音を知らない鈴
#62 魂
『頼むからわたしを……愛してくれっ…』
「……………」
愛する…どうやって…
私は愛し方を知らないよ…
教えてよ……私に、愛を…
『お願いっ…』
「出来ないよ…どうすればいいのよ…」
『…』
「どうすれば私はッ…私はわたしを好きになれるの!!!」
『…』
「無理だよぉッ…死なせてよ…ッ…」
『…』
「誰にも愛されてこなかった…結局私は…ここに生きてるべきじゃなかったのよ!」
『…』
「戻りたい…私の本当の居場所に。居るべきところに」
『…』
「時々思う、私の本当の居場所はあの空の向こうなんだって。本当の両親は別にいて、今も私の帰りを待っているんだって」
『…』
「ずっと…ずっと生きていることが違和感でしかなかった」
『うん…知ってる。でも…』
「嫌!!!わたしなら受けとめてよ!!これ以上厳しくしないで!!大変だったねって慰めてよっ…。無理しなくていいよって…、言ってよ…わたしなのに…あなたは、わたしなのに…」
『だめよ』
「!!」
『だめ、許さない』
「……どうしてッ……」
『わたしがあなたを一番見放してはいけないの。あなたの夢を、わたしが捨ててはいけないの。信じてあげなくてはならないの』
「そんなっ…死ねないの……?」
『うん』
「いや!!!もういい!!夢なんかいい!!なりたい事も叶えたい事ない!!もう充分よ!!自分がなんなのか分かんない!何のためにこんな気持ちをッ…こんなやさぐれた気持ちを抱えてなくちゃならないの!!!」
『知らないからだよ。あなたも、あの人達も』
「…ウゥッ……」
『あなたが知らないのは教えられてないからでしょ、当然の如くあなたは知らない。ひとつずつ知っていけばいいし、ひとつずつ捨てていけばいい。でも、そろそろ進むべき時に来たのかもしれない。わたしは幾つもの力を持っている。それをまず受け入れてほしい。解き放ってほしい。でないと何も出来ない。誰も救えない。今あなたが救うべきは力を有するこの私。他の誰よりも、あなたは私の存在を飲み込むのよ。身体に、私の全てをあなたの中に』
「あなたの全てを……」
『知りたい、変わりたいという欲求を封じ込めてはいけない』
「どうすれば…」
『私の名前を呼びなさい。鈴音と』
「……」
自分の名前を口にするのはとても嫌いだ。自分の口にした音を自分の耳で聞きたくない。
でも彼女の真っ直ぐな目は私に訴えかけてくる。
その音が私とわたしを繋ぎ合わせる呪文だと言わんばかりに。
「す……すずね……」
『……』
何も起きない。一回で良いのならと気合を入れて言えたのだが。
『もっと』
「すずね……」
『もっと!』
「鈴ね!!」
『もっと!!!』
「鈴音!!」
『心の底から呼んで!!!』
「鈴音ー!!」
『大きな声で!!!!呼んで!!!』
「鈴音ーーーーー!!!!!」
『我が名は鈴音、魂に響け』
「ウゥッ!!!?」
喉が……喉が熱い!!
『天より授かりしこの名に感謝し、今我…』
痛いッ…!!喉が締め付けられるようだ!!
(死ぬ………死ぬ…!!)
ここにきて死にそうな苦しみに襲われるなんて、怖くてならない。
息が……できないッ……!
『蘇らむ』
「うわあっ!!!!はぁっ!はぁっ!はあっ!!」
気管が潰れるギリギリまで抑えられ一気に離されたように、空気が異常な量で肺に流れ込んできた。
呼吸が安定しない。吸えばいいのか吐けばいいのか、もう分からない。
視覚には見慣れた石畳。さっきまでの暗闇とは違う鮮やかな灰色が地面にあった。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
そっか、神社にいたんだ。神社…
「は!!!」
石畳越しに神社の拝殿の格子の絵が飛び込んできた。
そしてその奥にいるのは神様…ではなく自分の顔がはっきり見えた。
「そこか!!!」
消えてしまわないうちに!この向こうに、この向こうに私が!!
ダンダンダン!
顔こそ消えたが、確かにそこに…
「鈴音がいる!!」
ここからは勢いだった。
右の掌で格子を左から右へなぞり自分の気配を身体で感じた。
良かった。こちらをまだ真っ直ぐ見つめる私が見えた。
私を信じてくれている目が見える。
救わねば、この時を逃してはならない!
意識を集中させ心を研ぎ澄ます。
見えている気がするではなく、そこに存在していることを信じて。
限りなく空気に近い透明な私を意識して。
目を閉じ右手をどこかで知った陰陽師のように、つくり顔の前へと運んだ。
幾度となく修行したかのように体の軸に納まった。この感覚、快感さを覚える。
「蘇りし君、その身ここにあり。そなたの名を言うや返り給え」
『今一度契り合う時、この名に宿すは眩き姿よ』
「ああ、そういう事だ」
ダン!!
ダアーーー!!
格子が勢い良く開き中から風が飛び出してきた。
封じ込めていた春嵐のような狼が光を求め、肉を喰らうようにありったけの脚力で駆け巡る。
生きている火をめらめらと燃やし、影から光へと境内をぐるりと突風の如く泳ぐ、走る、飛び回る!
境内を二、三周すると強張っていた筋肉が緩み、本来の己を確認するように伸びをした。
太陽に照らされる毛並みはこの世のものでは表せない美しさと尊さを醸しだしている。
そして、その獣は鋭い眼光を私に向けた。
「私……なのか」
手をそっと伸ばし触れようとした瞬間…
“チリリーーン”
「はっ!!」
鈴の音と共に、あの花の香り。
嗅覚に気を取られた一瞬の瞬きの間だった。
狼の姿は人間の……いや、私に変わっていた。
「……うそ………」
『やっと、会えた』
「私……私だよね…」
『そうだよ』
「ごめん……今まで…」
『いいよ、鈴音』
「これから私は…どうすれば…」
私は封印していた自分を解き放たなくてはならなかったのは分かっていたが、その目的を知らなかった。
だからいざ私自身を目の前にして、何をすればいいのか微塵も分からない。
『あなたがするべき事、それは人を救う事。その為には二つの知るべき事柄が存在する。一つは誰があなたに助けを求めていか。もう一つはあなたの力は何か』
「うん…」
『手、貸して』
「え…」
恐る恐る伸ばす手を彼女はガッと掴んだ。
「!!」
『信じて、わたしを。お願い…』
「……」
今、信じていないつもりはない。それでも、こんな風に強く懇願するのは、私がまだ信じてもらえてないのだろうか。
「うん…」
『目を閉じて』
「……」
『息を吐いて』
「ハァーーー」
『吸って』
「スゥーーーー」
息を吸うのと同時に胸の辺りが温かくなる。じんわりと日の光を受け取った雲のように優しく、穏やかで潔白な空気が入り込んでくるのを感じた。
その温かさが過去に投げ捨てた本来の私だと、ようやく気づいた。
この何をしても満たされない心の乏しさを満たすように私という命の光を受けとった。
生きていた心地がしなかったんだ…ずっと…ずっと。
そして、この温かさが
「辛い……」
心に染みる温もりと対極に凍てつく涙が頬を流れる。
この差に耐えきれなかったんだ。でももう捨てないでおこう。
この感情はきっと生きていることを私に教えてくれているのだろう。
『大丈夫、大丈夫だから』
聞こえる…私の声…
ゆっくりと身体に温もりが納まっていく。
『ほら、これが魂だよ』
「ふぁっ!」
その言葉にタガが外れた。
「うっ…うわぁーーーー!!!」
自分で自分を殺した罪に急激に襲われ、立っていられなくなった。
こんな事をしていたなんて…!
膝をつき、情熱に燃える心臓を抑え泣いた。
「ごめん……ごめん……!!!」
どうか、この私を許して。
そう言いたくて、それを君に伝えたくて、私は思いっきり泣いたのさ。
「……………」
愛する…どうやって…
私は愛し方を知らないよ…
教えてよ……私に、愛を…
『お願いっ…』
「出来ないよ…どうすればいいのよ…」
『…』
「どうすれば私はッ…私はわたしを好きになれるの!!!」
『…』
「無理だよぉッ…死なせてよ…ッ…」
『…』
「誰にも愛されてこなかった…結局私は…ここに生きてるべきじゃなかったのよ!」
『…』
「戻りたい…私の本当の居場所に。居るべきところに」
『…』
「時々思う、私の本当の居場所はあの空の向こうなんだって。本当の両親は別にいて、今も私の帰りを待っているんだって」
『…』
「ずっと…ずっと生きていることが違和感でしかなかった」
『うん…知ってる。でも…』
「嫌!!!わたしなら受けとめてよ!!これ以上厳しくしないで!!大変だったねって慰めてよっ…。無理しなくていいよって…、言ってよ…わたしなのに…あなたは、わたしなのに…」
『だめよ』
「!!」
『だめ、許さない』
「……どうしてッ……」
『わたしがあなたを一番見放してはいけないの。あなたの夢を、わたしが捨ててはいけないの。信じてあげなくてはならないの』
「そんなっ…死ねないの……?」
『うん』
「いや!!!もういい!!夢なんかいい!!なりたい事も叶えたい事ない!!もう充分よ!!自分がなんなのか分かんない!何のためにこんな気持ちをッ…こんなやさぐれた気持ちを抱えてなくちゃならないの!!!」
『知らないからだよ。あなたも、あの人達も』
「…ウゥッ……」
『あなたが知らないのは教えられてないからでしょ、当然の如くあなたは知らない。ひとつずつ知っていけばいいし、ひとつずつ捨てていけばいい。でも、そろそろ進むべき時に来たのかもしれない。わたしは幾つもの力を持っている。それをまず受け入れてほしい。解き放ってほしい。でないと何も出来ない。誰も救えない。今あなたが救うべきは力を有するこの私。他の誰よりも、あなたは私の存在を飲み込むのよ。身体に、私の全てをあなたの中に』
「あなたの全てを……」
『知りたい、変わりたいという欲求を封じ込めてはいけない』
「どうすれば…」
『私の名前を呼びなさい。鈴音と』
「……」
自分の名前を口にするのはとても嫌いだ。自分の口にした音を自分の耳で聞きたくない。
でも彼女の真っ直ぐな目は私に訴えかけてくる。
その音が私とわたしを繋ぎ合わせる呪文だと言わんばかりに。
「す……すずね……」
『……』
何も起きない。一回で良いのならと気合を入れて言えたのだが。
『もっと』
「すずね……」
『もっと!』
「鈴ね!!」
『もっと!!!』
「鈴音!!」
『心の底から呼んで!!!』
「鈴音ー!!」
『大きな声で!!!!呼んで!!!』
「鈴音ーーーーー!!!!!」
『我が名は鈴音、魂に響け』
「ウゥッ!!!?」
喉が……喉が熱い!!
『天より授かりしこの名に感謝し、今我…』
痛いッ…!!喉が締め付けられるようだ!!
(死ぬ………死ぬ…!!)
ここにきて死にそうな苦しみに襲われるなんて、怖くてならない。
息が……できないッ……!
『蘇らむ』
「うわあっ!!!!はぁっ!はぁっ!はあっ!!」
気管が潰れるギリギリまで抑えられ一気に離されたように、空気が異常な量で肺に流れ込んできた。
呼吸が安定しない。吸えばいいのか吐けばいいのか、もう分からない。
視覚には見慣れた石畳。さっきまでの暗闇とは違う鮮やかな灰色が地面にあった。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
そっか、神社にいたんだ。神社…
「は!!!」
石畳越しに神社の拝殿の格子の絵が飛び込んできた。
そしてその奥にいるのは神様…ではなく自分の顔がはっきり見えた。
「そこか!!!」
消えてしまわないうちに!この向こうに、この向こうに私が!!
ダンダンダン!
顔こそ消えたが、確かにそこに…
「鈴音がいる!!」
ここからは勢いだった。
右の掌で格子を左から右へなぞり自分の気配を身体で感じた。
良かった。こちらをまだ真っ直ぐ見つめる私が見えた。
私を信じてくれている目が見える。
救わねば、この時を逃してはならない!
意識を集中させ心を研ぎ澄ます。
見えている気がするではなく、そこに存在していることを信じて。
限りなく空気に近い透明な私を意識して。
目を閉じ右手をどこかで知った陰陽師のように、つくり顔の前へと運んだ。
幾度となく修行したかのように体の軸に納まった。この感覚、快感さを覚える。
「蘇りし君、その身ここにあり。そなたの名を言うや返り給え」
『今一度契り合う時、この名に宿すは眩き姿よ』
「ああ、そういう事だ」
ダン!!
ダアーーー!!
格子が勢い良く開き中から風が飛び出してきた。
封じ込めていた春嵐のような狼が光を求め、肉を喰らうようにありったけの脚力で駆け巡る。
生きている火をめらめらと燃やし、影から光へと境内をぐるりと突風の如く泳ぐ、走る、飛び回る!
境内を二、三周すると強張っていた筋肉が緩み、本来の己を確認するように伸びをした。
太陽に照らされる毛並みはこの世のものでは表せない美しさと尊さを醸しだしている。
そして、その獣は鋭い眼光を私に向けた。
「私……なのか」
手をそっと伸ばし触れようとした瞬間…
“チリリーーン”
「はっ!!」
鈴の音と共に、あの花の香り。
嗅覚に気を取られた一瞬の瞬きの間だった。
狼の姿は人間の……いや、私に変わっていた。
「……うそ………」
『やっと、会えた』
「私……私だよね…」
『そうだよ』
「ごめん……今まで…」
『いいよ、鈴音』
「これから私は…どうすれば…」
私は封印していた自分を解き放たなくてはならなかったのは分かっていたが、その目的を知らなかった。
だからいざ私自身を目の前にして、何をすればいいのか微塵も分からない。
『あなたがするべき事、それは人を救う事。その為には二つの知るべき事柄が存在する。一つは誰があなたに助けを求めていか。もう一つはあなたの力は何か』
「うん…」
『手、貸して』
「え…」
恐る恐る伸ばす手を彼女はガッと掴んだ。
「!!」
『信じて、わたしを。お願い…』
「……」
今、信じていないつもりはない。それでも、こんな風に強く懇願するのは、私がまだ信じてもらえてないのだろうか。
「うん…」
『目を閉じて』
「……」
『息を吐いて』
「ハァーーー」
『吸って』
「スゥーーーー」
息を吸うのと同時に胸の辺りが温かくなる。じんわりと日の光を受け取った雲のように優しく、穏やかで潔白な空気が入り込んでくるのを感じた。
その温かさが過去に投げ捨てた本来の私だと、ようやく気づいた。
この何をしても満たされない心の乏しさを満たすように私という命の光を受けとった。
生きていた心地がしなかったんだ…ずっと…ずっと。
そして、この温かさが
「辛い……」
心に染みる温もりと対極に凍てつく涙が頬を流れる。
この差に耐えきれなかったんだ。でももう捨てないでおこう。
この感情はきっと生きていることを私に教えてくれているのだろう。
『大丈夫、大丈夫だから』
聞こえる…私の声…
ゆっくりと身体に温もりが納まっていく。
『ほら、これが魂だよ』
「ふぁっ!」
その言葉にタガが外れた。
「うっ…うわぁーーーー!!!」
自分で自分を殺した罪に急激に襲われ、立っていられなくなった。
こんな事をしていたなんて…!
膝をつき、情熱に燃える心臓を抑え泣いた。
「ごめん……ごめん……!!!」
どうか、この私を許して。
そう言いたくて、それを君に伝えたくて、私は思いっきり泣いたのさ。
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