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夏の仮睡

小鳥 薊

第18話まぼろし

びしょ濡れのまま帰った。

家には灯りが点っており、カイトはやはり入れ違いで帰宅したようだった。


湿った靴を引っこ抜くように脱ぎ捨てると、靴下も一緒に脱げてしまい裸足になった。
真夏だというのに身体は凍えており、濡れた服も髪も指先まで冷たかった。
カナタは、そのまま浴室へ向かい、シャワーを浴びた。


身体の芯は冷えたまま、表面だけがちりちりと燃えるような感覚だ。

――マオは、一体何者だったんだろうか。
突然、何処に消えてしまったのか。

ぼんやりした頭で考えてもどうにもならず、そもそもマオと一緒だったことさえ自信がなくなってきた。

廊下の途中で頭を拭いているカナタに、カイトが声を掛けた。

「帰ったのか、」
「――ああ。」

「それより、玄関も廊下も濡れていたんだが、どうした?」

「プールに落ちた。」

「え――、」

立ちはだかるカイトを交わし、無表情のカナタは去り際に言った。
「父さん、俺はもう、帰るよ。」
「どうしたんだ、突然。――母さんの墓参りだってあるし、数日はゆっくりできると言っていただろう。」
「墓参りは、実はもう行ってきた。」
「そうだったのか……でも、何か、あったか?」

――何かあったか、だって?

カナタは、立ち止まる。

振り向かないまま、言った。
「親父に、聞きたいことがある。――父さん、あの子は、伊坂マオは、何者なんだ。」

「……どうしてそんなことを聞く?」

「おかしいじゃないか!!……あんな、」

「マオと何かあったのか? そういえば、あの子の姿が見えないが、一緒だったのか?」

「ああ、さっきまではな。でもあの子は、消えたよ。突然……どういうことだよ。」

「てっきり部屋にいるものだと……、」

言い終える前にカイトは走り出し、階段を駆け上った。

「父さん! あの子は本当に存在してたんだよな? 」
カナタの叫び声が虚しく響いた。
自信がない。
「父さんは、答えを知っているんだろう……教えてくれよ……。」


――ダダダダ……。

二階でカイトの足音が聞こえる。
足音は、少しして聞こえなくなり、そのすぐ後にカイトが戻ってきた。


カイトは、黙っている。
何かを考えているようではあったが、怒りや焦りの表情ではなかった。
カナタは何も言うことができず、父の反応を待っていた。

しばらく向かい合って少し黙って、カイトはようやく静かに言った。

「カナタ、あの子から何か聞いたのか?」
「……親父もあの子も、そればっかりだな。そうやって、口裏合わせて、何を企んでる?」
「何も、企んでいない。あの子は……可哀そうな子なんだ。」
「そうやって、絆されたのか? そういう仲なんだろ、本当は!」
「違う、そうじゃない。」
「高校生だぞ、どうかしてる。もし、あんな子どもに手を出したんなら……あんたを軽蔑するよ。」

「違うんだ、マオは……マオは、どこに行ってしまったんだ。」

「だから、突然、煙みたいに目の前からいなくなったよ。」

「マオを、探さなきゃな……。一人で、泣いているかもしれない……。」

カイトはそう呟いた。しかしどこを探せば良いのだろう。
そうだ、学校。
カナタは学校の、プールにいたのか。


「俺は、確かにあの子と一緒に居たのに――、触れもしたのに……まるで幽霊みたいに、消えたんだってば。」




アイデンティティが、完全に肉体に宿るなら、確かにマオの存在は不確かかもしれない。
誰かが幻と言ってしまえば、数十年もこの世に形を成していなかった――時代に置いてきぼりの幽霊みたいなマオ。
けれども、マオは本当に存在していた。
肉体も、カイトと確かめ合った。


(それでも世界がマオのアイデンティティを認めさせてくれないなら、自分の居場所をマオにあげよう。)

(だから、マオは決して幻なんかじゃない。)



「伊坂マオは、幻なのか……?」
カナタの途方もない声が廊下に静かに響く。





(やっぱり僕等は、人目に付かぬ夜の学校がお似合いの、そういう不確かな――。)






(どうして君は、今、そばにいないんだろう。)


(目を閉じると、やっぱり君が笑っている――。)




「説明してくれよ。昨日から俺が会っていたあの子は――。」




「頼む……それ以上、言わないでくれ。」



(それ以上、幻にしないで……。)

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