音を知らない鈴

布袋アオイ

#44 私は違う

 「こっちにおいで」

 「………」

 もう向かうしかなかった。

 足は、光る糸へ真っ直ぐ歩いた。

 「うぅ…っ」

 目の奥ではなく涙腺が熱くなる。

 私が持っている悲しみが既に涙へと変わっていた。

 「おいで、すずちゃん」

 片岡さんは両手を開いて私が来るまで待ってくれた。

 決してふらつく私にかけ寄らず、じっと手を伸ばしていてくれた。

 こんな人今まで居ただろうか。

 細い糸が、この中で一番の輝きを放ち何よりも強さを感じた。

 その糸にすがる思いで、助けてくれそうで。

 私の左手は不安と希望をのせて糸まで伸ばした。

 お互いのめいっぱい伸ばした指先が触れそうになった瞬間、
 
 「よしっ、掴んだ」

 糸は、希望の糸は消えることなく私を絡めとってくれた。

 「片岡さん……」

 温かい……。

 片岡さんは私をぎゅっと抱きしめてくれた。

 よく頑張ったね、そう励ましてくれているかのように。

 また、あの日の香りがする。

 初めて会った日もこの香りに癒され、立ち止まった。

 「懐かしい……」

 口が勝手にそう言った。
 
 二度しか会っていないのに、自分の不意に出た言葉が大袈裟だと思った。

 しかしこの香りがすると頭がボンヤリするのだ。

 だからもう右も左も分からない私にそんな小さな呟きの事など考えていられない。

 やっと、会えたのだから。

 「泣いていい、私しかいないから」

 「ううっ……」

 優しい…優しすぎる…

 いつぶりに人前で泣いただろうか。

 それも胸の中で。

 あまりにも久し振りで、声を出して泣けなくなっていた。

 誰にも気付かれないように声を押し殺して泣いてきたせいで、素直に涙を流す事が

 出来なくなっていた。

 「ゆっくりでいいから、ここで何があったのか教えて」

 「……うぅっ……」

 この人に話して、果たして受け止めてくれるのだろうか。

 他人の不幸な話なんて誰も聞きたいと思わない。

 最初は弱っている者を助けたいという正義感に人は酔う。

 しかし自分の中にまだ浄化されていない不幸があるとそれと比べだす。

 不幸だった記憶を糧とする騎士は己の力ではなく、戦いの末手に入れた糧で争うのだ。

 その糧こそ、プライドを象徴する。

 人を殺める剣でない分、捨てるに捨てきれない。

 普通の人はそれでいいのだ。

 それでも話続けられるのだ。

 でも私には分かる。

 目を見れば、この人が聞いてるか聞いてないかなんて。

 そして、大半の人は希望を幻想に変えて去っていく。

 これ…辛いんですよ。

 「言えない……」

 「ゆっくりでいいから」

 「どうせ、私の悩んでる事なんて」

 「どうせなんかじゃない。大事な事なの」

 「皆、人の不幸なんて聞きたくないよ」

 「私は違うよ、すずちゃん」

 「……」

 「私は違う。もう放っておかないから」

 「………もう……」

 「抱え込むなんてしないで、言葉にするの」

 「こと……ば………」

 「そう。例えそれが」

 片岡さんが強く抱きしめてくれた。

 「怖かったとしても」

 プツンと切れる音がした。

 その瞬間木の葉が揺れ、遠くの雲の隙間から光が差し込んだ。

 心……よりも遥かに遠い私がまたちらりと見えた。

 ただ、立ち尽くしている私。

 風で髪は揺らぐのに顔は見えなかった。

 「かた……おか…さん………」

 この気持ちは、一体…。

 唯一流れ込む感覚は自分の心臓の鼓動だけだった。

 今時間の流れは正常なのだろうか。

 目は一瞬も閉じる事が出来なかった。











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