音を知らない鈴

布袋アオイ

#64 これが“辛い”だ

 「出来るって言われても、何からすればいいのか…」
 
 「そうだな」

 「そもそも二人が言う私の力って何ですか?」

 「お前の力は一つではないんだ」

 「はぁ」

 「そして、その数も能力も私達には分かりきることは出来ない」

 「え…」

 私の事をほんの僅かでも知れると思ったのに…。そんな言い方をしたじゃないか!

 「そんなッ…」

 裏切られたようで苛立った。

 「まぁ聞きなさい」

 顔に出ていたのか、古くから私を知っているからか落ち着くように止められた。

 「これはもし鈴音が自分の事を無能者だと信じ続けていた場合の話だ」

 「……」

 その一言で大方のことは予想がついた。

 「私達が把握している鈴音の力は二つだ。一つは言霊の力。こな力はある程度の人間には備わっている。だがお前は強すぎる。例えば人にとって愚痴となる言葉がお前には呪いになる。感情の行き場や衝動によっては心を引き裂くような兇器、つまり霊術になってしまう」

 呪い……霊術………

 現代では聞き慣れない死語だ。なんだったら空想でしか成り立たない物たちだ。

 「二つ目は癒やしの力だ」

 「??」

 急にあやふやな表現、力のように聞こえた。

 「癒やしの力なんて力とは言わない。ただフワフワしているだけです。それは性格にあたる」

 「いや、そうとは思わん。古くから人々は他人に癒しを求めてきた。修道女や巫女、神様など人ではない者達をも心のよりどころとして信じ崇高した。何故そんな癒やしだけの存在が生まれたと思う…」

 「自分では癒しを作り出せないから」

 夜姫さんが静かに一歩前に歩き囁いた。

 「ああ。これは他人にしかできない事なんだ。俯瞰的視点を持ち尚かつ人の心理を奥深くまで知っている者。中々そこまでできる人はいやしない。稀で貴重だ。偉大なんだ。それが神や自然だ」

 「癒しの力をナメてはだめよ」

 「……癒やし………」

 そこまで聞いても納得は出来なかった。それは力と呼ぶべきでは無いのではないだろうか。

 「言霊の力はな、鈴音の場合自分にかかってしまっている。言っただろ、人間であることを辞めるって」

 「どうしてそれを!?」

 「お前を見れば分かる。自己制御が働きお前らしさが見えない。隠せ過ぎだ。垣間見えることもしない。捨てたのだろう?魂を」

 「すずちゃんは小さかった時から“死”が隣合わせだった。いつでも死ぬ、目に魂を宿すことをしてこなかったの」

 「平気で自分を責めては捨てていたな」

 「……」

 覚えていないし、何も言えない。

 「もう捨てないで」

 夜姫さんは私の目を瞬きせずに見つめた。自分の魂を私に注ぎ込むかのように、生きる意思を意味を伝えてくる。

 「お前がどれだけの力を隠し持っているのか、見物だな」

 「はい!きっと素晴らしい力を持っているわ。私には分かる」

 「……」

 「鈴音、呪い解いてみるか」

 「え…、?」

 「だがお前自身の呪いではなく、お前の父親がかけた呪いだ」

 「呪い……」

 やはり、あいつはッ…!

 娘に呪いをかける父親なんぞ聞いたことがない!!!よくもまあ沢山いる父からこんな父のもとに産まれれたものだ。

 「安心しろ、あいつのは弱い。根が弱いからな。本来ならお前はそれくらいいとも容易く解けるが、なんせ怖がっている。自分で呪いが解けないように逆に加勢しているようなもんだ」

 「怖い?」

 「あいつにとって不都合な記憶を取られたからな。薄々気付いていると思うがあいつは鈴音に勘付かれて復讐されないように、あらゆる可能性を想定して、それに繋ぎ合う記憶は消している。じゃないといざという時負けるのはあいつだからな。小さい時に肝心の記憶を消して先手を打ったのだ」

 「改めて仁さんには失礼ですが、酷い方です」

 「あぁ、私も後悔してるよ。悪いのは私だ」

 「そんな!仁さんを責めるつもりで言ったんじゃないんです。ただすずちゃんの事を考えると…」

 「分かってるよ。鈴音、来なさい」

 「は、はい」

 さっきは目が行き届かなかったが

 「足はあるんだ……あっ!」

 言ってしまった、無神経な事を…。慌てて口を手で抑えた。

 「はは、気にするな。これだ」

 そう言うと仁さんは拝殿の格子を指差した。

 「覗いてみなさい」

 言われるがまま恐る恐る覗くと、暗い格子の内側には灰色がかった…あれは…

 「鏡……?」 

 こんな物あっただろうか…。かなり錆びれている。
 
 「ああそうだ。だがただの鏡じゃない。人の心を映す鏡だ」

 あぁ、よくありがちなやつか。占い師が持つ水晶のような、実際は見えていない幻影を見るという事か。

 あれはつまり格好だけだ。少しがっかりきた。

 おふざけ半分で手をかざしてみた。

 「ん?」

 若干手がじんわり温かくなる。喉に飴玉を詰めたような違和感。

 耐えられる程度の苦しさだがこれは…

 「それが苦しみだ」

 「!!」
 
 「それが辛いっていう感情だ。体調の変化じゃない。心が動いたんだ」
 
 「こころ…」

 忘れているつもりはなかったが、もしや私はこれを…こんなものを忘れていたのか…?

 「その感情の元はなんだ。辛さの先には何がある」

 「辛さの先………?」

 感覚を研ぎ澄ませ深い森を彷徨うように先を探す。

 聞こえる…何だ……怖い…気になる…
 聞こえる…聞こえる聞こえる…!!

 「お前らが責めるような言い方をするからだろおおお!!!!!!」

 「もうやめて!!!」

 「うわーーー」

 「お父さん!!やめて!!!」

 「うるさいッ!!!いい加減にしろ!!」

 (嫌だ………)

 「龍也も泣いてるでしょ!!?落ち着いてよ!!喘息酷くなったらどうすんのよ!!」

 「知ったこっちゃあるかッ!!!腹立ってんだよ!俺は!!!」

 (なに………こんなの見なきゃいけないの………)

 「暴れないで!!!」

 「ッ黙れぇ!!皆そうやって馬鹿にすんだ!俺のことを!!!!」

 「きゃあああーーー!!!」

 「おかあさんッ!!」

 (最低だ…最低だよ………)

 「オッラ!!!!」

 「痛いッ!!!痛い!!!」

 「おとうさん!!!」

 「ッチ!!お前もッ!!!」

 「うわあーー!!」

 (ゔわあああああああっっ!!!!)

 物が割れる音!殴る音!蹴る音!叫ぶ音!泣く音!

 聞きたくないっ!聞きたくない!!!

 こんな音聞きたくないっ!!!

 辛い!怖い!嫌い!

 消えろ…!消えろ…!!!!

 「な゛お゛ひこぉぉぉーーー!!!」

 「鈴音っ!!」

 「うっ!!!」

 「もういい。ここまでにしとけ」

 「……嫌だ!仁さん!!嫌だ!」

 私はあいつを殺したい!!このままにしておきたくない!!復讐したいっ!!

 分かってくれ!仁さん!!

 「悪かった。やり過ぎた」

 ポンと肩を叩いて仁さんは微笑んだ。

 暫く立ち尽くしたまま動けなかった。

 

 



 


 

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