病と恋愛事情

遠藤良二

第29話 友人夫婦の訪問

翌日になり、自分の置時計を見るといまは午後2時くらい。いまから面会が許される時間帯。だれかこないかなぁ。すると、ガラガラ声であらわれたのは母だった。入院の保証人になってもらった時に会ったとき以来だ。あいかわらず元気そう。
「晃」
「うん?」
「調子は良いんでしょ?」
母の言いかたは決め付けた言いかただ。良くない。
「俺だって一応入院患者だ。調子悪いときもあるよ」
母はなぜ俺の病気を理解できないのだ。気持ちの持ちようだとでも言いたいのか。

母には汚れものを洗濯して持ってきてもらっていて世話にはなっているから、あまりつよい態度ではいられない。来てくれなくなってこまるのは俺だから。

「あと、こまってることはないかい?」
ひさしぶりにやさしい口調だったので俺は気分がよくなった。
「ないよ、わるいな、かあさん」
母は、はにかんだ笑顔を見せて俺を見た。
「なんだい、やけに素直じゃない」
俺もつい照れくさくなってしまった。
「俺だって、やさしい口調で言われたら気分もよくなって素直になるさ」
またもや母はわらった。今日の母はずいぶん機嫌がいい。なにか良いことでもあったのかな。
「なにもないなら、わたし帰るよ」
「ああ、たぶん、あと一週間くらいで退院だと思うからまた汚れものがたまったら連絡するからよろしく」

ほんとうは汚れものを洗濯してもらうのは麻沙美がよかった。でも、母にはつきあってる女がいるとは言っていないから、母に、汚れもの取りにくるからふくろに入れておきなさいよ、と言われたときはことわれなかった。退院して仕事の勘をとりもどしたら考えていることがあるから、それに向けてがんばろうと思っている。

今日は午後3時30分から回診がある予定だ。母がかえったあと、看護師がきておしえてくれた。入院してからも安藤医師が担当だ。俺がはじめて診てもらったときからずっとおなじだ。安藤医師には感謝している。ここまで良くしてくれたのは彼のおかげだから。
「それと、こづかいはあるの?」
心配そうな表情で俺を見つめている。
「それは大丈夫だ」
「そう。じゃあ、また来るから」
と、手を振りながら病室を出ていった。母には回診があることは言わなかった。でもそれは、単にわすれていただけだけど。

友人の永井勝にも連絡しよう。ひまだし。調子くずして寝てるかもしれないけれど。
[勝、こんちは! ひさしぶり! 俺、入院しちまった。だいぶ元気になったけど。来ないか?]
そのあとに病院名をつけくわえて送信した。
約1時間後に返信がきた。
[こんにちは。え、入院したの? 大丈夫? いまから行くわ]
そのあとに、
[良かったら奥さんも連れてくればいいのに]
数分後に、
[もしや! 僕のかみさんをねらってるな?(笑)]
その文面を読んでわらった。
[それはないよ(笑)]
と、かえした。

勝は奥さんとふたりで徒歩かな、LINEのやりとりが終わって来るまでに1時間くらいかかった。わるいことをしたかな。俺もずうずうしく来い、なんて言ったから。でも、まあいいか。来る気があるから来るのだろうから。

「こんにちは。晃さん」
と、勝。
「どうも、ご無沙汰してます」
と奥さんの楓さん。
「おお、ふたりでよく来てくれた。そこにある椅子にすわって良いみたいだ」
と俺。
「ありがとうございます」
言ってふたりは各々にスツールを持ってきてすわった。
「どう? 調子は」
勝がしゃべり出した。
「おかげさまでだいぶ調子は良くなったよ。勝は調子どうだ?」
楓さんは勝を見た。どうしたのだろう。
「実は勝も3週間くらい入院してたんです」
俺はその話を聞いておどろいた。
「あっ! そうなのか。なんで言わないんだよ。遠慮すんなよ」
「でも、僕はくすりを減らすために入院しただけで、具合いがわるくて入院したわけじゃないから」
ふたたび俺はびっくりした。
「勝、そんなにたくさん飲んでるのか」
彼は答えづらそうに、
「……夕食後だけで10錠飲んでました。でも、いまはくすりも変わって5錠になったよ」
楓さんは、あっと声をあげた。
「これ、飲んでください」
言いながらお茶とオレンジジュースを掛け布団の上に載せた。
「わるいね。サンキュ!」
俺はさっそくオレンジジュースの栓を開けてひとくち口に入れた。
「うまいな」
よかった、とひとこと楓さんは言った。
「晃さんはいつから入院してるの?」
「1週間くらいまえからだよ」
なるほど、となかば関心しているように見えた。
「ふたりは歩いてきたのか?」
「ええ。タクシーは高いので」
徒歩で来たことは予想はついたけれど、やはり本人に直接言われると気の毒になってきた。
「わざわざわるいな。しかも寒いこの時期に」
なんも気にしなくていいのにと、いう表情で、
「晃さんとは長い付き合いだから無下にはできないし」
ハッハッハッーと、俺は高笑いをした。
「まあ、たしかに」
「ですよねー」
勝も笑っていた。
「でも、晃さん、割と元気でよかった。もっとしずんでるかと思ったから」
と、楓さんは言った。
「退院のめどはたってるの?」
今度は勝が言った。
「たぶんだけど、あと1週間くらいじゃないかな。医者に……あっ、3時30分から回診があるんだった。まあ、気にせず居ていいよ」
勝と楓さんは目を合わせ、
「回診って医者がまわってくるやつ?」
「そうだよ。これから来たらいつ退院できるか訊いてみる」
楓さんはやさしい笑顔で、
「そのほうが良いですね」
と、言った。
俺はうなずいた。いま、何時かなと、言いながら勝はスマートフォンを胸ポケットから取り出した。
「あ、もう3時半だ! 僕らがいたんじゃ話しずらいこともあるだろうから、楓、帰ろう」
「わるいね、俺の都合ばかりで」
ふたりは会釈しながら病室を出て行った。いいやつらだ。ありがたい。そう思いながら安藤医師が来るのを待った。

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