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音を知らない鈴

布袋アオイ

#53 安心と特別

 あれから一週間たった。テストも終え、また日常が戻ってきた。

 案の定、母と龍也は記憶を失っていた。何も無かったかのように一日一日を過ごしていく。
 
 こうやって今までも記憶を操ってきたのかと思うと父には物凄く腹が立った。

 平気な顔で二人に接する父。私しか父の本性を知らない。

 だが、私も敢えて二人には記憶を操作されている事を伝えなかった。

 今は伝えるべきではない気がした。失っている方が私も動き易い。それに、二人が傷ついてしまうかもしれない。

 二人にとっての日常は操られたもの。いくら何も起こらない平凡な日々が素敵だからといって、特別な一瞬を失うことは許さない。

 平気な顔でやり過ごす父を私は絶対に許さない。許せない。

 「おはよう」

 「お父さんおはよ〜」

 私しか知らないんだ。父の自然な振る舞いに胸の奥でドロドロした物が溢れそうになる。気持ちが悪い。

 よくもこんな顔で……

 「鈴音、おはよう」

 「おはよう」

 私が黙っているのをいい事に父は演技を仕掛けてくる。

 父に笑顔など向けられるものか。 
 
 どうすれば皆を助けられるのだろうか。私では無理なのだろうか。

 あれから毎日神社に行っているが、特に何もピンと来ないし、片岡さんに会うこともできない。

 私は父の正体を知った時真実を知りたいと思った。

 片岡さんの言葉の意味が分かった。

 本当に知りたいって、思ってないのかな。

 それともまだ何か…

 まだまだ教えられないよと言われてるみたいで歯がゆい。

 どうして神様はいつも焦らないのか。私が重傷を負わないために満を持して現実が迎えに来るような感じがする。

 別に私は傷ついたりしない。傷ついたとて問題ないのだ。だから躊躇せずに真実を見せて欲しい。

 片岡さんに会わせて欲しい。

 もう家族の記憶はぐちゃぐちゃだ。何が本当で何が嘘か分かったもんじゃない。

 記憶の糸では真実を織り成すことが出来ないのだ。

 じゃあ、そこに何を足せば真実が出来上がるのだろうか。

 「行くか…」

 私も日常は奪われたくない。

 変わらない毎日の安心も分かる。それを守るために学校へと向かった。

 

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