病と恋愛事情

遠藤良二

第35話 茶髪でロングヘア―の女

久しぶりの麻沙美との情事は最高だった。病気が発症したころは、性行為なんかする気がなかったけれど、徐々によくなってきてする気になった。よかった。彼女ができて性行為ができなかったら悪い気がしてならない。いくら、病気のせいとはいえ。できないとしたらいっそのこと彼女などつくらないほうがいいと思う。まあ、性行為がすべてとはいわないけれど。精神的なつながりだけで果たしてつづくだろうか。俺には自信がない。性行為のない関係は。肌と肌の触れ合いはたいせつだと思う。

俺の初体験は高校1年の夏休み。場所はカラオケボックスで。当時、俺はその子のことが好きでたまらなかった。きっと、彼女も俺のことは好きでいてくれたと思う。じゃなかったたら、肉体関係にはむすびつかなかったはず。



そういえば、麻沙美の死別した元夫の三回忌があるとかないとか。彼女は元夫の実家に電話をしていつ法要を行うのか訊いてみると言っていた。いまとなっては参加しなくてもいいように感じるが、車の事故で自分だけ生き残ったことがどうも引っかかっているようだ。麻沙美は元夫のことをいつまで引きずるのだ。俺という存在を忘れたわけではないはずなのに……。こればかりは気持ちの問題で、折り合いがつかないと解決しないかもしれない。俺は麻沙美の力になってやれるだろうか。いま、気になっているところはそこだ。本人からは相談をうけているわけではないし。頼りにされてないのか? という被害妄想まで浮かんでくる。それはそれでなんとも言えない微妙な気持ちだ。法要の日程などは今度麻沙美と会ったら訊いてみよう。

最近、俺の家に麻沙美は来るが、さくらちゃんがこない。どうしたのだろう。あれだけ俺の小説を読みたがっていたのに。麻沙美に訊いたら彼氏といるようになったらしい。というより、彼氏がさくらちゃんといたいようだ。以前、彼氏は子どもっぽいと言っていたから、きっと付き合ってあげているのだろう。はっきりしたことは当事者同士じゃないからわからないけれど。まあ、若い者同士仲良くしたほうがいいさ。俺のようなおっさんにいつまでも懐いていてもしかたがない。小説を読んでくれるのはいつでもいいから。

俺の小説も終盤にさしかかっている。主人公の彼女が病気を患っていてどうなるか、というところ。自分でも書いていて楽しい。それが1番だと思う。もっともっといい作品を書きたい! 俺は向上心でみちあふれている。そして、遅咲きの新人賞を取り作家デビューを果たしたい。賞金も入るし。そのためには書いて書いて書きまくらないといけない。がんばるぞ!

そういえば、昨夜、また茶色くて長い髪の女の夢をみた。彼女は俺になにか言いたいことでもあるのか。夢のなかではこちらを見てしずかに佇んでいる。意味深だ。占い師にでもみてもらいたい気分だ。このことを彼女である麻沙美に言ってみようかな。でも、待てよ。茶髪でのロングヘア―は麻沙美もそうじゃないか。もしかして夢に出てくる女は……麻沙美なのか? 分からない。でも、その可能性はある。そのことを彼女に言ったとしても、夢に出てきたからなに? と言われそうで怖い。強気な発言をする俺だが、実は案外ナイーブで気の小さいところもあるのだ。でも、言ってみないと分からないな、言うか。そう決めたのでLINEを打ち込んだ。
[俺、最近、茶髪のロングヘア―の女性の夢をみるんだ。よくよく考えたら麻沙美なのか? と思ったんだ。どう思う?]
送信した。

今は19:31とスマホに刻まれていた。送信してから約1時間30分経つ。あ、そういえば今日は夜勤だと言っていた。介護職に就いた麻沙美は就職して約半月が経過する。だから、会う時間も前より減った。こればかりは仕方がない。夜勤をしているのは、認知症老人のグループホームだ。麻沙美の話に寄ると、5分おきに同じ質問を何度もしてきたり、帰宅願望が強く、家まで送って欲しいと懇願してくる利用者がいるらしい。大変そうだ。俺の仕事も大変だが。酔っ払いながら来店して商品に文句を言う客や、従業員が無断欠勤をする場合、従業員が商品を破損させてしまった場合等、注意はするが何度も繰り返す場合は本当に困る。ケースバイケースだが、時には解雇する場合もある。それは稀だが。俺が解雇したのは2名。無断欠勤がつづいて注意しても改善されなかったという理由。もうひとつは店の商品を盗んだという理由。この元従業員も、もうしません、と言ってはいたが再度やってしまったというケース。客でいえば万引きだ。結局、どの仕事に就いても楽ではない。当然のことだが。

俺はさっきコンビニに行ってチューハイを5本買ってきた。本当は麻沙美と一緒に呑みたかった。俺だってたまには甘えたいときがある。寂しいときもある。それを麻沙美と触れ合って解消する。それを、繰り返している。病気があるから将来も明るいとは思えない。でも、彼女もいるし、小説も書きたいから一概には言えない。少しでも明るい人生にしたい。どう生きるかは自分の気持ち次第。周りの人間関係も影響してくると思うし。

そういえば最近、コンビニによく来る客で女だけど、俺が売り場にいたら話しかけてくる。20代から30代の女だ。何で話しかけてくるのだろう。もしかして、俺に気があったりして。それはないか。でも、茶髪のロングヘア―だ。この女は夢の中に出てきた女か? まさか、正夢だなんてそんなのあるわけない。じゃあ、あの女は一体誰だ? 気になりだしたら止まらないのが俺の悪いくせ。俺は副店長の福原さんに電話をした。数回、呼び出し音が鳴ってつながった。
「もしもし、福原さん。伊勢川だけど」
『あっ、店長どうしたんですか?』
「いま、どこにいる?」
『店にいますよ。事務所に』
「このまえの茶髪の女の連絡先書いた紙捨てたよな?」
『どうしたんですか?』
「たまにその女らしき人に声をかけられるんだ、それも店で」
福原さんはだまった。そして、
『紙は捨ててないですよ』
と、言ったので、
「とっておいてくれ」
そう伝えた。
『わかりました』
と、答えた。
「いまから紙取りにいくわ」
『はい、わかりました』

俺は自分の車の乗り、発車した。麻沙美には内緒の行動だ。バレたらきっと怒るだろう。
約10分間走り、勤め先のコンビニに着いた。まさか、近くに麻沙美はいないだろうな、とついつい疑心暗鬼になってしまう。俺は裏口の従業員用のドアを開け、入った。こんなに落ち着かない気分なのは自分がやましいことをしようとしているからだろう。事務所に入ると福原さんが店のパソコンで発注をしているようだ。
「お疲れさん」
と、声をかけた。パソコンの横に紙が置いてあった。彼は振り向いて、こちらをみた。
「あ、店長。お疲れ様です」
俺はその紙を見ていると、
「店長は目ざといですね、もう見つけましたか」
俺はドヤ顏で、
「見ればわかるだろ」
と、苦笑した。俺はパソコンのおいてある机に近づいた。そして、福原さんは紙を渡してくれた。
「紙に書いた女性と、声をかけてくる女性は一致しますか?」
「多分な」
福原さんはニヤニヤしている。
「店長には言わなかったことだけど、この前女性を乗せて走っているところを見ましたよ! 彼女じゃないんですか?」
「君だってなかなか目ざといじゃないか、俺のこと言えないぞ」
2人して爆笑した。俺は紙を受け取り、ブルージーンズのポケットからスマートフォンを取り出した。番号を押そうとしたら、
「ここで通話するんですか? 帰ってからにして下さいよ」
と、突っ込まれた。確かにそうだな、と思い苦笑いを浮かべた。

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