その心が白銀色に染まるなら
第四話 『厭世の記憶③』
翌朝——トリエラと俺は村の正門近くにいた。
朝起きると、キールは未だに青白い顔で眠っていた。
なので、テーブルの上に置手紙を置き家を出たのだ。
「キールの誕生日プレゼント何にしようか?」
「そうですね……確か東の山のほうに亜竜が生息していたはずなので、その素材で武器を作ってプレゼントするというのはどうでしょう?」
トリエラの提案に頭を悩ませる。いつもよりも大きな魔物を狩り、キールを驚かせてやろうと思っていたが、亜竜ときたか……。
しかし、キールの目の前に亜竜を持っていったら、相当に驚いてくれるだろう。驚愕に目を見開き、黄色い水たまりを形成する彼の姿が思い浮かぶ。
「ああ、そうしよう。とりあえず亜竜探しからだな!」
「はい! 後方支援はお任せを」
そうして気合を入れて山に向かう。
 ̄ ̄ ̄ ̄
青藍色の亜竜が、耳に劈くような咆哮を上げ息絶える。
俺は刀身を納め、亜竜の死体に目を向ける。
「……ふぅ、探すのに時間はかかったが、案外簡単に倒せるものだな」
「はい、亜竜を二頭も倒してしまうなんて流石ですアーク様! よっ青大将!」
「青大将ってなんだよ! それに一頭はお前が倒したんだろ……」
そこには、トリエラの言葉通り二頭の亜竜が転がっていた。
一頭は頭から下が細切れにされており、もう一頭は傷を付けた部分が見当たらぬほどに綺麗な状態だ。
そして、後者はトリエラの功績だった。
この事を考えると、トリエラを連れてきたのは正解だといえる。何故なら、細切れにされた状態だと武器の素材にならないからだ。
そう人知れず安堵する。
「これでキールを驚かすことはできるんだが……起きているか心配だな。なぁ? トリエラ」
「うっ……それよりっ! 日が暮れそうなので早く帰りましょう」
露骨に話を逸らすトリエラの犬耳は、昨晩のことを思い出しているのか、どこか申し訳なさそうに項垂れていた。
他愛もない会話を繰り返し、亜竜を担ぎながら山道を下っていると、遠方に異様な光景が広がっていた。溢れあがる衝動に体が硬直する。
目線の先には、帰る場所だった筈の村々から大きな煙が上がっており、全体を覆うような赤々とした炎が、火の粉を振り撒いていた。
「なっ、なんなんですかあれは……!」
トリエラもそのことに気づき、呆然と立ち尽くしている。
「トリエラ!」
「は、はい!」
「キールの所に向かう。裏門に回るぞ——」
トリエラに声をかけ、全速力で地を駆ける。
あれは一体なんだ? 魔物の仕業じゃないな……。
では何なのか。それに答えてくれるものは、きっとあの場にいるのだろう。
治まることの知らない胸の動悸が、警鐘をならしている。
裏門の前に到着し、息を整えてからゆっくりと辺りを見渡す。
目に映る光景。山道で見た光景と明らかに違うのは、建ち並ぶ家が焼ける臭い。それに乗って微かに香る血の悪臭。
崩れかけた自分たちの家を見つけ一気に駆け出す。
そして、中で仰向けに倒れている何かを見つけた。
「――キール!」
「…………ぁあ……く……」
「動くな、キール。トリエラ! 回復を――」
「はい! 今すぐ」
倒れているキールを支えると、右肩から斜めに切り裂かれた大きな傷が、惨たらしく広がっていた。流れ出る血と開く傷口をトリエラが修復させるが、それは流血を防ぐだけであり、刻々と近づくその死期をただ遅らせるだけであった。
俺はこのようなことをした者に怒りを覚えるが、同時にその理由が知りたかった。
何故キールを襲った? どうして村を燃やした?
その疑問を確かめる前にキールが口を開いた。
「…………アーク……ぼくはもうじき死ぬ…………だからぁ、ひとつだけ……いっておかなくちゃならないことがある」
「な、なんだよこんな時に!?」
まるで最後かのように。キールには強い意志が感じられた。
……なぁ、キール。いつもみたいに笑ってくれよ。なんでそんな顔してんだよ……。
崩れ行く周りの情景、もはや目の前の事実にしか考えが及ばなかった。
弱弱しく発せられるその声に、自然と耳を傾ける。
「ぼくはねぇ……ぼくはっ……! はぁ、はぁ…………ほんとうは…………女の子、なんだ……」
「……………………はあ?」
一瞬思考が停止する。痛みを耐えながら続けられたその言葉に、理解が追い付かなかった。
何だというのだろうか。この期に及んで、こいつは冗談まで言ってしまうのか。
俺にはこれを笑い飛ばすまでの意気はない。どうだろうか、笑ってしまったほうが楽になれるのか? 止まらない焦燥に息が詰まる。
「――こんな時に冗談言うんじゃねえよキール。キールが女? 俺は信じねえぞ。もし本当にお前が女だとして、そしたら、そしたら――」
そしたら俺は、今までキールを否定し続けていたことになる。そんなことは到底受け入れられない。
脳裏にちらつくのは、キールの陽気な笑顔。そしてキールが女だと知らずに、それを囃し立てるようにする俺自身。
五年だ。五年一緒にいて気が付かなかった。何時もそばにいて、一番近かったはずの俺が気付けなかった。そのことが堪らなく悔しかった。
キールはこの五年間、どのような気持ちだったのだろうか。その笑顔の裏で何を思っていたのだろうか。
俺は見つからない答えを探し続ける。
そして、悪戯が成功した子供のような表情で、キールが口を開く。
「へへ……まさかそんなに驚くとはね…………でも、さ……べつにそんなに気にすることじゃ……ないとおもうんだ…………だから、そんな、なかないでよ……?」
「――へ?」
涙が頬を濡らしていることに、言われて初めて気づく。
隣接するキールの死と告白。互いの感情が入り交じり、荒波を立てる。
浅くなる呼吸の中、キールは穏やかな口調で告げる。
「……ぁーく…………わたし……に…………き、ぅ――」
俺は躊躇いなく唇を重ねた。
瞬間――キールとの思い出が、走馬灯のように浮かび上がる。どれも、なんてことない平凡な日常で、それでいて手放したくないと思える最高の思い出だった。
何の意図があってこの言葉を発したのか、考えることはしなかった。
けれどその顔は、どこか幸せそうで、これ以上の言葉を必要としていなかった。
安らかな眠りについている彼女をその場に寝かせる。
「トリエラ、キールを頼む。俺は外を見てくる」
「はい……かしこまりました」
泣き腫らした顔のトリエラに声をかけ、壊れた扉を押し倒し外に出る。
辺りの炎は小さく揺れており、半壊した家々の様子が外からも窺えた。
記憶の中で言葉を交わした者たちの亡骸が目に映る。
やはりキールだけではなかった。この村に住んでいる人たちは――。
考えたくない想像が脳裏を過る。
「みんな……ごめん…………ぅう、あああぁぁぁ……!」
喉に詰まるような声が、嗚咽が、涙とともに溢れ出てくる。
もう少し帰るのが早ければ、あるいは自分にもっと力があれば、何かが変わったのだろうか。
押し寄せてくる後悔に心が蝕まれる。
「結局この村もだめですかねー」
「そんな簡単に見つかるかよ。固有スキル持ちなんか早々いてたまるかってんだ」
「まあそうっすよね。下手したら返り討ちにあうかもしれないすもんね」
「大丈夫ですよ。団長にかかれば赤子同然ですから」
「それもそうだな!」
「そうっすね!」
何やら、銀色の鎧を身に付けた男たちが、談笑しながら歩いてくる。
左肩には黄金色の紋章が光り輝いていた。
あの紋章は……! 何処かで見たことがあると思ったら……。
「サルドニクス王国……!」
思わず漏れた声が、既に声が聞こえる位置まで来ていた騎士たちに届く。
「おいおい、なんだぁ生き残りか?」
「固有スキルなし。殺して大丈夫です」
「この人が最後っすかね~」
騎士たちの言葉の中に、決定的な一言が聞こえた。
固有スキル……これが目的か……!?
どうやら右端にいる奴が持つ魔導具で、スキルを鑑定しているらしい。
「アーク様!」
トリエラが危険を察知し、こちらに声をかけてくる。
そして、最悪の展開となる。目の前の騎士たちの後方から、複数の騎士たちがこちらに向かって駆けてくる。
この数を相手にするのに、二人でも苦難を要するだろう。
今しがた騎士たちが述べていた、団長と呼ばれる者の姿も見当たらない。
俺は滴る汗を拭い覚悟を決める。
「トリエラ……逃げろ!」
「なっ!? 一体何を言って――」
「お前もわかっているはずだ。すまないが、キールを連れて逃げてくれ!」
「そんなことできません! どうか、どうかご一緒に――」
「心配するな! 俺は死なない。必ず追いかけるから。待っいてくれないか……?」
逃げるにはどちらかが足止めをしなければならない。
そして、生き残れるという可能性があるのは、俺だけだった。
悲痛な表情を浮かべたトリエラは、腹を据える。
「では、約束です。私は何時までも待っていますから。どうか、死なないで……!」
俺は力ずよく頷き、肯定の意を示した。
そして、眼光が煌めく。
瞬間――こちらに向かって踏み込んだ騎士たちの足が止まる。
「あ、あああぁぁぁあ!」
「ひぃっ! 化け物――ッ」
動きを止めた騎士たち、その誰もが恐怖により狂乱する。
どうやらトリエラは、約束を守ってくれたようだ。既に俺の背後には人の気配がない。
続けて俺は、明確な殺意を瞳に宿し、騎士たちを睨みつける。
「うぁっ………………」
「ひぃいいいい! あっ……………………」
その力により、騎士たちは息絶えていく。
けれど、これで終わりではない。
「はぁ、はぁ……やっとお出ましかよ」
俺が膝をつき前を見据えると、一人の巨漢な男が立っていた。
「ほう……これが恐怖か」
男は小さく震える手から、視線をこちらに向ける。
何故か恐怖に苛まれるはずの男の顔は、何事かを楽しむように歪んでおり、その異常性を物語っている。
その右頬には大きな傷跡があり、体からは烈しい程のオーラが滲み出ていた。
「トリエラ……約束守れそうにねーわ」
圧倒的な強者を目の前にして、足がすくむ。
どうあがいても勝てない、そう本能で理解してしまう。
男が不適に口角を上げ、地を蹴った。
「ぐっ……………………」
大地が爆ぜる音とともに、意識が暗転する。
目覚めたころには、既に男の姿はなく、周りは見慣れぬ牢獄の景色へと様変わりしていた。
そして、これから始まる長い一日が、日常と化していくのにそう時間はかからなかった。
          
朝起きると、キールは未だに青白い顔で眠っていた。
なので、テーブルの上に置手紙を置き家を出たのだ。
「キールの誕生日プレゼント何にしようか?」
「そうですね……確か東の山のほうに亜竜が生息していたはずなので、その素材で武器を作ってプレゼントするというのはどうでしょう?」
トリエラの提案に頭を悩ませる。いつもよりも大きな魔物を狩り、キールを驚かせてやろうと思っていたが、亜竜ときたか……。
しかし、キールの目の前に亜竜を持っていったら、相当に驚いてくれるだろう。驚愕に目を見開き、黄色い水たまりを形成する彼の姿が思い浮かぶ。
「ああ、そうしよう。とりあえず亜竜探しからだな!」
「はい! 後方支援はお任せを」
そうして気合を入れて山に向かう。
 ̄ ̄ ̄ ̄
青藍色の亜竜が、耳に劈くような咆哮を上げ息絶える。
俺は刀身を納め、亜竜の死体に目を向ける。
「……ふぅ、探すのに時間はかかったが、案外簡単に倒せるものだな」
「はい、亜竜を二頭も倒してしまうなんて流石ですアーク様! よっ青大将!」
「青大将ってなんだよ! それに一頭はお前が倒したんだろ……」
そこには、トリエラの言葉通り二頭の亜竜が転がっていた。
一頭は頭から下が細切れにされており、もう一頭は傷を付けた部分が見当たらぬほどに綺麗な状態だ。
そして、後者はトリエラの功績だった。
この事を考えると、トリエラを連れてきたのは正解だといえる。何故なら、細切れにされた状態だと武器の素材にならないからだ。
そう人知れず安堵する。
「これでキールを驚かすことはできるんだが……起きているか心配だな。なぁ? トリエラ」
「うっ……それよりっ! 日が暮れそうなので早く帰りましょう」
露骨に話を逸らすトリエラの犬耳は、昨晩のことを思い出しているのか、どこか申し訳なさそうに項垂れていた。
他愛もない会話を繰り返し、亜竜を担ぎながら山道を下っていると、遠方に異様な光景が広がっていた。溢れあがる衝動に体が硬直する。
目線の先には、帰る場所だった筈の村々から大きな煙が上がっており、全体を覆うような赤々とした炎が、火の粉を振り撒いていた。
「なっ、なんなんですかあれは……!」
トリエラもそのことに気づき、呆然と立ち尽くしている。
「トリエラ!」
「は、はい!」
「キールの所に向かう。裏門に回るぞ——」
トリエラに声をかけ、全速力で地を駆ける。
あれは一体なんだ? 魔物の仕業じゃないな……。
では何なのか。それに答えてくれるものは、きっとあの場にいるのだろう。
治まることの知らない胸の動悸が、警鐘をならしている。
裏門の前に到着し、息を整えてからゆっくりと辺りを見渡す。
目に映る光景。山道で見た光景と明らかに違うのは、建ち並ぶ家が焼ける臭い。それに乗って微かに香る血の悪臭。
崩れかけた自分たちの家を見つけ一気に駆け出す。
そして、中で仰向けに倒れている何かを見つけた。
「――キール!」
「…………ぁあ……く……」
「動くな、キール。トリエラ! 回復を――」
「はい! 今すぐ」
倒れているキールを支えると、右肩から斜めに切り裂かれた大きな傷が、惨たらしく広がっていた。流れ出る血と開く傷口をトリエラが修復させるが、それは流血を防ぐだけであり、刻々と近づくその死期をただ遅らせるだけであった。
俺はこのようなことをした者に怒りを覚えるが、同時にその理由が知りたかった。
何故キールを襲った? どうして村を燃やした?
その疑問を確かめる前にキールが口を開いた。
「…………アーク……ぼくはもうじき死ぬ…………だからぁ、ひとつだけ……いっておかなくちゃならないことがある」
「な、なんだよこんな時に!?」
まるで最後かのように。キールには強い意志が感じられた。
……なぁ、キール。いつもみたいに笑ってくれよ。なんでそんな顔してんだよ……。
崩れ行く周りの情景、もはや目の前の事実にしか考えが及ばなかった。
弱弱しく発せられるその声に、自然と耳を傾ける。
「ぼくはねぇ……ぼくはっ……! はぁ、はぁ…………ほんとうは…………女の子、なんだ……」
「……………………はあ?」
一瞬思考が停止する。痛みを耐えながら続けられたその言葉に、理解が追い付かなかった。
何だというのだろうか。この期に及んで、こいつは冗談まで言ってしまうのか。
俺にはこれを笑い飛ばすまでの意気はない。どうだろうか、笑ってしまったほうが楽になれるのか? 止まらない焦燥に息が詰まる。
「――こんな時に冗談言うんじゃねえよキール。キールが女? 俺は信じねえぞ。もし本当にお前が女だとして、そしたら、そしたら――」
そしたら俺は、今までキールを否定し続けていたことになる。そんなことは到底受け入れられない。
脳裏にちらつくのは、キールの陽気な笑顔。そしてキールが女だと知らずに、それを囃し立てるようにする俺自身。
五年だ。五年一緒にいて気が付かなかった。何時もそばにいて、一番近かったはずの俺が気付けなかった。そのことが堪らなく悔しかった。
キールはこの五年間、どのような気持ちだったのだろうか。その笑顔の裏で何を思っていたのだろうか。
俺は見つからない答えを探し続ける。
そして、悪戯が成功した子供のような表情で、キールが口を開く。
「へへ……まさかそんなに驚くとはね…………でも、さ……べつにそんなに気にすることじゃ……ないとおもうんだ…………だから、そんな、なかないでよ……?」
「――へ?」
涙が頬を濡らしていることに、言われて初めて気づく。
隣接するキールの死と告白。互いの感情が入り交じり、荒波を立てる。
浅くなる呼吸の中、キールは穏やかな口調で告げる。
「……ぁーく…………わたし……に…………き、ぅ――」
俺は躊躇いなく唇を重ねた。
瞬間――キールとの思い出が、走馬灯のように浮かび上がる。どれも、なんてことない平凡な日常で、それでいて手放したくないと思える最高の思い出だった。
何の意図があってこの言葉を発したのか、考えることはしなかった。
けれどその顔は、どこか幸せそうで、これ以上の言葉を必要としていなかった。
安らかな眠りについている彼女をその場に寝かせる。
「トリエラ、キールを頼む。俺は外を見てくる」
「はい……かしこまりました」
泣き腫らした顔のトリエラに声をかけ、壊れた扉を押し倒し外に出る。
辺りの炎は小さく揺れており、半壊した家々の様子が外からも窺えた。
記憶の中で言葉を交わした者たちの亡骸が目に映る。
やはりキールだけではなかった。この村に住んでいる人たちは――。
考えたくない想像が脳裏を過る。
「みんな……ごめん…………ぅう、あああぁぁぁ……!」
喉に詰まるような声が、嗚咽が、涙とともに溢れ出てくる。
もう少し帰るのが早ければ、あるいは自分にもっと力があれば、何かが変わったのだろうか。
押し寄せてくる後悔に心が蝕まれる。
「結局この村もだめですかねー」
「そんな簡単に見つかるかよ。固有スキル持ちなんか早々いてたまるかってんだ」
「まあそうっすよね。下手したら返り討ちにあうかもしれないすもんね」
「大丈夫ですよ。団長にかかれば赤子同然ですから」
「それもそうだな!」
「そうっすね!」
何やら、銀色の鎧を身に付けた男たちが、談笑しながら歩いてくる。
左肩には黄金色の紋章が光り輝いていた。
あの紋章は……! 何処かで見たことがあると思ったら……。
「サルドニクス王国……!」
思わず漏れた声が、既に声が聞こえる位置まで来ていた騎士たちに届く。
「おいおい、なんだぁ生き残りか?」
「固有スキルなし。殺して大丈夫です」
「この人が最後っすかね~」
騎士たちの言葉の中に、決定的な一言が聞こえた。
固有スキル……これが目的か……!?
どうやら右端にいる奴が持つ魔導具で、スキルを鑑定しているらしい。
「アーク様!」
トリエラが危険を察知し、こちらに声をかけてくる。
そして、最悪の展開となる。目の前の騎士たちの後方から、複数の騎士たちがこちらに向かって駆けてくる。
この数を相手にするのに、二人でも苦難を要するだろう。
今しがた騎士たちが述べていた、団長と呼ばれる者の姿も見当たらない。
俺は滴る汗を拭い覚悟を決める。
「トリエラ……逃げろ!」
「なっ!? 一体何を言って――」
「お前もわかっているはずだ。すまないが、キールを連れて逃げてくれ!」
「そんなことできません! どうか、どうかご一緒に――」
「心配するな! 俺は死なない。必ず追いかけるから。待っいてくれないか……?」
逃げるにはどちらかが足止めをしなければならない。
そして、生き残れるという可能性があるのは、俺だけだった。
悲痛な表情を浮かべたトリエラは、腹を据える。
「では、約束です。私は何時までも待っていますから。どうか、死なないで……!」
俺は力ずよく頷き、肯定の意を示した。
そして、眼光が煌めく。
瞬間――こちらに向かって踏み込んだ騎士たちの足が止まる。
「あ、あああぁぁぁあ!」
「ひぃっ! 化け物――ッ」
動きを止めた騎士たち、その誰もが恐怖により狂乱する。
どうやらトリエラは、約束を守ってくれたようだ。既に俺の背後には人の気配がない。
続けて俺は、明確な殺意を瞳に宿し、騎士たちを睨みつける。
「うぁっ………………」
「ひぃいいいい! あっ……………………」
その力により、騎士たちは息絶えていく。
けれど、これで終わりではない。
「はぁ、はぁ……やっとお出ましかよ」
俺が膝をつき前を見据えると、一人の巨漢な男が立っていた。
「ほう……これが恐怖か」
男は小さく震える手から、視線をこちらに向ける。
何故か恐怖に苛まれるはずの男の顔は、何事かを楽しむように歪んでおり、その異常性を物語っている。
その右頬には大きな傷跡があり、体からは烈しい程のオーラが滲み出ていた。
「トリエラ……約束守れそうにねーわ」
圧倒的な強者を目の前にして、足がすくむ。
どうあがいても勝てない、そう本能で理解してしまう。
男が不適に口角を上げ、地を蹴った。
「ぐっ……………………」
大地が爆ぜる音とともに、意識が暗転する。
目覚めたころには、既に男の姿はなく、周りは見慣れぬ牢獄の景色へと様変わりしていた。
そして、これから始まる長い一日が、日常と化していくのにそう時間はかからなかった。
          
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