音を知らない鈴

布袋アオイ

#20 やひ

 「確かに!自己紹介してなかったね!!」

 「うん…」

 「私の名前はかたおかやひ」

 「片岡…やひ?」

 「や・ひ」

 (ヤ……ヒ……?)

 外国語?カタカナ?

 「変な名前でしょ?」

 すると彼女は近くの枝を取って地面に字を書いた。

 ゛夜姫゛

 「こう書いてやひって読むの」

 「え?」

 何とも不思議な名前だ。

 この人の不思議さは名前からも伺える。

 「あなたは?」

 枝を渡された。

 変わった名前では無いが、書けということらしい。

 ゛楠鈴音゛

 普通の名前を書いた。

 改めて見ると、私じゃ無いかのような名前だ。

 「え…もしかして、すずねって読む?」

 そうとしかないだろう。

 「はい、普通です」

 「いい名前!可愛らしい」

 「そうですか…」

 「あんまり好きじゃないの?」

 「……いや、名前には何の感情も湧きません」

 「そう、まあ普通はそうよね?」

 「…?」

 「あ、何でも無いよ」

 そうだろうか。

 私には意味深に聞こえた。

 彼女の目が鳥居から更に向こうを見ているようだった。

 「あのさ、すずちゃんって呼んでもいいかな?」

 「…はい」

 今日しか会わないかもしれないのに。

 「私は何て呼んだら」

 「何でもいいよ?」

 「じゃあ片岡さん」

 「えー!苗字!?」

 「え…?」

 (何でも良くなかったんかい)

 「それなら夜姫の方がいいなぁ」

 (ちょっぴりワガママなのだろうか?)

 「良いんですか?」

 「もちろん!」

 「………でも年上なのに下の名前で呼ぶのは
ちょっと…」

 「気にしなくていいのに。私がそう呼んで欲しいのよ?」

 そう言われても…

 なんせ今日が初対面だというのに。

 「ま、いいよ!いつか絶対名前で読んでね!」

 「え…」

 どうしてそんなに名前で呼ばれたいのか。

 よく分からなかった。

 「宜しくね!すずちゃん」

 「はい…」

 宜しくだなんて、これから付き合いがあるみたいな。

 「すずちゃん、ここにはよく来るの?」

 「いえ、たまにしか」

 「ふーん」

 「片岡さんはよく来るんですか?」 

 「ううん、私もたまーに」

 「そうなんですか」

 穏やかな時間が流れてく。

 「ねぇ、すずちゃんって小さい時ここに住んでた?」

 「…………………」

 はい?ここって神社ですけど?

 ほんっとうに不思議ちゃんだ。

 見た感じ年上だけど、

 結構なトンチンカンさんなのでは?

 「住む?」

 「……そんな訳ないか!」

 「はい…」

 どうやら変な質問であった自覚はあるらしい。

 「どうしてですか?」

 「いや、あのね?私の祖父が昔、ここの神主さんと仲が良かったの。よくここに連れてこられて、祖父と神主さんのお話聞いてたんだけど、すずちゃんと同じ名前の子がいたような…」

 「ここ、神主さんいたんですか?」

 「そうそう、でも十年くらい前に亡くなったらしくて」

 「そうだったんですか」

 「あ、知らない?」

 「はい、ここに神主さんがいたなんて初めて知りました」

 「やっぱり違うか、てっきり同じ名前だからあの時のすずちゃんだと思ったんだけどな〜」

 「ごめんなさい」

 「謝らないで!こちらこそごめんね!名前聞いて思い出したから気になって聞いちゃった」

 申し訳無いが私は1キロ程離れた家に生まれた時から住んでいる。

 引っ越したことは一度も無い。

 ましてや神社何かに住んではいない。

 住んでいたらいくら何でも覚えている。

 覚えていないくらい小さかったにしてもそんな面白い話、両親から聞くはずだ。

 ピコ!

 私のスマホが鳴った。

 「あ…」

 《お姉ちゃん、ご飯できたってどこにいるの?》

 龍也からだ。

 時計を見るともう直ぐ13時だ。

 1時間も夜姫さんと話していたなんて。

 「ごめんなさい、帰らないと」

 「あ!そうよね!ごめんね、長い間引き止めちゃって」

 「いえ、全然」

 「気を付けてね!」

 「はい、ありがとうございます」

 お辞儀をして鳥居の方へと歩いた。

 「すずちゃん!」

 「!?」

 びっくりして振り返った。

 「またお話しましょ」

 柔らかい声なのに凛々しいオーラを放つ。

 まるでその出来事を引き寄せるかのような発声の仕方。

 また、こくりと頷いた。

 鳥居の外に出て夜姫さんとその向こうの神様にお辞儀をして家に帰った。

 背中から感じる夜姫さん。

 離れれば離れる程、何だか寂しくなった。

 今冷静に振り返ると夢のような時間だった。

 家に帰るまでの道が、現実に戻るまでの狭間のような感じがした。

 あの映画のようなシーンにまだ胸が高鳴っている。






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