音を知らない鈴

布袋アオイ

#38 実力

 「ただいまー」

 父が帰ってきた。

 「お帰りなさい」

 優しく母はそう言った。

 父は暫く黙り、この場の状況を察した。

 「うん、着替えてくる」

 「……」

 相変わらず龍也は下を向いている。

 (もしかして、私だけが何も分かっていないの)

 紅茶の香りが広がったリビングは、帰宅した私を幸せに包んでくれたのに、今は甘ったるい胸焼けがするような香りへと変わってしまった。

 私も龍也もあれから一口も紅茶を飲んでいない。

 「ふぅー」

 こんな重たい空気の中、母はゆっくりと熱い紅茶を口にした。

 カチャ

 点を打つような音が一回、二回と鳴り、それ以外は何の音も聞こえなかった。

 父が着替えを済ませ再びリビングに来た。

 椅子を引き掌の私が少しだけ歪んだ。

 父が座るのと同時に母は立ち上がり、父の紅茶を準備した。

 「何の話をしてたんだ」

 父も又、重たい声で話しだした。

 「……」

 何と答えていいか分からず、ずっと自分を見つめていた。

 (あ…龍也もこんな気持ちだったんだね)
 
 ようやく龍也が黙っている理由が分かった。

 「はい」

 「ありがとう」

 全員の前に紅茶が用意された。

 「鈴音にこらから律子さんの話をするところだったの」

 「……そうか。じゃあ俺から話そう。鈴音、お前にずっと言えなかった事があったんだ」

 「……」

 「聞いてくれるか」

 「………なに」

 「お前の名付け親が俺達で無いことは知っているか」

 「うん、小学生の時にお母さんから聞いた記憶がある」

 「じゃあ、誰が付けてくれたかは」

 「確か……おじいちゃん」

 「そうだ。お前を見た瞬間、鈴音と浮かんだそうだ」

 「……」

 「俺もお母さんも鈴音という名前は大賛成だった。良い名前だと思って今も鈴音と呼んでいる。」

 「………」

 どういう反応をすればいいか分からなかった。

 これは褒められているのだろうか、それとも慰められているのだろうか。

 「どうしておじいちゃんに付けられたのかと疑問に思っていたのではないか」
 
 「そりゃ、勿論」

 「実は俺の実家はあそこの神社だったんだ」

 「え…?」

 「親父はそこの神主でいつもあの神社で神職をし、俺を育ててくれた。そのせいか、親父は自分に霊力が備わっているとよく言っていた。必ず大した程ではないがと謙遜していたが、確かに直感めいたものは冴えていたんだ。その親父がお前を見て霊力を持ち合わせていると言いだした」

 「…霊力…?」

 何の事だろうか。

 「心当たりはあるか」

 「全く…何を言っているのか分からない」

 「うん…そうだな。だが、親父はお前の力を期待していた。そして、石国律子という人もだ」

 「律子…」

 「そうだ、親父の知り合いだったらしい。
その人も神職をされてる方だった」

 「……」
 
 「つまり霊能力者というやつだ」

 「霊能力者…?」

 「その二人がお前に霊力があると言ってきた。俺達には信じきれない言葉をツラツラと並べて、私達にお前を譲れと脅してきたんだ」

 「……」

 今聞かされているのは何の話なんだ。

 自分ごととは思えない話が右から左へ流れていく。

 何だろう……

 その話を聞いた途端ぼんやりと父親の後ろに人影を感じる。

 見えているのか…

 これが…霊力ってことか……

 情報が多すぎて頭で何も考えられない。

 視覚には人影、聴覚には霊力という言葉、嗅覚には甘い香り。この空間が一瞬歪んで見えた。

 聞こえはしないが、明らかに身体が悲鳴をあげている。

 「律子さんはお前を見てこう言ったんだ」

 やめて………それ以上…

 受け入れられないっ…………

 「鈴音の霊力を無駄にしない為には私達の力が必要だと」

 パリン!!

 何かが割れる音と共に人影は黒い霧のように散らばった。

 身体がガタガタと震えてくる。

 「鈴音…?どうしたの!?」

 母親の心配そうな顔が薄っすら見える。

 だがそれが母親であるかは、目では判断出来ないくらいボヤケていた。

 「待って……聞けない……」

 「鈴音…」

 「無理……無理!!やめて!!!」

 「どうしたんだ!」

 「律子………」

 まただ。

 どこかの私が泣きじゃくっている。

 怯えている。

 耳を塞いでいる。

 聞きたくないんだね…私……

 「お父さん、聞けない…」

 「お姉ちゃん…」

 「だが、お前を守る為には…律子さんの事を話しておくべきだと…」

 「いや!!!!!」

 「鈴音……!」

 「いや…いやっ!言わないで!!!」

 「だがこのままではお前は!」

 「やだ!!いやーーっ!」

 「直彦さん!!止めて!!」

 私の異常に気付いた母親が父親を止めた。

 その名前を言わないで…!

 律子……律子………

 怖い……

 急にその名前が怖い

 「ハァッ!?」

 さっきの人影は!!

 霧のように消えた人影が気になった。

 さっと父親の方を見ると

 「………これは…………」

 父親の首の辺りに大きく渦巻いた黒い靄が見える。

 呪いか…!?

 何故だが直感でそう思った。

 どうすればいい…!

 何なのこれ!!!

 「お父さん……!」

 靄は次第に首まとわりつく様に円を小さくしていった。

 ダメ!!!

 「すず……!?」




 ガタン

 「喋るな」





 思わず立ち上がり父親の口の前に左の掌を向け、右手で………










 「鈴音……」
 
 「ハッ!!!」

 我に返ったとき

 私の目の前の手に驚いた。

 よくアニメやドラマで目にする……

 人差し指と中指を立てた右手が私の顔の前にできていた。

 「………」

 誰もがその姿を見て開いた口が塞がらず、
声が出なかった。

 今私…どんな風に見えているのだろうか…

 分からないけど暗闇の一人の私が一瞬だけ見えた。

 その姿はまるで

 巫女…

 そして、瞳に光は無かった。















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