帰路
第3話 利用者の発作と夢中になれるもの
今日のデイケアは午後からフリータイム。自分で何をするか考えて、行動する。利用者の中では、何をするか思い付かない人もいる。そういう場合は一緒に何をするか考える。何もしないということはないようにする。その時、
「ギャー!!」
という奇声が聞こえた。どうしたんだろう。山崎が見に行くと既に高木主任が利用者の傍にいた。
「どうしたんですか?」
山崎は心配そうに声を掛けた。そこで奇声を上げたのは恵だった。彼女にそういう一面があるとは。初めて見た。なんていう症状なのだろう。後で高木主任に訊いてみよう。本人に訊くわけにいかないから。
「恵さん、とりあえずここは通路だから移動しましょ」
「……はい」
恵は意気消沈している。
2人はデイケアの一室に入ってドアを閉めた。完全に閉めるわけじゃなくごみ箱を挟んで閉めた。何かあっても室外に聞こえるように。山崎はスタッフの上原と笹田にも周りの利用者に聞こえないように小声で報告した。彼らは、わかりました、と言い再び利用者と笑顔で話し出した。
りあが恵の異変に気付き、笹田に話し掛けた。
「笹田さん、恵さん発作ですか?」
「そうね。でも、大丈夫だから。心配かけてごめんね」
りあは席に戻り、手芸を再開した。恵が発作を起こして心配なのか、いつもの元気がりあから消えてしまった。山崎は気になったので、りあの隣に座り話し掛けた。
「恵さん、発作起こしちゃって心配だね」
「はい、凄く心配です」
「僕がデイケアに来るようになってから恵さんが発作を起こしたところは初めて見たんだ。たまに起こすの?」
りあは作業の手を止めない。
「最近はあまり起こさなかったんですけどね。あたしもそうですけど、波があるみたいで」
「なるほど。体調の波ね。それってコントロールできるもの?」
彼女は苦笑いを浮かべて、できませんよ、と言った。
「難しいよね。病気は」
「そうですね。でも、そういうことはあまり言わない方がいいと思いますよ」
「そうかい? 気に障ったならごめんね」
りあは黙っている。今度から気を付けよう。せめて利用者さんに言われたことくらいは。
今は10月の上旬で季節の変わり目。外来の看護師から聞いた話によると、調子を崩してやってくる患者が増えたらしい。毎年徐々に患者は増えているようだ。
このご時世心の病にかかる人は珍しくない。山崎が視覚をとるために勉強していたら聞いたことのない病名がたくさん出てきた。でも、差別や偏見は減ったもののまだ根強く残っているように山崎は感じている。
りあのいる方から、カチャ、という音が聞こえた。手芸の道具を置いた音だ。スタッフの上原はそちらに向いた。りあは、フーッと息をはいた。それから伸びをした。りあから少し離れたところにいる上原は、
「疲れた?」
と、声を掛けたのに対して、
「少しね」
そう答えた。
「夢中になれるものがあっていいね」
上原がそう言うと、
「あたし、ハンドメイドも好きなんだ」
「すごいねぇ、俺はそういうのは苦手だな。スポーツしか観たり、やったりしないよ。下手だし」
上原は笑っている。
「逆にあたしスポーツできる人が羨ましいなぁ」
「まあ、みんな無いものねだりだね」
そうですね、と言いながらりあは笑っている。そこに、恵と高木主任が姿を現した。
「みなさん、さっきの恵さんの行動だけど恵さんということには変わりないからね。だから、今まで通り接してね。恵さんの方からも言いたいことがあるそうなので」
今にも泣きだしそうな恵は、
「皆さん、さっきはすみませんでした」
深々と頭を下げる。
すると、りあが、
「恵ちゃん、謝らなくていいよ。病気がそうさせているんだからしかたないじゃん!」
高木主任は、
「りあさん、落ち着いて」
と、言うと、
「はーい」
しょぼんとなってしまった。
「まあ、りあさんは恵さんをかばって言ったことだろうけどね」
りあは黙っている。彼女は興奮したからなのか涙目になっている。
「あたしはただ、恵さんを見ているといたたまれなくて……」
「りあ、ありがとう……」
恵は声を振り絞って出したように感じた。ううんと、りあは、かぶりを振った。彼女は今にも泣きだしそう。恵に相当な思い入れがあるのかな。
15時30分頃、デイケアの5部屋の掃除も手分けして行い、割と早く終わった。スタッフ合わせて19人もいるから早いのかもしれない。基本的にスタッフは監視役で何もしない。この何もしない、というところがイライラすると貝塚はスタッフの笹田に言っていた。「でも、それがスタッフの仕事だから」と言ったけれど「そんなの言い訳だ」と聞く耳を持ってくれない。貝塚は現在作業所でパソコン業務をしており、名刺を作ったりしているらしい。笹田が以前聞いた話では。
デイケアや作業所では半年に1回モニタリングという名の聞き取り調査をしている。人間関係はどうか、生活面はどうか、金銭のやり繰りは大丈夫か、などいくつかの質問を職員がする。利用者に訊いた内容を今後の活動に生かすようにするのがモニタリングの目的。
利用者さんを送るために山崎は病院の裏にまわり、駐車場に駐車してある病院のワゴン車に乗って正面玄関まで行き、停めた。今日の
送迎は10人。8人乗りの車なので運転手以外7名が乗れる。まずは、高齢者を送る。笹田が皆を引き連れてゾロゾロとゆっくりとしたペースで歩き出す。車の後部座席のドアを開けて座ってもらう。全員乗ったの確認してから出発した。いつものように2回まわるからデイケアのスタッフルームに戻ってくるのがだいたい16時30分頃。そこから日報をつけて会議がある。終わるのはだいたい18時頃。山崎はだいぶ慣れたようで疲れるけど何とかやっている。
やっぱり、山崎は腕や足が痛い。昨日の筋トレのせいで筋肉痛になったのだろう。今日はもう仕事が終わったのでこのニキビ顔を治すためにまず、ニキビケア用の洗顔フォームを買いにドラッグストアに行った。ここにはトイレットペーパーやシャンプー、洗顔フォーム、洗濯洗剤を買いに結構来ている。なので洗顔フォームの売り場に向かった。いつもとは違う商品を買おうと思っている。
山崎は出勤日でもギリギリまで寝ているので、洗顔せずに出勤する場合もある。だから、尚更、肌に良くない。彼は自覚はしているものの遅くまで読書をしているから、ついつい朝も起きるのが遅くなってしまう。朝、起きるのが辛くてもやめられない。面白いから。主に、ミステリーとファンタジーを好んで読む。今はミステリーの作品を読んでいる。実家にも置いてあるが、山崎自身のアパートにも200冊くらいある。その中でも50冊くらいは読まずに積んである。読まなくても並んでいるのを見るのも好き。確か、高木主任も読書好きなはず。どんなジャンルを読むのが好きなのかは分からないが。今度、時間が空いたら読書の話を高木主任に振ってみよう、そう山崎は思った。
何が良いのか分からないのでドラッグストアの薬剤師だと思う従業員に声を掛けた。
「あのう、すみません」
黒髪を背中辺りまで伸びたのを一本にまとめて縛っている若い女性。山崎と年は近いだろう。その女性は、笑顔を見せ、
「はい、何でしょう?」
と、言った。
「僕のこのがんこなニキビ治したいんですけど、良い洗顔フォームありますか?」
若い女性にこのニキビをまじまじと見られたくなかった。でも、仕方ない。洗顔フォームを選ぶためだ。
「そうですねえ……」
従業員の女性は考えているようだ。
「これなんかはいかがでしょう? お客様のお肌を見る限り、弱酸性のお肌に優しいものが良いかと。それと、ニキビケアの軟膏もおすすめします」
店員は塗り薬のコーナーへ案内してくれた。
「こちらです。若い方への人気商品です。実はわたしも使ってます」
そう言って笑った。
「そうなんですね。じゃあ、この洗顔フォームとこの軟膏ください」
と、言い渡してくれた。
「ありがとうございます!」
元気な声だ。その2点を持って会計に向かった。
「ギャー!!」
という奇声が聞こえた。どうしたんだろう。山崎が見に行くと既に高木主任が利用者の傍にいた。
「どうしたんですか?」
山崎は心配そうに声を掛けた。そこで奇声を上げたのは恵だった。彼女にそういう一面があるとは。初めて見た。なんていう症状なのだろう。後で高木主任に訊いてみよう。本人に訊くわけにいかないから。
「恵さん、とりあえずここは通路だから移動しましょ」
「……はい」
恵は意気消沈している。
2人はデイケアの一室に入ってドアを閉めた。完全に閉めるわけじゃなくごみ箱を挟んで閉めた。何かあっても室外に聞こえるように。山崎はスタッフの上原と笹田にも周りの利用者に聞こえないように小声で報告した。彼らは、わかりました、と言い再び利用者と笑顔で話し出した。
りあが恵の異変に気付き、笹田に話し掛けた。
「笹田さん、恵さん発作ですか?」
「そうね。でも、大丈夫だから。心配かけてごめんね」
りあは席に戻り、手芸を再開した。恵が発作を起こして心配なのか、いつもの元気がりあから消えてしまった。山崎は気になったので、りあの隣に座り話し掛けた。
「恵さん、発作起こしちゃって心配だね」
「はい、凄く心配です」
「僕がデイケアに来るようになってから恵さんが発作を起こしたところは初めて見たんだ。たまに起こすの?」
りあは作業の手を止めない。
「最近はあまり起こさなかったんですけどね。あたしもそうですけど、波があるみたいで」
「なるほど。体調の波ね。それってコントロールできるもの?」
彼女は苦笑いを浮かべて、できませんよ、と言った。
「難しいよね。病気は」
「そうですね。でも、そういうことはあまり言わない方がいいと思いますよ」
「そうかい? 気に障ったならごめんね」
りあは黙っている。今度から気を付けよう。せめて利用者さんに言われたことくらいは。
今は10月の上旬で季節の変わり目。外来の看護師から聞いた話によると、調子を崩してやってくる患者が増えたらしい。毎年徐々に患者は増えているようだ。
このご時世心の病にかかる人は珍しくない。山崎が視覚をとるために勉強していたら聞いたことのない病名がたくさん出てきた。でも、差別や偏見は減ったもののまだ根強く残っているように山崎は感じている。
りあのいる方から、カチャ、という音が聞こえた。手芸の道具を置いた音だ。スタッフの上原はそちらに向いた。りあは、フーッと息をはいた。それから伸びをした。りあから少し離れたところにいる上原は、
「疲れた?」
と、声を掛けたのに対して、
「少しね」
そう答えた。
「夢中になれるものがあっていいね」
上原がそう言うと、
「あたし、ハンドメイドも好きなんだ」
「すごいねぇ、俺はそういうのは苦手だな。スポーツしか観たり、やったりしないよ。下手だし」
上原は笑っている。
「逆にあたしスポーツできる人が羨ましいなぁ」
「まあ、みんな無いものねだりだね」
そうですね、と言いながらりあは笑っている。そこに、恵と高木主任が姿を現した。
「みなさん、さっきの恵さんの行動だけど恵さんということには変わりないからね。だから、今まで通り接してね。恵さんの方からも言いたいことがあるそうなので」
今にも泣きだしそうな恵は、
「皆さん、さっきはすみませんでした」
深々と頭を下げる。
すると、りあが、
「恵ちゃん、謝らなくていいよ。病気がそうさせているんだからしかたないじゃん!」
高木主任は、
「りあさん、落ち着いて」
と、言うと、
「はーい」
しょぼんとなってしまった。
「まあ、りあさんは恵さんをかばって言ったことだろうけどね」
りあは黙っている。彼女は興奮したからなのか涙目になっている。
「あたしはただ、恵さんを見ているといたたまれなくて……」
「りあ、ありがとう……」
恵は声を振り絞って出したように感じた。ううんと、りあは、かぶりを振った。彼女は今にも泣きだしそう。恵に相当な思い入れがあるのかな。
15時30分頃、デイケアの5部屋の掃除も手分けして行い、割と早く終わった。スタッフ合わせて19人もいるから早いのかもしれない。基本的にスタッフは監視役で何もしない。この何もしない、というところがイライラすると貝塚はスタッフの笹田に言っていた。「でも、それがスタッフの仕事だから」と言ったけれど「そんなの言い訳だ」と聞く耳を持ってくれない。貝塚は現在作業所でパソコン業務をしており、名刺を作ったりしているらしい。笹田が以前聞いた話では。
デイケアや作業所では半年に1回モニタリングという名の聞き取り調査をしている。人間関係はどうか、生活面はどうか、金銭のやり繰りは大丈夫か、などいくつかの質問を職員がする。利用者に訊いた内容を今後の活動に生かすようにするのがモニタリングの目的。
利用者さんを送るために山崎は病院の裏にまわり、駐車場に駐車してある病院のワゴン車に乗って正面玄関まで行き、停めた。今日の
送迎は10人。8人乗りの車なので運転手以外7名が乗れる。まずは、高齢者を送る。笹田が皆を引き連れてゾロゾロとゆっくりとしたペースで歩き出す。車の後部座席のドアを開けて座ってもらう。全員乗ったの確認してから出発した。いつものように2回まわるからデイケアのスタッフルームに戻ってくるのがだいたい16時30分頃。そこから日報をつけて会議がある。終わるのはだいたい18時頃。山崎はだいぶ慣れたようで疲れるけど何とかやっている。
やっぱり、山崎は腕や足が痛い。昨日の筋トレのせいで筋肉痛になったのだろう。今日はもう仕事が終わったのでこのニキビ顔を治すためにまず、ニキビケア用の洗顔フォームを買いにドラッグストアに行った。ここにはトイレットペーパーやシャンプー、洗顔フォーム、洗濯洗剤を買いに結構来ている。なので洗顔フォームの売り場に向かった。いつもとは違う商品を買おうと思っている。
山崎は出勤日でもギリギリまで寝ているので、洗顔せずに出勤する場合もある。だから、尚更、肌に良くない。彼は自覚はしているものの遅くまで読書をしているから、ついつい朝も起きるのが遅くなってしまう。朝、起きるのが辛くてもやめられない。面白いから。主に、ミステリーとファンタジーを好んで読む。今はミステリーの作品を読んでいる。実家にも置いてあるが、山崎自身のアパートにも200冊くらいある。その中でも50冊くらいは読まずに積んである。読まなくても並んでいるのを見るのも好き。確か、高木主任も読書好きなはず。どんなジャンルを読むのが好きなのかは分からないが。今度、時間が空いたら読書の話を高木主任に振ってみよう、そう山崎は思った。
何が良いのか分からないのでドラッグストアの薬剤師だと思う従業員に声を掛けた。
「あのう、すみません」
黒髪を背中辺りまで伸びたのを一本にまとめて縛っている若い女性。山崎と年は近いだろう。その女性は、笑顔を見せ、
「はい、何でしょう?」
と、言った。
「僕のこのがんこなニキビ治したいんですけど、良い洗顔フォームありますか?」
若い女性にこのニキビをまじまじと見られたくなかった。でも、仕方ない。洗顔フォームを選ぶためだ。
「そうですねえ……」
従業員の女性は考えているようだ。
「これなんかはいかがでしょう? お客様のお肌を見る限り、弱酸性のお肌に優しいものが良いかと。それと、ニキビケアの軟膏もおすすめします」
店員は塗り薬のコーナーへ案内してくれた。
「こちらです。若い方への人気商品です。実はわたしも使ってます」
そう言って笑った。
「そうなんですね。じゃあ、この洗顔フォームとこの軟膏ください」
と、言い渡してくれた。
「ありがとうございます!」
元気な声だ。その2点を持って会計に向かった。
「現代ドラマ」の人気作品
書籍化作品
-
-
1
-
-
127
-
-
4503
-
-
4113
-
-
11128
-
-
314
-
-
381
-
-
111
-
-
52
コメント