音を知らない鈴

布袋アオイ

#59 良かったって、泣いた

 「すずちゃん、あの夜の事をまだ思い出せない?」

 「あの夜……」

 「まだ全てを思い出せないとしても、少しずつ過去の記憶が蘇ってきてるはず、そうでしょ?」

 この人は私の事を何故かよく知っている。それも私以上に。

 (どうして…分かるの……)

 「でもそれはまだほんの僅か、あなたを作り上げてきた核の部分すらついていない」

 「核の部分……」

 「そう、お父様の力の存在、そして暴力、記憶の消滅、そしてあなた自身の名前の秘密、私の存在、律子さんの正体。これらの過去をもってしてもすずちゃんの真の姿は作り上げられないの」

 「なにを………」



 「ふふ、つまり、記憶を失ってしまったあなたはまだ真の姿ではないということ」



  真の姿………………

 「やひさん…!何を言っているのか私には…」

 (ハッ!?)

 「あら?意外とその記憶はあるのね」

 「…………」

 「私の事はまだ何も思い出せていないのかと思っていたわ。でも確かに私達がここで出会えたのは僅かながらにもずすずちゃんに変化があったから…」

 「私に変化が…?」

 「そうよ、かつてあなたは私の事を夜姫さん、そう呼んでいた」

 「夜姫さん………」

 「どう?あなたなら分かるはずよ、名前の響きで私がどういう人なのか」

 「は…?」

 「といっても真の姿で無い以上無理かもね」

 初めて夜姫さんから挑発的な発言がでてきた。

 それに、心の中ではあるが夜姫さんと素直に音にしてしまったことに驚いた。

 なだらかに流れていく響きに、やはり私はこの名前を幾度となく呼んでいたのだろう。

 感覚がそう言っている。

 (じゃあ、この人なら私の事をよく知っているのか。一体私とどう関わっていたのだろう…)

 (おや……?すずちゃん、どうやら今みたいだね)

 「すずちゃん、やはり今日出会ったことには意味があったみたいね」

 そう言うと夜姫さんは肩にかかった長い髪を手で払い、足早に私に近づいてきた。

 堂々たる姿に言葉が出ない。何の武器も構えていないのにたじろいてしまいそうな程、この人には隙がない。

 3センチほどのヒールが鳴らす足音は神社によく響く。真っ白でチープさのない純白なワンピースがこの人の格を表しているかのようにオーラを纏っている。

 「うおっ!?」

 近づいたかと思うと急に顔を近づけてきて驚いた。

 そして、またこの香り…

 「ん??なーんだ、覚えてるのか」

 「……え…?」

 「はあーあ、すずちゃんが生きることをやめたいのも分からなくはないかな?」

 「………へ?」

 「この香り、覚えてるんでしょ?」





 チリーーン





 「………はぁ…!!」

 『すずちゃん?どうしたの…?』

 『すずちゃん!大丈夫!?』

 『今日も頑張ろ!ね!』

 『そんな!すずちゃん…!』

 「待って……なに………」

 「フフッ」

 『生きるんだ…夜姫…鈴音…』

 『はい!仁さん』

 『はい…』

 「嫌だ………」

 『抱えきれないよ…夜姫さん…』

 『わたし…死に』

 「やめて……やめてっ!」

 『鈴の音と共に…』
 
 『わたしは……』

 『夜を歌え…』

 「私は……!」

 『あなたの名前は…』

 「私は……私は……っ!!」

 『鈴音よ』
 「鈴音……!!」


 「はぁっ!!?………ハァ…ハァ…ハァ……」
 
 「フフッ」

 「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ」

 (今のは………)

 「スゥーーッ…ハァーー…」

 「繋がった…」

 「…え…?……」

 「過去が少し…繋がったわ、おめでとうすずちゃん」

 「なにを……」

 「これもまだあなたが生きてきた十数年のうちのほんの一部、でもそれを思い出す事ができたのよ。あなたの力で」

 「私の力で…?」

 「ええ、さすがだわ」

 確かに、色々な記憶が何かをきっかけに映像として私に飛びついて来た。

 「だけど、まだ全部までは見たくないようね」

 「………私が…止めたのか……」

 「………」

 私は過去を知りたい反面、実はそれを知る事が何よりも怖い。

 過去は私を作り上げてきた材料なのだから。

 落ちこぼれの私にとって、それを自覚させられる過去を知るよりも、偽りでも良いから綺麗な過去でいてほしかった。

 そう…正直言えば一時的に父親のしたことには苛立った。

 けれど、冷静になった時、もしそれが私のためだとしたら?それで救われている自分がいるような気がした。

 知りたくない…その思いのほうが強く私の中にいる。

 「ねぇすずちゃん、私はあなたが自分自身の力に恐れる気持ちも分かる。傷つけたくないあなたの優しさが封印としてあなたを抑え込んでしまっているように見えるの。本当はもう分かっているんじゃないの?あなたの本当の力を」

 「………夜姫さん………」

 「私にはお父様だけの力があなたの力を封じ込めているとは思えないの!」

 声色が変わった。覇気のある声に。

 「あなたの力は確かに強い!それは私よりも、勿論お父様よりも…!だから…あなたはそんなちっぽけな力に負けず自分自身を思い出せるはず…いつだって自分を蘇らせることができるはずよ。でもいつまでも過去を思い出せないのは……」

 「………」

 「あなた自身があなたの力を封じ込めているんじゃないの」

 「………………」

 (夜姫さん…あなたはどうして……)

 「すずちゃん!!このままでいいの!?私は今のまますずちゃんが自分の事を知らないまま時が過ぎていくなんて嫌!私達はこの世に生まれた意味が誰よりも重くたくさんあるの!それも自身の力を正しく使うことが一番の目的で人生を切り開く大きな鍵よ!それをみすみす手放すだけはおろか持っていない事にして己を蔑むのは見るに耐えないわ!!」

 「違う……!私に力なんて…!」

 「まだそう言うの!?あなたに救って欲しい人なんてこの世にどれだけいると思っているの!?」

 「いない!!!聞いたことがない!!そんな使命みたいな逃げれない言い回しをしないで!」

 「すずちゃん……」

 「だめなのよ!今思い出したら壊れてしまうのは目に見えているの!!誰が認めてくれるの!?私の事を!!!誰も認めない!!皆変な子、それで終わるの!そんなの知られてみて?私の居場所はなくなる!!今を生きるためには調和!それしかないの!!!私は私を隠し通す!思い出さない何も!抱えきれない!隠しきれない!!知らないままでいさせて!!!」

 「そんな…!!」

 「生きられないのッ…」

 (あなたなら分かるでしょ…これは個性なんて軽々しいものじゃないの…能力…才能は種類によってはコンプレックスまでいく…それを隠して何が悪い!!どう人生を生きていく!?)

 「分かって…夜姫さん…」

 「すずちゃん…どうして…?生きづらくないの?自分を出せない人生なんて苦しいだけよ!」

 「そうよ!!!!でも力を表に出すことの何倍も辛くはないっ……」

 「………」

 「私はただの人間、誰とも変わらない普通の人よ」

 「だめ!!すずちゃん!!!」

 「私に力なんて無い……」

 「その力を使っては!!!!」

 「普通の女の子……」

 「すずちゃん!!!!!」

 (夜姫さん…ごめんね…)

 「すずちゃん!!!帰ってきて!!」

 (私が生きていくことを願うのなら…止めないで…これが私の答えよ……)

 「全部…」

 忘れるの、何もかも

 「さよなら、私」

 意識が少しずつ遠のいていく。夜姫さんの声も形も曖昧に…そして…見えなく……

 







 それでいいの…

 





 あぁ…







 そうか……







 ばか…またゼロになるというのに





 もう恐れるな…手を伸ばせ……




 助けを求めるんだ……



 お前は…またあの日々を繰り返す…



 それでいいのか……!


 
 自分を偽ることに疲れていたあの自分を…



 また繰り返すのか…!蘇らせるのはその姿か…!


 「あの日々……」



 毎日が灰色がかってなにもかもが死んでいるかのようで、誰も助けてくれなくて、自分を捨てて、過去を捨てて、夜が来て、悲しくなって、朝がきて、怖がって、震え、泣き、わめき、苦しみ、消えてしまう


 「そんな……私は私を捨てるなんて…」

 
 手を伸ばせ!!!!起きるんだ!!!!


 「お前を救えるのはお前であるコトを」

 忘れるな!!!!!!!!


 「はぁっっっ!!!!!」

 ガシッ!!!

 「………ッ………夜姫………さん…………」

 「すずちゃん…………」

 目を開いた時、涙で霞んだ景色に確かに映っていた。

 私がめいいっぱい伸ばした手を、女神のような夜姫さんがしっかり掴んでくれていた、その景色が。

 「おかえり、すずちゃん」

 その笑顔に、私の愚かさを見た上での温かい微笑みに私は泣くしかなかった。

 良かったって安心するしかなかった。





 
 
 
 

 

 

 

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