魔王様は学校にいきたい!

ゆにこーん / UnicornNovel

正体

「ごきげんようエリッサ様」

「ハミルカル!」

 見知った従者の柔らかな笑顔にエリッサはホッと安堵する、しかしその安堵はすぐに打ち砕かれることとなる。

「助けてハミルカル、兵士達の様子がおかしいのよ!」

「いいえ、おかしくはありません」

「な、なにを言っているの?」

 困惑するエリッサを置き去りにして、ハミルカルは元老院の元へと向かう。広げた両手の先に集まる淡く柔らかな光の揺らぎ、それはまるで夜の闇を飛び交う蛍の群れのよう。

「さて、仕上げといきますか」

 放たれる淡い光の波、響き渡る苦悶の声。元老院を苦しめているのはハミルカルに違いない、絶望的な状況を前にエリッサの顔面は蒼白だ。

「止めてハミルカル、とても苦しそうだわ!」

「クフフッ、そうご心配なさらず。これは私の魔法による精神侵食の光です、命を奪うものではありません」

「精神侵食!?」

 揺蕩う光に包まれてニヤリと笑うハミルカル。表情こそ柔らかいものの、瞳の奥には邪悪な意思が宿っている。

「どうして? なぜそんなことを?」

「南ディナール王国を支配下に置き、ロムルス王国と戦争を起こさせるためです」

「まさかそんな、ハミルカル……」

「お察しの通り、私は南ディナール王国と敵対する者。いいえ正確には、人類と敵対する者ですよ」

「くっ……そんなの許されないわ! ロムルス王国はよき友好国、戦争なんて起こさせないわ!」

「ほほう、どうやらエリッサ様にかけていた精神侵食はクリスティーナ王女に解かれてしまったようですね。しかし問題はない……」

 動けないエリッサの首筋にハミルカルの手が伸びる。同時に淡く柔らかな光が、ハミルカルの手から溢れ出す。

「なにをするの!?」

「解かれてしまった魔法をかけ直すだけです」

「嫌よ、そんな得体の知れない魔法を私にかけないで!」

「得体の知れない魔法? エリッサ様はご存じのはずですよ?」

「どういう意味……まさかっ」

「クフフッ……エリッサ様の大好きな“安らぎの魔法”ですよ」

 エリッサは必死に逃れようとするも、縛られた状態で逃れられるはずもない。もはや打つ手なしと思われた、その時──。

「そうは……させない……!」

「クリスティーナ王女!」

 意識を失っていたはずのクリスティーナが、エリッサとハミルカルの間に割って入ったのである。

「エリッサ王女から……離れなさい……」

「あれほど痛めつけたのに、よくぞ起きあがりましたね」

「これ以上……好きにはさせない……」

「勇ましいものですね、しかしずいぶんと辛そうだ。相当な量の血を流しているはず、立っているのもやっとなのでは?」

「関係ない……、エリッサ王女に近づいたら……攻撃する……」

「おやおや、古くから南ディナール王家に仕えてきた私を攻撃すると? ディナール王の耳に届けば国家間の問題に発展しかねませんね?」

 挑発的なハミルカルに対して、エリッサは声を振り絞り反論する。

「違うわ、あなたはハミルカルじゃない!」

「ほう?」

「ハミルカルは私の幼少期から仕えてくれた騎士、間違えるはずないわ。姿形は同じでも、あなたはハミルカルじゃないのよ!」

「クフフッ、思っていた以上に聡明な王女様でしたか」

「クリスティーナ王女、彼はハミルカルではないわ! 遠慮なく攻撃して!」

「分かった……赤熱魔法、グロリオッサブレイス……!」

 放たれた赤色の炎は、精神侵食の光を蹴散らしハミルカルへと襲いかかる。迸る魔法、炸裂する爆炎、暗闇に閉ざされていた洞窟は眩い閃光に照らされる。

「クリスティーナ王女、大丈夫!?」

「ふぅ……、少しだけ……無理してる……」

 クリスティーナは爆風に煽られゴロゴロと地面を転がっていた。ただでさえボロボロな身体で強力な魔法を放ったのである、いよいよ限界に近いのだろう。それでも弱った体に鞭を打ち懸命に立ちあがろうとする。

「この距離で……直撃……、無事ではいられない……はず……」

「……クフフッ」

「な……まさか……っ」

「まったく第五階梯魔法の威力とは思えませんね」

 燃え盛る炎を掻き分けて姿を現すハミルカル、見たところ火傷の一つすら負っていないようだ。よく見ると周囲には焼け焦げた南ディナール王国の兵士が転がっている、どうやらハミルカルの盾となったらしい。

「そこらの吸血鬼や悪魔であれば消し飛んでいたでしょう、しかし魔人である私を倒すには少々か弱い」

「魔人……、まさか……ガレウス邪教団……」

「ほほう、我々のことをご存じでしたか」

 ハミルカルはパチンと指を鳴らす、と同時に周囲を彷徨っていた南ディナール王国の兵士達が一斉に集まってくる。

「「その通り、私はガレウス邪教団の魔人です」」

 先ほどまでの緩慢な動きとはまるで違う、統率の取れた動きを見せる兵士達。

「「「では自己紹介をさせていただきましょうか」」」

 完璧に揃った兵士達の動きは、まるで群体生物のよう。

「「「「私の名はラドックス」」」」

 そして集まった兵士達は、一斉に口を開く。

「「「「「土の魔人ラドックスと、そう称されております。クフフッ……」」」」」

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