音を知らない鈴
#50 お父さんはまだ子供だった
あれから父とは目を合わさず、口もきかなかった。
父の不機嫌さは日に日に増し、ある時は激昂して容赦ない言葉が飛散り、またある時は勢いよく家を出ていった。
前までの私なら多少たりとも同情し、全てを父のせいにするなんてことはしなかった。
けれど今はそうはいかない。父がわがままな子供に見えて仕方ないのだ。
欲しいものが貰えず駄々をこねる小さな子供のようで。
家で声を荒げる父に私もそろそろ我慢の限界だった。
人を切り裂こうとするほどの振り切った発生にどれだけ拳を握りしめて耐えたか。
本来なら一瞬の間もいれずに言い返すが、何故かそれが出来なかった。今私が言返せば、父は間違いなく追い込まれるだろう。正気を乱した末に何をするか分からない。だから暫くは黙っていた。
それに、どこかの私が知っていたのだ。私が声を荒げた時、言葉が刃物のように変形し傷つけてしまうことを。
声を荒げる事なんて殆どしてこなかったが、自分の言葉で一度失敗した経験があるかのように、本音をぶつけることに恐怖心があった。
父への汚くて乱暴な言葉は次々と浮かんでくる。でもまだそれを口にしてしまうほど私は追いやられていなかった。
こんな父でも生きていて欲しいと思っていた。
それなのに……
「もう限界だ!!!鈴音!龍也!!」
「なに」
「……」
「お前ら俺のことナメてんだろ?」
「…は?」
「どうせ俺のことなんて馬鹿な人間だと思ってんだろ!?」
「思ってたらなんなの」
「ック!!!そのナメた態度が腹立つんだよ!」
龍也は変わりきった父に開いた口が塞がらなかった。
「アンタ、まるで赤ちゃんだな。口で話会えないのか」
「なに!!!」
「いつも人が話し合おうと前に座るのに、立場が弱くなったらすぐ逃げようとしやがって」
「どこが逃げてるんだ!!」
「そうやって冷静にしゃべれず、立ち上がって上から物を言おうとするところだよ!!何で同じ目線で会話することができないの!?いつまでたっても私達の態度が変わらないのはお父さん自身が私達と向き合う事を途中で放り出すからでしょ!」
「お前らが俺のことを蔑むような目で見てくるからだろ!」
「違う!!!話を中断させてくるからだよ!もう話になんないんだって!言葉にするだけ無駄なんだよ!言葉が通じない動物としゃべってるみたいだ!!!」
「なんだと!!そうやってまた馬鹿にッ………」
「龍也!!俺はお前の事を大切に育ててきた!病院にも連れて行ったし、学費だって俺が払ってる!それを知っての態度か!?」
「え……」
重くドロドロとしたマグマが沸々と熱くなる。粘り気の強い泡が一つ…二つ…
「そんな…僕は…」
「俺のおかげで生きていられてる事を忘れたのか!」
俺のおかげだと…
当然のことながら、コイツは私を捨てようとした過去を思い出し、苛立ちがこれまでにないほどのぼりつめた。
「うるさいなっ……」
こんな汚い音色を聞いたことがない。
「忘れてないけど……」
「じゃあ何でそんな態度なんだ!」
「そんな態度って…?」
「父親を馬鹿扱いして楽しいのか!!」
「だって…」
「お前らは親に感謝することも出来ないのか!!!!!」
「は…」
大きな噴火に音は無かった。
「いい加減にしろよ!!!」
「お姉ちゃん…」
「出てけ…」
「何だと!」
「汚ねぇんだよいちいち……」
「は!?」
心臓から掌まで尋常でないほどの血が流れ込む。抑え込んだ怒りがいつの間にか興奮しないように、心臓から抑え込んでいたようだ。
怒りで体が熱くなる感覚は久しぶりだ。
チリリーン
小さな鈴が高い音を響かせた。
その純粋な響きは怒りに上手く溶け込む。揺さぶられ、かき乱されるきっかけを生み出し、私の心は真っ赤に染まった。
「なんでそんな言い方しか出来ねぇんだ!!龍也がこれだけ頑張って生きているのに!それを…全部俺のおかげだと!!どこまで自分勝手なこと言えば気が済むんよ!!」
チリーン
また鈴の音。
「お前に何が分かる!!大人が必死で働いて子供を育てているか分かって言ってんのか!!」
「よくそんな堂々と子育てしたって言えるな…。恥ずかしくないのかっ!」
「いい加減にしないと追い出すぞ…っ!」
「またそれかよ…それがしつけとでも思ってんのか!?」
しつけ……そういえば…私が小さい時…
真っ暗な過去に淡い光が差し込んだ。
「もしかして………あんたは…」
「クソッ!」
父は目をかたく閉じ両手を組んで人差し指と親指を立てた。この格好はまるで…
「何をする気だ…」
私の声に反応せずなにやらブツブツ唱えている。
「…………」
声が小さくて聞き取れないが不気味な言葉の音がする。
ふと母と龍也を見ると二人とも目を閉じ黙っている。
すると床や壁がゆっくりと歪みだし立っていることがままならない状態になった。
「もしや、呪文でも唱えているのか!?」
父はおどろおどろしい低音を響かせ、自分の世界へと入り込んでいく。
決して力の強い呪いではない。だが、感情による重みのせいで体にのしかかる重力が半端ではない。
定期的に聞こえた鈴の音は消え、見えかけていた過去にまたもや黒いベールがかけられようとしていた。
これは…記憶を…忘れさせようとしているのか…!?
人間にこんな事できるはず無いと今まで言い聞かせて生きてきた。
しかし、その事実を打開する事柄にここ最近で出会っている。
「お父様に記憶を操作させられています…」
片岡さんが言っていたあの言葉。なかなか受け入れられなかった父の正体を、これ以上見過ごす訳にはいかない……!
それに…ここでまた記憶を操作されては、折角の情報が全て消え去ってしまう。もう振り出しに戻るなんてまっぴらだ!
そして何より…片岡さんの事を二度と忘れるなんてしたくない!!!
戦え…!例え…相手が父親であったとしてもっ!!
「いい加減に………」
怒りに支配され家族だろうと容赦なく呪いを唱える父。頭が締め付けられるように痛く
息苦しい。脱力し、思考を相手に任せればきっと龍也達のように眠るように楽なのかもしれないが、それに抗えば抗うほど頭の中の記憶が光のように迸る。
跳ね返り歪み合う思い出が騒がしく慌ただしい。
「やめろや………いい加減に…」
いつこんな術を知ったのだろう…
自分の頭、いや心は何故か戦える態勢を整えていた。今私を動かしているのは、私ではないかのように。
どこかの自分の邪魔をしないようにと奥に潜んで、じっと待っているような感覚だった。
尚不思議なのは奥へと息を潜める自分の姿と、父を真っ直ぐ見つめ構える自分がハッキリと見えること。
じゃあ、今の私は…誰…
外側の私は瞬く間に右手は人差し指と中指を立て自然な動きで顔の前にきた。
右手越しに見える父は目を閉じ、必死で呪文を繰り返している。
ターゲットに標準が合ったその時だった。
時間が止まったかのように音がやみ、たちくらみも頭痛もなくなった。
父の顔がビクとも動かず停止している。
汗をかいてまですることか…
父の額を流れる汗さえも冷静に捉えた。
そして最小限の呼吸で息を吸い、人差し指と中指を父に向け、一滴の頬の汗が落ちる瞬間、右手で横一文字に空気を切った。
チリーーン…
水中で体を揺らすも鳴らなかった鈴が勢いよく飛び出し、息を吸い込むように音を鳴らしたかのように。
再び時が動くように、空気の流れがうかがえた。
ガタン
父は膝から崩れ落ち目を閉じたまま床に倒れた。走り続けようやく止まり倒れ込むかのように疲れきった顔だった。
深い呼吸で眠る父を見て心配する必要はないと判断した。
母と龍也は若干眉をひそめながらも、まだ眠っている。
二人の中で記憶がどうなったのか不安だが、今は確認できないことだということも同時に理解していた。目を覚ました二人を私はどうするべきか、これは未来の私に託すことにした。
家族全員が眠ってしまう中、一人立ち尽くす自分に恐ろしくなったが、それを上回るくらいの快感を感じる。羽を広げられているようなのびのびさを感じるのだ。
静かなリビングで少し考えることにした。
これから何を信じていこう……
父の不機嫌さは日に日に増し、ある時は激昂して容赦ない言葉が飛散り、またある時は勢いよく家を出ていった。
前までの私なら多少たりとも同情し、全てを父のせいにするなんてことはしなかった。
けれど今はそうはいかない。父がわがままな子供に見えて仕方ないのだ。
欲しいものが貰えず駄々をこねる小さな子供のようで。
家で声を荒げる父に私もそろそろ我慢の限界だった。
人を切り裂こうとするほどの振り切った発生にどれだけ拳を握りしめて耐えたか。
本来なら一瞬の間もいれずに言い返すが、何故かそれが出来なかった。今私が言返せば、父は間違いなく追い込まれるだろう。正気を乱した末に何をするか分からない。だから暫くは黙っていた。
それに、どこかの私が知っていたのだ。私が声を荒げた時、言葉が刃物のように変形し傷つけてしまうことを。
声を荒げる事なんて殆どしてこなかったが、自分の言葉で一度失敗した経験があるかのように、本音をぶつけることに恐怖心があった。
父への汚くて乱暴な言葉は次々と浮かんでくる。でもまだそれを口にしてしまうほど私は追いやられていなかった。
こんな父でも生きていて欲しいと思っていた。
それなのに……
「もう限界だ!!!鈴音!龍也!!」
「なに」
「……」
「お前ら俺のことナメてんだろ?」
「…は?」
「どうせ俺のことなんて馬鹿な人間だと思ってんだろ!?」
「思ってたらなんなの」
「ック!!!そのナメた態度が腹立つんだよ!」
龍也は変わりきった父に開いた口が塞がらなかった。
「アンタ、まるで赤ちゃんだな。口で話会えないのか」
「なに!!!」
「いつも人が話し合おうと前に座るのに、立場が弱くなったらすぐ逃げようとしやがって」
「どこが逃げてるんだ!!」
「そうやって冷静にしゃべれず、立ち上がって上から物を言おうとするところだよ!!何で同じ目線で会話することができないの!?いつまでたっても私達の態度が変わらないのはお父さん自身が私達と向き合う事を途中で放り出すからでしょ!」
「お前らが俺のことを蔑むような目で見てくるからだろ!」
「違う!!!話を中断させてくるからだよ!もう話になんないんだって!言葉にするだけ無駄なんだよ!言葉が通じない動物としゃべってるみたいだ!!!」
「なんだと!!そうやってまた馬鹿にッ………」
「龍也!!俺はお前の事を大切に育ててきた!病院にも連れて行ったし、学費だって俺が払ってる!それを知っての態度か!?」
「え……」
重くドロドロとしたマグマが沸々と熱くなる。粘り気の強い泡が一つ…二つ…
「そんな…僕は…」
「俺のおかげで生きていられてる事を忘れたのか!」
俺のおかげだと…
当然のことながら、コイツは私を捨てようとした過去を思い出し、苛立ちがこれまでにないほどのぼりつめた。
「うるさいなっ……」
こんな汚い音色を聞いたことがない。
「忘れてないけど……」
「じゃあ何でそんな態度なんだ!」
「そんな態度って…?」
「父親を馬鹿扱いして楽しいのか!!」
「だって…」
「お前らは親に感謝することも出来ないのか!!!!!」
「は…」
大きな噴火に音は無かった。
「いい加減にしろよ!!!」
「お姉ちゃん…」
「出てけ…」
「何だと!」
「汚ねぇんだよいちいち……」
「は!?」
心臓から掌まで尋常でないほどの血が流れ込む。抑え込んだ怒りがいつの間にか興奮しないように、心臓から抑え込んでいたようだ。
怒りで体が熱くなる感覚は久しぶりだ。
チリリーン
小さな鈴が高い音を響かせた。
その純粋な響きは怒りに上手く溶け込む。揺さぶられ、かき乱されるきっかけを生み出し、私の心は真っ赤に染まった。
「なんでそんな言い方しか出来ねぇんだ!!龍也がこれだけ頑張って生きているのに!それを…全部俺のおかげだと!!どこまで自分勝手なこと言えば気が済むんよ!!」
チリーン
また鈴の音。
「お前に何が分かる!!大人が必死で働いて子供を育てているか分かって言ってんのか!!」
「よくそんな堂々と子育てしたって言えるな…。恥ずかしくないのかっ!」
「いい加減にしないと追い出すぞ…っ!」
「またそれかよ…それがしつけとでも思ってんのか!?」
しつけ……そういえば…私が小さい時…
真っ暗な過去に淡い光が差し込んだ。
「もしかして………あんたは…」
「クソッ!」
父は目をかたく閉じ両手を組んで人差し指と親指を立てた。この格好はまるで…
「何をする気だ…」
私の声に反応せずなにやらブツブツ唱えている。
「…………」
声が小さくて聞き取れないが不気味な言葉の音がする。
ふと母と龍也を見ると二人とも目を閉じ黙っている。
すると床や壁がゆっくりと歪みだし立っていることがままならない状態になった。
「もしや、呪文でも唱えているのか!?」
父はおどろおどろしい低音を響かせ、自分の世界へと入り込んでいく。
決して力の強い呪いではない。だが、感情による重みのせいで体にのしかかる重力が半端ではない。
定期的に聞こえた鈴の音は消え、見えかけていた過去にまたもや黒いベールがかけられようとしていた。
これは…記憶を…忘れさせようとしているのか…!?
人間にこんな事できるはず無いと今まで言い聞かせて生きてきた。
しかし、その事実を打開する事柄にここ最近で出会っている。
「お父様に記憶を操作させられています…」
片岡さんが言っていたあの言葉。なかなか受け入れられなかった父の正体を、これ以上見過ごす訳にはいかない……!
それに…ここでまた記憶を操作されては、折角の情報が全て消え去ってしまう。もう振り出しに戻るなんてまっぴらだ!
そして何より…片岡さんの事を二度と忘れるなんてしたくない!!!
戦え…!例え…相手が父親であったとしてもっ!!
「いい加減に………」
怒りに支配され家族だろうと容赦なく呪いを唱える父。頭が締め付けられるように痛く
息苦しい。脱力し、思考を相手に任せればきっと龍也達のように眠るように楽なのかもしれないが、それに抗えば抗うほど頭の中の記憶が光のように迸る。
跳ね返り歪み合う思い出が騒がしく慌ただしい。
「やめろや………いい加減に…」
いつこんな術を知ったのだろう…
自分の頭、いや心は何故か戦える態勢を整えていた。今私を動かしているのは、私ではないかのように。
どこかの自分の邪魔をしないようにと奥に潜んで、じっと待っているような感覚だった。
尚不思議なのは奥へと息を潜める自分の姿と、父を真っ直ぐ見つめ構える自分がハッキリと見えること。
じゃあ、今の私は…誰…
外側の私は瞬く間に右手は人差し指と中指を立て自然な動きで顔の前にきた。
右手越しに見える父は目を閉じ、必死で呪文を繰り返している。
ターゲットに標準が合ったその時だった。
時間が止まったかのように音がやみ、たちくらみも頭痛もなくなった。
父の顔がビクとも動かず停止している。
汗をかいてまですることか…
父の額を流れる汗さえも冷静に捉えた。
そして最小限の呼吸で息を吸い、人差し指と中指を父に向け、一滴の頬の汗が落ちる瞬間、右手で横一文字に空気を切った。
チリーーン…
水中で体を揺らすも鳴らなかった鈴が勢いよく飛び出し、息を吸い込むように音を鳴らしたかのように。
再び時が動くように、空気の流れがうかがえた。
ガタン
父は膝から崩れ落ち目を閉じたまま床に倒れた。走り続けようやく止まり倒れ込むかのように疲れきった顔だった。
深い呼吸で眠る父を見て心配する必要はないと判断した。
母と龍也は若干眉をひそめながらも、まだ眠っている。
二人の中で記憶がどうなったのか不安だが、今は確認できないことだということも同時に理解していた。目を覚ました二人を私はどうするべきか、これは未来の私に託すことにした。
家族全員が眠ってしまう中、一人立ち尽くす自分に恐ろしくなったが、それを上回るくらいの快感を感じる。羽を広げられているようなのびのびさを感じるのだ。
静かなリビングで少し考えることにした。
これから何を信じていこう……
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