音を知らない鈴
#71 貴様
『逃げな』
「……!」
『そこから逃げな』
「ごめん、許せ」
ダッ!!!
「待って!!どこ行くんだよ!」
「鈴音!!!」
すっかり大人な握力になった龍也の手を振りほどいて、真っ直ぐあそこに向かった。
もう星が見える程暗い外へと、私は一目散に飛び出した。
「お姉ちゃん!!!!」
「戻ってきなさい!!鈴音!!!」
二人の声はあっという間に遠く、置いてけぼりにされた。
私の耳には最後の言葉など届くはずもなく、足はあの場所へと誘う。
一歩踏み出すだけで、ざっと十歩は進んでいるかのように、目的地までは一瞬で辿り着いてしまった。
そう……時の結界がはられたこの神社に。
鳥居をくぐり、石段を今度はゆっくり進む。
一段、一段踏みしめて、この時間を今日で終わらせてしまうかのように。
いつもの拝殿。そしていつもの様に周りをぐるっと見渡した。
(人はいない……)
当たり前だが、この時間に来たのは流石の私でも初めてだ。
普段人がいないかなんて知らなかった。
念の為、ここに私しかいない事を確認する。
散々祖父の幽霊と話しておきながらなんだが、私は本来お化けとか怖い。
普通に怖い。
改めて見ると外は暗いし、あんなに昼間は輝いて見える木々も、今は鬱蒼(うっそう)として見える。
(なんでここまで来たんだろう)
不意にも一人でいる事を確認してしまったことが、怖さを引き立たせた。
しかしこれが不思議で、心は落ち着いている。
逃げてこられた、その安心が勝ってしまっているのだ。
その感覚が夜の神社より更に怖い。
私って化け物なのではないか…。
頭と目とかろうじて首までが、正常にこの風景の恐怖を感じとっている。
だがそれより下、中核となる部分は何一つ怯えてはいない。
(フッ……、私人間じゃないのか…)
笑える。
なんだったら私のこの手足も、月の光のいたずらに透けて見えてしまう。
誰よりもこの世を生きていない、そう思えた。
もう終えたい……
そう思えた………
だから唱えた。
「神様……」
一人で来た時は一度も鳴らしたことがない鈴。
その鈴から真っ直ぐ、太く伸びる紐。
握れないんだよ、こんなに太かったら…気合いいれないと掴めねぇんだよ…
それが鳴らしにくかったんだ。
大きな鈴に大きな紐。どちらも力を込めないと動きやしない。
動いたかと思えば大袈裟な音を鳴らす…
それが大ッキライだったんだ………!
ここに私がいる事を知られるのが…
それが……怖かったんだよ!!!!
ジャラーーーーン!!!!!
右手で紐を掴み、左に振りその反動を肘から手の指先まで思いっきり力を込めてまた右に振り払った。
夜中に鳴る大した音。
境内に一発目の音が怒り声のように響き渡り、その余韻を遠くまで届けるように鈴の中身が小さく揺れていく。
音が鳴り止むまで時が止まっているかのように。
そして私の意識は何かと入れ替わるように。
「ううッ…!!!」
ドクン…ドクンッ!!
「ううッ!!!」
胸の内側から衝撃が走る。
出せ…出せ…出せ!!!
そう吐き出すかのように、また見える…
「かみ……さまッ!!!」
苦しい!!痛い!!!
私は感情を覚えていない…これは…これは感情なのか…!?
こんなに苦しい気持ちは…ナンテ言うんだ!!
名前が欲しい………
誰か…この気持ちの名を教えてくれッ!!!
「うああああぁぁーーーー!!!!」
ダン!!!
「ハッ…………」
素早い息を吸った。細く殆ど何も吸っていない空気を吸った。
目の前の格子戸が勢いよく開いた。
そして勢いよく風が吹き荒れた。
前に見た白虎が飛び出した時のように、何重にも重なる不協和ながら一体的な風が飛び出してきた。
今度は鈴は風に揺らされ、ひとりでにカラカラと鳴り出す。
私を優に通り越し、奥の結界の役割をする木々や花々をも鳴らしていく。
ここでこんなに音色を響かせた事があっただろうか…
真夜中にはこの音が無限に響く。
その行き場に制限を持たない音たちに共鳴して、私の目は針で穴をあけたかのように、どこまでも見えるような視界を手に入れた。
視線は焦点を未だに留めない。
どこまでも…どこまでも行ってしまう…。
見たくない所まで進んでしまう!!
辿り着きたい…止まりたい…
止めてくれ誰か…誰か!!!
背後の結界が緩んでいくのが感じる。
(バレる…このままだと…!戻らないと!結界を壊してしまう!!!)
背後には隙きの出来そうな予感から成る危機感、そして正面には物体を捉えそうな疾走感。
どちらを取るべきか!何故辿り着かない!どこまで遠い!!
あと少し…あと少しで何かが見えそうなのに!!!
二極の選択は方向も結果も違う、どちらか一方の行方だけではならないのだ!
ただ速さだけは同じで、同じように進み興隆していってしまう。
どうすればっ…どうすれば!!!
真っ直ぐに延びる道路の先に微かに光る点を見つけた。
もう少しだ!何か見えてきた!!
眉間に皺を寄せ、一瞬でも欠片でも正体を焼きつけようと目に力が入る。
見える……見える……!もう少し!!あと少し!!
逃さないようにゆっくりと手を伸ばしそいつを掴もうと集中する。
よし…!行くぞ!!そこだ!!!
「すずねッ!!!!!!!」
「!!!!?」
誰の声だ!!!?
「ハァッ!ハァッ!ハァッ…!!」
伸びる手は鈴の紐に触れそうなところで止まっていた。
ふり返った正面に立っていたのは、
「てめぇ……!!」
「おと…………さん!」
「……!」
『そこから逃げな』
「ごめん、許せ」
ダッ!!!
「待って!!どこ行くんだよ!」
「鈴音!!!」
すっかり大人な握力になった龍也の手を振りほどいて、真っ直ぐあそこに向かった。
もう星が見える程暗い外へと、私は一目散に飛び出した。
「お姉ちゃん!!!!」
「戻ってきなさい!!鈴音!!!」
二人の声はあっという間に遠く、置いてけぼりにされた。
私の耳には最後の言葉など届くはずもなく、足はあの場所へと誘う。
一歩踏み出すだけで、ざっと十歩は進んでいるかのように、目的地までは一瞬で辿り着いてしまった。
そう……時の結界がはられたこの神社に。
鳥居をくぐり、石段を今度はゆっくり進む。
一段、一段踏みしめて、この時間を今日で終わらせてしまうかのように。
いつもの拝殿。そしていつもの様に周りをぐるっと見渡した。
(人はいない……)
当たり前だが、この時間に来たのは流石の私でも初めてだ。
普段人がいないかなんて知らなかった。
念の為、ここに私しかいない事を確認する。
散々祖父の幽霊と話しておきながらなんだが、私は本来お化けとか怖い。
普通に怖い。
改めて見ると外は暗いし、あんなに昼間は輝いて見える木々も、今は鬱蒼(うっそう)として見える。
(なんでここまで来たんだろう)
不意にも一人でいる事を確認してしまったことが、怖さを引き立たせた。
しかしこれが不思議で、心は落ち着いている。
逃げてこられた、その安心が勝ってしまっているのだ。
その感覚が夜の神社より更に怖い。
私って化け物なのではないか…。
頭と目とかろうじて首までが、正常にこの風景の恐怖を感じとっている。
だがそれより下、中核となる部分は何一つ怯えてはいない。
(フッ……、私人間じゃないのか…)
笑える。
なんだったら私のこの手足も、月の光のいたずらに透けて見えてしまう。
誰よりもこの世を生きていない、そう思えた。
もう終えたい……
そう思えた………
だから唱えた。
「神様……」
一人で来た時は一度も鳴らしたことがない鈴。
その鈴から真っ直ぐ、太く伸びる紐。
握れないんだよ、こんなに太かったら…気合いいれないと掴めねぇんだよ…
それが鳴らしにくかったんだ。
大きな鈴に大きな紐。どちらも力を込めないと動きやしない。
動いたかと思えば大袈裟な音を鳴らす…
それが大ッキライだったんだ………!
ここに私がいる事を知られるのが…
それが……怖かったんだよ!!!!
ジャラーーーーン!!!!!
右手で紐を掴み、左に振りその反動を肘から手の指先まで思いっきり力を込めてまた右に振り払った。
夜中に鳴る大した音。
境内に一発目の音が怒り声のように響き渡り、その余韻を遠くまで届けるように鈴の中身が小さく揺れていく。
音が鳴り止むまで時が止まっているかのように。
そして私の意識は何かと入れ替わるように。
「ううッ…!!!」
ドクン…ドクンッ!!
「ううッ!!!」
胸の内側から衝撃が走る。
出せ…出せ…出せ!!!
そう吐き出すかのように、また見える…
「かみ……さまッ!!!」
苦しい!!痛い!!!
私は感情を覚えていない…これは…これは感情なのか…!?
こんなに苦しい気持ちは…ナンテ言うんだ!!
名前が欲しい………
誰か…この気持ちの名を教えてくれッ!!!
「うああああぁぁーーーー!!!!」
ダン!!!
「ハッ…………」
素早い息を吸った。細く殆ど何も吸っていない空気を吸った。
目の前の格子戸が勢いよく開いた。
そして勢いよく風が吹き荒れた。
前に見た白虎が飛び出した時のように、何重にも重なる不協和ながら一体的な風が飛び出してきた。
今度は鈴は風に揺らされ、ひとりでにカラカラと鳴り出す。
私を優に通り越し、奥の結界の役割をする木々や花々をも鳴らしていく。
ここでこんなに音色を響かせた事があっただろうか…
真夜中にはこの音が無限に響く。
その行き場に制限を持たない音たちに共鳴して、私の目は針で穴をあけたかのように、どこまでも見えるような視界を手に入れた。
視線は焦点を未だに留めない。
どこまでも…どこまでも行ってしまう…。
見たくない所まで進んでしまう!!
辿り着きたい…止まりたい…
止めてくれ誰か…誰か!!!
背後の結界が緩んでいくのが感じる。
(バレる…このままだと…!戻らないと!結界を壊してしまう!!!)
背後には隙きの出来そうな予感から成る危機感、そして正面には物体を捉えそうな疾走感。
どちらを取るべきか!何故辿り着かない!どこまで遠い!!
あと少し…あと少しで何かが見えそうなのに!!!
二極の選択は方向も結果も違う、どちらか一方の行方だけではならないのだ!
ただ速さだけは同じで、同じように進み興隆していってしまう。
どうすればっ…どうすれば!!!
真っ直ぐに延びる道路の先に微かに光る点を見つけた。
もう少しだ!何か見えてきた!!
眉間に皺を寄せ、一瞬でも欠片でも正体を焼きつけようと目に力が入る。
見える……見える……!もう少し!!あと少し!!
逃さないようにゆっくりと手を伸ばしそいつを掴もうと集中する。
よし…!行くぞ!!そこだ!!!
「すずねッ!!!!!!!」
「!!!!?」
誰の声だ!!!?
「ハァッ!ハァッ!ハァッ…!!」
伸びる手は鈴の紐に触れそうなところで止まっていた。
ふり返った正面に立っていたのは、
「てめぇ……!!」
「おと…………さん!」
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