わたしの怖い団地

小鳥 薊

その後の5話 トイレの花子さん

肌寒い季節になり、私たち仲良し女子グループは公園よりも各々の家で遊ぶようになっていました。
その日は、南ちゃんと真希ちゃんの住む団地――実は、私のおばあちゃんもそこに住んでいるんです――の前の公園でしばらく遊んでいたのですが、寒さに耐えかねて一人が「中で遊ぼうよ」と言い出したので、南ちゃんの家で遊ぶことになりました。

南ちゃんは霊感が強くて、よく幽霊を見るらしく、彼女の家が入っている玄関で前にある事件が起こったときも、私にだけこっそりと教えてくれました。(前に話した「人面犬」というお話です。)
あれからだいぶ経つので、この団地もすっかりと元通りの姿を取り戻し、私も今では自由におばあちゃんの家に遊びに行けるようになりました。

南ちゃんの家で遊んだ帰り、私は真希ちゃんと楓ちゃんと一緒に外玄関を出て、団地の公園の前に通りかかりました。
「ねえ、こんな寒い中でまだ遊んでいる子がいるよ、あれ誰?」
楓ちゃんが真希ちゃんに聞くと、
「えー、知らない。ここの団地の子じゃないと思うんだけど。」
と答えました。
知りたがりの真希ちゃんが言うのですから、きっとそうなんでしょう。それにしても、その子は半袖でブランコを揺らしているんです。その日は特別に風が強くて、吹く度に身震いがしてしまうほどだったのに、明らかに変な服装です。
「さっむーー、私、風邪引きそうだから帰るね、ばいばーい。」
真希ちゃんは、そう言うと、その子には目もくれず走って自分の玄関へ入っていってしまいました。
「私たちも、帰ろう。」
私がそういうと、楓ちゃんも賛成して、その女の子の前を通り過ぎようとしました。すると、
「ねえねえ、面白い話、聞きたくない?」
ブランコに乗っていたはずの女の子が、いつの間にか私たちの背後に立っており声をかけてきたんです。私たちはその声に驚いて振り向きましたが、寒いので足は止めません。その子も付いてきます。
「そんなことより、あなた、寒くないの?」
楓ちゃんが怪訝な顔をしてその子に言いました。
「全然。」
女の子はにこにこしながら答えました。
「私たち、もう帰らなくちゃならないの。だから遊べないわ。」
私はそう言いましたが、女の子は聞こえなかったみたいに話し続けながら付いてきました。
「話だけでも聞いてよーー。」
「じゃあ勝手に話したら? あなたの家もこっち方面なの?」
「まあね。」
何だか、変な子。私は正直あまり関わりたくないタイプの子だなって思いました。そして、その子が話したがっていたお話の内容は、後になってやっぱり聞かなければよかったと、私はひどく後悔するものだったんです。
「あのね、トイレの花子さんって聞いたことあるでしょ?」
「……あるけど、そんなの見たことないし、ただの怪談でしょ。」
楓ちゃんは、その子のことが嫌いなんだろうか、返す言葉にいちいち棘を感じます。でもその子はそんなのお構いなしです。
「この町の小学校の女子トイレ、一階の奥から三番目の個室には本当に花子さんがいるんだよ。」
「うそ、」
「嘘だと思うなら、明日にでも試してみてよ。三回ノックして『花子さん、遊びましょ』って言ったら、何か起きるんだよ。」
「何かって……あなたはやったことがあるの? 花子さんに会ったことがあるっていうの?」
「うふふ、もちろん。」
女の子は今までで一番の満面の笑みを浮かべ、その様は少し気味が悪いな、と私は感じました。
「もういいでしょ、付いてこないで。」
楓ちゃんがそう言うと、女の子の足がぴたりと止まりました。私たちは振り返らないで歩き続け、その間に何台かの自動車と擦れ違いました。女の子の後ろ姿も見えなくなったと思ったころに振り返ってみると、やはりもう女の子はいませんでした。
「あの子、気味悪かったね。」
「なんでトイレの花子さんの話なんかしたかったのかな。」
「怖い話で私たちの気を引きたかったのかもしれないよ。」
「明日さ、南ちゃんにも聞いてみようか。真希ちゃんは知らないって言っていたけど、もしかすると南ちゃんは知っている子かもしれないよ。」
「そうだね。」

そして、次の日、私たちは南ちゃんと真希ちゃんに昨日の女の子の話をしたんです。すると、南ちゃんもその女の子のことは知らないと言っていました。
「ねえ、退屈だし、今日の放課後、トイレの花子さんやってみない?」
「えー、やだよ。」
真希ちゃんならそう言い出すと思ったんです。でも、昨日の一連のやりとりから、私と楓ちゃんは猛反対。南ちゃんは何やら神妙な面持ちで何も言いません。
「私、そんな話聞いちゃったら黙ってなんかいられないもん。一人だって決行するからね!」
「ちょっと真希ちゃん、危ないよ。」
「わかった。じゃあ、試そう。でも、真希ちゃん、トイレの花子さんが現れなかったら、もうこれっきり試さないって約束してくれる?」
そう言ったのは南ちゃんでした。南ちゃんは、いつもなら絶対にこういうことには反対する子だったので、私は意外でした。
「するする! 今どき花子さんなんてダサイし、別に興味ないもんね。何も起きないならもうやらないよ。」
何も起きなければ良いのですが……私は怖い話が嫌いなので、本当は参加なんてしたくなかったんです。でも、この流れでは引くに引けません。

放課後、私たちは少し遅めの時間まで図書室で勉強した後、帰りに一階の女子トイレに寄って帰ることにしました。
この時間帯は、生徒は教室には残っておらず、先生も大抵は二階の職員室にいました。そのため、女子トイレに続く廊下は薄暗く静かでした。
「怪談本で読んだことあるけど、花子さんって恥ずかしがりやらしいから、ノックは一人じゃなきゃ駄目なんだとさ。」
「へえ、そうなんだ。」
「……誰もやんないでしょ、きっと。まあ、私だよね、やるのは。」
そう言って、真希ちゃんが一人で女子トイレのドアを開けました。
「私だって、ちょっぴりコワイんだから、絶対ここで待っててよ!」
真希ちゃんはそう言うと、トイレの電気を付けてから静かに奥へ進んでいきました。
廊下に待機している私たちには、真希ちゃんがドアをノックする音や声が小さく聞こえます。
――コンコンコン。
「花子さん、あっそびましょう。」
真希ちゃんは、一番奥のトイレから順にノックをしていきます。大抵の怪談話では奥から順にノックして、三番目のトイレで何かが起きるらしい――。

――コンコンコン。
「花子さん、遊びましょう。」

――コンコンコン。
「花子さん、遊びましょう……。」




「……。」





「……。」



「…………なにしてあそぶ……。」

(え?)

「おーい、花子さん。いませんか?」
これは、真希ちゃんの声だ。でも、私は真希ちゃんの声の前にぼそぼそと呟く声を確かに聞いたのです。真希ちゃんには聞こえていないようです。

「花子さーん、出てこないなら、もう帰るね。ばいばーい。」

真希ちゃんは、案外平静な様子でトイレから出てきました。
「やっぱり、いなかったね。」
「そりゃあ、そうだよ。」
真希ちゃんの言葉に間髪入れずに突っ込む楓ちゃん。あの声は、私にしか聞こえていないみたいです。気のせいだったのかな……と私は思い始めました。
「ね、いないのよ。だからこういうことはしちゃだめなの。」
そう言ったのは南ちゃん。
私たちはそのまま下がったテンションを引き摺って帰りました。
ママが遅くなるから今日はおばあちゃんの家に行くことになっていた私は、途中で楓ちゃんと分かれて、真希ちゃんと南ちゃんと三人で他愛もない話をしながら帰っていました。
真希ちゃんは意外にもトイレの花子さんのことを話題には出さず、今日の授業の話やつまんない先生の悪口なんかをしゃべっていました。私は下校中ずっと南ちゃんの言動が気になっていました。今は必要以上に話をしないのに、あんな南ちゃんらしくない提案をしたり、なんだか様子がおかしいんです。真希ちゃんの話にも相槌は打つのですが、心がここにないみたい。

団地の前の公園で、私たちは分かれます。真希ちゃんと私のおばあちゃんは同じ玄関なので南ちゃんと先にお別れします。
「ばいばい、また明日ね。」
そう言ってすぐに歩き出した真希ちゃんの後を追うように歩き出した私を南ちゃんが小さく呼び止めました。
「夏海ちゃん、そのまま真希ちゃんと分かれたら、おばあちゃんの家に入る前に一度公園に行って。それで『付いてくるな』って強く念じてから帰って、お願い。」
「え? それってどういうこと?」
「いいから、説明は後でちゃんとする。私、外の玄関口で待っているから。」
「わかった……。」
コワイです。今までの南ちゃんとの付き合いから、私は南ちゃんが冗談でそんなことを言う子じゃないって知っています。そして、南ちゃんのこういう助言は、絶対に聞いた方がいいんです。

私は、南ちゃんに言われた通り、真希ちゃんと分かれてから、そのままおばあちゃんの家には寄らずに一階まで降りました。玄関口には南ちゃんがいて、公園の方を指差しています。
「見える?」
「え?」
私には何にも見えませんでした。
「夏海ちゃん、あそこのブランコに一度腰掛けてから、さっき言ったことをやってくれない?」
「わかった。」
あのブランコは、昨日の夕方に半袖の女の子が座っていたブランコです。あの子がいるのでしょうか。私には見えないので何とも言えません。
私は、南ちゃんの言う通りにしました。何回も心の中で念じているうちに、南ちゃんがオッケーサインを出したので、そのまま走って南ちゃんに駆け寄りました。このときは必死だったので正直あまりわかりませんでしたが、『付いてくるな』ってことは、私にナニカが付いていたってことでしょう?

「ねえ、南ちゃん、あの……、」
「夏海ちゃん、あのさ、明日学校で絶対に話すから、今日はこのまま帰ろう。その方がいいと思う……。」
「え……、うんわかった。」
大きな冷たい風がびゅうびゅうと吹いています。私は早く温かな部屋の中に入りたいと思ったので、承諾しました。



次の日、南ちゃんが見えていたことを教えてもらいました。

どうやら、公園で見かけた女の子は、あの団地に憑いている幽霊らしく(あの団地って一体どれだけ幽霊がいるんだろ……)、実は南ちゃんは過去にあの半袖の女の子を見たことがあるそうなんです。
でもいつもは黙ってブランコに乗っているだけで近づいてくることもないらしく、放っておいたんだって。
私と楓ちゃんがその子を見た次の日、私の肩にその女の子がぴったりとくっ付いているのが南ちゃんには見えて、しかもニタニタ笑っていたんだそうです。真希ちゃんがトイレの花子さんを試していた間ずっとその子は真希ちゃんではなく私のすぐそばにいて、真希ちゃんが三番目の個室をノックし終えたあたりで急に、あの『トイレの花子さん』の風貌にその子が変わったそうです。
トイレの花子さんの風貌って分かりますか? おかっぱで赤いワンピースを着ているってよく言われているけれど、まさにその格好になったんだって。
南ちゃんは、あの子はトイレの花子さんではないと思うけど、私たちをからかっていたんだと思うって言っていました。
だから、あの「……なにしてあそぶ……」って声は、トイレからじゃなくて私の耳元で聞こえた声だったのでしょう。真希ちゃんには聞こえないはずです。
その後もずっと、その子は花子さんの格好のまま、ニタニタ笑いながら私にぴったりとくっ付いていたらしく、南ちゃんは団地の公園にその子を戻した方が良いと思ったみたい。
私が公園で、『付いてくるな』って念じた後、すっと離れたって言ってました。その後にすぐ帰らせたのは、その子がまだ私に執着して見つめている姿が見えたからなんだそうです。
私はそれから、団地の公園で遊んだ後は必ず『付いてくるな』って念じてから帰るように心掛けるようになりました。
それにしても、私ってどうしてこんなにコワイ類いのものに遭遇してしまうんでしょう。コワイ話が大の苦手なのに。今回は、南ちゃんのおかげで助かりました。
トイレの花子さんも、公園の女の子も、どういう存在なのかなんて私にはわかりません。けれども、私は何の因果か、その先も何度か奇妙でコワイ体験をするはめになるのですが……それはまた別の話。

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