする能力も、見る能力もないのだ。
 しかし、授業まで中止になるわけでない。大抵は保健の授業が行われるのだが、今回は先生が来ていなかった。しかし、無人の教壇には、課題がきっちりと置かれていた。作文だった。


「シンデレラは、魔法使いに出会う前に、毎日靴下にお祈りをしていた。それは、サンタクロースへのお願いだったのだ。さて、シンデレラは何をお願いしていたのか?」というお題だ。原稿用紙1枚分書けば良く、作文の得意な女の子達は、すでにペンを動かしている。シンデレラが身近だという理由もあるのだろう。


 僕も、ペンをとって、取り敢えず書き始める。「シンデレラは、自慢できる能力を望んでいた」。毎日他人にこき使われていたら、多分そう考えるだろう。いつも球拾いしてる僕だって、上手くなりたいと願っているから……。
 そう思うと、今まで興味がなかったシンデレラに対して、少し親近感が湧いてくる。元々は、只のリア充自慢だと思っていた。だって、ドレスに着替えたら美人になれたってことは、元の顔が良かったってことだから。でも、顔だけ良ければ良いってもんじゃない。みんなから使われていたら、元も子もない。


 自慢できる能力というのは、当たり前ではない能力のことだ。例えば、林檎を素手で割るなんてのはTwitterの普及した今、能力とは言いがたい(やり方が流れてくる)。ゴム人間だって、もし全員がゴムで出来ていたら、能力だとは言われないのだ。能力というのは、自分が優れていることではなく、周りが劣っていることを示している。
 だから僕は、自分の能力というものを考えると、ひどく憂鬱になった。武田くんより英語ができるとか、大下さんより数学ができるだとか、ひどく卑小な自尊心だと思う。


 シンデレラも、ガラスの靴下みたいにちっぽけで壊れやすい自尊心を望んでいたのだろう。王子様と結婚して、幸せになって、みんなに自慢したかったのだ。だから、あの後に「意地悪なお姉さん達を結婚式に招いた」というエピソードがないのだ。



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