魔王様は学校にいきたい!

ゆにこーん / UnicornNovel

嬉し涙

 轟音鳴り響く戦場とは対照的に、デナリウス宮殿の離宮は静まり返っていた。薄暗い回廊を、エリッサは身を低くして駆け抜ける。曲がり角に差しかかり、そっと顔を覗かせたその時──。

「どこへいきますの?」

「ひひゃ!?」

 背後からの思わぬ声に、エリッサはギクッと腰を抜かしてしまう。振り返るとニッコリ笑顔のシャルロット、さらには下級クラスの生徒達まで勢揃いだ。と思いきやウルリカ様とアンナマリアの姿はない、未だ日焼けに苦しんでいるのだろう。

「驚いたわ、どうしてここに?」

「エリッサを探していましたのよ、コソコソとどこへいきますの?」

「えっと……その……」

「ガレウス邪教団と戦うつもりですわね?」

「うっ……」

 エリッサはプイッと顔を反らす、どうやら図星だった模様。フラム王から止められたにもかかわらず、戦いに赴こうとしているのだ。

「離宮から出ないよう言われたはずですわよ?」

「だって……だって私は……!」

「……?」

「私はこの国を、南ディナール王国を愛しているのよ! 愛する国と国民を守るため、私だって戦いたいのよ! それに私は南ディナール王国の王女、王族として国と国民を守る責務があるわ、なのに……っ」

 回廊の端まで響く大声で、エリッサは必死に訴える。ボロボロと大粒の涙を流し、声を震わせながら訴え続ける。

「足手まといなのは分かっているの、でもじっとしていられないのよ! お願いシャルロット、私を止めないで……」

「分かっていますわ、止めはしませんわよ」

「えっ……?」

「ワタクシも王族ですわ、エリッサの気持ちは痛いほど分かりますの。エリッサの性格だってよく知ってしますわ、止めても無駄なことくらい重々承知ですわよ」

 エリッサの無謀な行いを、シャルロットは止めないと言う。予想とは真逆の言葉を聞かされ、エリッサは驚いて声も出せない。そして続くシャルロットの言葉は、さらに予想外のものだった。

「というわけで、ワタクシ達も一緒にいきますわ!」

「なあっ!?」

「実はワタクシも以前、今のエリッサと似たような状況に陥りましたの。身の程を知らなかったワタクシは、勝手な行いで家族や友達を危険に晒しましたわ」

 それはロアーナ地方で発生した、ガレウス邪教団による襲撃の際の出来事。シャルロットはヴィクトリア女王の言いつけを破り、大きな失敗をすることとなった。己の無力に涙を流し、多くを学んだ出来事である。

「エリッサに同じ失敗をさせないために、ワタクシ達も一緒にいきますわよ」

 シャルロットはエリッサの手を取り、そっと自らの手を重ねる。

「足手まといにならないよう、しっかり考えて行動するのですわ。物を運んだり避難を手伝ったり、ワタクシ達にも出来ることはあるはずですの」

「出来ること……私に出来ることを……」

「私に出来ることではなく、に出来ることですよ!」

「その通りです、エリッサ様は一人ではないのですから」

 声をあげたのはオリヴィアとナターシャだ。シャルロットの手に被せるよう、二人は勢いよく手を重ねる。

「えっ……でも私は他国の人間なのよ、ロームルス学園の生徒ではないのよ?」

「エリッサ様は妙なことを言われますね! 昼間は楽しく海で遊んだではないですか、よって自分達はすでに友達です!」

「そしてボク達は困っている友達を、決して放ってはおけない性分なのですよ」

「俺達は百戦錬磨の下級クラス、必ずエリッサ様の力になってみせるぜ!」

 シャルル、ヘンリー、ベッポの三人も手を重ねて大きく頷く。
 エリッサ自身は戦う力を持たない、だが決して無力ではない。こんなにもエリッサを思い、力を貸してくれる友達に囲まれているのだ。

「う……ううぅ……、ありがとう……本当にありがとう……っ」

「さあエリッサ、泣いている暇はありませんわ! 皆で南ディナール王国を守りますわよ!」

「ええ……ええそうね! 必ず南ディナール王国を守るわ!」

 エリッサは力強く立ちあがり、嬉し涙を煌めかせながら離宮を抜け出すのだった。


            


「……ふむ、エリッサの無謀な行動は阻止したようじゃな」

「下級クラスはいい子ばかりっすね、応援したくなるっすよ」

 離宮を抜け出す七人を、ウルリカ様とアンナマリアはじっと窓から覗いていた。

「ところでウルリカも下級クラスっすよね、いかなくてよかったっすか?」

「うむ、妾は遠くから見守ることにしておるじゃ。妾を頼る癖はつけてほしくないからの、皆には窮地を乗り越える強さを養ってほしいのじゃ」

「その考えは大いに賛成っす、いざという時に戦える強さを養ってほしいっす。とはいえ危なくなったら助けに入るっすよ、私は人類を守る勇者っすからね!」

「もちろん妾も助けに入るのじゃ、大切な友達じゃからの」

 二人の会話からは年長者としての慈愛と余裕を感じられる、だが残念なことに下着姿で氷まみれでは台無だ。

「そういえばウルリカは、暗闇を通じた千里眼を持ってるっすよね? 戦局は分かるっすか?」

「皆よく頑張っておるのじゃ、手を出さずとも勝てそうじゃな……ふむ?」

「おっと?」

 二人は同時に目を細める、数秒前とは別人のような鋭い表情だ。

「どうやらガレウス邪教団は力を隠していたようじゃな、このままでは全滅するかもしれないのじゃ」

「デナリウス宮殿から嫌な気配を感じるっす、ガレウス邪教団に侵入されたっすかね……マズいっすね、このままだとエリッサちゃん達と鉢合わせるっす」

「助けにいくとしようかの、しかしのう……」

「そうっすね、日焼けが……」

 どうしても日焼けのヒリヒリが辛いらしい、まったく肝心な時に困ったちびっ子達である。

「日焼けのせいで服を着られないのじゃ、擦れてヒリヒリしてしまうのじゃ」

「流石に下着一枚では外に出られないっす、日焼けに触らない服があればいいっすけど……あっ」

「どうしたのじゃ……あっ」

 二人は揃って壁に視線を向ける、そこには海で着ていた水着が干してあり──。

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