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音を知らない鈴

布袋アオイ

#46 再会

 「ごめんね、私の話聞かせちゃって」

 「え?なんで謝るんですか」

 「すずちゃんが色々抱え込んでるのに私の辛かった話をしたから」

 「そんな…」

 「すずちゃんは優しいから、私の事何とかしなきゃって思ったでしょ?」

 「え…!?」

 「すずちゃんは本当に凄い子だなぁ」

 「いや……」
 
 どうして私が片岡さんを助けてあげたいと思ったことがバレたのだろう。

 会って間もないのに、私の思考を読む方がよっぽど凄い。

 そして、怖い。

 「何でそう思ったんですか…」
 
 「ん?」

 「片岡さんって…」

 何者だと聞こうとした時、背後から足音がした。

 「こんにちは」

 声を聞いた瞬間、体中に寒気が走った。

 血流がピタッととまった気がした。

 まるで心臓を握り潰されてしまったかのようだった。

 声を聞いただけで凍える程のオーラを感じるなんて、どんな人だと思ったが、

 怖くて振り向く事が出来ない。

 だが、次第に足音は近づいてきている。

 「こんにちは」

 明らかにこちらに挨拶をしているのだろうと分かった。

 しかし、何となく見てはいけない何かが近くに…ドンドン近くに来ている感覚だ。

 どうすればいい…。

 今すぐここから離れたい。

 走って逃げ去りたい!

 それなのに…足が…動かないっ!!

 焦りに焦り手が震えだしてきた。

 心臓がザワザワする。

 細胞全てが恐怖にかき乱され十何年と繰り返してきた機能をデータから何から失い、暴れまわる。

 各々の混乱についていけず、意識が遠のきそうになった。

 その時、「すずちゃん」ポンと肩を優しく叩かれた。

 初めてこの人から優しい衝撃を受けた。

 だが、不思議なことに今までで一番感覚が肩に残る。

 腕をあれだけ強く握られた時は、気付けば何ともないくらい痛くも痒くもなかったのに、逆に今はずっと指先の感覚まで肩に感じる。

 もしかすると手型でもついているのでは無いかと思うほど。

 「お久し振りです」

 「へ…………?」

 まさか、片岡さんの……知り合い………

 「久し振り、元気だったかい」

 「はい、おかげさまで」

 「そうか、良かった」

 「ありがとうございます」

 誰と話しているのか分からなくなったが、片岡さんの声がさっきよりも低く、落ち着いていた。

 声のトーンから目上の人だと言うことは分かった。

 ずっと背中を向けるのは失礼だと頭では分かっていながらも、どうしても振り向きたくない自分がいる。

 「…………」

 「夜姫…」

 「…」

 「お父様の力が働いているようです」

 片岡さんは大胆な話の切り口方をした。

 立っている片岡さんの顔をそっと見上げた。

 どんな顔をしているのだろう。

 「…」

 真っ直ぐ目の前の女性を見つめている。

 とんでもない意志を感じた。

 まるで戦国時代を生き抜く女武将のような、熱い情熱が空気のように流れ込んでいる。

 「………」

 あまりのギャップに声がでない。

 「そうか…」

 そう返事を女性がすると、再びこちらに近づく音がした。

 更に距離が近くなる。

 5メートル、3メートル、2メートル…

 そして…嫌だ…来ないでっ……!!



 チリリリーン



 甲高い鈴の音がした。

 「こちらを見なさい」

 自己防衛心が封印されたのか、意思とは裏腹に体が女性の方へと向いた。

 「は………!」

 「久し振りだね」

 ようやく目にした女性はシワひとつないパンツスーツを着こなし、男性のように刈り上げたオレンジに近い茶色い髪をしていた。

 やや細めのつり上がった目が冷たく、鋭い。

 細い針で両目を刺されたかのようにその人から目が離せなかった。

 「まだ思い出さないのか」

 「待ってください!すずちゃんは」

 片岡さんの女性を止めにかかる声が聞こえた。

 「もう時間が無い、いつまで待たせる」
 
 「しかし!記憶が色々操作されているんです!!」

 「私がリセットさせよう」

 女性の手が私のおでこに近づいてくる。

 心臓はまた脈拍をあげバクバクいっている。

 そう…逃げてと言わんばかりに…

 だが…動けないのだ!

 「待って!!壊れてしまう!!」

 片岡さんの声が遠く聞こえる。

 あれ…離れたのかな…片岡さん……

 今はこの女性と私だけのような気がした。

 「にげ……られない……」

 片岡さん、心臓、細胞…あらゆるものの叫びを聞きながら目を閉じ、全てを諦めた。
 
 終わりだ…そう思った。

 「ごめんね…わたし……」

 視界は光のない暗闇になった。







 まだだ……っ!!






 「!!!」

 『さぁ、思い出せっ』






 『まだ…まだだめだ!!!』





 ガシッ

 遠い意識の中で獲物を掴んだ気がした。

 何も見えないが、大物をこの手で捉えたようだった。

 「…ッ!?何!?」

 「すずちゃん!!」

 「触るな…」
 
 「どうしたっ…!」

 「まだだめなんだよっ…」

 「なに…!?」

 「ここで思い出したら分かんなくなるだろうが…」

 「お前ッ…」

 「好き勝手いじってくんじゃねぇ」

 「クッ……」

 「すずちゃん……」

 「……分かった、手を離せ」

 女性の手首にジワジワと真っ赤な痕が浮かび上がってきた。

 「……こんな力が…」

 女性は自分の手首を見て眉をひそめた。

 「フッ、さすがだな。また日を改める。お前は私の子だ」

 視界は靄がかかって全く人影を見ることは出来ないが、自己中心的音がした。

 「なんだとっ…」

 全身に苛立ちが湧き上がったが、グッと堪えて睨み返した。

 「忘れるな、お前の名は鈴音だ!」

 「何!?」

 何で、私の名前を…!

 「夜姫、また来る」

 「律子さん……」

 は…!!!りつ……こ……!!!

 この名前は、まさか!!

 「ちょっ…待っ!!!」

 「すずちゃん!危ない!!」

 真っ白な視界の中に片岡さんがバッと私の前に飛び出てきた。

 「片岡さん!?」

 「下がって!!!」

 片岡さんが私を守るように肩を掴んだ。

 何がなんだかさっぱりで棒のように立ち尽くしているとカタカタと音が鳴り出し、地面の石がひとりでに転がっていく。

 すると、足下に砂ぼこりが立ち始める。

 「下から…風が…!」

 次の瞬間、静かだった木の葉が激しい音をたてて揺らぎだした。

 恐ろしいほどグチャグチャな音が込上がってくる!

 自分を見失ってしまうような騒がしさだ。

 「鈴音、夜姫…また会おう」

 女性の方を片岡さんごしに見た。

 すると両手をあげ後ろを向き、砂ぼこりの壁へと歩いていった。

 もの凄い風が境内を乱暴に駆け巡り、私達を攻撃しているかのように分厚い塊として襲いかかってきた。

 「うわぁ!!」

 ぶっ飛ばされそうで命の危険を感じた。

 風が通り過ぎていく間片岡さんは強く私を抱きしめてくれた。  

 息もできない程の暴風が私達二人を取り囲む。

 思わず目を閉じ、お互い歯を食いしばりながら風がおさまるまでしがみついた。

 すると、暴れ馬のような風は何枚もの木の葉をむしり取って通り過ぎていった。

 目を開けると、もう女性の姿は消えていた。

 いつもの穏やかな風が吹き始めた。

 「大丈夫…?すずちゃん」

 心配気な目で片岡さんは私の顔を見た。

 「は……はい」

 「……本当?」

 「はい、片岡さんは」

 「私は大丈夫よ!ありがとう」

 「良かったぁ…」

 「すずちゃん、よく頑張ったね」

 そう言って頭をポンと撫でてくれた。

 泣いてしまいそうだった。

 「今日のことは気にしないで、家に帰った方がいいよ。疲れたでしょ?」

 確かに何が起こったか分からないし、今は疲労で考える事もできない。

 「はい」

 素直に聞いて家に帰ることにした。

 「ありがとうございます、片岡さん」

 「ううん」

 別れるのを惜しみながらも私は片岡さんの手から離れた。

 久し振りに人に助けられ支えてくれた為に、そこから離れることが寂しくてたまらなくなった。

 「片岡さん…」
 
 「ん?」

 キラキラとガラス玉の様な透き通った目が首を傾けると同時に七色の光を取り込んだ。

 どうしてそんなに輝いていられるのかさっぱり分からない。

 毛先の細い髪の毛は もう向こう側が透視できてしまいそうで、片岡さんは私なんかには見えなくなってしまうような…

 「片岡さん」

 片岡さんは何も言わず、私を真っ直ぐ見た。

 どんな言葉が出てくるか一言一句聞き逃さないように待ってくれているようだった。

 「また、会えますか」

 聞きたい事は山ほどある。

 今ならどんな話も聞いてくれそうな雰囲気なのに…

 その一言しか出せなかった。

 心なしか片岡さんの肩の力が抜けたように思えた。

 「会えるよ。ここに来れば私達は何度だって会える」

 「何度だって…」

 「そう、何度だって」

 囁く程度の声だったが、どこまでも響いた音だった。

 「すずちゃん…」 

 名前を呼ばれた時、喜怒哀楽のどこにも属さない感情の存在を知った。

 そして片岡さんはその感情が見えたのか、
心の一番熱くなっている所に手をかざしてきた。 

 「あなたは永遠、私も永遠」

 「永……遠…………」

 「すずちゃん、私達は生きなくてはならない。戦わなくてはならない。そして知らなくてはならない。今度会った時、私が知っている事をすずちゃんが聞きたいのなら話すわ。
でもそれはすずちゃん自身が知りたいと心から言えるのならね。さっきのお父様のお話のように知りたくない事を聞かされるのは、荒波のような横暴さに飲み込まれてしまう。それはあまりにも苦しいから」

 「私、知りたいです…いつなら会えますか!」

 この嘘なのか本当なのか分からない人生を
少しでも明らかにしていきたい。

 すると、片岡さんは私を見てフフフと笑った。

 「まだよ、すずちゃんはまだ知りたくないはず」

 「どうして!!」

 「言ってたよ、律子さんに。まだ思い出したくないって」

 「え…」

 咄嗟に言ったのだろう。

 覚えていない。

 「心があの夜を思い出した時、私達はまた会える。口約束では本当の意味で出会う事が出来ないの。お互い頑張りましょ」

 どの言葉もピンとこなかった。

 「分かりました」

 そうとしか言えなかった。

 そして片岡さんは素敵な笑顔で私を見送ってくれた。

 私は疲れきった顔を下げ、片岡さんにお辞儀をした。





































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