その心が白銀色に染まるなら
第三話 『厭世の記憶②』
夕日が沈む頃、犬型の獣の処理を終えキールと二人で村の中を歩いていた。
夕飯の支度をしている頃だろうか、それとも家族で団欒を共にしているのだろうか。
辺りには、それらの家々から滲み出るかぐわしい香りが充満していた。
俺がこの匂いに鼻を利かせていると、怪訝そうな顔をしてキールが口を開いた。
「ねぇアーク。何か変な臭いしない?」
「変な臭い?」
何の臭いがするのだろうか。
すると妙な異臭が鼻についた。
「この臭い……まさか!」
目の前にある家の中から焼き焦げた何かの臭い。周りからは煙が上がっていた。
そして俺達が帰る家ということから、想像もしたくない予感が脳裏を遮る。
「か、火事だ! いったい誰が!?」
「大丈夫だ! あれは……トリエラだ!」
キールの発した声に即座に応答する。
俺は似たような光景を過去に何度か目にしたことがある。既に手遅れだ。こみ上げてくる不安と焦りに苛まれながら、キールとともに家の扉に手をかける。
扉を開けると、立ち込める煙とともに焦げた臭いが家の外に逃げて行った。
家の中を見ると、艶のある茶髪に、前髪が眉辺りで切りそろえられたエプロン姿の獣人が、何やら真っ黒い何かをテーブルの上の皿に盛りつけていた。
すると、エプロン姿の獣人がこちらに気づき、童女のような笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ! ささ、アーク様、キール様、冷めないうちに」
「えっこれ食べるの? 死ぬよね? 絶対死ぬよね?」
俺は理解できずに狼狽する。
そうして、手を引かれ無理やり椅子に座らされると嫌でもそれが目に入ってしまう。
恐る恐るテーブルを見てみると、簡素な皿の上に無造作に盛り付けられていたのは、禍々しいオーラを放つ豚の頭の形をした何かだった。
この料理と言っていいのかわからない産物を生みだしたのは、エプロン姿の獣人トリエラだ。
彼女と一緒にこの村に来てからというもの、一度も料理をしていなかったので安心しきっていた。
トリエラは昔から料理に関してだけは致命的で、様々な悪魔の食べ物を生み出してきた。
その上料理好きなので、トリエラ自身悪魔的存在だった。
忘れたころにやって来るというのは、こういうことを言うのだろう。
ふと向かいの席で顔を真っ青にし体を震わせてるキールが口を開く。
「アーク……僕が死んだら、後のことは任せた――ッ」
瞬間、キールが悪魔の食べ物にかぶりついた。
そして、顔が青から白に変色しその場に倒れこんだ。
ああそうか、キールはわかっていたのだ。この家の食材が、悪魔トリエラによって使い尽くされたことを。食べるものがこれしかないのだと。
部屋の隅を見ればそこには、料理に失敗したと思われる黒く焦げた食材たちが、大きな山脈を作り出していた。
勇者キールに称賛を。
「キ、キール様!?」
「トリエラ、キールを部屋に運んでやれ」
「はい、かしこまりました……」
驚くトリエラに声をかける。
自分の料理が壊滅的だということを、キールが倒れて気づいたのだろう。トリエラは、茶髪から覗かせる三角の耳を項垂らせながらキールを担ぎ、一階の彼の部屋へと消えていった。
「さて、俺もいただくとするか」
そして、俺は悪魔の食べ物にかぶりつき、失神した。
――――
目を覚ますと、後頭部に何やら柔らかい感触。
そして、上から覗き込むようにして俺を見ているトリエラと目が合った。
その紫水晶のように輝く瞳に、一瞬見惚れてしまい思わず目を逸らす。
「お目覚めになりましたか?」
トリエラは屈託のない笑みで声をかけてきた。
どのくらい倒れていたのだろうか。今しがた食べた悪魔の食べ物を思い出し、冷や汗を掻いていることに気が付く。
それに気づいたのか、沈んだ表情でトリエラが聞いてくる。
「やはり……お口に合いませんでしたか?」
確かに絶望的なほど口に合わなかったが、トリエラ自身悪意があって作ったわけではないので、それを責めるのは筋違いというものだ。
「そうだな……でも、まだ改善の余地はある。練習すればきっと、美味しい料理が作れるようになるよ」
「は、はい! その時は……アーク様も一緒に手伝ってくださいね?」
「ああ、そうしよう。必ず」
一人でやられるとこちらが困るからな……。
そうして、刻々と時間が過ぎていく。
どうやらトリエラの足は限界のようだった。
気を使って声をかける。
「心地いい時間も堪能できたことだし、そろそろ寝ようか」
「……ふふ。はい、そしましょう」
二人して自然と笑みが零れる。
やはりこの何気ない日常が……俺にとっての幸せだと、そう思えた。
夕飯の支度をしている頃だろうか、それとも家族で団欒を共にしているのだろうか。
辺りには、それらの家々から滲み出るかぐわしい香りが充満していた。
俺がこの匂いに鼻を利かせていると、怪訝そうな顔をしてキールが口を開いた。
「ねぇアーク。何か変な臭いしない?」
「変な臭い?」
何の臭いがするのだろうか。
すると妙な異臭が鼻についた。
「この臭い……まさか!」
目の前にある家の中から焼き焦げた何かの臭い。周りからは煙が上がっていた。
そして俺達が帰る家ということから、想像もしたくない予感が脳裏を遮る。
「か、火事だ! いったい誰が!?」
「大丈夫だ! あれは……トリエラだ!」
キールの発した声に即座に応答する。
俺は似たような光景を過去に何度か目にしたことがある。既に手遅れだ。こみ上げてくる不安と焦りに苛まれながら、キールとともに家の扉に手をかける。
扉を開けると、立ち込める煙とともに焦げた臭いが家の外に逃げて行った。
家の中を見ると、艶のある茶髪に、前髪が眉辺りで切りそろえられたエプロン姿の獣人が、何やら真っ黒い何かをテーブルの上の皿に盛りつけていた。
すると、エプロン姿の獣人がこちらに気づき、童女のような笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ! ささ、アーク様、キール様、冷めないうちに」
「えっこれ食べるの? 死ぬよね? 絶対死ぬよね?」
俺は理解できずに狼狽する。
そうして、手を引かれ無理やり椅子に座らされると嫌でもそれが目に入ってしまう。
恐る恐るテーブルを見てみると、簡素な皿の上に無造作に盛り付けられていたのは、禍々しいオーラを放つ豚の頭の形をした何かだった。
この料理と言っていいのかわからない産物を生みだしたのは、エプロン姿の獣人トリエラだ。
彼女と一緒にこの村に来てからというもの、一度も料理をしていなかったので安心しきっていた。
トリエラは昔から料理に関してだけは致命的で、様々な悪魔の食べ物を生み出してきた。
その上料理好きなので、トリエラ自身悪魔的存在だった。
忘れたころにやって来るというのは、こういうことを言うのだろう。
ふと向かいの席で顔を真っ青にし体を震わせてるキールが口を開く。
「アーク……僕が死んだら、後のことは任せた――ッ」
瞬間、キールが悪魔の食べ物にかぶりついた。
そして、顔が青から白に変色しその場に倒れこんだ。
ああそうか、キールはわかっていたのだ。この家の食材が、悪魔トリエラによって使い尽くされたことを。食べるものがこれしかないのだと。
部屋の隅を見ればそこには、料理に失敗したと思われる黒く焦げた食材たちが、大きな山脈を作り出していた。
勇者キールに称賛を。
「キ、キール様!?」
「トリエラ、キールを部屋に運んでやれ」
「はい、かしこまりました……」
驚くトリエラに声をかける。
自分の料理が壊滅的だということを、キールが倒れて気づいたのだろう。トリエラは、茶髪から覗かせる三角の耳を項垂らせながらキールを担ぎ、一階の彼の部屋へと消えていった。
「さて、俺もいただくとするか」
そして、俺は悪魔の食べ物にかぶりつき、失神した。
――――
目を覚ますと、後頭部に何やら柔らかい感触。
そして、上から覗き込むようにして俺を見ているトリエラと目が合った。
その紫水晶のように輝く瞳に、一瞬見惚れてしまい思わず目を逸らす。
「お目覚めになりましたか?」
トリエラは屈託のない笑みで声をかけてきた。
どのくらい倒れていたのだろうか。今しがた食べた悪魔の食べ物を思い出し、冷や汗を掻いていることに気が付く。
それに気づいたのか、沈んだ表情でトリエラが聞いてくる。
「やはり……お口に合いませんでしたか?」
確かに絶望的なほど口に合わなかったが、トリエラ自身悪意があって作ったわけではないので、それを責めるのは筋違いというものだ。
「そうだな……でも、まだ改善の余地はある。練習すればきっと、美味しい料理が作れるようになるよ」
「は、はい! その時は……アーク様も一緒に手伝ってくださいね?」
「ああ、そうしよう。必ず」
一人でやられるとこちらが困るからな……。
そうして、刻々と時間が過ぎていく。
どうやらトリエラの足は限界のようだった。
気を使って声をかける。
「心地いい時間も堪能できたことだし、そろそろ寝ようか」
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二人して自然と笑みが零れる。
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