音を知らない鈴

布袋アオイ

#19 死のうなんて祈らないで

 彼女はスタスタと拝殿に向かった。

 「ちょっと待ってね」
 
 こくりと頷いた。

 彼女の魅力なのか頷くしか出来ない。

 普通の人でない事は分かったが、今まで出会った事の無い人だ。

 整理しようにも引き出しがない。

 だから頭で考えるのを止めた。

 成すがまま、それが最善だった。

 カラン

 お賽銭を入れ、鈴を鳴らし拝んでいる。

 私は拝殿の下でそれを見ていた。

 後ろ姿を見て、

 何でこの人を待っているのだろうかと自分でも不思議だと思った。

 ふぅと彼女の肩の力が抜けた。

 そして優雅に振り返る。

 「お待たせ」

 また素敵過ぎる笑顔でこちらを見た。

 「ここで話そ」

 拝殿の、神様から正面の道では無く、脇のスペースに腰掛けた。

 私も隣に緊張しながら腰掛けた。

 屋根の影でわずかにひんやりする。

 どうして良いか分からず膝を見て固まっていた。

 「いつもここに来るの?」

 彼女から話しかけてくれた。

 「いや、いつもではないです」

 「そうなんだぁ、家は近く?」

 「そんなに近くないです」

 「へぇ〜、何で今日ここに来たの?」

 何でと聞かれると答えづらい。

 「若い子が一人で神社に来るって、珍しいくない?」

 「そう…ですか…」

 「偏見かな?」

 漂うお姉さんみたいな雰囲気に何でも話してしまいそうになる。

 セーブしなくては。

 「ここが落ち着くだけです」

 「そうなんだ、分かるなぁ」

 どういう顔をしているのか分からないが

 本当に分かっているのだろうか…



 「でも、死のうなんて誓わなくても良いんじゃない?」

 「!?」

 思わず顔を見てしまった。

 訳が分からない。

 憐れむような表情をしている。

 どうしてそんな顔で見るの!?

 何で分かりきっているかのように言うの!?

 再び出会った瞬間の感情へと戻った。

 「何で死のうと思ってるって…思うんですか」

 癖で感情を必死に殺しながら声を出すと震えてしまう。

 怒りか恐れか悔しさか…

 心が乱れる。 

 目が揺れる。

 「隠しきれていないほど聞こえたよ」

 「……」

 「終わりにしたいって」

 「…………」

 「……」

 終わり……終わりたい………のか  

 30秒程だろうか、私の耳には何の音も聞こえなくなった。

 「………」

 「……冗談だよ?」

 冗談…

 次に聞こえた声が冗談…

 また意識が遠のきそうだった。

 「あまりにも寂しそうな顔をしてたから、神様にお祈りしに来てるのかなって思って」

 「お祈り…?」

 「辛いです、助けてくださいって」

 「…」

 「だから声かけちゃった!」

 ごめんねっとお茶目に謝った。

 「何となく声かけなきゃって思ったの。普段からこんな事しないよ?」

 「ありがとう…ございます…」

 お礼を言うべきなのかもしれない。

 何となくお礼を言った。

 「あら?お礼言われることして無いのに」

 そう言って彼女は正面の鳥居がある方を見た。

 言うべきでは無かったようだ。

 何と言うべきだったか考えながら彼女を見ていた。

 綺麗な横顔に目が離せなかった。

 (…!?)

 思い出した、この人から優しい香りがする。

 腕を掴まれたときもこの香りがした事を思い出した。

 突発的な行動をこの香りが緩和している。

 でも何の香りかは分からない。

 嗅いだことありそうな気もするのだが…甘いような爽やかなような。その香りに誘導されるかのように口を開いてしまった。

 「貴方は誰ですか…」




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