音を知らない鈴

布袋アオイ

#63 すり落ちた手

 「うぅッ…ううッ……」

 「落ち着いたか」

 「はい…」

 (ん………?)

 心配してかけてくれた声にそのまま応えたが、

 「え!?」

 「おいおい、忘れてたのか」

 「すずちゃん」

 「はっ!!」

 そうだ!!!そうだよ!夜姫さんとおじいさんがいて…それで…それで…

 「………あっ…!」

 興奮状態で何から口にすればいいのか分からない。

 これはありがとうと言うべきなのか…

 それとも…

 「ごめんね、すずちゃん」

 「いっ………うっ………」

 いいよも言えないのか…!

 「怖くなかった?」

 「………」

 「すずちゃん……頑張ったねっ…」

 夜姫さんは膝をつく私に倒れるように近づいてきた。

 (あ…またこの香り……)

 ぼーっとする頭に、やはり香りは察知できる。どんな事が起きても、私は夜姫さんの存在を感じられるだろう。

 「強いよ……すずちゃん……」

 こんな愛情を受けたことがあっただろうか。細い腕に頭を巻きつけられ、同時に温かい心に触れた。

 こんなに素敵な人…どうして忘れてたんだろう……

 体に一切の力も入らない。全てを預けて寄りかかれる存在をどうしてっ…

 (そういえば、さっきもこの香りがしたな)

 白銀の獣に触れようとした時、鈴のような音とこの香りがした。

 目を閉じ夜姫さんを全身で感じた。

 儚げでいつかいなくなってしまいそう。そうでないとしても、また前みたいに忘れてしまいそう。

 それが怖い。夜姫さんこそ何からも負けず生きて欲しい。

 (すずちゃん、ごめん…でも今は…)

 「さ、そろそろいいかな」

 「あ!申し訳ありません!つい…」

 すずちゃん、そう言って夜姫さんは腕をはずし、目線でおじいさんを指した。

 「いい、気にするな。よくやったな鈴音」

 「あなたは……」

 色々あったせいか、心は波風たたない澄み切った湖の様だった。

 「久しぶりだな」

 「すずちゃん、この方よ、前に話していた私達の師匠」

 「…」

 「仁さんよ」

 「ふッ…」

 何故だ。名前を聞いた瞬間、一瞬目眩のようなものがした。

 気のせいだろうか、その目眩のせいで仁さんの体がぼやけた。

 師匠という言葉を聞いて、いくら忘れているからといってもお世話になった過去があるらしい。
 
 ほんの数分前よりも重くなった体を持ち起こし、立ち上がった。

 「あ、あの……」

 「……」

 「すいません…私…」

 「あぁ知っている。直彦に記憶を消されているんだな」

 「あ……」

 さすが師匠、そう思った。何でもお見通しの様子だ。

 そして何だか、この空間に私達3人。

 確かに落ち着くというか、しっくりくるというか、初めてではない空気を覚える。

 共に戦う為に、己と互いを鼓舞し合った他の誰にも変え難き存在達であるに違いない。

 幾度も作戦を練ってきたような英知的空気を醸しだしている。我々ならではの空気間を感じる。

 「いや、待てよ」

 母曰く私の祖父、つまり仁さんは亡くなったって…

 「どうした鈴音」

 え、どういう事…。生きてたのか…?

 それとも………

 「死んでいる」

 「えっ…、」

 「気になってたんだろ、私が生きているのか死んでいるのか」

 「………」

 「死んだよ、お前が小学生の時に」

 (……………ってことは今見えているのは)

 冷製になれ、何でも起こりうる世の中だ。

 不思議と本物の幽霊を目の当たりにしても恐怖や驚きは少なかった。寧ろ“だろうな”という確信と強いていうなら若干のざわつきを感じただけだった。

 「夜姫」

 「はい」

 ここからの説明は夜姫さんに託された。

 「すずちゃんも感じている通り、この神社には時空の結界がはられているの。この結界はここで修行を重ねてきた神主や巫女といわれる人達が施したもので、時代を経る度にその力は増しているわ。その理由は現代で生きるには力を持った人達が周りの目から隠れて力を蓄え磨くため。力の主である本人はその力によって普通に生きる事の難しさに苦しんでしまいがちだけど、その力を持ったのには必ず理由がある。その宿命を感じるからこそ無視できず、捨てられない。だからこういう場所で力と向き合ってきたの。つまりここは他の場所にはない特別な時の流れを持っている」

 「特別な流れ…?」

 「そう、そしてここの流れは過去に流れていく力が強いの。今の私達が生きていくには過去の時が必要だから。ここは過去に値する。つまり過去を生きた仁さんはこの場所でだけ蘇りるの」

 「まさか……」

 信じ難い話だが、雰囲気もいつもここで感じる時の流れを思い出しても、その事実はしっくりきてしまうのだ。

 その不思議さに私は魅了されていた。

 「正確には生きてはいないのだがな」

 夜姫さんの言葉に付け足すように仁さんが話しだした。

 「私の体はすでに灰となり今は魂だけが存在している。しかし時の流れが複雑なここでは残像のように私が姿として現れる事ができる。今鈴音が見ているのは過去を生きていた私の姿だ。魂のお陰で自由に動かせているだけであって、本来の姿形をした私がここにいる訳ではない」

 「…」

 「人は必ず生きていく意味がある。特に足枷と気づく程強い力を持った者はそれに苦しみ殆どが“死”を選んでしまう悲しい現実があるがな。この結界を持ってしても。しかし、ここの結界はとても強力だ……」

 確かにここが普通の場所とは違うことは分かっていた。

 だからこそここで泣けたのだ。
 
 それはどこかで護られているという事を自覚していたからなのか…

 「私はこう考える。ここで修行を積み、それでも“死”を選んで行った者達は抱えきれない程の後悔をしているのだと」

 「……生きているべきだったと…」

 「あぁ、しかし生き返るなんてことは無理だ。彼らにできる事は今生きているお前達を守る事だけだ。悲しいがな」

 「そんな……」

 急に寂しい感情が満ちた。満帆に。でもこれは私の感情でもないし、同情でもない。

 目の裏に見えてしまう。

 生きる事を諦め、死んでしまった彼らの顔が。

 皆涙を堪えるような目をしている。

 きっと心の中は言葉にしたくない気持ちでで占められ、なぜ死ぬことを選んでしまったのか分かりきっていて分からない答えを自問自答し続けていくのだ。

 けれどそれでも彼らには人に対する怒りが見当たらない。全て自分に向けられたものだ。

 「優しすぎるよ…」

 虫がなくような声で胸の内がこぼれた。

 葛藤が、寂しく悲しい。

 なんとなく事情は分かった。怖いくらい理解ができた。

 「鈴音、魂を呼び戻したお前に早速だが救って欲しい人がいるんだ」 
 
 「私に?」

 「ああ。沢山いるんだ、頼むぞ」

 「すずちゃん!すずちゃんなら出来るよ!」

 そう言って夜姫さんは私の手を両手で掴み固く握った。

 「頑張って!!絶対大丈夫!!」 

 言葉に合わせて2、3回私の手を上下に振った。

 嬉しいけど…そんなこといきなり言われても…

 (ん???)

 一瞬夜姫さんの手が緩んだのかスルンと振り解かれそうな感覚に手から目が離せなかった。


 
 

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