病と恋愛事情

遠藤良二

第2話 精神科受診

今から七年前――

俺は、コンビニの仕事を疲労困憊した状態で十八時に終えた。

一人暮らしの俺には34歳になるというのに彼女もいない。両親は健在だけれど、離れたところに住んでいるし、2つ上の兄がいるが、本州に住んでいて会う機会はなかなかない。

その夜、俺はなかなか眠れず、時計を見ると深夜3時を過ぎていた。明日も仕事だというのにやばいなあと思いつつ、寝がえりを打った。その時、背中に汗をかいていることに気付いた。眠っていたわけじゃないから寝汗とは違うのだろうけど、おかしい。今は夏だけど、ここは北海道。しかも、海沿いの町。そんなに暑さは感じていないはずなのに。結局、俺は朝まで眠ることができなかった。寝ていないせいか、なんだか気分が悪い。でも、仕事を休む訳にはいかないので、支度を済ませ無理矢理出勤した。

そんな日々が約2週間続いた。2週間経つころには身も心もズタボロになっていた。俺はいったいどうしてしまったんだろう……。パートさんからも、店長具合い悪そうですけど大丈夫ですか? など声をかけられることが、一段と増えた。ぎりぎりまで我慢して俺は副店長の福原さんに仕方なく相談した。俺と福原さんは事務所にいた。

「福原さん、ちょっといい?」
彼は俺の顔を見てぎょっとしていた。

「店長、大丈夫ですか? すごく具合い悪そうですけど」
「眠れなくてさ……。それが、2週間くらい続いていて……。だから、明日有給とって病院に行こうと思うんだ。明日する分の発注は今から済ませるから、明日1日店を任せていいか?」
「わかりました。店の方は任せてください。それよりも、なにか大きな病気じゃなきゃいいですけどねえ……」
「そうなんだよねえ……とりあえず、あと2時間したら帰れるから、発注済ませてしまうわ」
「わかりました。無理しないでくださいね」
「もうすでに無理してるよ」
俺は苦笑いを浮かべた。

翌日、俺は町立病院を受診した。そこでの診断は不眠症だという。一度、精神科を受診することを勧められた。とりあえず、7日分の睡眠薬が処方された。

不眠症――

原因までは聞かなかった。気になるのであとでネットで調べてみよう。

その日の夜は睡眠薬のおかげかなんとか眠ることができた。

翌朝、俺は昨日と比べて気分が少し良くなった。こんなにすぐ眠れるようになるならもっと早くに病院にかかればよかったと後悔している。

ちなみに今日は出勤日。体調は眠れたとはいえまだ1日目だから微妙だ。有給休暇は昨日の分しかとっていない。なので、多少、無理して出勤した。

翌日もその次の日も無理して出勤した。その無理があとにツケとしてまわってくることを俺は知らずにいた。

じわりじわりと病状が悪くなっていったのに俺は気付かなかった。誰もいないのに事務所で、

シネ

という声がきこえてきた。俺はおぞましさを感じた。誰なんだ、一体。そう思い周りを見渡したが誰もいない。おかしい……。俺は頭がおかしくなったのか。そしてまた、

コロセ

俺は背中の辺りがゾクッとした。あることを想った。俺が寝ている間に、俺の頭のなかに宇宙人がスピーカーのようなものを埋め込んでいったのではないだろうかと。それでそういった声が発信されて聞こえてくるのではないかと思った。

頭ではそんなことあるわけないと考えても、そう思ってしまう。考えと思っていることが一致しない。

そういったことが頻回になってきたので、急ではあるが有給を取らせてもらい、俺は勧められたとおりに地元の精神科にかかってみた。

その病院は二階建てのようで割と古く見え、初めて入るところだ。今は、季節の変わり目だからか体調を崩す人も多いのかもしれない。

待合室は老若男女問わず患者で溢れていた。ざっと見渡しただけでも、十五人以上はいるだろう。俺はまず、受付に行き保険証を出した。受付の女性に、
「初診ですか?」と、訊かれた。
「はい」と、だけ返事をした。
「初診なので問診票に記入お願いできますか?」
その女性は事務的な口調で淡々と話した。
「わかりました」
クリップボードの上にある問診票と、ボールペンを渡された。俺は面倒だなと思いながらも記入していった。調子が悪いからなおさらそう思う。
一通り、半ば適当に記入して事務員に渡した。その際、
「看護師が呼びに来ますので、そこの血圧計で血圧を計ってお待ちください」
と、言われた。
「わかりました。だいぶ待ちそうですか?」
事務員は顔を歪ませて、
「そうですねえ、結構混んでいますし、この病院は予約制なので初診の患者さんはお時間を頂くかもしれません」
俺はそれを聞いて頭にきて、初診の患者は時間を頂く? こっちは体調悪くて来ているのに後回しか! そう言いたいけど流石に言えない。

この病院は、管内では精神科として一番大きいという話を聞いたことがある。今までそういう病には関わりがなかったので詳しいことは知らなかったけれど。

俺はとりあえず、シートが破れかかっているベージュの椅子に座った。初めてくる場所なので辺りを見回した。受付のすぐ横に会計があり、若い感じの白衣を着た男性職員が座っていて、患者さんの対応をしていた。その奥の右手に薬局と表示された広い窓口がある。調子は悪いが、ただボーッとしているのも嫌なので、俺は院内を回ってみた。薬局の奥を行くと左手に中待合というのだろうか、患者が数名座っている。その前を通り過ぎる時に、右手にドアを開けっ放しの部屋があって白衣を着た看護師であろう年配の女性が採血をしている。俺は、注射が大嫌いなので身震いした。そこを足早に通り過ぎ、すぐ隣に診療室一、診療室二と二部屋あった。まだ、まっすぐ通路はあったけれど、左に曲がる通路もあったのでそちらに行き待合室に戻る形で歩いた。そこにも右手に診察室が二つあり、その奥を行くと少し狭い待合室が右手にあった。どちらの診察室が精神科なのだろう。わからない。まあ、呼ばれたらわかると思う。さらに進むと右手に売店があった。そこを覗くと飲み物やパン、お菓子、日用雑貨や弁当などが売っていた。俺は珍しいものでも見るように、あちこちと見て回った。でも、面白いわけでもないし、気晴らしにすらならなかった。まあ、遊びに来てる訳ではないから仕方ないが。かわいい看護師でもいたらという思いはなくはないが、調子が悪い状態なので、それどころではない。俺はとりあえず、待合室の空いてる椅子に座った。

予約制でこれだけ待っている患者がいるということは何時の患者なんだ。俺は腕時計を見た。時計の針は十時半過ぎを指している。この病院に来てから約一時間は経つと思うが、あまり患者の数は減っているように見えない。いったい、いつになったら呼ばれるんだ。俺はだんだん苛々してきて、五分刈りの頭をボリボリとかいた。ストレスがたまっているせいなのか、乾燥している冬の時期でもないのに、フケがパラパラと落ちてきた。今まではこんなことはなかったから驚いてしまった。洗髪は毎日しているのにどういうことだ。そのことに俺は若干ショックを受けた。もしかして、俺禿げるのか? と、思った。なんの根拠もないことだけれど。

最近、こういう感じで被害的な感情を抱くことが増えた気がする。以前、テレビで心の病をテーマにした番組がやっていて、「被害妄想」という言葉を耳にしたことがある。もしかして、そのことだろうか。そもそも、誰もいない場所で変な声が聞こえるとか、被害妄想などの症状と言っていいのかわからないが、そういうのが激しく表れていて辛いからここに来たのだ。でも、被害妄想って誰でもあるのではないかと思うのだが。精神的な病気は、俺にとって未知の世界でよくわからない。

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