音を知らない鈴

布袋アオイ

#65 もしかして私も幽霊だったりして

 「待って!!!」

 拝殿から降りようとする仁さんの背中にぶつけた。

 「殺したい……ッ!!」

 「………」

 「すずちゃん……」

 「駄目ですか」

 「ああ」

 「何故」

 「あいつにも事情がある」

 「ならその事情を教えてください」

 「…」

 「…」

 どうしてすっと教えてくれない。
 
 「手順がある」

 「手順?こんなことに!!?」

 私は怒りを抑えきれない!!手が震える…。今ここにあいつがいたら真っ先に殺してやる…!!

 「鈴音、衝動に流されるな。そんな事の為に力がある訳じゃない」

 「これは力とかどうとかでは無いんです。包丁で刺したっていいんだ」

 「…できやしないさ」

 「できる」

 「………。お前がまず救ってやるべきは記憶を無くしている家族ではないのか」

 その言葉に息を飲んだ。ちょっぴり自分が恐ろしかった。

 そうか……。お母さんも龍也も記憶を操作されていたのか…。

 傷つける前に、既に傷ついている人がいる。

 「……手順…」

 「もう直ぐ日が沈む。帰りなさい」

 「……」

 別に自分の記憶を自分の力で戻せたわけではない。私に出来るわけ…
 
 「意外と龍也は勘がいいな」

 「え…?」

 「お前の事を心配しているはずだ」

 龍也が……まあ優しいから。勘がいい……ね……。

 早く帰れ。そう急かされたようだった。

 「はい。帰ります…」

 拝殿から三段しかない階段を降り、帰り道を向いた。

 「さよなら」

 振り返ってそう一言言いお辞儀を軽くした。

 二人とも何も言わず私が帰るのをじっと見つめていた。
 
 鳥居をくぐり、また振り返るともう二人の姿はなかった。

 「はぁ…」

 何だかとても疲れた。幽霊を見たからか肩が重い。

 憶えているようで憶えていない。

 ここまで自分の過去に疑問を抱く人間がいるだろうか。

 あろうことか幽霊さえ見ても驚きもしない私は…

 もしや私も幽霊なんじゃ?

 「なんてな。帰ろ」

 境内を出た瞬間の現実味といえばない。別の世界に来たみたいだった。
  
 色々考えても仕方がない。取り敢えず家に向かおう。
 
 なんせ今日話したのはおばけだ。

 こんなの考えてあーそうかとはならない。どうして死んでる人が見えた?とか変な珍獣が見れた?とかそんなもの分かるわけがない。

 そもそも私は霊感が強いとか幽霊が見えますとか言う奴大っ嫌いなんだ!

 見える見えないが重要じゃないし、そこに人の能力としての差なんてない。
 
 言えば感覚じゃないか!口にした者勝ちだ。それにまんまと信じたり、驚いたり、怖がったり…

 「あーーあ!!」

 嫌になる。能力があると言われても嬉しくない。

 もし能力があるとすればもっと頭が賢い能力や計算がとびっきり早い能力とかが良かった。

 こんな時代に霊力なんて…

 ただ、心に一つの光を感じる。

 「これが辛さか…」

 この感情が私の中に溶け込むのを感じる。魂の底からそれを感じる。

 何だかこの曇りなき“辛さ”に希望を感じる。

 「どうしてだろう…」

 胸のあたりに手を当て心臓の動きと、もう一つ何かがロウソクの火のように揺らめく動きをしている。

 これが生きているということなのだろうか…

 思い出した記憶は父親の憎き姿だというのに、これまで感じたことのない活力がみなぎる。

 これが良い兆しなのか悪い兆しなのかは分からないが、何より生きている心地がした。
  
 「わたしは…鈴音……」

 そう…鈴音。この名前、いつか好きになれるだろうか。

 まだ偽りを隠すような響きに聞こえるこの名前には、私の歴史や自身の事が隠れている。

 それを全て知った時、この名前を好きになる日が来るのかもしれない。

 そう願って、自転車を力強く漕いだ。

 「ただいま」

 家に着いた時には空にはすっかり星が瞬いていた。

 

 

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