ニートは死んでも治らないっ!

史季

夜を乗り越える

 ももかの提言により、僕とユキは幽霊探索に乗り出すことになった。


 本当はこんな面倒なことはしたくなかった。でも、勢いで約束しちゃったし、女の子を夜の校舎で待ちぼうけにするわけにはいかない。
 それに、もしかしたらユキに関する何かがわかるかもしれない。昨日ももかが言ってた「飛び降り自殺をさせる幽霊」が実在して、ユキと関係があるのかも……。


 ちなみに、当のユキは小動物のように震えている。


 幽霊のくせに幽霊を怖がるとはどういうことか。「クレタ人は嘘つきだ」というクレタ人みたいな違和感がある。理由を聞くと「だって幽霊よっ?! 怖いじゃない!!」ってことらしい。


 まぁ、怖いってのは理屈じゃないもんな。
 それに、人間のくせに人間が怖いって人もいるし、普通なのかもしれない。


 ももかの提言により、全員が制服である。
「学校に来る幽霊は制服好き」とのこと。実に変態的な推論だ。


 ダンジョンとなる学校は、中庭をぐるりと囲むように校舎が設置されている。
 門から玄関口までは桜並木が並立していて、卒業・入学シーズンには花弁が辺り一面に咲き乱れる。
 道には落ち葉が所々落ちていて、歩くたびにクシャっという小気味良い音を立てる。
 梢が軋む音や風が抜ける音と混ざって、夜の不気味な雰囲気を演出している。


 ――こんなに怖かったっけ?
 幽霊なんか出ないと思っていたけど、この雰囲気は……。本当に幽霊が出てきてもおかしくない不気味さだ。


「よおーしっ、はりきっていくよー」


 だからこそ、昼間と変らぬテンションでいてくれるももかはありがたい。不安を微塵も感じさせない笑顔で、非常に頼もしい。
 きっと、まだまだ僕の知らない魅力をたくさん持ってるのだと思う。
 幽霊の出現を真に受けてるのが残念だけど……


「うん、頑張ろう」


 そんな笑顔を見てると、僕も元気になってくる。ももかの側にいる間は、不安な気持ちが和らいでいく。


「でも……」


 不意に、瞳に影を浮かべて、僕から顔をそらす。


「もし危ないことがあったら……れいくん、お願いするね」


 急に頼りにされて、心臓が揺れる。
 夜の学校に二人きり(正確には三人だけど)という状況と、ももかの不安そうな表情が重なって、どんどん鼓動が加速する。
「幽霊出てこいっ。僕が退治してももかに抱きつかれてやる!!」という気分になっていく。
 こんなことで幽霊を信じるなんて、僕は結構単純なのかも。


 一方、ユキは現在、小さくなって僕の右後ろに付いて来ている。まるで背後霊だ。
 僕の右の肩だけにかかるアンバランスな重みもちょっと不気味で、デイバッグを担いでる気分になる。


「ほら、こっちこっち」


 ももかが玄関口から少し離れた場所の窓まで歩き、窓に手をかける。
 ユキが役に立たない分、是非とも頑張って欲しい。


「あっ、あれ??」


 ももかが大きな瞳をさらに見開いて声を上げる。深呼吸をして、意を決したかのようにもう一度窓に手をかけたものの、ももかの小さな指がプルプル震えるだけだ。
 暫くすると彼女は力を込めるのをやめて、ぎこちない笑顔を浮かべながら僕の方を見た。


「れいくん……。私、どこの鍵開けてたんだっけ?」


 ……大丈夫、大丈夫。
 これは多分、緊張している僕を和ませるために言ってるんだ。ももかならその可能性は十分あると思う。


 だが、ももかは一縷いちるの望みを絶つかのように、一階の窓に手当たり次第に手をかけてはうんうん唸っている。
 これはひょっとして、いきなりゲームオーバー? せっかく来たのに何もせず帰るのはやるせないな。


 ももかに掛ける言葉は「先生が閉めちゃったんだよ」と「開けてたのは君の心の鍵だよ」のどちらが良いか考えてる場合じゃなさそうだし、探すのを手伝おう。


 けど、窓の方へ歩きだそうとすると、ふと足が止まった。
 前へ進みたいのに、得体の知れない大きな抵抗を感じる。
 体に感じる違和感は、なぜか既視感へと変わっていった。この感覚、どこかで覚えがある。


 ――そうだ、図書室だ。あの時、本を引き抜こうとした感覚に似ているんだ。
 あの、眠らせざるを得ない種類の闇も引きずり出してしまうような感覚。そして、それに対抗する力を持たない自分への無力感。


 なぜだろう。なぜ僕は窓を開けるくらいでこんな感覚に襲われなければならないんだろう。
 胸の底の方が銅鐸にでもなったかのように重い。やがてその感覚は、僕の足元に大きな穴をこじ開けようとしてくる。
 不吉な感覚に耐えようと、足に力を入れて踏ん張ろうとするも、力が入られない。徐々に意識が沈んでいく。


「れいくんっ!!」
「!?」


 そばで大きな声がして驚くと、額に衝撃が走り、目の前が真っ白になる。
 堪えきれずに何歩かよろめくと、視界が急に開けてきた。僕の額を覆ったものが取れて、力なく地面に落ちていったからだ。


「……この紙は何?」
「魔除けの御札だよ~。れいくん、幽霊に乗っ取られてたし、呼びかけても返事が全くないから」


 拾った紙には「悪霊退散」という筆文字と、赤い紋様が描かれている、結構本格的なものだった。


「ありがとう、助けてくれて」
「ううん、いいの。幽霊で困ってる人を助けるのがわたしの生きがいだから」


 ももかはそう言って、屈託のない笑顔を向ける。その笑顔が少し眩しい。


「それより、開いてる窓見つけたよ。わたしが覚えてるのと違ったけど、入れれば問題ないよね」


 ももかはそう言うと、僕の手を引いて校舎へ向かう。
 気がつくと、さっきまであった妙な感覚は、すっかりどこかへ消えてしまっていた。もしかしたら御札の効果なのかもしれないな。
 でも……一体あれは何だったのだろう。




 ◆◇◆◇




 中に入ると、異質な空気に包まれる。外側のじめじめした空気とは違う。アスファルトから熱を奪う打ち水のように、体から生気を奪っていく感じだ。
 同時に、得体の知れないものに狙わているような寒気が襲う。僕らを付け狙っているようで、同時に無関心さを感じさせる闇だ。


「るんたったら~~」


 そんな雰囲気にはおかまいなしに、鼻歌交じりでマイペースに歩くももか。昼間の雰囲気そのままだ。


 霊に物怖じしない上、さっきの御札。あの御札を貼られてから、僕はすっかり平衡を取り戻した。
 叩きつけられた衝撃のおかげかもしれないが、もしかしたら御札の効力かもしれない。彼女はなぜそんなものを持っているのだろう?


「ねぇ、さっきの御札のことなんだけど」
「あ、結構きいたでしょ。お父さんのお手製だから」
「お父さんが作ったの?」
「うん。お父さんは神主さんだから。時々御札とか御守りも作ってるの」


 驚いた。家族とか親戚がテレビに出たっていうのは聞いたことあるけど、神主は初耳だ。
 遠い存在の職業が、意外な形で身近になった。


「そうなんだ。確かに、あの御札で叩かれるまで、ちょっと危なかったんだ。どこかへ引っ張られて行く感じがして」
「わわっ……それは結構危険だよ。意識を別の世界に持っていかれると、そのまま目覚めなくなっちゃう人もいるから」
「うわぁ、そんなにひどい状態だったのか。ももかのお父さんに感謝しないと」


 そういうと、ももかは少し困った顔をした。


「でも……お父さんはあんまり御札は好きじゃないみたい。霊に対してひどいことをしてるって言うの。人間の都合で霊を駆除するようなもんだって。
 実はね、本来は霊に良いも悪いもないの。昔は、霊はいろんな命の元として、とても大切にされてたの。でも、農業が発達して、食べ物に困らなくなってくると、人間は霊をコントロールできるって考えるようになったの。食べ物を頂いているという気持ちがなくなると、人間は傲慢になるの。そこから、霊を成仏させたりする宗派が出てきたりしてね」
「ふうん。それなのに、なんでお父さんは御札を作ってるの?」
「……売れるから、だって」


 ももかの口から軽くため息が溢れる。憂鬱そうな横顔を見ていると、何とかしなければという使命感が湧いてくる。けど、どうしたらいいんだろう。


 他人の家庭のことにコメントするのはすごく難しい。一緒にお父さんのことを否定するのも良くないし、かといって肯定するのも違う。
 どう答えてもいい結果になる気がしない。


 でも、普通の人たちは、それを平気で毎日やっている。
 だからこそ、毎日楽しそうに過ごせるのだろうか。


「あ、そう言えば今日探す幽霊のこと説明してなかったよね? えへへ、ごめんね。特徴がわかんないと、見つけられないのに」


 ももかは手帳を見ながら、幽霊の出る場所と特徴を教えてくれる。
 生徒からの目撃情報を元に作ったらしい。


 僕はももかの話を聞きながら「特徴も何も、幽霊を探せばいいんじゃないか?」と思ったけど、それを言うタイミングがなかった。


 何も口に出せないまま、気がつくと保健室だった。


 ももかに続いて中に入ると、消毒液の匂いが鼻をつき、妙な感覚に襲われる。
 あまり幽霊にはいて欲しくないが、そんな期待を裏切るには十分な雰囲気だ。


 ……そういえば、音楽室とかトイレの幽霊は聞くけど、保健室の幽霊って聞いたことないなぁ。どんなだろ?


「ここにはね、保健室の幽霊が出てくるんだよ~」


 聞いたことがないと思った矢先、耳にしてしまった。保健室の幽霊、どことなく蠱惑的こわくてきな響きだ。


「ええっと、それはどんな幽霊なの?」


 するとももかは、保健室のドアを睨みながら言った。


「みんなの体調を良くしてくれるんだよ」


 ……え? それって問題なの?


「授業中に体調が悪くなって保健室に行くと、なぜか入り口の所で体調が戻っちゃうの。そのせいで仮病扱いされる生徒がたくさんいるの」


 ももかの話には心当たりがあった。僕も昔、そういうことがあった。


 授業中、息苦しくて、血の気がどんどん引いていく感覚に襲われても、保健室に入る前に治ってしまうのだ。
 けど、その時は本当に痛むのだ。
 痛いという言葉の定義は、本人が痛いと思うことのはずなのに。


「他にはね。誰もいないはずのベッドからね……寝息が聞こえてくるんだよ」


 ……それはサボりを見つからないようにしてるだけなんじゃないかな?
 というか、誰もいないことをどうやって確かめるのだろう。当人の許可なしでカーテンをめくるのは問題があるぞ。


「ああっ!?」


 急にユキが大声を出すので、「わっ!」と驚いてしまった。僕が大声をだすので、ももかもびくっ、と体を震わせる。


「な、何ぃ……何か出たのぉ……」


 少し涙声になりながら僕の方へ振り向きながら言う。怖いのは平気だと思っていたけど、突然の出来事には弱いらしい。


「い、いや……ちょっと寒気がして」
「もー、びっくりしたよー」
「ごめんごめん」


 悪いことしちゃったな。でも、いい顔見れたから……って何を考えてるんだ僕は!
 落ち着け、僕。
 まず、原因を突き止めよう。僕は小声で、背後にいるユキを問い詰めた。


「どうしたのさ、急に」


 彼女は少し深刻そうな顔をしてこう告げた。


「もしかしたら……その幽霊は私かもしれないわ」
「……どういうこと?」


「レイくんに取り憑く前に、ここで休んでたことがあるの。ちょうど幽霊になりたてホヤホヤの頃ね。学校の中を歩きまわってたら疲れちゃって……そしたら保健室が目に止まったから、ついいつもの癖で……」
「どんな風にしてたの?」
「ええと……手前のベッドに寝転がって……」


 ユキは説明しながら、ベッドに走りこんで倒れ込む。ぼすっ、という音がすると、ももかがぴくんと跳ねた。


「あっ!? 今の音って……」


 ももかはゆっくりとベッドに駆け寄る。やばい、ひょっとして気づかれたかも。
 ユキは普通の幽霊とは違って、透明人間みたいなものだから、触られるとバレてしまうだろう。


 ももかはベッドの脇に来ると、息を殺して音の発生源を探している。
 一方のユキは余裕の笑みを浮かべながらゆっくりと体を起こし……なぜかベッドの下に潜った。
 どうしてわざわざ追い詰められる場所へ逃げるのか。そこを調べられる可能性を考えて欲しい。


「やっぱり、何かいる……」


 ユキが隠れた音を聞きつけ、ももかがベッドの上を撫でる。
 もちろん、ユキはもういないから、手はシーツの上を滑るだけだ。そんな姿を見ていると、ふと疑問が浮かぶ。どうして僕はユキに協力しているのだろうかと。


 ユキがいなくなった方がいいんじゃなかったのか?
 それに……さっきの御札、ユキに使ったら成仏するんじゃないか? なら、ももかにユキのことを教えて、御札を貼って貰うのが得策ではないか。


「ベッドの下の方かも」


 僕はユキの隠れ場所を露呈した。すると、ユキが驚いたのか、カツンという音が響く。ももかは「え? ほ、ほんとに?」と、音に少し動揺しながらも、膝をついてベッドの下を覗いた。


 中を伺った後、うつ伏せになって匍匐前進で入る。ももかの動きを追っていると、ちょうどスカートから突き出したふとももに目線が行く。
 これは、人間は動くものに目線を奪われるという習性があるからだ。僕の性格と相関関係はあるが因果関係はない。


 狭い所で体が圧迫されるからだろうか、ももかは前進する前に息を止めて、終わると「んあぁ……」とため息を漏らし、僕の耳にしばらく響き続けた。
 これは、人間は無音の状態だとわずかな音にも反応してしまうのが原因であって(以下略)。


 しばらくすると、眉尻を下げた表情のももかが顔を出した。ユキはベッドの下に隠れたままだったけど、見つかることはなかった。
 ユキが潜ったのは隣のベッドだったからだ。


 今ではユキは既に僕の後ろに隠れている。
 僕の首の周りに手を置いてるのは、きっと心細かったせいだな。守護霊が人間を苦しめるわけないし。


「ねぇねぇ、どうして幽霊の場所がわかったの?」


 見つからずに落胆していたはずの目を一杯に輝かせて、僕に聞いてくる。
 急にがっついてくるももかに、僕はついたじろいでしまう


「えーと……ただの勘だよ。僕、台風の進路とか当てるの得意だし」
「すごーい。やっぱりれいくん、霊感強いんだね」
「えっ……いや、まぁ……そうだね」


 見えるって言っても、ユキしか見えないけど。――あれ、なんか今の言葉って、偶然告白っぽくなったな。
 意図せず告白になってしまって、恥ずかしさを覚える言葉ってのは結構多い。


「いいなー、私も霊感欲しいなー。友達増えて楽しそうだもんね」
「うーん……友達ねぇ……」
「れいくんは、友達欲しくないの?」


 どうだろう……。意識したことはないが、少ないほうがいいと思う。
 色々な人の顔色を伺わなくてすむし、いつ友達に会うかと緊張することもない。


 僕が屋上で昼ごはんを食べるのも、誰にも会わなくて済むからだ。それに――。
 僕が少し考え込んでいると、ももかが呟いた。


「私も、中学の頃は欲しいと思わなかったな」


 まるで嫌いな食べ物を言うかのような自然さだった。


「私、中学の頃は体が弱くて、ほとんど保健室にいたの。それに、部活に入れなかったから、帰るのも大体一人でね……。普通の学校生活にずっと憧れてたの」


 ももかが語る間、僕は自分が中学の頃のことを考えていた。
 一人で授業を受けて、一人で帰る日々。ただ、僕の場合は病気ではなかった。
 普通に通って、普通に過ごした故の一人だった。どうして普通に過ごしているのに、普通じゃなくなってしまうのだろう。


「普通って何なんだろ……」


 僕の呟きは、廊下に響く足音にかき消された。




 ◇◆◇◆




 次は音楽室へ向かう。
 ここも世間では心霊スポットと言われている。


 動く肖像画ではないだろう、と予想する。なぜなら肖像画が並んでいないからだ。
 幽霊が出るとしたら「ひとりでに鳴るピアノ」だろうか?


 ……でも、勝手にピアノが鳴ったとしても、上手ければ問題ない気もする。
 もし聞いたことのない曲だったら、僕が作ったことにして動画サイトに投稿できるし。


「あのね、れいくん」


 隣で、神妙な顔つきのももかが口を開く。


「この部屋には、バイオリンの弦を切る妖怪出るらしいの。
 真夜中の音楽室に現れてバイオリンの弦を切断するんだよ……きゃーこわいぃっ、言ってるだけで震えてきちゃう~」


 ももかが両手で耳を塞いでうずくまる。だが、怖がれば怖がるほどわざとらしく見えてしまう。
 僕のほうは、夜の学校にも慣れてしまい、少し冷めていた。
 それに、弦が切れるのは弦を張りすぎるからだろう。


 ……って、あれ? いま幽霊じゃなくて妖怪って言ったかな?


「ここって幽霊じゃなくて妖怪が出るの?」
「そうみたい。私も不思議だったから訊いてみたの」


 訊いたんだ……。


「そしたら『えっ? ……う、うんっ、そうよ!』って」
「その子、なんか動揺してない?」
「よっぽど怖い目にあったんだろうね……」


 さすがももか。天然成分100%。


「ももかちゃん、騙されて壺とか買わされそうよね」


 ユキが心配そうに言った。


「ユキは逆に、売ってそうだよね」
「そんなわけないでしょっ。私が口で丸め込みそうな人に見えるのっ?」


 こいつ……僕にやったことをもう忘れたのか?(僕もさっきやったけど)


「壺なんかより、ももかちゃんのふとももどうだった? さっきベッドに潜った時に見えたでしょ?」
「見てませんっ」


 なるほど。さっきわざわざ潜ったのはそれが狙いか。まったく――ユキはどうして性的な方向のアプローチが多いんだ。


 男は恋と性欲の区別がつかないとでも思っているのか。だとしたら大間違いだ。
 恋のない性欲は存在する。男は下着やうなじに恋をしたりはしないのだ。


「ああーーっ!」


 ももかが急に声を上げた。
 慌てて近寄ってみると、ももかが棚に並べられたバイオリンの一つを指さしていた。


「もう切れてるよぉ……」


 指先をよく見ると、一番端の細い弦が切れて、だらしなく丸まっている。切れた弦と比べると、他3本のピンと張っている弦が無理をしているようにも見える。こっちが普通の状態なのに。


「こんなことって……」


 ももかは切れた弦を瞳に映したまま動かない。僕は何とも思わないけど、普通は物が壊れてたら悲しいと思うものなのだろう。
 でも僕は、ももかの笑顔が見たかった。だから、頭の力を振り絞って、元気づける言葉を口にした。


「G線上のアリアみたいに、G線一本だけで弾ける曲もあるし。一本くらい問題ないよ」


 僕の渾身の励ましを、ももかはどう受け取るだろう。


「せっかく妖怪に出会えると思ったのに、もう切った後だったなんて……」


 ――ってそっちの心配?!


「見つけたら動画撮って、みんなに自慢しようと思ってたのに……」


 しかも目的は退治じゃないっ?!


「いやいや、御札を貼って退治するんじゃないの?」
「え? そんなことしないよ。あれは護身用だもん。
 幽霊を見つけたら、とりあえずは話し合いだよ。れいくん、頑張ってね」


 なぜか僕に仕事がまわってきた。
 僕はいつの間にか、霊が見える人間から霊と話ができる人間にクラスチェンジしていたらしい。

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