音を知らない鈴

布袋アオイ

#40 お父さんと散歩

 シャンシャンシャン

 遠くから鈴の音が聞こえる…

 いつだったかこの音をずっと聞いていた気がする。

 懐かしい音、懐かしいリズム。

 鈴の音は不思議なもので、揺らし方で幾通りもの響き方をする。

 更に不思議な事に、音で鈴の内側と外側が
当たる角度も、例え見えなくても想像できる。

 この聞こえてくる音も、見えないはずの鈴が視覚ではないどこかで形を捉えている。

 最初に数回、床に並行した揺れで音が鳴り、その後に角度を変えて、揺れる音が十数回鳴る。

 これは…………

 舞いだろうか……

 鈴という純粋な音だけが数回の真っ直ぐな音と、十数回の複雑な音を交互に永遠と繰り返し聞こえる。

 「………」

 ん?しだいに鈴以外の音が僅かだが聞こえてくる。

 「………」

 これは…人の声…

 「……もういい……」

 「………はい……」

 二人?男と女の声がする。

 二人の声が聞こえた後、鈴の音はピタッと止まった。

 「………鈴、この世で生きていけるか」

 すず……?

 「………」

 「居場所を見失っては……無いか…」

 「………この世に…ジンさんがあると仰るのなら…私は信じます……」

 誰かが会話しているのだろうか。

 「……私はお前を信じている…だが、それが苦しいのなら……いつだって、お前をこちらに引き戻す」

 「……」

 「だから…無理はするな…」

 「……ありがとう…ございます……」

 「あぁ、今日はこの辺にしておこう。ご苦労だったな」

 「はっ…」






 ピピピピピピ

 「アラーム……?え…?」

 目を開け、自分の体の感覚が戻ったかと思うと部屋の床でどうやら眠っていたらしい。

 時計は既に一時限目の始まりの時間まで進んでいた。

 「……やば!!」

 急いで着替えて階段を駆け下りた。

 「行ってき……」

 「おはよう、すず」

「お父さん…」

 いつもなら私と同時くらいに仕事に行くのに、今日はリビングにゆっくり座っている。

 「……」

 「今日、学校休まないか」

 「え…」

 「ついてきてほしい場所があるんだ」

 「でも…もうすぐテストが…」

 チラッと母親の方を見ると、行っておいでと言わんばかりの優しい顔をしていた。

 昨日、あれ程声を荒げて怒ったのに、二人からは優しさが伝わってきた。

 余計に自分がみすぼらしく思える。

 まるで小さな赤ん坊をあやすかのような

 眼差しだ…。

 「分かった…」

 「そうか、すまないな。ご飯食べて準備ができたら言ってくれ」

 「はい…」

 「ゆっくりでいいからね」

 「うん、ありがとう。お母さん」

 我が家の定番の朝ごはんである雑炊をゆっくり、色々考えながら食べていった。

 (どうしても今日じゃダメなのだろうか。

  学校を休むなんてよっぽどでないと許してくれないような父なのに。会社まで休んで一体どこにいくんだ…)

 カチン

 気付けばもうお椀の底が見えていた。

 「はぁ…」

 考えてもしょうがない。

 父親の言動としては今までに無い意例の事態だ。

 頭を動かすだけ無駄だった。

 「ごちそうさまでした」

 「はい」

 「お父さん、行けるよ」

 「よし、じゃあ行こう!」

 なんでテンションが上がっているんだ。

 本当にいつも何を考えているのかさっぱり分からない。

 というよりは余りに単純で直ぐに分かってしまうから、探り探りいくのがアホ臭い。

 「すぐそこだから、手ぶらでいいよ」

 「……」

 段々腹が立ってきた。

 こっちは行かなくてはならない学校を休んでいるというのに、言葉が軽々しく聞こえる。

 「先に出てるよ」

 「うん」
 
 父親は先に玄関の外に出ていった。

 「はぁぁーーー!」

 大分大きな溜め息をついた。

 (振り回されてんな…)

 私の意思が弱いのだろうか。

 だから人に振り回されてしまうのだろうか。

 それも家族という一番身近な人達にもそう思われているのかと思うと、これ以上外側の世界で生きていける自信がない。

 ローファーを履く為前かがみになり、同時に情けない気分でカクンと首が折れた。

 「すず!」

 「ん?何お母さん」

 丸まった背中に母親は優しく手を置いた。

 「生きて…」

 一言そう言って、私の背中を大きくさすった。

 「すずは、頑張ってるって分かってるから」

 「え………」

 どうして急に。

 どちらかと言えば厳しく育てられた方だ。

 強くなれ、そう言われてきたのに。

 母親はじっと私を見つめてくる。

 どこか溝を感じる母親、本当に私はお母さんの子供なのかと不安になるが、今は体にめぐる血の中に光る粒のようなものを感じ、母親の手に引き寄せられるように背中へと流れていく。

 自分で守れない背中が熱く小さくなっていく。

 お母さんって泣きじゃくりたい。

 成長…してないのだろうか…

 「行ってきます」

 私はもう高校生だ。

 この場を自分で切り離すしかないと思った。

 母親を傷付けないように、笑って立ち上がり背中と手を遠ざけた。

 (これは甘えになるから)

 「行ってらっしゃい」

 見送る母親にドアが閉まるまで笑顔を向けた。




 「行くか」

 「うん」



 天気は曇、灰色く土の香りがする外をスズメは泳がないでいた。

 この瞬間を幸せと見上げる人などいるのだろうか。



















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