その心が白銀色に染まるなら
第六話 『取り調べ』
リアナが椅子に腰かけると、鉄がぶつかり合う音が小さく鳴った。
そして彼女は懐から帳面を取り出しこちらを見据える。
「アーク・エルニクス。貴様が辺境の村を襲撃し、村人たちを虐殺した。これで間違いないな?」
「……違う」
「間違いないな?」
「いや違う」
「間違いないかと聞いている」
「――違うっつってんだろうがこの堅物がぁ!」
「そうか」
だめだ本気で殴りたい。目の前で帳面をひらひらとさせているリアナに苛立ちが募る。
そして何故俺が村を襲撃したことになっているのか。それは奴らにとって都合がよかったからだろう。都合のいい隠れ蓑。それに加え奴らの目的である実験とやらが出来るのだ。ならば、今に至るまで容疑をかけ続けていたことに納得がいく。
そう思うと、あの過度な暴力は何だったのだろうか。きっと奴らは人間ではないのだ。人間の皮を被った悪魔だ。そう決めつけたい。沢山の人間を殺し、それでも平然としている彼らは異常であり狂人だ。
「ならば何故その場にいた?」
「村人だからに決まってるだろ。それに、俺が村を襲撃する動機なんてどこにもない」
「貴様はただの村人なのか?」
「そう言っている」
「そうか……村人に名字か。怪しいな」
怪訝な顔つきでリアナは答えた。
……確かに怪しいな。あんな辺境の村に家名なんかあるはずない。ならば、この怪しさを払拭するにはどうすればいいのか。話してしまうか、俺が村に来た理由を。けれど、それでもやはり薄い。
俺は瞼を閉じ考える。ともすれば簡単なことではないか。ただ彼女に投げかけてやればいい。
その銀色の鎧が悪意に染まった鉄の塊だということを。
そうして俺は切り出す。ただ真実を述べるだけ。
「リアナ・アルジェント。お前は本当に俺が犯人だと思っているのか?」
「……どういうことだ?」
「おかしいと思ったんだ。それが本当に凶悪犯罪者に対する態度なのかって。お前も気づいてるんだろう? この国の騎士、いやこの国そのものが歪んでいるということを」
俺の言葉にリアナが目を細めた。その碧色の瞳が一層鋭くなる。
リアナ・アルジェントが堅実で聡明な騎士であるならば、この国のために剣を振るってきたことは明白である。とするなら、その裏に潜む影に気付かなかったわけではないだろう。
俺はリアナ・アルジェントがここへ来た理由を知らない。今までのような連れ立った騎士ではなく、彼女は突然現れ俺の傷を治していった。そう、今までの騎士たちとは違うのだ。
それは正しく杞憂で、俺にとっては紛れもない救いだった。
会ったばかりの、殆ど他人――だが、彼女しかいない。そうせしめる予感が少なからずあった。
そして、日が落ち薄暗くなっていた牢の中に嘆息が漏れた。
どちらかはわからない。けれど、リアナはそれを汲み取ったように重くなった口を開いた。
「そう……だな。貴様が罪を犯していないというのは、その目を見ればわかった。けれど力のない私には、それをどうすることもできない。何もできないのだ……」
ああ、そうか……。彼女にも真意というものがあったわけだ。
自分には力がないけれど、それでもなお手を差し伸べようと考えてくれていた。
それがあのパンだったのかもしれない。小さいけれど、鼻で笑われても言い返せない程の代物だけど。俺にはとても大きく見えた。
リアナの手が震えている。それは些細な震え。月の光が悪戯にそれを晒した。
己の無力さからくるものか、それとも今までの行いを悔いているのか。その顔は悲痛に歪んでいる。
そうして俺は、そっと子供をあやすように囁いた。
「力になったさ。少なからず俺は救われた。拷問を受けた後、お前が現れなければ死んでいた。それにあのパンだって滅茶苦茶美味しかった。お前が何に悩んでいるかはわからないけれど、この恩は忘れない。だから……しっかりと俺の言い分を聞いてくれ」
その言葉にリアナの手の震えは止まり、だが次の言葉を待つように固く握られた。
互いの息遣いが伝わる程の静寂。冷ややかな汗が頬を濡らし、体を強張らせる。
「俺はここを出たい。手伝ってくれないか?」
俺の声が辺りに響く。それを聞きとったのかリアナは驚愕の表情を浮かべ、それでいて分かっていたかのように瞳を閉じた。
力がないと嘆いていたのだ。ならば、それを示す機会を与えればいい。決断を急ぐなよリアナ・アルジェント。それができるのなら、きっと乗り越えられる。悩みぬいた末の結果なら、それがお前の答えなのだから。
リアナはすっと肩の力を抜き、天井を見上げる。
そこには暗闇が広がっており、半面は月の光で染められていた。それは今の彼女自身の心情のようであり、その行く末を決めるようなものでもあった。
そして、リアナは前を見据える。その黒色の瞳を捉えて。
「……考えさせてくれ」
リアナの瞳は揺れず、決意を表していた。だが、その言葉はまだ紡がない。
「分かった、待ってる」
よく考えておけと付け足し、俺もまた碧色の瞳を捉えた。
静寂が流れ行く空間で月光が二人を照らし出す。
それは何事かを祝福するかのようにも見えた。
          
そして彼女は懐から帳面を取り出しこちらを見据える。
「アーク・エルニクス。貴様が辺境の村を襲撃し、村人たちを虐殺した。これで間違いないな?」
「……違う」
「間違いないな?」
「いや違う」
「間違いないかと聞いている」
「――違うっつってんだろうがこの堅物がぁ!」
「そうか」
だめだ本気で殴りたい。目の前で帳面をひらひらとさせているリアナに苛立ちが募る。
そして何故俺が村を襲撃したことになっているのか。それは奴らにとって都合がよかったからだろう。都合のいい隠れ蓑。それに加え奴らの目的である実験とやらが出来るのだ。ならば、今に至るまで容疑をかけ続けていたことに納得がいく。
そう思うと、あの過度な暴力は何だったのだろうか。きっと奴らは人間ではないのだ。人間の皮を被った悪魔だ。そう決めつけたい。沢山の人間を殺し、それでも平然としている彼らは異常であり狂人だ。
「ならば何故その場にいた?」
「村人だからに決まってるだろ。それに、俺が村を襲撃する動機なんてどこにもない」
「貴様はただの村人なのか?」
「そう言っている」
「そうか……村人に名字か。怪しいな」
怪訝な顔つきでリアナは答えた。
……確かに怪しいな。あんな辺境の村に家名なんかあるはずない。ならば、この怪しさを払拭するにはどうすればいいのか。話してしまうか、俺が村に来た理由を。けれど、それでもやはり薄い。
俺は瞼を閉じ考える。ともすれば簡単なことではないか。ただ彼女に投げかけてやればいい。
その銀色の鎧が悪意に染まった鉄の塊だということを。
そうして俺は切り出す。ただ真実を述べるだけ。
「リアナ・アルジェント。お前は本当に俺が犯人だと思っているのか?」
「……どういうことだ?」
「おかしいと思ったんだ。それが本当に凶悪犯罪者に対する態度なのかって。お前も気づいてるんだろう? この国の騎士、いやこの国そのものが歪んでいるということを」
俺の言葉にリアナが目を細めた。その碧色の瞳が一層鋭くなる。
リアナ・アルジェントが堅実で聡明な騎士であるならば、この国のために剣を振るってきたことは明白である。とするなら、その裏に潜む影に気付かなかったわけではないだろう。
俺はリアナ・アルジェントがここへ来た理由を知らない。今までのような連れ立った騎士ではなく、彼女は突然現れ俺の傷を治していった。そう、今までの騎士たちとは違うのだ。
それは正しく杞憂で、俺にとっては紛れもない救いだった。
会ったばかりの、殆ど他人――だが、彼女しかいない。そうせしめる予感が少なからずあった。
そして、日が落ち薄暗くなっていた牢の中に嘆息が漏れた。
どちらかはわからない。けれど、リアナはそれを汲み取ったように重くなった口を開いた。
「そう……だな。貴様が罪を犯していないというのは、その目を見ればわかった。けれど力のない私には、それをどうすることもできない。何もできないのだ……」
ああ、そうか……。彼女にも真意というものがあったわけだ。
自分には力がないけれど、それでもなお手を差し伸べようと考えてくれていた。
それがあのパンだったのかもしれない。小さいけれど、鼻で笑われても言い返せない程の代物だけど。俺にはとても大きく見えた。
リアナの手が震えている。それは些細な震え。月の光が悪戯にそれを晒した。
己の無力さからくるものか、それとも今までの行いを悔いているのか。その顔は悲痛に歪んでいる。
そうして俺は、そっと子供をあやすように囁いた。
「力になったさ。少なからず俺は救われた。拷問を受けた後、お前が現れなければ死んでいた。それにあのパンだって滅茶苦茶美味しかった。お前が何に悩んでいるかはわからないけれど、この恩は忘れない。だから……しっかりと俺の言い分を聞いてくれ」
その言葉にリアナの手の震えは止まり、だが次の言葉を待つように固く握られた。
互いの息遣いが伝わる程の静寂。冷ややかな汗が頬を濡らし、体を強張らせる。
「俺はここを出たい。手伝ってくれないか?」
俺の声が辺りに響く。それを聞きとったのかリアナは驚愕の表情を浮かべ、それでいて分かっていたかのように瞳を閉じた。
力がないと嘆いていたのだ。ならば、それを示す機会を与えればいい。決断を急ぐなよリアナ・アルジェント。それができるのなら、きっと乗り越えられる。悩みぬいた末の結果なら、それがお前の答えなのだから。
リアナはすっと肩の力を抜き、天井を見上げる。
そこには暗闇が広がっており、半面は月の光で染められていた。それは今の彼女自身の心情のようであり、その行く末を決めるようなものでもあった。
そして、リアナは前を見据える。その黒色の瞳を捉えて。
「……考えさせてくれ」
リアナの瞳は揺れず、決意を表していた。だが、その言葉はまだ紡がない。
「分かった、待ってる」
よく考えておけと付け足し、俺もまた碧色の瞳を捉えた。
静寂が流れ行く空間で月光が二人を照らし出す。
それは何事かを祝福するかのようにも見えた。
          
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