ニートは死んでも治らないっ!

史季

存在と消滅

 翌日の放課後。


「れいくーん!! 大変だよぉーー!!」


  部室に着いた僕を襲ったのは、耳をつんざくような叫び声だった。
 いつものおっとりした様子とは違い、悲壮感のある剣幕。何かの事件かもしれない。


「隠してたお菓子が、みんな無くなっちゃったの!!」


 ももかに腕を引っ張られて中に入ると、空っぽになったダンボール箱が地面に転がっていた。
 ……これ、昨日千聖さんがお菓子を取り出した箱じゃないか。何が『私のオゴリ』だ。ももかのを盗み食いしただけじゃん。


「ごめんなさい、昨日アイス食べ過ぎて晩ごはん残しちゃった罰だよね……」


 よよよと泣き崩れる。いや、違うからね。
 けど、素直に「僕が食べた」と言うのは味がないな。ここはちょっとからかってみよう。


「実はね、昨日千聖さんと部室で話してるときにね、突然戸棚がガタガタって揺れたんだよ」
「えっ? そ、それって……」
「その後、戸棚を開けたらお菓子箱の中身が消えてたんだよ」
「そうなんだ。う~、私も残ってれば良かった~~、アイスのばかぁ~」


 これでももかは夢に近づいたことに……なるのかな?


「お、二人して部室前でエロいことしてるな」


 後からセクハラオヤジのような言葉がくる。もちろん、千聖さんだ。


「ち、ちがうよ~、これは、その、えと……」


 なぜかしどろもどろに答えるももか。そんなにあたふたしたら、誤解されちゃうよ?


「ただの雑談ですよ」
「私の中では、かわいい女の子との雑談は内容にかかわらずエロいと定義されている」


 何ですかその理屈……。


「おっと、そういえば昨日、ももかのお菓子を頂いたぞ」


 ぶっ?! 
 千聖さん、そこは抑えて抑えて! せっかく幽霊を信じさせたのに!!


「あれ? ちぃちゃんが食べちゃったの?」
「いや、主に食べたのは玲だ。『ももかのお菓子』だと教えたら、肉食動物なみの勢いで食いはじめたんだ」
「いやいや、ももかのお菓子だなんて聞かされてませんよ?!」


 まぁ、デコレートされた箱を見てうすうすは感づいたけど……


「ちぃちゃん、嘘はよくないよ」
「そいつが嘘をついている可能性もあるぞ。ほら、怪しい表情じゃないか」
「れいくんは嘘を言うような人じゃないもん」


 さっきまで騙してた分、こう言われると弱い。
 ももかは騙されやすいが、騙した相手に罪悪感を持たせることがある。ももかには、人を信じる力があるのかもしれない。


 しかし困ったな。こういう時にユキなら何て言うのだろうか……ってなんでアイツを頼りにしてんだ僕は。
 昨日のカミングアウト以来、どうもユキとの距離感がわからない。


「どうなんだ、玲。嘘か本当か、どっちだ?」


 たじろぐ僕を、千聖さんが挑発的な目でにらみつけてくる。うーん……こんなとき、ユキなら……


 1:食べるということは、お菓子を口に入れることによって喜びを感じること。
 2:僕はお菓子を口に入れても喜ばない
 3:ゆえに、僕はお菓子を食べていない


 ……全然論理的じゃないな。むしろユキよりひどいぞ。


 三段論法はいつだってそうだ。前提である1番がおかしいのだ。
 1番の主張は、3番の主張が正しいことを前提にしているからだ。


「知能の高い生き物は保護すべきだ」という主張はクジラの保護を前提にしているし、「糖質制限は早死にする」という主張は糖質信仰を前提にしている。論理的主張というものは、この世に存在しないのではないか。


「もう! れいくんをいじめるのはやめてっ」


 必死に言い訳を考えている僕を、こんなにか弱い女の子がかばってくれている。
 この状況、かなりダメだな。


「……そういえば、玲が来てから幽霊部の研究活動はしてなかったな」
「そうだよね。歓迎会もまだだったかも」


 ももかと千聖さんが向き合って考えこむ。
 二人とも何を考えているのか、怖くて想像する気になれない。
 千聖さんは僕を貶めようとしてるだろうし、ももかは僕を楽しませようとしている(結果は伴わないけど)。


「では、間を取って幽霊を歓迎しよう」


 何の間をとってるんですか……。


「わーいっ! 幽霊呼ぶやつは、ずいぶん久しぶりだね」


 ってももかも賛成?! 過去にやったことあるわけ??
 混乱する僕を他所に、千聖さんは『ちょっと待ってろ』と言いながら奥の部屋へ行っ
てしまった。


「あっちのお部屋は、誰も入っちゃいけないって」


 僕が覗こうとすると、ももかに注意される。うーん……気になるなぁ。
 そうだ、ユキに行ってもらえばいいんだ!


「ユキ、ちょっと見てきてよ」


 僕の依頼に対して、ユキは眉根を吊り上げて抗議した。


「ダメよ。女の子の秘密を覗くなんて」
「そんな大層なもんじゃないって。……っていうか、ユキは最初『女の子の着替え覗き放題』とか言ってなかったっけ?」
「そんなはしたないことするわけないでしょっ!! 私は公明正大な守護霊で通ってるんだから」


 ……これでは詐欺じゃないのか。覗き放題だと言うから取り憑くのをOKしたのに、それをダメだなんて。
 いや、別に僕が覗きたいというわけじゃない。単純に、契約違反を咎めているんだ。


「ちぃちゃんは、降霊グッズとか除霊グッズとか、霊に関するものをいっぱい持ってるの。れいくんも興味あるでしょ?」


 覗きに対して葛藤している意識が、現実に引き戻された。
 っていやいや、別に葛藤なんかしてないぞ、うん。


「そうだね、特に除霊に興味があるよ」


 この契約不履行の幽霊を除霊する方法なんか特に知りたい。


「除霊って……れいくん、幽霊にとりつかれてるの?」


 高熱の子供を看病する母親のように心配そうな目で見つめてくる。
 いつもの幽霊に興味がある目じゃなく、僕自身に向けられた目だった。


 だが僕は、ユキのこと考えると頭がモヤモヤしてしまい、掴み所のない返事をしてしまった。


「いや、なんとなく……調子、悪くって。霊のしわざなのかなー、なんてね」


 僕の言葉を聞いて、ももかはなぜか胸をなでおろした。


「それならだいじょーぶ。れいくん、元気になってるから」


 僕は一瞬、ももかの言葉を理解できなかった。


「最初に会ったときは、ホントにとりつかれてるみたいだったけど、今は元気そう。きっとこの部屋のおかげだよ。ここ、ちぃちゃんがパワースポットにしたんだから」
「パワースポットって作れるものなの?」
「うん。パワースポットっていうのは、霊界から霊的エネルギーが出るところなんだけどね。その出口ってのは、実は作れちゃうんだよ」
「……ど、どうやって作るの?」


 決して疑わしく思わないように誓いを立てつつ訊く。
 最近はユキのせいで、他人の言うことを信じるのが難しくなっていた。


「作り方はわからないけど、証明ならできたよ。この前の降霊のとき、魔法陣の上においてたチョークがわれちゃったんだよ~。こう、御札を出したら、ぱきっーーーて」


 それはイカサマだと思ったが、ももかの輝く瞳を見ていると、とても口にできない。
 それに、ももかの演劇のように大袈裟な手振りを見てると退屈しないし、なんだが心が弾んでくるような気がする。


「千聖さんの家って行ったことある? もしかして部屋中がオカルトグッズまみれなの?」
「う~ん、それがね――教えてくれないの。何度か遊びに行こうとしたんだけど、散らかってるとか、何もないとか言われて、はぐらかされちゃうの」
「そうなんだ」


 散らかってると何もないって、矛盾するような気もするけど。


 しっかし……あっちの部屋だけでなく、家も秘密なのか。
 そうなると俄然、興味が湧いてくる。いつかみんなで行ってみるのも面白いかもしれない。


 以前の僕ならこういう集まりは無意味だと決めつけ、だんまりを決め込んでいた。
 でもももかには、それを凌ぐというか、包み込むような暖かさが伝わってくる。


 一方、ユキはいつのまにかいなくなっていた。
 どこだろうと思って見渡すと、机の下に潜って小動物みたいにこちらを伺っている。
 ……やっぱり幽霊が怖いのか。幽霊が幽霊を怖がるって、何度見てもシュールだよな。


「よし、準備できたぞ」


 千聖さんが丸めたポスターとろうそくと紫の箱を持ってやってきた。
 それだけの準備になぜあんなに時間がかかったのか。扉の向こうは圧縮空間なのか?




 ◆◇◆◇




 ポスターを広げると、裏面にマジックで書かれた魔法陣が出てきた。
 なんだか陳腐だが、要は形なのだろう。


 次に、燭台にセットされたロウソクを、魔法陣のまわりに置いた。
 本人曰く、置かなくても成功することがあるらしい。じゃあなんで置いてるんだ?


 ももかは、カーテンを閉めて電気を消した。途端に辺りが真っ暗になり、ロウソクの灯りだけが頼りになった。
 映画研究会の頃の名残のカーテンが、無駄に活用された。


 ももかはその後、教壇の前に椅子を二つ用意した。
 「霊が出たっ」と言いながら椅子の足を畳んで驚かす気かと訝しんだが、仕掛けはなかったし、ももかの用意したものなら多分大丈夫だと判断して座った。


「これで準備できたね」


 千聖さんは椅子に座った僕たちを一瞥すると、マントに手を入れ、タロットカードを取り出した。


「よし、ももか。この中から好きなカードを一枚選べ」


 ……?


「あの、降霊術をやるんじゃないんですか」
「今からやるんだよ。君はトリックというドラマを見たことがないのか?」
「いや、ありますけど。あれって、インチキ霊能力を推理で論破するんですよね。千聖さんもインチキなんですか?」


 僕の言葉は聞こえないのか、ももかは、広げられたカードを真剣な目で見つめた後、左側のカードを指さした。
 表にすると、出てきたのはハートの8だった。


 どうやらタロットカードではなく、トランプだったらしい。
 見かけで判断してはいけない。


 千聖さんは、ハートの8を取り出し、魔法陣の中心に置くと、低い声で呪文を唱えた。時々「美少年もいいなぁ」と聞こえてくるのは気のせいだろう。


 呪文が終わり、小さく息を吐くと、ハートの8を、カードの山の真ん中辺りへ後ろ側から入れた。


 手をかざした後、、カードの一番上をめくる。ハートの8だ。
 真ん中にあるはずのカードが、なぜか一番上に昇ってきた。


「わっ、わっ……!!」


 ももかが、目を大きく開けて驚く。いつもはかわいいと思える反応だけど、今はすごくわざとらしく見える。


「これはカードに昇華霊を憑依させる術だ。もっと強力な霊になれば、空を飛んだり雨を降らせたりもできる」


 ……。


「よし、玲が胡散臭そうな顔をしてるから、ちょっと協力してもらおう。私がさっきやったように、ハートの8を真ん中に入れてみてくれ」


 胡散臭いとわかっているなら、早くそのトランプを仕舞ってくれないかな……。


 そう思いつつ、千聖さんからトランプを受け取る。
 そして、言われたとおりに、ハートの8を山の真ん中に入れる。
 最後に、手をかざした後、一番上のカードをめくる。
 ハートの8だった。


 おそるおそる顔を上げると、穏やかな顔で微笑んでいる千聖さんと目が合った。
 僕は、なぜだかどきっとして、ついつっけんどんな態度をとった。


「勝手にカードが移動するなんてありえませんよ。何か仕掛けがあるんじゃないんですか」


 僕の怒りをよそに、千聖さんは目を閉じて、僕の言葉を反芻するように頷いた。
 そして、ゆっくりと目を開いて、こう言った。


「その発言には誤りが3つある。1つ、勝手にカードが移動することはありえる。2つ、仕掛けはない。3つ、カードは移動していない」


 ……? 今のは矛盾してないか?


「カードは移動したのに、移動してないって変じゃないですか?」
「カードではなく、絵柄が移動しているのだ。その証拠を見せてやろう」


 千聖さんは、ハートの8をカードの山の真ん中辺りへ入れる。
 うーん、どうもここが怪しいんだよなぁ……でも、ちゃんと真ん中に入ってるよなぁ……。
 千聖さんも、真ん中に入っていることをアピールするかのように、ハートの8を半分、山から出した格好にしている。


 そして、ハートの8の下の山を、一番上に左へずらして乗せ、ハートの8を右にずらして横倒しにした。
 山1、山2、ハートの8で三段の階段になった。


「さて、今からこのハートの8の柄が、一番上のカードの柄に憑依する。移動しているのではない。
 もし移動したのなら、この横倒しになっているカードはなくなってしまうからな」


 千聖さんはそう言って手をかざした。
 そして、一番上のカードをめくると、なぜかハートの8が出てきた。横倒しになっているカードはそのままだ。


「わっ、すごーい!」


 ももかは暢気そうに驚いているが、僕の方は気が気でない。
 最初の内はこのマジックの種を見破れると思っていたのに、今ではかなり魅入ってしまっている。
 見破りたいという欲求より、騙されたいという欲求が勝り出したようだ。


「自分がそこにあると思っても、実際にはないことがあるんだ。それはカードも例外ではない。
 見えない力が働いたと言うと怪訝な顔をする人がいるが、力とは本来、目には見えないものだよ。電磁気力や重力を見た人がいるだろうか。霊力もそれと同じだ。
 じゃ、今日の降霊術はこのへんで終わろうか」




 ◇◆◇◆




 千聖さんの終了宣言に、なぜかがっかりしてしまう。
 以前の僕なら、こんなことはなかったような気がする。一体、今は何が変わったのだろうかと考えながら、魔法陣に置かれたタロットカードに顔を近づけた。


「きゃっ」


 頬に柔らかい感触が伝わるのと同時に、隣りからももかの短い悲鳴が聞こえる。
 ……どうやら、2人ともカードに顔を近づけすぎたようだ。


 「ご、ごめん」と、申し訳ないことをしたという気持ちや、惜しいことをしたという気持ちを混ぜつつ謝る。
 これは決してやましい気持ちではない。だって、両方ももかへの好意から生まれた感情だからだ……って何言い訳してるんだ僕は。


「あ、わたしの方こそ、ごめんね……その……」


 ももかは、少し支え気味に謝る。続きの言葉が気になって、僕の意識はももかの唇に向かった。
 ロウソクの灯りに照らされて、ピンク色の小さな唇がゆらゆらと光って見えた。


「昇華霊にはこういう効果もあるのだ、覚えておくといい」


 千聖さんの声にびくっとして、振り向く。それを見て、千聖さんは意地悪く微笑む。
 ちょうどももかも僕と同じような反応をしたからだ。


「一応、ここにはソファに毛布、水道も冷蔵庫もポットもある。宿泊は十分可能だ」


 余計な一言を残し、千聖さんは降霊術の道具を持って奥の部屋へ消えた。残された僕らは『宿泊』という言葉に魅了されたまま、至近距離で見つめ合っていた。


「やっほー、ごめんね遅れちゃ――ってえぇっ?!」


 千聖さんが奥の部屋に引っ込んだとき、愛樹の声が飛び込んできた。
 同時に、僕の背中に衝撃がぶつかり、僕は椅子から転げ落ちてうつ伏せになった。


「いやー、ほんとごめんね。もうちょっと遅かったら大変だったわね……ねぇ、玲」


 後頭部を抑える僕の隣りへ、愛樹の足から繰り出される振動が近づく。
 鳴り響く関節の音が、一層恐怖感を煽ってきた。


「ち、ちがうの愛樹ちゃんっ!! こ……これは、その……」


 ももかが懸命に愛樹を抑えようと試みるが、あまり効果はない。


「何がどう違うのっ! カーテン閉めきって電気消して見つめってたら、もう誤解するまでもないでしょうが!!」


 うーん、確かにこの状況だと逃れる方法があまりなさそうだ。
「降霊術をやっていた」と言いたいのだが、残念ながら当事者の千聖さんは奥へ引っ込んでいる。
 一度あそこへ行くと、千聖さんは中々戻ってこない。それに、鍵を掛けているので、こちらから入ることもできないのだ。


 なぜ鍵をかけているのか聞いてみたところ、愛樹が「どーせ薄い本でも大量に隠してるのよ」と投げやりに答えただけだったし。


 どうせ言い訳できないのだったら、いっそももかを巻き込んで倒れた方が良かったか。
 そうすれば、ももかが盾になるので、愛樹も迂闊に攻撃できないに違いない。


「あぁっ?! れいくん鼻血! 鼻血でてる!!」


 ももかの声に驚いて鼻を触ると、確かに赤い液体が流れていた。なるほど、ギャグでも血はでるんだな。


「どーせ変なこと考えてたんでしょ」
「とにかく保健室に行かないと」


 愛樹のため息をよそに、ももかが僕を腕を捕まえて歩こうとする。
 いつもの非力さからは想像もつかない強引さで、僕は勢い連れて行かれてしまった。


 こういう展開も悪くないな……と思いつつ、ニヤニヤしながら付いてくるユキを見てやっぱ悪いやと思った。
 というか、守護霊なら愛樹に襲われないように守って欲しい。


「ごめんねれいくん」
「いや、ももかが謝ることじゃないよ」
「愛樹ちゃん、普段はあんなに暴力ふるったりしないのに、どうしてれいくんにはひどく当たるんだろ?」
「え、そうなの?」


 てっきり普段から暴力的なのかと思ってた。犠牲になった男は数知れず、みたいな。


「ちょっと喧嘩っぽいしゃべり方はするけど、実際に手を出したりしないの。あと、あんなに上ずった声も出さないし」
「そうなんだ。確かにそれは変だね」


 愛樹の意外な一面を知った。
 まぁ、いつもあんな感じだったら病気扱いされるだろうし、それが普通なんだろう。
 普段は真面目ぶって周りの評価を上げて、僕に対してはどう思われてもいいから素で振る舞ってるってことだろうな。
 女の子にありがちなことだ。


「今度、わたしから仲良くするように言ってみるね」
「助かるよ。できたら体が保たなくなる前に頼む」

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